■休息■
川岸満里亜 |
【5973】【阿佐人・悠輔】【高校生】 |
●東京―呉家―
呉・水香は何も言わない。
妹の苑香も、無言だった。
今までは、寄り添い、励まし、世話をしてくれるゴーレムがいた。
けれども、水香のゴーレムはもう動かない。
もう傍にはいない。
全てが間違いだったのか。
全て、忘れてしまうべきなのか。
悪魔契約書は、未だ水香の手の中にある。
自分の記憶を消し、本を手放せば――昔に戻れるのだろうか。
「利己的な選択。だけど、すごく私らしいかも。私はこんなところで立ち止まっていたくないし」
水香は一人、呟いていた。
●魔界―国境近くの宿屋―
国境近くの小さな宿屋で一同は休息をとることにする。
ジザス・ブレスデイズと時雨は、部屋での夕食後、テラスで語り合っていた。
ジザスはカツラとサングラスで変装をしている。ジザスの外見は、人間に変えられる前も今も、さほど変わりがないとのことだ。
時雨については、皇族の力を有しているものであっても、彼がフリアルの魂を持った人物であるとは判らないはずだ。……触れて探りさえしなければ。
「兄さんを復活させた仲間というのは、誰ですか?」
こちらの世界に戻ってきてから、時雨の記憶は急速に戻ってゆき、現在ではほぼ生前の記憶がある。
「ルクルシーと彼女の側近だ」
ルクルシー……。
本名ルクルシー・ブレスデイズ・クレイリア・バルヅ。ジザスと同じ母を持つ、第一皇女。ジザスと時雨の魂――フリアルの姉だ。
ジザスとは何かと対立しており、不仲であった。
しかし、事態が事態である。兄弟が殺され、城を追われたこの状況下では、姉弟間の対立など些細なものと考えたようだ。
「では、皆様をどう紹介します?」
共に、東京からやってきた者達がいる。
異界人と協力をするとなると、お堅い姉が納得をする理由を考えねばならない。
「権力争いとは無関係だからな、城の側近より信頼できる。男は側近でも、親衛隊でもなんでもいいが、女は……」
しばし考えた後、軽く笑いながら、ジザスはこう言った。
「俺の婚約者ということにするか」
「は?」
「妻以外の女に内情を聞かせるわけにはいかないだろ? お前の婚約者ってことでもいいんじゃないか」
「いやそれは……」
時雨は苦笑する。
なにせ、ここまで来てくれた女性達である。
強い精神力を持った彼女達が、そんな案を受け入れるとは思えないが――。
「案外、面白がってくれるかもしれないぞ」
にやりと笑う兄に、時雨はやはり苦笑を返すのであった。
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『休息〜寂しさ〜』
事情聴取を受け、部屋を簡単に片付けた後――。
呉・水香と苑香、阿佐人・悠輔は、研究室に集まっていた。
水香は悪魔契約書を机に置いたまま、研究ノートを開き、なにやら書き込んでいた。
「お茶、淹れてくるね」
無言で椅子に座っていた苑香が、立ち上がって出ていった。
研究室には悠輔と水香、2人きりになった。……もう一つ、姿はある。水槽の中に眠る金髪の少女。ゴーレムの水菜の身体が。
だけれど、彼女は動かない。それはもう、ただの人形でしかない。
「帰って……いいよ」
水香が言った。
「本当にそう思ってるのか?」
悠輔は立ち上がって、水槽の前に立った。
しばらくゴーレムの少女を見た後、振り向いて水香を見る。
水香はノートに無表情でペンを走らせていた。
その様子から、何かをせずにはいられない彼女の精神状態が窺えた。
「……水香さん、水菜や時雨のようなゴーレムを作った理由に、寂しさを埋める存在が欲しかった、と言う思いがあるんじゃないか?」
「寂しくなんかない。苑香がいるし」
「でも、両親はいない。特に父親はたまにしか帰ってこないと聞いている」
その言葉に、水香はペンを止めた。
悠輔は、言葉を続けた。
「それが理由なんじゃないか? そうでなきゃ、あんたは時雨のことをあんなに大事にしていなかったんじゃないか?」
「そんなの、わからない。でももういい。もう忘れることにしたから……」
水香が悪魔契約書に、手を添えた。
「またその契約書を使うのか? 今度は自分の記憶でも消すつもりか?」
答えない水香に対し、悠輔は自分の考えを口にした。
「……多分、記憶を消したとしても、違う魂を呼び出して、また時雨のような存在を作り出して、同じ事を繰り返すだけなんじゃないか? それで、本当にあんたらしく先に進むことが出来るんだろうかな?」
居間で水香が呟いた言葉を、悠輔は聞いていた。
“利己的な選択。だけど、すごく私らしいかも。私はこんなところで立ち止まっていたくないし”
彼女には、成したいことがあるのだろう。
自分が利己的であることも、理解しているのだろう。
水香という人物が少しずつわかってきた悠輔は、更に言葉を続ける。
「あんたが今という時から先に進むのだとしたら、今まであったことは忘れるのではなく、背負っていくことだと思う」
水香はゆっくりと……左右に首を振った。
「無理だよ。重すぎる」
「重さをわかっているのなら、尚のこと。あんたは忘れたらいけない」
「だって……!」
水香が振り向いた。強い眼で悠輔を見る。
「情を持ちたくないから、ゴーレムにしたんだから。でも、少し、持っちゃったからね。忘れないと先に進めない。私はもっと優れた物を世に生み出すの。おじいちゃんを超えるの。父さんも超えるわ」
「祖父や父親を超えることが望みなのか?」
「そうよ。人間はそうして新たな物を生み出してきた。何の知識もなければ、一人の人間が一生で生み出せるものはとても少ない。だけど、おじいちゃんの研究資料があって、この本を持っている私は、おじいちゃんを超える発明品を生み出すことができる。そうしたら……父さんも認めてくれる」
やはり……それは寂しいということなのだろう。
悠輔にはそう思えた。
水香は多分、父親が好きだ。
父親にもっと、目をかけてほしいと思っている。
傍にいてほしいと思っている。
だからこそ、水香は祖父の研究資料から、男性のゴーレムを選んだ。
自分を優しく見守り、愛し、大切にしてくれて、ずっと傍にいてくれる大人の存在。
「……俺は、向こうに行った人達から詳細を聞くまで、2人がこちらに戻ってくる可能性を捨てる気は無い」
悠輔は静かに言った。
「忘れるかどうか決めるのは、それからでも遅くないんじゃないか?」
水香が答えるまで、悠輔は待った。
数秒、数十秒と時間が流れていく。
「……待つ、理由が見当たらない。向こうで暮せばいいと思うし」
「本当にそう思ってるのか?」
それは最初に言った言葉と同じ言葉だ。
「本当は、不安なんじゃないか? 一人になることが」
悠輔の言葉に、水香は拳を握り締めた。
「うんとは言わない。絶対に言わない。だけど……そう思うなら、思ってればいい。ここにいたいんなら、いてもいいし」
水香のその言葉に、悠輔は静かに「わかった」とだけ答えて、再び椅子に腰掛けた。
「お茶、淹れたよ」
お盆を手に、苑香が現れる。
少しだけ微笑むその顔には、力がない。悲しい眼をしていた。
「ありがとう」
悠輔は苑香から湯呑を受け取った。
「お姉ちゃんも……はい」
「うん」
湯呑を受け取った水香は両手で湯呑を包み込んだ。
苑香は悠輔の傍に腰かけた。
2人の姉妹はまた、何も言わない。
黙ったまま、座っていた。
悠輔も、今は明るい言葉は必要ないと感じた。
気持ちを浮き上がらせる必要はないと感じていた。
3人は、同時にメイド型ゴーレムの姿を見た。
動かない彼女の姿を――。
水菜の身体を見ながら、護衛の意味だけではなく、しばらくこの姉妹の傍にいようと悠輔は思うのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【5973 / 阿佐人・悠輔 / 男性 / 17歳 / 高校生】
【NPC / 呉・水香 / 女性 / 17歳 / 発明家】
【NPC / 呉・苑香 / 女性 / 16歳 / 高校生】
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸です。
ゲームノベル『休息』にご参加いただきありがとうございました。
まだ本編ではどのような状況になるのかはわからないのですが、現在の水香の気持ちは悠輔さんが感じ取ったとおりです。
今後、どのように展開し、どのような物語となるのか、楽しみにしております。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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