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■GATE:07 『Way to finale』 ―先見―■

ともやいずみ
【5698】【梧・北斗】【退魔師兼高校生】
 オートは、見えない目で「みている」。
 あぁ、とうとうきてしまった。
 この「時」をどれだけ待ちわびたか。
 何度ムーヴと戦ったことか。その度に、何度悔しい思いをしたか。
(……ボクの予知は、この先が不明瞭だ)
 ムーヴの強すぎる存在に、オートの能力が圧迫されてしまうせいだ。
 だからきっと、「ここ」が分岐点だ。
 ムーヴをここで倒せるか、どうか。全ては「ここ」なのだ。
 倒せない場合は、自分は死んでしまうだろう。フレアもいない。きっと奈々子を取り戻そうと誓った仲間は、もう。
(結局、色んな人たちを巻き込んでしまった)
 自分達の願いのために、たくさんの人を。
 だが――後悔はしていない。
GATE:07 『Way to finale』 ―先見―



 重ねられた唇。その冷たさに硬直していた梧北斗は、ハッとした。
「……っ! やめてくれ!」
 どん、と自分にキスをしていたミッシングを、なり振り構わず突き飛ばす。
 自分が会いたかったのは「フレア」だ。いくら似ていても、目の前にいる彼女じゃない。
 ミッシングの変貌を直視し、北斗は完全に混乱していた。
(なんで……なんでミッシングがフレアに!)
 突き飛ばされたミッシングは、それでも微かによろめいて数歩後退しただけだ。
 ミッシングは奈々子の「入れ物」だったはず……! どうして。
(どうして!)
 口元を手の甲で拭う北斗は前髪で表情の読めないミッシングを凝視する。
 奈々子から何か奪ったとしても、フレアの姿になるのは変だ。それに。
(フレア以外とキスしちまった……)
 フレアに対する裏切りのような感情が胸を占める。というか、なぜ自分にキスをするんだ!
「……おまえは、誰なんだ……?」
 尋ねる北斗の言葉にミッシングは反応した。口元に笑みが浮かぶ。
「誰とはひどいな、北斗」
「……え?」
「再会のキスは、そんなに嫌だった?」
 顔をあげたミッシングを、北斗は怪訝そうに見つめる。
「やれやれ。熱い一夜を共に過ごした仲なのに、つれないなぁ」
「んなっ!?」
 反射的に頬が熱くなった。どうしてそのことをミッシングが!?
 不敵な笑みを浮かべるミッシングは、腰に片手を当てた。それがまた、かなりサマになる。まるで本当に――――。
「さて、と。ムーヴを倒しに行こうじゃないか」



(みんな死ね、か……ムーヴにとって俺たちは本当にただのゴミなんだな……)
 背後のムーヴを睨んでいるフレアに、菊理野友衛は声をかける。
「フレア、か? 生きてたのか……ムーヴに食われたと聞いたが……」
 フレアは口元に笑みを浮かべる。三日月を思わせるような、薄ら笑いだ。
「……嫌やなぁ。なに言うてんのよ、ともちゃん」
「…………………………維緒?」
 フレアの口から洩れた声は、間違いなく維緒のものだ。友衛がこめかみに青筋を浮かべる。
「な、何をやっているんだおまえは……」
「この姿やとやって来ると思っただけ。ふふ。ナナコちゃんの病院に行かれたら、オートやフレアにどつかれるだけで済まんしな」
 維緒は喉の奥を鳴らして笑う。
「ほんまはそっちで待ち受けようかと思うたんやけどねぇ。病院て人が多いし、オレの子孫もご厄介になっとるとこやし……。
 ふふふ……あはははははははははははははは!」
 大笑いをしたフレア姿の維緒の周囲からは、ジジ、という音がした。まるで雑音だ。
 ジジジジ、という音と共に維緒本来の姿が見え隠れする。どうやら本来の姿の上からフレアの姿をしているようだ。どういうカラクリなのかはわからないが。
 ジジ、ジ。
 という音を最後に維緒はフレアの姿を脱ぎ捨てた。
 ムーヴが目を軽く見開く。
「……おまえ、は……」
 途端、ムーヴが怒りを露にする。
「フレアじゃない……! なにそれ! あんたキライ! しつこくってムカつくんだもん!」
「いやぁ、褒められると困るわぁ」
 維緒は右手に持つ黒い傘をムーヴに向けた。
 ざわり、とムーヴの長い髪が揺れる。怒りによって膨らんだような錯覚を起こさせた。
 バチッと維緒から軽い電撃が周囲に散る。友衛は軽く身を引いた。
 妙だ。
(やはりここは別の空間なのか……?)
 店の前の道を、誰も通らない。友衛の目から見ているだけでも、通りかかる人は皆無だ。
 始まる。
 人でない存在と、人でない存在の戦いが。
(維緒が動き易いようにしたほうがいいよな……)
 そう思う友衛は、維緒の背中を見る。彼は愉しそうだった。心底、たのしそうにワラっている。
(囮になる必要もないか。……そういえばオートは?)
 きびすを返して友衛は奥へと駆ける。
 残された維緒はもう一度低く笑った。
「邪魔者はおらんようになったから、いっちょドンパチやりますか」
「…………死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
 ぶつぶつと呟くムーヴはカッと目を大きく見開く。維緒は右足を軽く前に出した。周囲には雷撃。
「女の子が『死ね』とか言うたらあかんよ」
 薄い笑みを口元に浮かべ、囁く。
「宵天邪鬼――発動!」



「オート!」
 居間を覗くと、オートはそこに居た。さっきと同じように。
「……さっきの妙なのは維緒でしたか。なるほど」
「下手をしたらここが破壊されるかもしれない」
 そう言った直後、店のほうで大きな衝撃音が響いた。トラックが突っ込んできたような……いや、それよりもっとタチの悪いものがぶつかったような。
「始まったようですね。あぁ、この店が破壊されてしまう……」
「のんびり言っている場合じゃないだろ。ほら!」
 手を差し伸べる。だがオートは座ったままだ。
「きっと……『ここ』が分岐点。ムーヴに負ければ全てが終わる。いえ、終わるのはこの『世界』だけですが」
「?」
「……スノウを、起こしましょう」
「あ、あぁ。でもどうやって?」
「……来ますよ」
「来るって、何が?」
 その直後、居間のすぐそばまで、一気に部屋が破壊された。瓦礫の向こうでは両手で時計を抱えているムーヴが眉根を寄せている。
「ほんとキライ〜!」
「そんなに褒めんといて」
 傘を差している維緒の周辺に、一度に雷撃が幾つも天から降り落ちる。目が灼けるほどの熱量と威力を持っているものばかりだ。
 それを受けてムーヴが「きゃあ!」と悲鳴をあげた。
「もういっちょいくで〜!」
 高笑いと共に維緒が傘を振り回す。雷の雨だ。
「あはははははははははははははははははははははははは! 壊れろ壊れろ!」
 愉悦の声を張り上げる維緒は、戦いに夢中で周囲が見えていないようだった。なんて恐ろしい男だ。
「どん、どん、どん、どんどんどんどんどんどんどんどんどんどん!」
 ムーヴめがけて何度も何度も雷が落ちる。維緒の合図と共に。
 聞こえるのは維緒の哄笑。
(これが維緒の戦い方……)
 周囲のものを巻き込み、薙ぎ払い、破壊し尽くしていく戦い方。
 直視できない友衛はオートの手を掴み、そこから距離をとることにした。維緒の攻撃は加速するように強くなっていく。愉しんでいるのだ。最初から、全力で戦わないのだ。彼は、徐々に力をあげていくのだ。
「……………………いたい」
 ムーヴが雷の攻撃の中、ぽつりと呟く。
「いたいのきらい。コレは、タベル」
 刹那、ムーヴの時計の針がぎゅるぎゅると回りだした。
「うふ。なんだ。最初からそうすればよかった」
 維緒の……攻撃を「吸収」し始める。無尽蔵の胃袋の中に、維緒の攻撃が食べられていく……!
 維緒は「あれま」と呟き、軽くムーヴから距離をとる。
「ちょいと調子に乗りすぎたか」
「――つ・ぶ・れ・ろ!」
 ムーヴがぎらりと維緒を睨む。だが維緒はそれに対し薄く笑うだけだ。
「フレアみたいにいくと思うてんのか、オレが!」
 攻撃を防ぐために傘を前に出す、維緒の両手が妙な方向に捻じ曲がり始める。顔をしかめる維緒の指も、妙な方向に曲がる。
 まるで、ねじれ、だ。
 差があるのだ。どうやっても覆せない差が。
 維緒とムーヴの間には、どうしようもない差がある。それを友衛は感じた。
 ムーヴは楽しそうだった。嫌いな相手がゆっくりと壊れていくのは、さぞ面白いことだろう。
「菊理野サン」
 ふいにオートの呟きが耳に入った。友衛は視線だけでオートを見る。オートは友衛のほうを見てはいなかった。
「ムーヴの時計を、必ず壊してください」
「え?」
「お願いしますね」
 にっこり微笑むオートは友衛のほうを「見た」。
「ボクたちがみんな死んでも。必ず、やってください」
 その時だ。肌にくる灼熱を感じた。
「真打ち登場、だ」
 『そいつ』は、まるで待ち合わせに遅れたような気軽さで――登場した。



 化生堂まで二人は走っていた。だが妙だ。足が、なんだか地面についていないような気がする。
(嬉しくて舞い上がってるってわけじゃないと思うんだが……)
 北斗は周囲を見回す。誰もいない。人間は誰も。まるで無人の街だ。
 横を走るフレアは、北斗から帽子を受け取って被っている。衣服もいつもの白いものだ。帽子は赤ではなく、白。どういう方法を使ったのか、フレアは一瞬で直し、着替えたのだ。
「だってこれ、制服だからな」
 なんて、意味不明なことを言って笑うや、北斗とキスをしまくった。舌まで絡めて。
「ぷはっ。これで全部か。結構あったな。やっぱりキスだけじゃ結構辛い」
 唇を離してそう言うや、フレアは病室を後にしたのだ。そして今、二人はこうして化生堂を目指している。
(あぁ〜、すげえワケわかんないし、緊迫した感じだってわかるのに……キスの感触が生々しくて頭ぼーっとしてる……)
 苦笑いをする北斗は、口を開く。
「あ、あのさ、ほんとにフレアなのか?」
「しつこいなぁ。なんだったらおまえが情事の最中になんて言ったか全部ここで言ってやろうか?」
 青ざめる北斗の横でフレアは意地の悪い笑みを浮かべる。
「『あ、フレア、き』……」
「ぎゃー! や、やめろーっっ!」
「これで本物って認めた?」
「み、認めるから!
 でもどうして? ミッシングは奈々子の入れ物だったんだろ?」
「ばーか。アタシの一部で作ってんだぞ? 奈々子の欠片を奈々子に移したら空っぽになるじゃないか。そこにアタシが入っただけだ」
「???」
「あたま悪ぃなあ。おまえとシた時におまえにアタシのほとんどを入れたんだよ。こうなることを見越してな」
「大事なものって……おまえ自身だったのか?」
「当たり前だろーが。男のおまえにアタシの子供産んでよ、なんて言わないっての。
 まぁとにかく、ムーヴに殺されるのは想像できたからさ。こうしてこの計画をたてたってわけ。ミッシは元々アタシなんだから、アタシに戻っただけだしね」
「で、でも……ムーヴに殺されたおまえは誰なんだ?」
「あれもアタシだよ。トカゲのしっぽ切りみたいなもの。ほとんどクズみたいなものしか残してなかったから簡単に殺されちゃったけどね。
 誰かを隠れ蓑にすれば、ムーヴは気づかないと踏んでさ。興味対象以外は目に入らないヤツだし」
 まあ、とフレアは苦笑した。
「ミッシと離れた状態だとムーヴに勝てる気はしなかったからね。こうなって、勝機が少しは見えてきたかな」
「スノウは? 起こすんだろ?」
「アタシを誰だと思ってんだよ?」
 フレアは北斗に清々しい笑みを見せる。
「負けるわけないだろ。とっととやっつけて、おまえとイチャイチャしないとな。たっぷりお礼しないといけないだろ。――ほんと、ありがと」
 フレアがウィンクし、それから足を止める。
 あれ、いつの間に。
 そう思った時は化生堂の残骸の前だった。
 維緒の様子が変だ。友衛とオートはかなり離れているが、それでも安全とは言いがたい。
「北斗、離れてろ」
 そう言うや、フレアはその場から一気に跳躍した。白いコートが頭上を舞う。
「『落ちろ、罪深き業火よ』――――!」
 炎の衝撃波、だ。
 凄まじい火炎に、周囲が否応なく揺らぐ。それは、店先だった場所に佇むムーヴに直撃した。
 無傷のムーヴはぎこちなく、こちらを見てくる。
 着地したフレアは、まるで維緒と二人でムーヴを挟むような場所にいた。
「真打ち登場、だ」
 不敵な笑みを浮かべて言うフレアを見て、ムーヴがワラった。
「なんだ。やっぱり生きてた。えへ。なんか前より美味しそう……食べちゃって、いい?」
「腹下しても知らないけど、それでもいいなら食えば?」
 腰に片手を当てて言うフレア。ムーヴはケタケタと笑った。耳障りな笑い方だ。
「じゃあ、いただきまーっ」
 す、まで言えなかった。背後から維緒が攻撃したのだ。そのムーヴに向かってフレアが駆ける。一直線に目の前まで!
 目を見開くムーヴは慌ててフレアを「吸い込んだ」。
 北斗は今、自分がフレアの死を目撃した時ほどのショックはない。丸々、生きたまま吸い込まれたというのに。
(だってフレアは、負けないって、あんなに自信たっぷりに言った……!)
 維緒は両腕を黒く変質させている。いや、壊れた腕の上から何かが強制的に「腕の折れた部分を治した」のだ。あれは……傘だった、もの?
「あかんなぁ。余所見したら」
「…………うるさい」
 うるさい。邪魔。鬱陶しいッ!
 ムーヴは歯を噛み締める。
 持っている時計の針は物凄い速度で回転していた。
「全部全部全部全部全部全部! ぜーんぶ! ムーヴのなんだからあっっ!」
 絶叫と共に、針が、完全に停止――――――――した。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】
【6145/菊理野・友衛(くくりの・ともえ)/男/22/菊理一族の宮司】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、梧様。ライターのともやいずみです。
 フレア復活、です。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。