■激走! 開運招福初夢レース!?■
西東慶三 |
【7192】【白樺・雪穂】【学生・専門魔術師】 |
気がつくと、真っ白な部屋にいた。
床も、壁も、天井も白一色で、ドアはおろか、窓すらもない。
(ここはどこで、なぜこんなところにいるんだろう?)
納得のいく答えを求めて、懸命に記憶をたどる。
その結果、導き出された答えは一つだった。
(これは、夢なのではないか?)
自分の記憶は、ちょうど眠りについたところで途切れている。
だとすれば、これはきっと夢に違いない。
眠っている間に何者かにここへ運び込まれた、ということもありえなくはないが、それよりは、これが夢である可能性の方が高いだろう。
それにしても、なんとつまらない夢だろう。
何もない、だだっ広い真っ白な部屋に、自分ひとりぼっち。
しかも、ただの夢ならともかく、これが今年の初夢だとは。
(目が覚めるまで、待つしかないか)
そう考えはじめた時、突然、どこからともなく声が響いてきた。
「お待たせいたしました! ただいまより、新春恒例・開運招福初夢レースを開催いたします!!」
(『新春恒例・初夢レース』……?)
新春恒例と言われても、そんなレースは聞いたこともない。
不思議に思っている間にも、声はさらにこう続けた。
「ルールは簡単。誰よりも早く富士山の山頂にたどり着くことができれば優勝です。
そこに到達するまでのルート、手段等は全て自由。ライバルへの妨害もOKとします」
(面白そうじゃないか)
聞いているうちに、次第とそんな気持ちが強くなってくる。
なんでもありの夢の中で、なんでもありのレース大会。
考えようによっては、こんなに面白いことはない。
それに、どうせ全ては夢の中の出来事なのだ。
負けたところで、失うものがあるわけでもない。
もちろん、勝ったところで何が手に入るわけでもないのかもしれないが、楽しい夢が見られれば、それだけでもよしとすべきだろう。
「それでは、いよいよスタートとなります。
今から十秒後に周囲の壁が消滅いたしますので、参加者の皆様はそれを合図にスタートして下さい」
その言葉を最後に、声は沈黙し……それからぴったり十秒後、予告通りに、周囲の壁が突然消え去った。
かわりに、視界に飛び込んできたのは、ローラースケートやスポーツカー、モーターボートに小型飛行機などの様々な乗り物(?)と、馬、カバ、ラクダや巨大カタツムリなどの動物、そして乱雑に置かれた妨害用と思しき様々な物体。
想像を絶する事態に、なかば呆然としつつ遠くを見つめると……明らかにヤバそうなジャングルやら、七色に輝く湖やら、さかさまに浮かんでいる浮遊城などの不思議ゾーンの向こう側に、銭湯の壁にでも描かれているような、ド派手な「富士山」がそびえ立っていたのであった……。
−−−−−
ライターより
・新年あけましておめでとうございます、撓場秀武です。
・ドタバタ系(&不条理系?)のギャグシナリオです。
他の参加者と協力しあったり足を引っ張りあったりしつつゴールを目指して下さい。
・何に乗って、どんなところを優先的に通って行きますか?
オープニングに出ているものが全てではありませんので、ある程度自由に考えて下さって構いません。
・夢の中という特殊な空間につき、現実世界の常識が通じない場合が多々あります。
各キャラクターの能力も、必ずしも普段と同じとは限りませんのでご注意下さい。
・プレイングの〆切は1月8日午前0時を予定しています。
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激走! 開運招福初夢レース二〇〇八!
〜 スターティンググリッド 〜
気がつくと、真っ白な部屋にいた。
床も、壁も、天井も白一色で、ドアはおろか、窓すらもない。
(……ここは?)
納得のいく答えを求めて、懸命に記憶をたどる。
その結果、導き出された答えは一つだった。
(……夢、なの?)
自分の記憶は、ちょうど眠りについたところで途切れている。
だとすれば、これはきっと夢に違いない。
眠っている間に何者かにここへ運び込まれた、ということもありえなくはないが、それよりは、これが夢である可能性の方が高いだろう。
それにしても、なんとつまらない夢だろう。
何もない、だだっ広い真っ白な部屋に、自分ひとりぼっち。
しかも、ただの夢ならともかく、これが二〇〇八年の初夢だとは。
(何も起きないし……待つしかないかな)
そう考えはじめた時、突然、どこからともなく声が響いてきた。
「お待たせいたしました! ただいまより、新春恒例・開運招福初夢レースを開催いたします!!」
(『新春恒例・初夢レース』……?)
新春恒例と言われても、そんなレースは聞いたこともない。
不思議に思っている間にも、声はさらにこう続けた。
「ルールは簡単。誰よりも早く富士山の山頂にたどり着くことができれば優勝です。
そこに到達するまでのルート、手段等は全て自由。ライバルへの妨害もOKとします」
(ふーん……これはこれで面白そう)
聞いているうちに、次第とそんな気持ちが強くなってくる。
なんでもありの夢の中で、なんでもありのレース大会。
考えようによっては、こんなに面白いことはない。
それに、どうせ全ては夢の中の出来事なのだ。
負けたところで、失うものがあるわけでもない。
もちろん、勝ったところで何が手に入るわけでもないのかもしれないが、楽しい夢が見られれば、それだけでもよしとすべきだろう。
「それでは、いよいよスタートとなります。
今から十秒後に周囲の壁が消滅いたしますので、参加者の皆様はそれを合図にスタートして下さい」
その言葉を最後に、声は沈黙し……それからぴったり十秒後、予告通りに、周囲の壁が突然消え去った。
かわりに、視界に飛び込んできたのは、ローラースケートやスポーツカー、モーターボートに小型飛行機などの様々な乗り物(?)と、馬、カバ、ラクダや巨大カタツムリなどの動物、そして乱雑に置かれた妨害用と思しき様々な物体。
想像を絶する事態に、なかば呆然としつつ遠くを見つめると……明らかにヤバそうなジャングルやら、七色に輝く湖やら、さかさまに浮かんでいる浮遊城などの不思議ゾーンの向こう側に、銭湯の壁にでも描かれているような、ド派手な「富士山」がそびえ立っていたのであった……。
(……何これ)
それが、白樺雪穂(しらかば・ゆきほ)の正直な感想だった。
夢の中は現実とはまた違った法則が支配している世界であることくらいは彼女も頭では理解しているつもりだが、いきなりこの光景を見せられてもなかなかその一言で割り切ることは容易ではない。
さらに驚いたのは、自分の隣にいる大きな白い虎の存在である。
確かに彼女はいつも白楼という白虎を連れてはいるが、それは本来まだまだ小さな白虎の子で、彼女の小さな肩にさえ乗っかってしまうようなサイズだったはずである。
今目の前にいるこの大きな白虎とは似ても似つかない……と言いたいところだが、この白虎には、明らかに白楼と共通する点が多すぎた――平たく言えば、大きさ以外のほとんどがそうだ。
「白楼?」
その呼びかけに、大きな白虎が「なぜ疑問系なのか?」とでも言うように怪訝そうに応える。
ということは、やはりこれが白楼で間違いないのだろう。
「……ま、いいか」
ともあれ、これ以上ごちゃごちゃ考えていても始まらない。
雪穂はそう割り切ると、白楼と一緒にのんびりと歩き始めた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 ナマズが何匹? 〜
「雪ちゃん?」
聞き慣れた声に、雪穂は足を止めた。
振り返ってみると、そこには彼女とそっくりの姿をした人物がいた。
彼女とは双子の姉妹である、白樺夏穂(しらかば・なつほ)に間違いない。
「夏ちゃん! 夏ちゃんもここにいたの?」
「ええ。雪ちゃんも来てるとは思わなかったわ」
二人はそんな風に軽く言葉を交わすと、お互いの隣にいるものの姿を見て――雪穂の隣には白虎が、そして夏穂の隣には九尾の狐が佇んでいる――顔を見合わせる。
雪穂の白楼が本来はまだ肩に乗るくらいの大きさの白虎の子であるのと同様、夏穂の蒼馬も本来は同じような大きさの九尾の狐の子であるはずなのだ。
それがどちらもすっかり大人の姿になっているとなると、やはり二人の身の上にはほぼ同じ子とが起こっていると言わざるを得ない。
それが必然なら、きっとこれも二人の絆の強さによるものだろうし、もしこれが偶然だとしたら、それこそできすぎている。
「同じだね」
「同じね」
二人はそうして笑い合うと、並んで再び歩き出した。
しばらく行くと、二人は森の中の大きな池にさしかかった。
ふと池の方を見ると、池から大きなナマズが「顔を出して」いる。
本来水中で暮らす魚であるはずのナマズが、水面上に顔を出すなど聞いたこともない。
その様子に興味をそそられた雪穂は、夏穂にも見せようと思ってそのナマズの方を指差した。
「夏ちゃん! 変なナマズがいる!」
「……本当ね。魚なのに……凄いわね」
相変わらず顔を出したままのナマズに目をやり、微笑みながら満足そうに頷く夏穂。
彼女にとってはその一言で済ませてしまえる程度のことであるらしいのだが、雪穂はどうしてもそのナマズの「水面下の部分」がどうなっているのかが気になってきた。
「ちょっと見てくる!」
それだけ言うと、雪穂はすぐに池の縁へと駆け寄った。
ナマズは特に逃げる様子もなく、のほほんとした顔で雪穂の方を見ている。
雪穂はそんなナマズをしげしげと眺め……その胴体が、恐ろしく長いことに気がついた。
平均的なナマズの全長はせいぜい六十センチほどで、大物でも一メートルを越すくらいである。
ところが、このナマズはそんなものではないらしく、池の縁から見た限りでは、尾がどこにあるかすらわからなかった。
「夏ちゃん、この子すっごく長いよ!」
一体、どのくらいの長さがあるのだろう。
すっかり好奇心をそそられた雪穂は、手袋を脱ぎ、服の袖をまくり上げて、水の中に手を入れ、ナマズをちょっと引っ張り上げてみることにした。
……と。
雪穂がナマズを引っ張った瞬間、突然池のあちこちが泡立ち、さらに七匹もの大ナマズ、もしくは長ナマズが現れた。
その挙動はナマズと言うよりは蛇のそれで、鎌首をもたげるようにして雪穂を威嚇している。
あのナマズの顔で威嚇されてもそんなに怖くはないのだが、予想外の展開にさすがの雪穂も後ずさる。
その事態を収拾したのは、夏穂だった。
「驚かせちゃってごめんなさい」
夏穂が歩み寄って声をかけると、ナマズたちは急に大人しくなった。
彼女はもともと動物に好かれるタイプのようだが、それはこの空間でも通用するらしい。
「雪ちゃんはあなたがどんな姿をしているか知りたかったみたい。許してあげて」
彼女の言葉に、ナマズたちは納得したように池の中へと消え。
……ややあって、突然大きな「何か」が跳ねた。
頭が八つに、胴体(?)が一つ。
二人が見ていたものは、八匹の大ナマズなどではなく、一匹の「ヤマタノナマズ」だったのである。
「こういうことだったの……本当に凄いわね」
やはりその一言で片づけてしまう夏穂の横で、雪穂はこんなことを考えた。
(確かに凄いけど……あの顔じゃ、やっぱりちょっと間が抜けてる……)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 巨大ロボと泥棒ネズミ 〜
内藤祐子(ないとう・ゆうこ)は急いでいた。
魔剣ディスロートの力で空を飛んでいけば早いだろうと思っていたら、予想外の障害にぶち当たって結構な時間をロスしてしまったからである。
そこで「上空は危ない」という話を聞いて低空飛行に切り替えたものの、結局危ないのは上空も地表付近も同じであった。
人食いバナナを返り討ちにし、体長五十センチほどのでかいバッタの群れを追い払い。
謎の桜餅のような生き物に危うく吸い込まれかかったり、銀色の巨大な猿に風車を投げつけられたりしつつ、それでも結構なペースで目的地へと進んでいた。
「この音は……なんでしょうか〜?」
斜め後方から不意に聞こえてきた爆音に、そちらの方を振り向いてみる。
彼女が目にしたのは、身体を真っ直ぐに伸ばし、両腕を力強く前に突きだして飛ぶ、巨大な人型ロボットの姿だった。
「さすがは夢の中ですね〜」
そう納得しかけた祐子であるが、よく考えてみれば、これもきっと他の参加者の誰かが乗っているものに違いない。
だとすれば……ここで潰しておくしかないだろう。
と、祐子がそう判断した時。
彼女が仕掛けるのを待たずに、突然ロボットがこちらに向かって急降下してきた。
『見つけたぜ、メイドの姉ちゃん! さっきはよくもやってくれやがったな!?』
どうやら、乗っているのはスタート地点で祐子がかっ飛ばした相手の一人であるらしい。
だとすれば、いずれにしても戦闘は避けられないと言うことか。
「お望みなら、お相手させていただきますよ〜」
足を止めて向き直る祐子に、ロボットも着地して戦闘態勢をとる。
『上等だ!
五百七十トンのミサイルキックでペラペラにして、ポスター代わりに部屋の壁に飾ってやる!』
大地を揺らして巨体が駆け、予告通りの超特大ミサイルキックがかっ飛んでくる。
とはいえ、威力もサイズも並ではないが、直線的な攻撃なので避けられないほどのものではない。
祐子は素早く回避しつつ逆にディスロートでの斬撃を見舞ったが、軽くこちらの三十倍以上の巨体を誇るロボット相手では、切れ味うんぬん以前に剣の長さが絶対的に足りず、装甲の一部を傷つけるに留まる。
『効かねぇなあ! 全然全くちっともさっぱり効かねぇなあぁ!!』
その言葉とともに、再び着地したロボットが振り向きざまの裏拳を放つ。
これもどうにか回避は間に合ったが、危うく風圧だけで持っていかれそうになる。
「さ、さすがにこれは反則ですよぉ〜!」
光線技や飛び道具らしきものがないのが救いといえば救いだが、スピードもパワーも桁外れのこんな相手に勝てるはずがない。
と、なれば。
あとは、「三十六計逃げるに如かず」である。
「えーと……さようならぁ〜!」
回れ右して直ちに急上昇する祐子。
『あっ! ちょっと待て逃げんのかコラぁ!』
それをものすごいスピードで追ってくるロボットをかわし、今度は急降下に転じる。
ロボットはしばらく行きすぎてからこれまた急降下に転じ、ものすごい速さで追いついてきて。」
祐子が地表スレスレで水平飛行に転じると、勢い余って見事に頭から地面に突っ込み、腕や頭はもちろん、胴体の半分近くまで地面に埋まってしまった。
『ぬあぁっ! ぬ、抜けねえぇっ! 謀ったなあぁっ!?』
地面からにょっきり生えたロボットの下半身だけがバタバタしている様は、すでに恐怖でもなんでもなく、ただ滑稽なだけである。
「それでは、私は先を急ぎますね〜」
それだけ言って先を急ぐ祐子の背後から、男の怒号だけが追いかけてきた。
『コラ! この、待て、覚えてろおぉっ!!』
それから、どれくらい経っただろうか。
「夏ちゃん、この巨大な足跡、何だろうね?」
「何かはわからないけど、何にしても凄い大きさね」
夏穂は、双子の雪穂と、お互いのお供である九尾の狐の蒼馬、そして白虎の白楼の二人と二匹でのんびりと歩き続けていた。
だだっ広い大平原。
目につくものと言えばいくつかの巨大な足跡と……「何か」を運んでいる多くのネズミ。
「あ、またネズミ……何運んでるんだろう?」
「……見た目からして金属みたいね。何に使うのかしら」
そんなことを話しながら二人が進んでいくと、やがて「妙な何か」が二人の視界に飛び込んできた。
よく、人が大勢集まっている様子を「黒山の人だかり」と表現する。
その表現に習うならば、「黒山のネズミだかり」とでも言うべきだろうか?
さながら角砂糖に群がるアリのように、無数のネズミが「何か」に群がっては、そこから何かを運び出していた。
「……凄いわね、雪ちゃん。色々な意味で」
「凄いね、夏ちゃん……他に言葉が見つからないよ」
と。
そのネズミの群れをかきわけて、一人の男が顔を出した。
「ぉおーい……助けてくれえぇ……」
ネズミの側は彼には一切興味がないようだが、それでもお互いに邪魔なことにかわりはないようである。
「助けましょうか」
「助けようよ」
二人はそう言いあうと、夏穂の「お願い」で一旦ネズミたちに退いてもらい、男を引っ張り出すことに成功したのだった。
「助かったぜ、嬢ちゃんたち。恩に着るぜ」
大宮と名乗った男の話によると、彼はレース開始直後に謎のメイドに襲われてかっ飛ばされ、どこかの遺跡のようなところに突っ込んだらしい。
そこで巨大ロボットを見つけた彼はそれに乗って富士山へ向かおうとしたものの、途中で再び先ほどのメイドに遭遇し、罠にはめられて墜落してしまった、ということだった。
「さっきからネズミたちが運んでたのは、そのロボットの部品だったんだ」
相変わらず作業を続けているネズミたちを見ながら、雪穂が納得したように言う。
「そうみたいだな。
まさかネズミにバラされるとは思わなかったが、おかげで出られたんだからよしとするか」
大宮の話を半分程度に聞いたとしても、それだけ巨大なロボットをネズミに解体するというのは確かに凄いことである。
「でも、あんなもの本当に何に使うのかしら……?」
「さあな? けど、ロボットをバラせるだけの頭があるんだから、実は何か作ってたりしてな」
「ひょっとしたら、別のロボットとか?」
雪穂の言葉に、大宮が楽しそうに笑う。
「ははっ、そいつはいいや。意外と今年の門番はそれだったりしてな」
「……門番?」
夏穂が尋ねてみると、大宮は「俺もそこまで詳しいワケじゃねぇが」と前置きしてからこう説明した。
「ああ、どうもこのレースは毎年ゴール前に門番がいるみたいでな。
ゴールまで着いても、なかなか一筋縄じゃゴールできねぇんだ。
確か去年は猛スピードで突っ走るイノシシの背中のゲートを後ろからくぐれ、だったな」
「それは大変そうね……で、どうしたの?」
「ああ、その時はちょっとしたハプニングがあってだな……」
と、こんな調子でこのレースについての話を少しした後、大宮は「また何か適当な乗り物探してみるか」と言って立ち去っていったのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 バクと黒豆 〜
それは、どれくらい歩いた頃だったろうか。
川辺にたどり着いたところで、雪穂は異様な気配を感じて辺りを見回した。
ところどころに、ぽっかりと空いた穴のようなものが見える。
……と言っても、岩や地面に穴が空いているのではない。
穴が空いているのは、「その場の空間そのもの」であった。
「これ……何だろう?」
「何にしても、あまり近づかない方がよさそうね」
相手が何らかの動物や何かであればまだ対処の仕様もあるが、こういったものに対してはそれ以外にできることもないだろう。
夏穂の言葉に雪穂は一度頷くと、なるべくそれらの穴には近づかないようにして先へ進むことにした。
そうして歩いていくと、やがてあまり見慣れない動物が何かを食べているのが見えてきた。
「夏ちゃん、あれ何だろう? 行ってみようか?」
この空間にいる色々な珍しい動物や植物が、雪穂は面白くて仕方がないのだが、夏穂の方はどうもそれほど感じるところもないのか、だいたい「凄いわね」の一言で淡々と対処している。
これまでもそんなことがしばらく続いていたが、今回の夏穂の対応は少し違っていた。
「……あれには近づかない方がいいと思うわ。だって、あれは多分バクだもの」
なるほど、言われてみればあの白と黒の体色といい、やや長めの鼻といい、おそらくマレーバクに類した何かであろう。
「夢を食べるという獏とは本来別物のはずだけど……ここではわからないわ」
「それじゃ、この辺の穴も?」
「可能性はあるわね」
そういわれてみると、確かに近づかない方が無難なのかもしれないが……それ以上に、雪穂はその真偽を確かめたくなってしまった。
「ちょっと見てきてみる!」
それだけ言って、手近なバクの方に駆け寄る雪穂。
バクはそんな彼女に気づいているのかいないのか、一切構わず「何か」を食べている。
雪穂はその口元をのぞき込み……そこに「何もない」のを見て、夏穂の考えが当たっていたことを知った。
とはいえ、バクの方はそれを知られたからどうこう、というわけでもなく。
雪穂たちの姿などないかのように黙々と「その場の空間」を食べ続けるバクを尻目に、雪穂はすぐに夏穂のところへと戻った。
「すごい! 夏ちゃんの言った通りだったよ!」
そう話す雪穂に、夏穂は小さくため息をつく。
「雪ちゃん……あの子たちがおとなしい子だったからよかったけど、もし襲ってきたらどうするつもりだったの?」
「それは……」
「……ここの生き物たちが珍しいのはわかるけど、もっと気をつけないと」
夏穂の口調がややきつくなってしまうのは、本気で雪穂を心配しているからこそなのだろう。
それは雪穂もわかっているが……わかっていても、やはりカチンとはくる。
「それはそうだけど、そこまで冷たく言わなくても」
「これくらい言わないと、雪ちゃん聞いてくれないでしょ?」
……と。
二人がそんな口喧嘩(?)をしていると、一羽の大きな鷹が近くに降りてきた。
その鷹には一人の女性が乗っており、背には何かがいっぱい入った籠を背負っている。
「……何だろう?」
そんな彼女の様子に興味を持った二人は、すぐに喧嘩を止めてそちらの方へ行ってみることにした。
「去年より、だいぶひどくなってるわね」
辺りの様子を観察して、シュライン・エマは改めて事態の深刻さを実感した。
去年バクに食い荒らされた地域より、だいぶ「奥地」の方まで、被害地域は広がってきている。
そしてバクの群れは今も変わらず夢世界の侵食を続けており、このままでは本当に大変なことになってしまうかもしれない。
「一応ゴールにいる係の人にも報告しておくとして……あとは、この黒豆が役に立つかどうか、かしら」
そんなことを考えていると、九尾の狐と白虎を連れた二人の少女がこちらにやってくるのが目に入った。
「あら? あなたたちもレースの参加者なの?」
「ええ……ということは、あなたも?」
お互いに自己紹介を済ませた後、話はシュラインが一体何をしようとしていたのか、ということに移った。
「……それで、この黒豆をこの穴にまいてみたら、ひょっとしたらこの穴がふさげるんじゃないかと思ったんだけど」
シュラインの言葉に、雪穂が目を輝かせる。
「そんな大きな豆の木からとれた豆なら、確かに何とかなるかも」
それとは対照的に、夏穂の方はどこまでも冷静だ。
「確かにその豆の木はすごいと思うけど、豆の方にもそれだけの力があるかはわからないわ」
とはいえ、結局こればっかりはやってみるより他にない。
「とりあえず、一粒まいてみましょうか」
そう言うと、シュラインは近くにあった小さめの穴のところに行って、試しに鞘から出した黒豆を一粒まいてみた。
豆は穴の中に吸い込まれるように消えていき……それっきり、何も起こらない。
他のいくつかの穴にも豆をまいてみたが、結果はやはり同じだった。
「やっぱりダメなのかしら」
「……そうみたいね」
「残念。その大きな豆の木を見てみたかったのに」
……と、三人がそんなことを話していると。
不意に、小粒の雨が降ってきた。
「天気雨かしら?」
「雨宿りできそうなところもないのに……困ったわね」
「こんなことなら、傘持ってくればよかったかな」
音もなく、霧雨のような――しかし、霧雨と呼ぶにもまばらなほどの、ほんの僅かな雨が降り。
そして、突然、大地が揺れた。
「地震!?」
あまりの揺れに、立っていられずその場に膝をつく。
そんな三人の目の前で――何本もの「黒い柱」が、天へと向かって伸びていった。
シュラインがまいた黒豆は、消えてしまったわけではなかった。
ただ単に、まかれたところでじっと待っていただけだったのだ。
そう、誰かがほんの少しの水をくれるのを。
「凄い! もうてっぺんがどこにあるのか見えないよ!」
「まさか、あっという間に……確かに凄いわね」
大喜びする雪穂と、呆れたように言う夏穂。
そんな二人と、みっしりと密集した巨大黒豆の木を見ながら、シュラインはただただ苦笑するより他なかった。
(一応、穴は埋まったけど……これは、少しやりすぎたかしら?)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 今年のビックリドッキリ門番 〜
あちこちの観光を終え、シュラインが富士山の山頂にたどり着いた時には、例によって例のごとく、もう何人もの参加者が集まっていた。
もちろん、ここに参加者が「集まっている」ということは、すなわち「ここまでは来たもののまだゴールできていない」ということを意味する。
(今年は子年だから、鼠小僧とか、PCのマウスとか……なんにしても、一筋縄ではいかなさそうね)
そんなことを考えながら、シュラインたちはゆっくりと高度を下げていった。
山頂に着くと、いつもの黒衣の男が数人の参加者たちにつるし上げを食っていた。
何があったのかは気になるが、とても聞けるような雰囲気ではない。
どうしたものかと思っていると、たまたま近くで待機していた祐子の姿が目に入った。
「祐子さん、一体ここで何があったの?」
シュラインが尋ねてみると、祐子は少し頬を膨らませてこう答えた。
「ゴールをねずみに盗まれちゃったみたいなんです。せっかく一番に着いたのに」
「ねずみ……と言うことは、今年の門番は鼠小僧の方だったのね」
「鼠小僧というと、あの盗賊の、ですか?」
「ええ。このレースは毎年ゴール前に干支に関連した門番がいて、それをどうにかしないとゴールできないのよ」
二人がそんな話をしている間にも、参加者たちが次々と到着する。
その中には、夏穂と雪穂の姿もあった。
「あ……シュラインさん。ここがゴール?」
「それがね……」
二人にシュラインが事情を説明しようとした時、辺りが急に騒がしくなった。
空気を振るわす爆音と、大地を揺らす震動と。
それらに遅れて、富士山の反対側から、一同の前に姿を現したのは。
体高数十メートルはあろうかという、巨大なネズミ型ロボットだった。
「あ、あれが鼠小僧ですか〜!?」
驚く祐子の隣で、別の参加者がニヤリと笑ってこう続ける。
「いや、鼠小僧ってより、どっちかというと鼠巨像って感じだな」
発言者が可及的速やかに黙らされたことは言うまでもない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 対決! 鼠巨像 〜
富士山頂に出現した、巨大なネズミ型ロボット。
「信じがたいことですが、あのロボットの中からゴールゲートの反応があります」
黒衣の男の言葉は、参加者たちを凍りつかせた。
「それじゃあ……」
「ええ。何とかしてあれを倒さないと、ゴールは不可能です」
そんなことを言われても、あれだけ巨大なロボットを倒すとなると……。
一同が半ば絶望的な気分になり始めた時、雪穂が急に声を上げた。
「あれは!?」
彼女の指差した先にあったのは、こちらに向かって飛んでくる大きな人型ロボットの姿だった。
そのサイズはネズミ型ロボットにも負けないくらい大きく、胸には「Ver.2」の文字がでかでかと躍っている。
皆が見守る中で、ロボットはゆっくりと着地し、ネズミ型ロボットと対峙する。
『へへっ、とうとう俺にも運が向いてきたか!』
そのロボットから聞こえてきた声は、まぎれもなく大宮のものであった。
『人のロボットの部品パクって作った急ごしらえで、こいつに勝てるわけねぇだろ!』
そう叫んで、大宮のロボットがパンチを繰り出そうとした瞬間。
『ヂュヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!!』
ネズミ型ロボットが一声鳴くと、突然電撃を放ったのである。
哀れ人型ロボットはその直撃をまともにくらい、あっという間に機能停止してその場に倒れてしまった。
「……見かけ倒しね」
「何、今の?」
「ダメダメですね〜」
期待させるだけさせておいて、あまりにもあっけない展開に、皆が落胆の声を漏らす。
とはいえ、これはこれで収穫はあったと言えるだろう。
少なくとも、力押しでこれに勝つのは限りなく不可能に近い、ということがわかっただけでも。
その後、大宮が次の兵器を捜しに何処かへ行ったり、黒衣の男に何か手はないのかと詰め寄るものがいたりはしたが、勝ち誇るネズミ型ロボットに挑もうというものは誰一人いなかった。
夢の中だからなのか、いつまで経っても夕方にも夜にもならず、ただただ無為の時が過ぎる。
だが、これだけ強力な相手をどうにかする手段を探すのは、なかなかに困難なことだった。
「夏ちゃん、ちょっと」
最初に何かを思いついたのは、雪穂だった。
雪穂が夏穂を呼び、夏穂に何事か耳打ちする。
それを聞いた夏穂が、今度はシュラインに何事か耳打ちする。
そして、そのシュラインが今度は祐子のところに来て、雪穂の考えた「作戦」を打ち明けた。
「……ということなの。協力してくれないかしら」
シュラインの言葉に、祐子は半信半疑ながらもとりあえず首を縦に振った。
「私はそれを見ていないので、なんとも言えませんけど〜。
それで何とかなりそうでしたら、喜んでお手伝いしますね〜」
魔剣ディスロートを背に、祐子は静かに巨大なネズミ型ロボットと対峙した。
先ほどの人型ロボットもそうだったが、こうしてみるとなんとも言えぬ威圧感がある。
けれども。
これを倒さなければ、ゴールできない。帰れない。
ならば、やるより他に道はない。
祐子は静かに左脚を上げ、大きく前に踏み込んで……右手を力強く振り抜いた。
その手から放たれた「それら」は、祐子の怪力のおかげもあってものすごい速さでロボットに向かい――そのうちのいくつかが、狙い通りに装甲の隙間や関節部に入る。
それに続けて、夏穂が手にした扇子を一閃させ。
ネズミロボットに、頭から水を浴びせた。
それは、攻撃魔法でもなんでもなく。
本当に、ただ僅かな水を浴びせただけ。
だが、たったそれだけで十分だった。
――シュラインが摘んできた、あの「巨大黒豆」にとっては。
無数の黒い柱が、鋼鉄のネズミをやすやすと引き裂き、天へと向かう。
ちっぽけな文明の力を嘲笑い、大自然の力を見せつけるかのように。
こうして、無事にネズミロボットは破壊され、ゴールゲートは奪還された。
その後、誰がどの順番でゴールするかということで多少騒ぎはあったものの、このネズミロボット退治に貢献してくれた四名については全員同着一位扱い、そして残った者は全員同着五位扱いとするということで丸く収まったのであった。
「本日は、当レースに御参加下さいまして、誠にありがとうございました。
本年が皆様にとって良い年となりますように……」
ちなみに、唯一その場にいなかった大宮が単独最下位となり、二年前に続けて罰ゲームとなったが、このことを知るものは本人以外には誰もいない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 その後 〜
そして……雪穂は、夢から覚めた。
目を覚ました後で、変わったことが一つだけあった。
テーブルの上に、何やら謎の包みが置かれていたのである。
中を開けてみて、雪穂は絶句した。
入っていたのは、なんと夢の中で見たあの「ヤマタノナマズ」の精巧な人形だったのである。
しかも、何やらゴムのような柔らかい材質でできているらしく、ぐにゃぐにゃとある意味リアルに動く。
それをしばらく眺め回したあとで、雪穂は正直な感想を口にした。
「……やっぱり、ちょっと間抜けな顔してる」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
7182 / 白樺・夏穂 / 女性 / 12 / 学生・スナイパー
7192 / 白樺・雪穂 / 女性 / 12 / 学生・専門魔術師
3670 / 内藤・祐子 / 女性 / 22 / 迷子の預言者
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■ ライター通信 ■
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西東慶三です。
この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
さて、このレースも今回で五度目。
毎年地形が変わったり変わらなかったりしているので、違った年のものと読み比べるといろいろ辻褄が合わないのはご愛敬ということで。
・このノベルの構成について
このノベルは全部で七つのパートで構成されております。
そのうち、五番目と六番目を除く各パートについては複数パターンがありますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。
・個別通信(白樺雪穂様)
今回はご参加ありがとうございました。
「不思議なものを見ると大喜び」ということでしたので、「子供っぽい性格」がかなり前面に出た感じとなりましたが、いかがでしたでしょうか?
ヤマタノナマズは自分でも何をきっかけとして思いついたのか不思議でなりません。
ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
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