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■休息■

川岸満里亜
【2863】【蒼王・翼】【F1レーサー 闇の皇女】
●東京―呉家―
 呉・水香は何も言わない。
 妹の苑香も、無言だった。
 今までは、寄り添い、励まし、世話をしてくれるゴーレムがいた。
 けれども、水香のゴーレムはもう動かない。
 もう傍にはいない。
 全てが間違いだったのか。
 全て、忘れてしまうべきなのか。
 悪魔契約書は、未だ水香の手の中にある。
 自分の記憶を消し、本を手放せば――昔に戻れるのだろうか。
「利己的な選択。だけど、すごく私らしいかも。私はこんなところで立ち止まっていたくないし」
 水香は一人、呟いていた。

●魔界―国境近くの宿屋―
 国境近くの小さな宿屋で一同は休息をとることにする。
 ジザス・ブレスデイズと時雨は、部屋での夕食後、テラスで語り合っていた。
 ジザスはカツラとサングラスで変装をしている。ジザスの外見は、人間に変えられる前も今も、さほど変わりがないとのことだ。
 時雨については、皇族の力を有しているものであっても、彼がフリアルの魂を持った人物であるとは判らないはずだ。……触れて探りさえしなければ。
「兄さんを復活させた仲間というのは、誰ですか?」
 こちらの世界に戻ってきてから、時雨の記憶は急速に戻ってゆき、現在ではほぼ生前の記憶がある。
「ルクルシーと彼女の側近だ」
 ルクルシー……。
 本名ルクルシー・ブレスデイズ・クレイリア・バルヅ。ジザスと同じ母を持つ、第一皇女。ジザスと時雨の魂――フリアルの姉だ。
 ジザスとは何かと対立しており、不仲であった。
 しかし、事態が事態である。兄弟が殺され、城を追われたこの状況下では、姉弟間の対立など些細なものと考えたようだ。
「では、皆様をどう紹介します?」
 共に、東京からやってきた者達がいる。
 異界人と協力をするとなると、お堅い姉が納得をする理由を考えねばならない。
「権力争いとは無関係だからな、城の側近より信頼できる。男は側近でも、親衛隊でもなんでもいいが、女は……」
 しばし考えた後、軽く笑いながら、ジザスはこう言った。
「俺の婚約者ということにするか」
「は?」
「妻以外の女に内情を聞かせるわけにはいかないだろ? お前の婚約者ってことでもいいんじゃないか」
「いやそれは……」
 時雨は苦笑する。
 なにせ、ここまで来てくれた女性達である。
 強い精神力を持った彼女達が、そんな案を受け入れるとは思えないが――。
「案外、面白がってくれるかもしれないぞ」
 にやりと笑う兄に、時雨はやはり苦笑を返すのであった。
『休息〜兄弟〜』

 スラム街のような集落だ。
 ジザス達と共に、国境近くの集落を訪れた蒼王・翼はまずそう思った。
 この集落には治安というものがない。
 強者が弱者から食料や物を奪う姿を、何度も目撃した。しかも、誰も止めはしない。
 ジザスとて同じである。
 尤も、彼の場合は身分を隠しているが故、仕方が無いとも言えるが……。
 しかし、全く気にも留めずに歩くこの様はどういうことだ?
 ジザスの意識について、翼は少し疑問を感じていた。

 夕食後。
 先に入浴を済ませた翼は、ティーカップを手にテラスに出た。
 テラスでは、ジザスと時雨が談笑をしている。
「翼様」
 時雨が立ち上がり、隣の椅子を引いて、翼を促す。
「オイ」
 その様子に、ジザスは苦笑する。
「その身体はともかく、お前はこの国の皇子だろうが。召使のような行動はもうやめろ」
「いえ、翼様は……」
「ああ、いいよ、もうこんなことしないでくれ」
 翼は時雨の言葉を制し、椅子に腰掛けた。
 時雨の行動は執事としての行動でもあるのだろうが……多分、翼の性別に気付いての行動だ。女性に対して礼節といったところか。
 ジザスの方は翼のことを、男性だと思っているらしい。
「しばらく行動を共にする上で、もう少しキミ達のことを知っておきたいと思ってね。話に混ぜてくれるか?」
「構わないが、何が聞きたい」
 足を組みながら、ジザスが問う。どことなく横柄な態度だ。
「そうだな……まずは、キミ達の関係。二人は腹違いの兄弟なんだよな。合流する予定のルクルシーという女性や、水菜……ミレーゼはどうなんだ?」
「ルクルシーは正妻の長女にして、私の姉だ。ここにいる、フリアルとミレーゼの母親は父の最愛の女性の子だ」
 ルクルシーは、ジザスより一つ年上だという。この2人の他に正妻の子はいないとのことだ。
 また、ジザスの母親は他の妻達と一緒に城に幽閉されていると報告を受けたそうだ。
 フリアルとミレーゼの母親は、ジザスの父親――皇帝に最も愛された女性であったが、身体が弱かったことと、身分や嫉妬によりかなり酷い虐めを受けたことも原因して、ミレーゼを産んだ数日後に帰らぬ人となった。
「以後、父はフリアルとミレーゼを私の側で育てるよう命じた。第一皇子である私の側に置くことで、他者が手出しできないようにしようと考えたようだが……」
「それでも、私はともかくミレーゼに対しての皆の仕打ちは酷いものでした」
 ジザスの言葉に、時雨が続けた。
「いや、お前に対しても十分酷かったぞ。それが原因で精神的に参って病気に負けたんじゃないかと思っていたんだが」
「いえ、そういうわけではありません。ミレーゼを守らなければと思っていましたので、王宮のつまらぬ争いなどで倒れたりは……」
 むきになって言い返す様に、翼は微笑ましさを感じていた。似てはいないが、本当に兄弟なんだと、感慨深いものがある。
「結局、キミ達は2人ともミレーゼを守れなかった、と」
 穏やかながらも、翼の厳しい指摘に、ジザスは苦笑し、時雨は押し黙った。
「まあ、そう言うな。出来る限りのことはしたつもりだが、いつでも傍にいてやれたわけではない。ミレーゼの最後についての話は、日を改めよう」
 言って、ジザスはワイングラスを取り、ゆっくりとワインを口に含んだ。
 ミレーゼについての詳しい話は、まだ時雨も聞いていないようだ。
 聞かねばならない。だけれど、聞くことへの恐れもあるのだろう。
「結局、ジザス……ああ、一応僕は側近という扱いになるのかな? ジザス“様”とでも呼んだ方がいいか?」
「皆の前では、そう呼んでくれ。普段は好きに呼んでくれて構わない。なにせ力が全てのこの世界では今の私はお前より格下だ」
 ふて腐れたように言う様が、なんだか可笑しかった。
「わかった。では、ジザス皇子。自身もミレーゼも守れなかった貴方が、力を失って尚、現政権に立ち向かう理由は?」
 時雨はジザスが国を愛していたと言っていた。
 それは本当なのだろうか。
 彼の目的とは何だ。復讐か? 或いは権力争いの勝者となる為なのか?
 それとも、国の責任者として現状を打開したいが為なのか――。
「それは、一言では言い表せない」
「兄さんは別に皇帝になりたかったわけじゃないですからね」
「たまたま、第一皇子として生まれてきただけだ。フリアル達の母親が図太い神経の持ち主で、生き残っていたのなら、正妻の座を勝ち得ていたんじゃないか? そうしたら、俺はお前に譲ったぞ、きっと」
「遠慮したいですね」
 時雨が苦笑する。
 どうやらこの兄弟、あまり国を治めることに興味はないらしい。
「あー……なんだか、先が思いやられるんだが?」
 翼の言葉に、2人はそろって笑った。
「この世界では、力があるものが力により国を統治する。力がない今、私にはその資格はない。しかし、自分の身内が起こした不始末を放ってはおけないだろ? 息子のこともある……」
 最後の言葉は呟きのようであった。
 今、この国で最も強力な力を秘めた存在は、ジザスの息子なのだろう。
 もし、フリアルを立てて、反乱を起こしたとしたら……その息子はどうなる?
 責任は誰が取ることになる?
「そんなに真剣に考えることではない。考えるのは私達の仕事だ。お前はフリアルを守ってくれればいい」
 ジザスが翼を気遣うように言った。
 どうやら、硬い顔をしていたらしい。
「世話になる。……飲むか?」
 ワインボトルが差し出される。
「……いや、今晩は遠慮しておく」
 笑みを浮かべて、翼はティーカップを口に運んだ。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2863 / 蒼王・翼 / 女性 / 16歳 / F1レーサー 闇の皇女】
【NPC / ジザス・ブレスデイズ / 男性 / 30歳 / バルヅ帝国第一皇子】
【NPC / 時雨(フリアル・ブレスデイズ) / 男性 / ?歳 / ゴーレム(バルヅ帝国第五皇子)】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
発注ありがとうございました。
今回は雰囲気的に、暗い部分が出ませんでしたが、ジザスの気持ちとしては、復讐や、報復という気持ちもあるのだと思います。
それでは、今後ともお付き合いいただければ幸いです!