■NEMUS ―trial and error― act4.■
ともやいずみ |
【3525】【羽角・悠宇】【高校生】 |
曖昧になっていく時間感覚。
館の者達の妙な態度。
もしかしたら、「まだ」何も始まっていないのかも……?
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NEMUS ―trial and error― act.4
「あー、ごめん。俺お腹痛いから部屋で休んでる!」
片手を挙げ、梧北斗は元来た廊下を戻って行く。それを見送り、全員大広間に入って席についた。
椅子は元々たくさんあったので、初瀬日和と羽角悠宇は手頃な位置に腰掛けて朝食をとり出す。
屋敷の女主人はまだ姿を現さない。その娘も。
代わりにメイドたちがてきぱきと食事を運んできていた。
各々が、食事をとりながら考える。この館のことを。
曖昧になっていく記憶のことを恐れている菊坂静は、スープを口にしながら思考を進める。
(……予想が正しければ)
おそらく、どんどん……。
想像して静はゾッとした。冗談ではない。自分には帰る家がある。それは欠月にもだ。
(みんなに言っておいたほうが……いいかな)
静は視線を、館に迷い込んだ者たちに向ける。
日和は悠宇と目配せをしながら食事をしているし、他の二人は黙々と食べていた。
(……全員揃ってからのほうがいいか)
そう思っていた時、ちょうど女主人とその娘が姿を現した。続いて、執事姿の少年も。いつかの昼食時に現れた、黒髪で眼鏡をかけている、欠月に劣らない美貌の持ち主だった。黒い執事服がまたよく似合っている。
「あら。おはようございます」
女主人がにっこりと客たちに向けて微笑む。娘はツンとした顔で椅子で座った。
「ちょっと! 早くしてちょうだい!」
「申し訳ございません、お嬢様」
娘の怒鳴り声に、少年は無表情で動く。その様子を日和と悠宇が唖然として見ているのが、静にうかがえた。もしや知り合いなのだろうか?
(……欠月さんといい……やっぱり…………)
*
嘘の腹痛なので部屋で休んでいるはずもなく、北斗はこそこそと屋敷内を探索していた。
(大事な話を聞いた途端に、様子がおかしくなるってのは……なんでだ?)
廊下の曲がり角の向こうをそっとうかがう。誰もいないようで、北斗は足早に進む。
(菊坂の言ってたブレスレットも気になるっちゃ気になるし。無理矢理取っ払うのが早いけど……揉め事を起こすのも危険だし)
このままだと自分たちも危険だと思って、北斗は一人で抜け出したのだ。出会うメイドには「トイレを探してます」とアピールすればいいだろう。
地下に行こうとしたが使用人たちがうろうろしていて無理だ。ならばと思ってこうして2階をうろついているわけなのだが。
(めちゃくちゃ広い……)
1階に比べると使用人の数は少ない。どうやら1階が来客用に使われているらしい。
(お。この部屋はどうかな)
手当たり次第に部屋を開けていくのだが、無人、もしくは使用人が掃除中だった。どうやらここは無人のようだ。
ドアから覗いて中を見回す。先ほどまで見て回った部屋とは、様子が違っていた。
(寝室……? てわけじゃないか。でもなんか、お茶とかしてそうな感じだよなぁ)
広々とした部屋は豪華絢爛。北斗はドアを閉めて中に入ってみた。
部屋の中央にあるソファはゆったりと腰をかけるのにぴったりな雰囲気。テーブルもなんだか凝った細工もので、高価そうだ。
ふと壁際に気づき、そちらに近寄る。
壁には肖像画がある。女主人とその娘だけの、仲睦まじい様子の絵もある。
(ふーん。怒ってばっかの印象だったけど、こんな感じで笑うのか、あのお嬢さん)
他にも二人だけの絵が幾つかと、屋敷を背後に使用人たち全員と共にある一枚もあった。
(へー。よくもまぁこんなにそっくりに描けるもんだ。真ん中があの親子だよな。その両隣……奥さんの横は欠月で、お嬢さんの横は昼間に見た黒髪の執事か。他にも色々いるなぁ)
見覚えのあるメイドも笑顔で描かれていた。質問をした時に数秒間停止してしまったメイドも右端のほうに居る。
男のほうが女よりも人数が多く、帽子を被った軽装の者や、きっちりした衣服の者、コックの衣服の者も居た。
(これ、最近のなのか……? 欠月も居るし……昔じゃないとは思うけど。こんなに人数居るのかよ、この屋敷)
驚きの事実だ。いや、この絵の通りに全員居るとは限らないだろう。
しかしこの絵……。
(みんな笑顔だけど、親子二人のだけと比べて暗いっつーか……なんだか、気持ち悪いな)
青空も描かれているというのに……なんだか爽やかな印象を全く受けない。
あ、いけない。長居をするのもそろそろ限界だ。
慌てて外に出て、人の気配がないのを確認して先に進む。
どきっとして北斗は身を隠した。
掃除をしていたメイドが、長身の男と話しているのが見えたからだ。
(なに話してるんだろ?)
そっと覗き見るが、二人は楽しそうに笑っているだけ。どうやらお喋りの最中らしい。
(あ。さっきの絵で見たな。欠月とは格好が違うけど……なんの仕事なんだろ)
まぁ役職がなんであれ……。
「お客様」
背後から声をかけられて北斗はぎょっとしてしまう。振り向くと、欠月がそこに立っていた。
「こんなところで何を?」
「あ、うん。と、トイレ探してて……」
「迷われたので? それでしたらご案内しましょう。
さあ、こちらへ」
欠月はくるりときびすを返して歩き出す。その背中を見つめてついて行きながら、北斗は尋ねた。
「あのメイドさんとあの男の人は……?」
「あぁ、彼女の恋人なんですよ。ガードナーです」
「がーどなー?」
「庭師って言えばいいですかね」
庭?
北斗はつい、歩いている廊下の窓から外を見てしまいそうになる。庭なんてあっただろうか、ここに。
「裏手にありますよ。小さいですが」
「ふーん」
どうりで格好が軽装なわけだ。
1階に降りてしばらく歩くと、彼は足を止めてにっこり微笑んできた。
「さあ、ここです。2階より上は奥様やお嬢様の私室がありますのであまり立ち入らないようにしてください。
もう朝食はお済みになられましたか?」
「え? あ、いや……その、いきなり腹痛くなって」
「それはいけません。後で薬をお持ちしましょう。スープでもいいので少しはとられたほうがいいですよ」
「……あ、ありがとう」
「いえ。これも私の勤めですから。
それでは」
去ろうとする欠月に、思わず北斗は手を伸ばしかける。本物の欠月なのに、なんで……こんな……「遠い」んだろう。
「あ、あの!」
声に反応して彼はこちらを見遣った。茶色の瞳。本当なら、違う色の目なのに。
北斗はどきどきしつつ、言う。
「必ず一緒に帰ろうな!」
「…………」
無言の彼は不思議そうに首を傾げた。
「すみません。聞こえなかったのでもう一度」
*
(閑くんの「外に出してください」作戦もダメだったしなー)
廊下の窓が開くのは確認したが、外は一面の砂漠。外に出ても帰れそうにない。
北斗が大広間に入って来ると静の隣に腰掛ける。すぐさまメイドがスープと錠剤を彼の前に置いていった。
「ねえ、それなんなのっ?」
錠剤を指差す染藤朔実の声に北斗が渋い表情をする。朔実の横に座る也沢閑はなんとなく気づいてようで、何も言わなかった。
すでに女主人と娘の姿はない。メイドは食器の片付けをしていた。
「あれ? 俺、そんなに遅かったかな」
不安そうな北斗に静が微笑む。
「今日はあまり食べなかっただけですよ。娘さんのほうも『不味い』って言ってパンを執事さんに投げてましたし」
「ふーん」
「あのさ! 俺たちにウロウロしないほうがいいって言ってたけど、そっちは何か危ない目にあった?」
朔実に声をかけられた北斗は視線を彼に向ける。
「俺たちはねー、カメラと電話とテレビがダメで、閑くんが奥様に話し掛けても『は?』って感じで……」
「朔実」
瞬きをしている閑の言葉は耳に入っていないらしく、朔実は勢いに任せて喋った。
「情報持ち寄ったりできないかなーって思って。人数多くてわいわいしてたほうが楽しくない?」
朔実の言葉の後、大広間はしんと静まり返る。その沈黙を破ったのは悠宇だった。
「さっきの執事……眼鏡をかけてた黒髪のヤツだけど、俺たちの知り合いだ。でも……俺たちに気づかなかった感じがした。
あいつ、ちょっとやそっとじゃ操られたりしないっていうか……なんていうのかな」
「専門家、ってことですか」
静が悠宇の言葉を引き継いだ。悠宇は頷く。
「こういう、奇妙なことの専門家だし、すげぇ強いし……。それなのに、変だし」
「もう一人居る執事は僕たちの知り合いです。そちらの方も専門家なんですけど」
「へぇー。知り合いなんだっ」
朔実は何度も頷いている。
「そんなヤツを取り込めるっていうなら、とんでもないヤツが相手じゃないのか? 俺たちは『客』ってことらしいが、それは言い換えれば『ここになじむ存在じゃない』ってことでもある。
……いつでも始末できるって事じゃないか?」
「私も不思議に思っていることがあって」
悠宇の後に、日和が軽く手を挙げた。みんなの視線が集まってきて、日和は顔を赤らめる。
「執事さん二人より先にいなくなった人たちは……影も形も存在していません。これはどういうことなのか……。
和彦さ、あ、執事の方は並々ならぬ力の持ち主ですから、もしかして……そういう方は取り込まれてもこうして存在を残すことができるということも考えられませんか?」
「そういや、執事以外に男を見かけないってのも不思議だ」
「それに関しては僕も意見が」
静が悠宇の発言の後に軽く手を挙げて口を開いた。
「えっと……羽角、さんと……初瀬さんの意見も一理あると思います。僕はそれとはちょっと違っていて……。
梧さんとメイドの一人に声をかけた時、少し様子がおかしかったことから考えた僕の推理なんですけど。
まず、僕と梧さん……ちょっと記憶が曖昧になってて」
「あ! それは俺たちもだよっ」
「えっと」
「染藤朔実。こっちは閑くん」
「也沢閑。よろしく」
「よろしくお願いします。菊坂静です。
先に館に入った僕たちが夕方からの記憶が曖昧になっていることもあって……どんどん忘れていくんじゃないかって、思ってて」
「忘れる?」
閑の問いに静は小さく頷いた。
「ここに来た目的とか、名前も……それで最後は…………ここで働くんじゃないかって。
執事の人が先に入ってここで働いていたってこともありますけど、ここには、この屋敷には他にも人がいます。もしかして、この屋敷の人たちは皆、行方不明になった人たちじゃないかって僕は思ったんです」
「羽角の言葉を用いるなら、この屋敷に『馴染ませる』ってことか」
北斗が腕組みし、それから悠宇を見る。
「そうそう、この屋敷には執事以外にも男はいたぜ。たぶん、下っ端連中で集まってるところにはいるんじゃねーか、他にも」
「そうなのか。まぁ俺たちはメイドと執事にしか会ってないからな」
少し早合点だったようで、悠宇は軽く天井を見上げた。天井は広く、ここからは絶対に手が届かないだろう。
「初瀬、さんだったかな。あなたは、その執事さんたち以外にここに入った人たちを知っているの? 影も形もって言うからには、確信があってのことだよね?」
確かめるように閑に言われて日和はハッとし、俯いてしまう。
「あ、し、知りません、そういえば」
ネットに顔写真が載せてあるわけでもないので、日和も悠宇も、和彦たち以外の行方不明者の顔は知らない。他の行方不明者たちの姿があるかないか、日和たちには判断できないのだ。
「もしかしてこの『館』がそうさせているんでしょうか……?」
「ん〜……」
元々推理などが苦手な北斗は、静に尋ねられても唸るだけだ。答えは導けそうにない。
北斗と同じように腕組みをしていた朔実はぶつぶつと言う。
「閑くん言ってたでしょっ。夕方がどうとか。じゃあずーっと起きてればいいじゃん! でもまた眠くなるのかな……。こう、気合いでなんとかっ」
「はは。気合いね」
「眠らなくて済む方法があるかないか…………どうなの俺!?」
自身に問い掛けて朔実が目を見開くが、すぐに脱力してテーブルに突っ伏した。
「ないみたいだよっ。あーあ」
「……そう」
方法はないのかと了承してから、閑は日和たちに目を向ける。
「後から入ってきた、んだよね? じゃあひとつ訊きたいんだけど、何時くらいに扉が開いたのかな?」
「何時……?」
怪訝そうな悠宇の腕を、日和が軽く突付く。喧嘩腰になりかけているのを注意するためだ。
「あのね、最初に朔実が開けたとき、それまでは開かなかったって言ったただろ? もしかしてある時間帯にしか開かない扉なのかなと思って。
俺たちは夕方に着いたから、日没以降とか考えてね」
「………………」
悠宇と日和は顔を見合わせ、あれこれと話し合っている。やがて悠宇が頷いた。
「確かに夜っていうか……日が暮れてから入った。それまではドアは全然開かなかったからな」
「逢魔が時とも言うし……。もしかして、その時にこの屋敷の扉も開いたりしないかな」
どうだろう? という閑の言葉に全員は首を傾げるだけだ。問われても、それに答えるすべを全員持っていないのだから。
*
日和と悠宇は適当に空いている部屋に落ち着いた。
手帳を出している日和を見て、悠宇は不思議そうな目をしている。
「これ? さっき菊坂さんが言ってたでしょ? 記憶が曖昧になってるって」
「うん」
「携帯とかデジタルな道具が役に立たないのなら、手帳に自分の行動を事細かに記そうと思って」
「へー」
「大事なのは……自分が誰なのか忘れないことだと思うもの」
悠宇は手帳に何か書いている日和を見て、自分も何か持っていないかと衣服を探るが……残念ながら何も持っていなかった。
*
「あなたは夜なにをしているのか教えて?」
閑の囁きにメイドはきょとんとする。それからしばし「うーん」と首を傾げた。
「寝ていますけど。明日の準備とか、色々とすることはありますよ? あ、や、やだ。もしかしてその、誘ってくれてるんですかぁ?」
はにかむ彼女は数歩後退する。
「仕事中なんで失礼しますね」
きゃー、と黄色い声をあげながら去っていくメイドの後ろ姿を見て、朔実が「あーあ」と洩らす。
「フラれちゃったねっ、閑くん」
「……いや、元々乗り気じゃなかったから」
そもそも夜は寝ているって……当たり前すぎて参考にもならない答えだった。
*
静は右手首に巻いていた包帯を、巻き直している。その様子を北斗が眺めた。
「なにしてんだ?」
「ちょっと気になって」
本当は……自宅の鍵をここに隠しているのだ。もしも自分が自分のことを忘れてしまっても、これを奪われないために。
北斗は頭を軽く掻く。
「なんか色んな意見出てさ、すげーなって思ったけど」
「けど?」
今は、この大広間には二人以外誰もいない。
「俺、頭わりーからごちゃごちゃ言われてもわかんねーっていうか。
気になることたくさん出てきたし……菊坂が言ってたブレスレット? あれもさぁ、変だなとか思うし。
あ〜っ、もうワケわからんっ」
頭を掻き乱す北斗は、思わずテーブルを叩いた。
静はふと、気づいたように呟く。
「……そういえば、もう一人の執事の人もブレスレット、つけてましたよ。欠月さんと同じもの」
「え?」
「娘さんにパンとか投げられたって言ったじゃないですか。その時に見えましたから」
「ええ〜……。もうやだ。頭使うのは勘弁だ」
何が正しくて、何が間違っているのか……誰か教えて欲しい。
さあ、夜が来る。
屋敷の中の全てが眠りに誘われる――――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【6370/也沢・閑(なりさわ・しずか)/男/24/俳優兼ファッションモデル】
【6375/染藤・朔実(せんどう・さくみ)/男/19/ストリートダンサー(兼フリーター)】
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生、「気狂い屋」】
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男/16/高校生】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございました、羽角様。ライターのともやいずみです。
館の中は謎に満ちているようです。それぞれの感じたこと、推理など……いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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