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■警笛緩和■

水綺 浬
【7321】【式野・未織】【高校生】
 赤い夕日が朧気に浮かぶ。今にもそのまま消えるかのように。

 左手には幅三十メートルの川が海へと緩やかに流れていた。日に照らされて小さく波打つたび、星のように輝く。それを遠目に土手を歩いていると、連続した水音が耳に入ってくる。音を辿れば、十代の少年が黒い学生服を身に纏い、小石を川へ投げていた。
 水面を小さな欠片が五回も飛び跳ねていき、そして沈む。
 赤く陰るその後姿。悲哀に満ちて、瞳に映る。
 おもむろに私の足は少年へと引き寄せられていた。

「何してるんだ?」

警笛緩和 - 二メートルからの飛躍 -



「手作りだと受け取ってもらえないかもしれない……」
 お気に入りの店で、綺麗にラッピングされたお菓子を手にした。
 休日でお客が込み合う店内に式野未織はいる。甘い香りを漂わせ、陳列されたお菓子類は今か今かと会計を待ち、次々に少女の手で消えていく。
 未織もクッキーを購入するために、レジへと急いだ。
「ありがとうございましたー!」
 背中に店員の声。
 店の前で未織は立ち止まる。今買ったばかりの包みを持って。
「市販なら大丈夫かなぁ……?」

  *

 いつもの川岸へと足を運ぶ。
 休日のために、散歩する人や家族連れが多くなっている。自転車が横を通り過ぎた時、魄地祐が視界に入った。
 小さな公園近くのベンチに腰を下ろしていた。お昼の暖かな日差しを受けながら子供の笑い声の中で。だが祐の場所だけが暗く沈んでいる。
(どうしたんだろう?)
 いつもなら人を寄せ付けない雰囲気をまとっているはずなのに。それ以上に何か塞ぎ込んでいた。

「魄地君」
 ゆっくりと近づき、穏やかな声音で声をかける。
 祐はちょっと一瞥しただけで、そのまま俯いた。
 こんなに隙がある無防備な祐は初めてだ。
 次の言葉を紡ぎ出せずに困惑していると。
「なんだ」
「え、あ、あの。今日は、い、……いい天気ですね!」
 どうでもいい事を口走ってしまう。
「ああ、そうだな」
 未織はその返答に少し目を見開く。今までの祐ならば、無視するか食ってかかるはずだ。それとも、元気がないのが原因なのか。しかし、警戒心の強い祐がそれだけで応えるとは思えない。一歩ずつでも歩み寄れているんだろうか、と胸に灯りがともった。
 どのくらい近づけているのか、祐に試みる。
「魄地くん。あの……」
 思わず、手が汗ばむ。
「横、いいかな?」
 同じベンチに座らせてほしい、と。
 祐は未織に目線をあわせなかったが。
「ああ」
 イエスと言ってくれた。未織が横に座っても身じろぎもせず、距離もとらなかった。
 初めて会った時は人を締め出す壁を張り巡らせて警戒していたはずなのに、今はなんともない。祐の空間に入ることを許された。無理かもしれないと思っていたのに。――胸が熱くなる。

  *

「あ! この間のお祖母様のことなんですけど」
 思い出したように、口を開く。
 祖母が未織を”悪魔の子”だと思っていること、昔未織の息の根を止めようとしたこと、数年経った今も鮮やかに思い浮かんでくる。今でも首に残った手の感触が忘れられない。同時に背中を冷たい手でなぜられるような畏怖が襲ってくる。
 それでも――
「ミオ、お祖母様の事嫌いじゃないですよ。この間は何だか嫌いな言い方になってしまいましたけど」
 どんな事を言われても、首を絞められても、嫌いではない。
「そう、なのか?」
 少年は未織の声に耳を傾ける。
「お祖母様の気持ちは、理解できないものじゃないですから」
 そう言う未織は、川の水が反射して白く輝いていた。眩しくて、影ができるほどに。

 他人の想いを感じとれる未織。
 人の立場を受け止められる未織。
 祐はまだそこまでの余裕が、ない。

「恨んでないのか?」
 祐の問いにきょとんとして、瞳を瞬いた。
「恨んでませんよ。……ただ、悲しいだけ。いつかお祖母様とたくさんおしゃべりしたい。それが夢です」

 家族に目の敵されても、乗り越えていく強さ。祐とは違う芯の強さ。
 いつか、この強さを持ちたいという気にさせてくれる。そう、祐は思った。

  *

「魄地くん、さっきはどうして落ち込んでいたんですか?」
 はっと未織に顔をあげる。
「気持ちが沈んでいたから……。あ、でも、言いたくなければ言わなくていいです」
 無理強いはしたくないとやんわり断った。

 祐の脳裏に蘇る、言葉。街中で偶然、一族の者と出会った。
『その目で見るな! 穢れる!』
 いつも聞く血縁の言葉。最近は慣れたと思っていたのに、なぜか今日は心を鷲掴みされたような痛みが走って。味わった言葉が再び、心をえぐった。
 けれど、今は。

「あんたが悪魔の子なら、オレもそうだな……」
 未織の柔らかな温かさに触れて、ふっと微笑できるようになる。
「え」
 笑みとその言葉に驚く。
「ダウジングとかは使えないが、オレもある能力を持ってるから」
 ゆっくりと明かされる事実。
「……ミオの他にも、能力者がいたんですね」
 嬉しいな、と呟く。
 祐に真っ直ぐ体を向けて。
「ミオ、将来の夢はパティシエなんです」
 はっきりと宣言する。
「お祖母様がいつかミオのお菓子を食べて笑ってくださったらって、そう思うんです。お祖母様だけじゃなく、色んな人をミオのお菓子で幸せにしたい、笑顔にしたい……」
 いつのまにか、二つの袋を手にしていた。
「この間、愚痴ってしまったお詫びにクッキーを焼いて来たのですが……」
 左手に持つ、手作りクッキーの包みを目の前に差し出す。
「でも市販のも買ってきました」
 右手には店で購入したお菓子。ギンガムチェックのリボンで口を結ばれた、透明な袋。その中には黄金色に焼かれたクッキーが何枚も重なっていた。
 祐は、見るからに当惑する。初めて会った時は断ったが、あの時は未織のことを知らなかったから。でも、今の心には未織が自然に存在している。
 受け取って、と未織は笑顔で促す。
 未織の青い瞳をじっと見つめ、気づかれないように肩の力を抜く。おずおずと、市販のクッキーに手を伸ばした。
「ありがとう」
 ぼそっと呟かれた言葉。
「よかった……」
 息をつく。不安でいっぱいだった。市販のクッキーでさえ、受け取ってもらえるかどうか分からなかったから。
 祐は贈られた袋を開き、口に運ぶ。
「おいしい」
 そっと食べた、甘い味。口いっぱいに広がる。
 表情がなく、静かに一枚食べきる。
 それを見つめていた未織は。
「魄地君もきっと、笑顔にしてみせますよ。美味しいお菓子を食べて幸せにならない人なんていないですから」
 今まで少しばかり見てきた笑顔。自分が贈ったお菓子でもたらされたもの。
 こちらまで幸せになる、絆のぬくもり――。

 お菓子をきっかけに、祐を笑わせたい。未織は固く決意する。



 出会いはセピア色に褪せることなく、色づき始めた――


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■     登場人物(この物語に登場した人物の一覧)    ■
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【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 7321 // 式野・未織 / 女 / 15 / 高校生

 NPC // 魄地・祐 / 男 / 15 / 公立中三年

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■             ライター通信               ■
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式野未織様、いつも発注ありがとうございます。

また一段と距離が近づきました。前回言わせたかった言葉も書くことができました。
祐が未織さんのクッキーを食べたことが嬉しいです。いつか、手作りの方も食べれるといいなぁと思います。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。


水綺浬 拝