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■呪いのミサンガ■ |
川岸満里亜 |
【3428】【レナ・スウォンプ】【異界職】 |
新薬開発の為、診療所にこもりっきりのファムル・ディートだが、最近依頼の件で黒山羊亭に顔を出した際、気になる噂話を耳にしていた。
若い男女のグループの会話である。
「その紐が切れた途端、人体発火し、焼け死ぬらしいぜ」
「俺は、狂い死ぬって聞いたぜ」
「私は、心臓が抜き取られて死ぬって聞いたわ」
「なんにせよ、恐ろしい話だ」
「魔女の仕業なんでしょ?」
「そう、ミラヌ山で暮してる魔女の仕業だって話だ」
「絶世の美女だって聞いたぜ」
「どうせ、魔術でそう見せてるんだろ」
「そういう噂を聞いた、馬鹿な男達が罠にかかるのよね」
「でも、もう討伐されるんでしょ?」
「ああ、討伐者を募るらしいぜ」
ミラヌ山の魔女といえば思いつくのは、キャトル・ヴァン・ディズヌフ。
自分を父と慕っている少女である。
しかし、彼女は魔術は使えない。しかも、彼女は現在国に保護されている……はずである。
あと一人、ファムルはあの山に住んでいる女性を知っている。
キャトルの義姉のクレスタだ。
クレスタは魔女ではない。
いや、魔女という種族ではないだけで、魔術は使える可能性もあるが……。
「間違えられて、傷つけられでもしたら……」
彼女は身体が弱く、身体能力も劣っている。
賞金稼ぎや荒くれ者に狙われたら一溜まりもないだろう。
様子を見に行きたいが、自分は今、診療所から離れることができない。
そして、例え自分が行ったとしても、非力な自分では何の役にも立たないだろう。
「ある程度事情を知っていて、無報酬で動いてくれそうな人物といえば……」
ファムルは時折唸り声を上げながら、診療所で研究を続けていた。
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『呪いのミサンガ』
いつだったか……そう、夏だ。
白山羊亭がカキ氷の材料として、ミラヌ山の池に流れ込む水を使っていたことある。
その時期、水を汲みに出かけたまま行方不明になった男の捜索に、チユ・オルセンは一度この山に来たことがあった。
当時、この山の池には美しい天女が現れると専らの噂であったのだが。
「天女からの転職?」
チユは訝しみながら、ファムルの依頼を受けることにした。
「あー、やんなっちゃう。魔女魔女って、肩身狭くなっちゃうわよ」
共に歩きながら、そう呟いたのは、レナ・スウォンプという女性――魔女だった。
人は正体不明の女性を、魔女と呼び、恐れの対象とすることがある。
魔女=魔術を使う魔性女という意味合いで使っているらしい。
レナのような、魔女という種族の女性にとっては、いい迷惑である。
噂を聞き、頭を悩まながら街の薬草ショップで愚痴っていたところ、ファムルという男性と出会い事情を聞いたのだった。
「何だっけ、クレスタ? 会ったことは無いけど、天女の噂も聞いたことあるし。全然関係ないんでしょ、助けてあげなきゃね」
「うん、私は一回会ったというか……見たことがあるんだけれど、そういうことをする人には見えなかった」
言いながらチユはクレスタの姿を思い出す……といっても、チユが見たのは半裸状態で走り去った姿だけなのだが。
「それにそんなミサンガ危なすぎるし。そんなのが本当にあるなら、解除方法とか調べなきゃね」
レナは解除方法について、思考を巡らせる。
魔法具などの作成方法に基づき、作成されたマジックアイテムであるのなら結んだままの解除は難しい。
ただ、魔法使いによる簡単な魔法付与であるのなら、レナの魔力で消し去ることが可能かもしれない。
「そのミサンガの呪いというのが嘘か、呪いをかけているとされる人物が嘘なのかはわからないけれど……一体、誰がそんな噂を流しているんだか」
悪戯にしても、度を越している。
街では討伐隊まで結成されてしまったのだから。
「ほんとよねー」
チユとレナは顔を合わせて頷き合いながら、山道を進む。
女性には厳しい獣道であった。
しかし、以前チユが訪れた時よりも、道が広くなっている。
……多分、噂を聞いて訪れた討伐者が先に入り込んでいるのだろう。
チユとレナはファムルから受け取った地図を見る。
彼女の家の場所が討伐隊に知られていないことを願いながら、2人は先を急いだ。
**********
池の周辺には、薄っすらと雪が積もっていた。
神秘的な池は、この時期もとても美しかった。
「ここって、凄いね。珍しい薬草が沢山生えてる」
レナは興味津津で池の周りを歩いていた。
「でも、その……天女達が管理しているのよね? 聞いてからじゃないと採ったらダメかなあ」
この山全体は、彼女達に縁のある人物の私有地だとも聞いている。
少し残念に思いながら、チユと先に進むことにする。
ここまでの間、幸いにも討伐隊と遭遇することはなかった。
今日は来ていないのか、それとも既に彼女の家の方まで探索を進めているのか――。
ここから先は本当に道というものがない。
獣道さえもない山の中を、木に捕まりながら、チユとレナは進んだ。
彼女の家まで、さほど距離はない。
数分ほど登り、ようやく家が見えてきた。
別段、変わったところはないように見えたのだが……。
服の汚れを手で払い、二人はその小さな木造の家の玄関へと向った。
――ノックをする必要はなかった。ドアは開いており、中から男性の声がする。
嫌な予感に駆られながら、2人は断りもなく家に入った。
「……ここ、あたしの家なんだけど。何してんの、あんた達」
とりあえず、適当なことを言ってレナは様子を窺うことにした。
レナの声に振り向いたのは、4人の男性であった。いずれも武器を携えた冒険者だ。
天女の姿はない。
「へー、あんた達が魔女の姉妹か? 街でよく見かける顔じゃん」
にやにや笑いながら、男が近付いてくる。
「なにしてんの!」
引き出しをひっくり返した男性の肩を、チユが掴んだ。
「証拠の品を押収してる。大人しくしてるんだな」
その男性の手には……ミサンガがあった。男はチユの手を乱暴に振り払う。
「……もう一人、この家に女性がいたはずなんだけれど……どうしたの?」
レナの問いに、男はにやりと笑った。
「食っちまった」
その言葉に、男の頬が音を立てた。
レナが男の頬を思い切り張り飛ばしたのだ。
「へえ……やっぱ、魔女は全員始末しねーとなー」
途端、空気が変わる。
男達が武器を構えた。
チユはスペルカードに手を伸ばしながら、ゆっくりと後退した。
レナは冷たい視線で男達を見る。口元に僅かに笑みを湛えながら。
「あたし達魔女は、あなた達に危害を加えてないわ。よく相手を見てから、武器を向けてほしいものね」
「かんけーねー。依頼を達成すれば、金が貰える。理由なんか聞くつもりもねぇよ。一応人間だからよお、話を聞くと情ってやつに流されるかもしれねーだろ」
スキンヘッドの男の言葉に、周囲から笑い声が発せられる。
「お前がか?」
「ありえねー」
言葉も、笑い声も、チユとレナには不快だった。
それでも今一度、レナは穏やかに言葉を発する。
「全て誤解よ。街に戻ってちゃんと誤解を解くから。今は剣を収めてちょうだい」
「嫌だね。こんな山奥まで来た意味がなくなるだろ? 誤解を解くことが俺達の得になるか?」
……つくづく、馬鹿な男共だ。
「レナさん」
チユがレナの手を引いた。
「とりあえず、外へ」
チユの言葉に頷いて、レナとチユは外へ駆け出した。
即座に男達が追ってくる。
登ってきた斜面をレナとチユは飛び降りた。レナの魔法で風を操り、二人は急ぎ岩の後ろへと移動した。その場所で、自分達を追って斜面を滑り降りる男達を見ながら、レナは上空に魔弾を飛ばし、男達の元に降らせた。
そして、チユは幻影を生み出す。
レナとチユの姿ではない。御伽噺に出てくるようないかにも魔女らしい魔女だ。
「いたぞ、魔女だ!」
男達はレナが発動した魔法を、チユが魔術で生み出した幻影が発動したのだと思い込み、追い詰め、一斉に剣を向けた。
加えて、チユとレナは幻術を男達にかける。
男達は、剣を振り下ろし、魔女に見えていた大木を切り倒したのだった。
レナとチユは急いでクレスタの住む家へと戻り、散らばっているミサンガを手にとった。
「魔法なんてかかっていない。普通のミサンガだわ、これ」
「ホント、何も感じない」
チユはくるくると回してみるが、当然何の変化も起こらない。普通の紐である。
「急ごう、奴等もそのうち戻ってくるでしょうし……」
そう言ってレナとチユはミサンガを手にとって、念を籠めた。
その後、2人は男達が戻ってくる前に家を出て、更に山を登った。
クレスタは身体能力が劣っていると聞いている。だから、こんな山奥にいるとは考え難いのだが……。
「でも、かすかに感じるのよね」
「うん、魔力をね」
魔女であるレナも超常魔導師であるチユも、微かな力の流れを感じていた。
とても弱い……それは、助けを求めるようなシグナルだった。
山の中を進み、2人は小さな洞窟へと辿りついた。
その中に、女性はいた。
長い金色の髪に、乳白色の肌。とても華奢な身体つきの女性だった。壁に寄りかかり、目を閉じている。
「クレスタさん」
一度だけであるが、顔を見たことのあるチユが声をかけた。
女性は薄っすらと目を開けて、チユを見た。
何か言葉を発しようとしているようだが、声にならず、そのまま彼女は目を閉じる。
「酷く衰弱しているみたいね」
近付いて、レナはクレスタに魔力を注ぐ。
クレスタの身体はとても冷たかった。レナはクレスタの背に手を回し、彼女を背後から抱き寄せた。
チユは上着を脱いで、クレスタに掛ける。
「少し回復させたら、人里に連れていこうか」
ファムルから預かった栄養剤をクレスタに飲ませながら、チユが提案する。
「そうね……」
レナは哀れみの表情でクレスタを見ながら、彼女に力を注ぎ続けた。
**********
代わる代わるクレスタを背負いながら、レナとチユは遠回りをして下山し、近くの村の治療施設に彼女を預けた。
クレスタは栄養失調や凍傷で危ない状態にあったらしい。
「秘密の道があるんだがや。そこ登って逃げだ」
意識が戻ると、妙に訛った言葉でたどたどしくクレスタは2人に語った。
誰であれ、人がやってきたら、対応せず隠れろと妹に言われていたらしい。
その通り隠れていたら、やってきた男達は部屋を物色しだし、どれを呪いのアイテムにするだとか……魔女の討伐の相談を始めたのだ。
身の危険を感じたクレスタは、秘密のルートを使い洞窟まで逃げたということだ。
しかし、もし、あのSOSのシグナルを、レナとチユ以外の……討伐隊のメンバーが先に感じ取っていたら、彼女は既に、この世にいなかったかもしれない。
「誤解、ちゃんと解いておくから、安心してね!」
「うん、このレナさんに任せておいて!」
2人の言葉に、クレスタは微笑んだ。
「ありがとうございます」
彼女の精一杯の言葉は、殆ど訛っていなかった。
「ところで……クレスタさん。ファムルさん、ご存知よね?」
「キャトル、そこにいるだか!?」
一転、クレスタは掴みかからんばかりの勢いで、チユに尋ねた。
チユとレナは、クレスタにキャトルの行方を聞いてきてくれるよう頼まれてもいた。
ただし、クレスタが知らないようであれば……
「ううん、そこにはいないの。ファムルさんからの伝言なんだけどね、キャトルさん、ちょっとしたトラブルに巻き込まれて、街で保護されているんだって。だから、心配しないでくれって」
そう伝えるように、頼まれていた。
「ぞうか……元気なら、それで……」
安心したのか、その話の後、クレスタは再び眠りに落ちていった。
クレスタを簡単に変装させ、事情を村の人々に話した後、チユとレナは村を出て聖都エルザードに帰還した。
何故か、2人が通るとひそひそ話をする人が多いような気がしたが……気にすることはない。
2人は真直ぐファムル・ディートの診療所へと向った。
「お帰り、私の花嫁達ー!」
診療所では、ファムルが2人の帰還を待ちわびていた。
「寝言は寝てから言ってねー」
にっこり笑って、レナは伸ばされたファムルの手をくぐりぬけ、診療所へと入る。チユもレナに続いた。
ソファーに座りクレスタの状況について話すと、途端にファムルの表情は硬くなる。
「……で、その噂なんだけれど」
「多分、討伐隊を組んだ連中がでっちあげたんだと思う」
チユの言葉にレナが続いた。
そうして噂を流し、討伐に向うことで楽に報酬を得ようとでも考えたのだろう。
「だけど、もう大丈夫!」
チユはそう言って、レナと顔を合わせ笑った。
「ミサンガに回復系の魔法籠めたもんね。調べられても安心よ。噂話も任せといて!」
レナはバンと自分の胸を叩いた。
数日後、街の噂はこう変わっていた。
ミラヌ山には多くの魔女が住んでいる。
良い魔女が作ったミサンガは、人々に幸運をもたらす。
悪い魔女が作ったミサンガは、人々を不幸に陥れる。
良い魔女は、清らな人の元に。
悪い魔女は、醜い心の持ち主の元に、現れるのだという。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3317 / チユ・オルセン / 女性 / 23歳 / 超常魔導師】
【3428 / レナ・スウォンプ / 女性 / 20歳 / 異界職】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】
クレスタ
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸です。
呪いのミサンガにご参加ありがとうございました。
お2人のおかげで、クレスタは助かりました。
また噂も塗り替えられたため、当分の間、彼女が狙われることはないでしょう。
今回薬草は採っている時間ありませんでしたが、彼女の様子を見に行く際には沢山採って帰れると思います。
それでは、またお目に留まりましたら、どうぞよろしくお願いいたしますー。
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