■不夜城奇談〜come across〜■
月原みなみ |
【7013】【赤羽根・円】【赤羽根一族当主】 |
近頃、巷で話題になっている名前がある。
“十二宮”。
失踪したと騒がれていた人々が戻って後、行方知れずだった間の記憶を何一つ持たなかった彼らが唯一認識していたのが、その名前だったと言うのだ。
都を代表する観光名所、東京タワーの展望台で原因不明の爆発が起きた夜、その真下から発見された三十人以上の人々も同様。
彼らは“十二宮”の名前しか覚えていなかった。
とある興信所に、その名を探る者達が集う。
とある出版社に、その名の過去を知る者がいる。
そして、とある世界には。
――その名の主となるはずだった神がいる。
闇の中に蠢く影。
光の中に潜む嘘。
いま、その存在は総べての命の前に暴かれようとしていた――……。
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不夜城奇談〜come across〜
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奇妙なラジオ番組を原因とした失踪事件が相次いでいる事は知っていた。
そこに関わっているらしい名前も独自の情報網から聞き、知っていた。
だが、こうして目の前で起きている変事は。
「……これが十二宮のやり方なの……?」
問題の夜、群集の中に埋もれた娘の呟きに、赤羽根円も唇を噛み締めた。
更には辺りに敷かれた交通規制や、上空を覆う不穏な空気を、その上から更に覆うようにして感じられる馴染みの気配に己と同じ使命を持つ男も参戦している事を知る。
「白虎も動いているのか、あの人らしいやり方やな……」
その姿を脳裏に思い浮かべながら呟く彼女は、真っ直ぐに東京タワーを見つめた。
しかし喧騒の中で彼女の言葉が娘・灯に届くはずは無く、少女もまた気に留める余裕はない。
この夜、東京の総合電波塔で起きた謎の爆発事故と、行方不明とされていた三〇余名の人々が無事に保護されたというニュースが全国を駆け巡る頃。
遠い過去に埋もれた「願い」はゆっくりとその意識を開花させるのだった――。
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数日後、もはや十二宮に関しては自分も無関心ではいられない事を自覚した灯は、最も信頼出来る情報源として草間興信所を訪ねる事にした。
超常現象と言うよりも怪奇の類にめっぽう強い探偵社だ。
十二宮の情報も何かしら集まっているだろうという確信に近い予感があった。
かくして彼女の予想は大当たり。
本人の意に添わずとも、やはり草間興信所は怪奇探偵事務所なのだ。
「草間さん!」
辿り着くなり元気良く扉を開け放ち、中にいるだろう所長を呼べば、同時に振り返ったのは三人の男達。
一人は勿論、草間武彦だが、灯は他二人の顔を見て目を丸くした。
「あれ…、河夕クンに光クン?」
そう。
草間と向き合って立っていたのは、以前に灯がゴーストネットOFFのオフ会を兼ねた学校祭に参加した際、何かと気遣ってくれた影見河夕、緑光の二人だったのである。
「えーっ、どうしたの? 岬クンや雪子ちゃんは元気?」
「ええ。灯さんもお元気そうですね」
にっこりと笑い返して来る光に対し、河夕は少なからず戸惑い気味。
灯と草間が以前からの友人であることは、それこそ学校祭中の雰囲気で判っていた彼も、今このタイミングで興信所を訪ねて来た少女に一抹の不安を抱いたらしい。
「……まさかおまえも能力者とか言わないよな?」
そうであって欲しいという願いが籠った呟きに、灯は小首を傾げて目を瞬かせ、一方の草間は額を押さえて軽い吐息。
「そのまさかだな」
「……っとに、東京って街は……」
言い合い、揃って――草間は二度目の息を吐く二人に、灯も再び目を瞬かせた。
その後、改めて興信所に訪れた理由を問われた灯は東京タワーの一件を間近に見ていたこと、十二宮の名があらゆるメディアにおいて噂されている現状を説明した。
「らしいな」と、呆れ気味に応えたのは河夕。
「これぞ情報社会、ですね」と苦笑交じりに呟くのは光だ。
「十二宮のやり方はどうしたって許せないの! 私も一緒に戦いたい、河夕クン達が知っている事を教えて」
真っ直ぐに見返して訴えれば、拒むだけ無駄だという事は彼らにも判ったのだろう。
「正直に言えば協力して下さる能力者は一人でも多い方が助かりますし、灯さんのお言葉はとてもありがたいと思います。ただ…、僕達の持っている情報はひどく限られているんです」
どういう意味かと視線で問い返せば、彼らは顔を見合わせた後で自らの正体を明らかにした。
地球とは異なる惑星に根付いた狩人、存在を知る者には「闇狩」と呼ばれる一族が自分達の能力の根源であること。
一族の始祖は「里界神」と呼ばれる四人の神々であり、その内の一人、水神・文月佳一が彼らと同じく東京に来ていること。
そして今回の敵となる「十二宮」その名を持つ組織の創立者が、二十年以上も前に文月佳一との因縁を持った人物であり、その能力の根源が「闇狩」と同じく「里界神」に通じるものであるということ――。
「同族、ってこと?」
「広い意味で言うなら、そうですね」
「十二宮の狙いは?」
「人類の滅亡、だそうだ」
答えたのは草間だった。
狩人達は呆れて言葉も無いという様子。
灯も不本意ながら言葉を失くしかけ、慌てて気を取り直す。
「人類を滅亡させて、どうするの?」
「さぁ」
「そんなに曖昧なの?」
「ですから、情報そのものが不足しているんです」
誰よりも核心に近い何かを知っているであろう人物は居るものの、今はまだ情報を開示するつもりは無いらしく、尋ねてものらりくらりと誤魔化される。
まだ定かではないからと、始祖から十二宮の計画阻止を言い渡された狩人でさえ真実は知らぬままだ。
それでも、彼らは彼らが知り得る情報をあらゆる角度から突き詰め始めている。
過去の十二宮に関わったとされるアトラス編集部の長、碇麗香の祖父が残したという調査書を元に、ペースは緩やかであろうとも近付いているはずの真実。
「何か判れば必ずご連絡します」
光が言い、自分の連絡先を灯に手渡す。
「もしもの場合には、貴女も戦力の一人と数えさせて頂いても?」
「もちろん」
灯は拳を握って宣言した。
東京を護ることが、その身に宿る力に託された使命でもあるのだから。
■
「で?」
『で……』
電話越しに円が話すのは、東京で一人暮らしをしている娘・灯だ。
『事情はまだよく判らへんけど、放ってはおけへん』
「やろうね」
あの夜、共に東京タワーの傍で事の次第を見守っていた娘がどう動くのかは聞かずとも知れた。
そろそろ何らかの情報を掴んだ頃かと予想し彼女から電話を掛けたわけだが、タイミングとしては最良だったようだ。
灯が集めて来た情報を自身なりに整理しながら、その先の答えを促す。
「どへんする?」
『戦う』
迷いの無い調子で言い切られ、知らず口元に浮かぶのは笑み。
「頑張りやす」
『おおきに』
ただ一言。
背中を押す、その一言だけで充分だ。
それからしばらくは他愛のない会話を。
おやすみと受話器を下ろしたのは十五分もしない内だ。
もとより長電話など趣味ではない母娘にはそれでも長い方だったと思う。
途端に静寂の帳が下りた室内で、円は夜空を見上げた。
そこに浮かぶ、都会に比べると随分と鮮明な輝きを放つ月。
「十二宮、か……」
ぽつりと呟く名は、つい先ほど娘から聞かされた組織の名。
かの土地では多くの能力者達がその名を追っていると聞いた。
「あのアホにも話しせんとな……」
いや、彼はとうに知っているだろう。
あの夜の東京タワー周辺に敷かれた交通規制が彼の判断だとすれば、彼もまた既に十二宮を追う能力者達の一人である可能性は高い。
同じ四神の一が動くのであれば、朱雀もまた動かねばならない。
人類の滅亡など、決して実現させてはならないのだから。
「……」
ささやかな呟きは、しかし彼女の口元に緩やかな弧を描く。
それは穏やかに儚く。
ただ、静かに。
「……東京は落ち着かへん土地や」
円は月に瞳を伏せた。
今はまだ娘の動きを見守るつもりだが、いつかは、自分も――。
冬間近の冷たい風が、その頬を撫でて過ぎ去った。
―了―
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【登場人物】
・5251/赤羽根灯様/16歳/女子高生&朱雀の巫女/
・7013/赤羽根円様/36歳/赤羽根一族当主/
【ライター通信】
まずは納品まで長い時間お待たせしてしまいました事をお詫び致します。
申し訳ありませんでした。
その分、心を込めて執筆させて頂きましたが、……如何でしたでしょうか。
ご依頼ありがとうございました。
またご縁があります事を心より願って――。
月原みなみ拝
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