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■GATE:07 『Way to finale』 ―烈火―■

ともやいずみ
【5698】【梧・北斗】【退魔師兼高校生】
 取り込まれたフレアは思考停止に陥る。
 ココに、一ノ瀬奈々子の全てが有り、
 維緒の相棒のスノウが眠っている。
 全ての時間が停止した場所。あぁ、だが。
 ここで今、眠るわけにはいかない。
 ありったけの力を、ムーヴに取り込まれる前に放つ。
 届け…………!
GATE:07 『Way to finale』 ―烈火―



「……オート、わかった。時計だな? 必ず壊すからおまえは下がっていろ。巻き込まれるぞ」
「いやですねぇ。ボクはヒトじゃ、ないんですよ?」
 オートはずれかけた眼鏡を押し上げた。
「確かに戦闘能力はフレアや維緒には及びませんけど。あなたたちを守るくらい、できます」
 くすりと笑うオートは囁く。
「ボクはフレアと一蓮托生。巻き込まれるな、って言い方はちょっとひどくありません?」
「……すまん」
「菊理野さんて、前から思ってましたけど……ちょっと配慮が足りないですね。そんなんじゃ、女性にモテませんよ」
 菊理野友衛はただ、オートを護りたくて。
(でもそんなのは、傲慢なのかもな)
 こう見えてオートは……友衛よりも強いはずだ。
 視線をムーヴに向ける。彼女は俯いて、維緒の攻撃を受けている。だがダメージはないようだ。
 動きの止まった時計を持ったまま、沈黙している。嵐の前の静けさだ。
 溜息をつき、友衛は居合抜きの形をとる。
(この状況だと、隙を突いての一撃のみ、か。失敗したら潰されるな、確実に)
 なによりも、自分だけでは壊せない。維緒と梧北斗を見る。北斗は決意したように弓を取り出して構えていた。彼も時計を破壊するつもりのようだ。
(あの二人が、あいつらが、居る)
 気配を殺し、一撃に賭ける!
 オートは視線を伏せた。そして小さく呟く。その声を、友衛は聞き取れない。
 維緒が息が切れたように攻撃の手を休めた。その隙を突いて、友衛は自身の持つ霊刀「白山」の一撃を放つ。それは見事、時計に当たった。
 だが予想していたように、決定打にはならない。それはわかっていたことだ!
「梧! 維緒! 当てろ!」
 その声に瞬時に反応したのは北斗だ。番えていた矢を放つ。だが時計に当たるも……弾き飛ばされた。いいや……よく見れば友衛の一撃もなんの傷も与えてはいないようだ。
 ムーヴの視線が友衛に向いた。長い髪の間から見える黄金の瞳に友衛は恐怖を覚える。圧倒的な差が、強烈に圧しかかってきた。
「クズ」
 ムーヴの一言で全身がパン、と破裂した。抵抗すらできない。血液と、脳漿と、内臓と、様々な肉を撒き散らして、内側から破裂したのだ。
 いや、違う。身体は大丈夫だ。では今のは?
「ふふっ。早計ですね、菊理野さん。別にボクは、時計がムーヴの弱点だなんて、言ってないじゃないですか」
 友衛の周囲には符が囲むように浮いている。ちりちりと燃えているそれは、北斗の周囲にもあった。
「それに、フレアや維緒でも壊せないのに……あなたたちに壊せるわけないでしょう?」
 苦笑するオートは上着のポケットに片手を突っ込んだまま言う。
「余計なことしとらんと、大人しくせぇ!」
 維緒まで友衛に怒鳴ってくる。邪魔やねん! とご立腹のようだ。
「い、今の……は?」
 全身に嫌な汗をかいている友衛に、オートが目を細める。
「ボクが防いでなければああなっていたということですよ。ボクの未来視の一つです。
 ……やれやれ。まさかすぐに行動に移すとは思いませんでした。そこまで短絡的だとはボクも驚きです」
 辛辣な言葉を吐くオートは、それから囁いた。
「ボクらが死んでも、と言ったはず。憶えておいてくださいね、今度こそ。言葉の『意味』をきちんと受け取ってください」
「オート……?」
「剣を構えても止めなかったのは……あなたを見極めていたからですよ、菊理野サン。なるほど……あなたはやはり――――」
 なにか、呟いた。でも聞こえない。オートは笑みを浮かべている。冷めた笑みだ。



 矢が防がれた。だが北斗は諦めない。
 フレアが復活したことで、自分には力が満ちていた。どれだけムーヴとの差があっても、勝てる確信があった。
(フレアが戻って来た……だから、大丈夫だ)
 大丈夫だ。
(フレアにばっかり負担をかけるわけにはいかない……。俺だって、あいつの力になりたい)
 もう一度、退魔弓・氷月を構える。
(奈々子を取り戻したい、みんなを助けたいんだ!)
 ムーヴが軽く震え、それから空を見上げた。大きく見開いた金色の瞳が、おそろしい。
 北斗はムーヴの様子が妙なことに気づいた。



 闇の奥底で、瞼を開く。



 『体内』で、急激な変化が起こった。
 フレアを取り込んだまではいい。その後に、波紋のようなものが広がったが……それだけだった。
 ムーヴは考えていたのだ。維緒の攻撃を受けながら。
 維緒が全力を出していないことは気づいていたが、どうすれば一番面白いかを考えていた。
 あの男が全力を出せない理由はわかっている。それが『世界』のルールだから。どんな『世界』にも存在する、原則。その原則を軽々と破っても平気なんてこと、あるわけがない。別のどこかでその皺寄せが起こるだけ。
 だがムーヴには、そんなことを考えつつも……関係がないともわかっていた。ムーヴは世界そのものを飲み込むのだから。原則もルールも、全部関係なく飲み込むだけ。
 でもそれじゃあ面白くない。この世界は、何もかも自分のもの。
 時計を攻撃してきたあのクズとクズ……。本当に邪魔だ。身の程を考えたらいいのに。
(勝てるとでも思ってるのかなぁ)
 だったらおめでたい。
 そう思ったら笑いが込み上げてきた。
(ええ? ムーヴに勝てるとか思っちゃってんのかなぁ? うそだぁ。あ、でも聞いたことあるかも。見た目で判断するとか、えっと、あとは弱点を突けば勝てるとか。ぷっ)
 わからないのだろうか? この「差」が。
(あー、わかった。にぶってるんだ。感覚とか、ノーミソ、とか? クズってやっぱりクズなんだぁ)
 だからまだフレアや維緒のほうが、見ていて飽きない。「差」をわかっていながら、戦いを挑んでくる。クズとの圧倒的とまでの差ではないにせよ、それでも埋まらない差があるのに。
 クズを何匹潰しても、面白くない。抵抗してくれなきゃ。指先でぷちっと潰せる虫を何匹も何匹も何匹も何匹も殺しても……それって面白くないじゃない?
 わーわー言いながら、きゃーきゃー悲鳴をあげながら、助けてくださいって請われながら、殺したってなんだっていうの?
(そういうの、ムーヴ面白くないもん。べつに悲鳴とか、苦痛とかみてて面白いわけじゃないし……)
 だからぷちゅっと潰す。邪魔をしない限りは、殺さないけど。
(……あ、そっか。頭悪いからわかんないんだ。なぁんだ)
 やっとそこでムーヴは気づいた。あの人間たちは、「わからない」んだと。理解の範疇をこちらが超えていることに、気づいていないのだ。理解「できない」ところに居るのだと、気づいた。
 だから。
(だから、攻撃してきたのかな? わかる範囲で、ムーヴのこと考えてるんだ……。すごい)
 すごい。なんか、おかしい。
(ムーヴがどんだけ強いか、わからないんだ。わかっちゃ、いけないんだ……。わかったら…………まともじゃいられなくなるんだ)
 ムーヴはそこで、北斗と友衛を完全に意識しなくなった。意識する対象から外れた。意識するだけムダだと思ったのだ。
 注意を『体内』に向ける。
 なんだかおかしい。身体が震える。
(なんか変なの)
 熱かったり、冷たかったり。



(ったく。なにやっとんねん、友衛のアホンダラは)
 アホだアホだと思っていたら、ここまでとは。
 維緒は攻撃の手を緩めない。ムーヴに余計なことを考えさせてはいけない。
 だいたいなんで自分がここまでしなければいけないのだ? スノウの復活だって、本当は嫌なのに。
(おまえら人間の攻撃如きでムーヴがどうかなるわけないやろが)
 怒りを通り越して呆れるしかない。
 ミジンコが人間に戦いを挑むよりもひどいのに、なんでそれがわからないんだろうか。もう嫌だ。何もかも嫌だ。
(あっちでは北斗の坊ちゃんが弓を構えとるし……。もう勘弁してくれや……)
 どいつもこいつも、ムーヴに対して誤解をしている。あんな外見をしているように「見えて」いるだけなのに。
(人間てほんま都合のええことしか見えんのやなぁ……。オレにはあのチビ、全然違うんように見えてるんやで)
 あの外見を殻とした、底なしの闇だ。気色わる!
 持っている時計を友衛と北斗が攻撃したようだが、維緒にはそれもまた、時計ではなく違うものに見えていた。あれはムーヴのただの一部だ。
(幸せやなぁ……! ほんま、その能天気さを分けて欲しいわぁ)
 真実の姿が微塵も見えないほど、底なしの溝があるのに、な。
(ったく、ちまちま攻撃するのもそろそろ限界やぞ。フレアのドアホはなにやっとるんや。復活したんなら、きりきり働け。なにが真打ち登場やねん。アホか!)
 考え出したらきりがなくなってきた。イライラし始めたのだ。そもそも維緒には堪え性がない。
(そうや。友衛と北斗にオレの代わりをやらせたろ。ぷぷっ。この世界、一秒で消えてしまうやん。ぶはっ。想像したらおもろい。一秒ももたんか。ぶふー!)
 やばい。手が震える。
 そこで、維緒の顔色が変わった。
「な……なんやて……、お、おぃ、マジで言うてんのか……?」



 そろそろ維緒の攻撃が鬱陶しくなってきた頃だ。
 肉体が膨張してきた。
「?」
 なに?
 内側で何かの力がぐんぐん膨らんでいる。これは一体……?
(なんで……? だって、フレアは静かになって……)
 体内でフレアが完全に停止しているのを確かめる。間違いないが、彼女の指先から血液が流れていた。
(……いつの間に……。フレア、ケガなんてしてたっけ……?)
 停止した空間の中なのに、目を見開いたままのフレアの人差し指からは血が絶えず流れ続けている。
 フレアの全身を巡る血液は炎の結晶だ。力がそこから洩れているのだ。
 ムーヴの肉体が徐々に巨大化してくる。動き易いようにとこの大きさを維持していたのに、それができなくなってきたのだ。
 本来の大きさに戻ったら、面白くない。ただそれだけの理由で、人間なみの大きさになっていたのに。
 腹の奥底で別の何かから同じように力が洩れ出ていることに気づいた。
(?
 っ、目が開いてる!)
 眠っているような状態だったのに、なんで!?
 瞼をしっかりと開けた状態で停止しているソレに、ムーヴは戸惑う。
 ソレは急激に周囲の温度をさげている。それは力の洩れに間違いない。
 体内で膨らんでいく力をどうすればいいのかムーヴはわからない。たいして危機感もない。けれども、本能が告げていた。
 吐き出せ、と。
 だったら、と選択したのはフレアだった。あっさりとフレアを体外に吐き出してしまう。衝撃でフレアの衣服はぼろぼろになり、体中に傷ができてしまったが。
 これで、まぁ安心だろう。



 ムーヴが何かを捨てるような仕草をして、フレアが空中から出現した。地面に叩きつけられたフレアは衣服がかなり破れている。唇からも血が流れていた。
「フレア!」
 駆け寄ってきた北斗を、ゆっくりと体を起こして見る。視線の焦点を合わせ、それからすぐさま立ち上がって北斗を突き飛ばした。
「近寄るな」
 冷たく言い放って、オートと維緒の方向を振り向いた。
「オートぉ! やるぞ!
 維緒! いいなっ!」
 大声で叫んだ途端、オートが頷く。維緒が「嫌や」と洩らす。だがすぐにキッとムーヴを睨みつけた。
 オートが両手を左右に開く。友衛と北斗の周囲の符が増え、くるくると回った。
 フレアが両足を軽く開き、カッと目を見開く。
「リミッター解除!」
 右手を天高く掲げた。高らかな声と共に、フレアの全身が炎に包まれた。その威力がぐんぐん増し、温度が上昇していく。真紅の髪が炎に揺られて舞い上がる。それはぼろぼろになった白いコートもだ。
「消えろムーヴぅぅうううぅぅぅぅぅっっ!」



「な……なんやて……、お、おぃ、マジで言うてんのか……?」
 ぐっと唇を噛み締めた。
「やめぇて……」
 正直嫌になる。『遠逆』の血筋ゆえ、維緒は自身の相棒に反抗できないのだ。命じられたり、お願いされたりすると……自分の意志は関係なく、肯定して動いてしまうのだ。まさに『呪い』のような、血筋。
 くそぉ、と維緒は洩らす。悔しさと、憤りで。
 聞こえた相棒の言葉は、本当にイヤなもので。
 ムーヴに吐き出されたフレアが立ち上がってこちらを見た。
「オートぉ! やるぞ!
 維緒! いいなっ!」
「嫌や」
 フレアの叫びに即答してしまうが、嫌だといって……やらないわけにはいかない。
 自由をもっとも欲している男は叫んだ。
「どうなっても知らんわぁっ! やればええんやろ! ええっ!?」
 大声で怒鳴る彼は両腕をゆっくりと降ろし、それから全身の能力を収束させる。色の違う瞳へと。
「やってやるわいっ! それがおまえの『命令』や言うんならなぁぁっ!」
 同時にフレアが「リミッター解除」と声を張り上げた。
 ――閃光。爆、裂。
 一瞬で周囲が破壊された。大地も建物も何もかも。それが圧倒的な維緒の破壊力によるものだと、友衛は気づいた。そして、そんな膨大な攻撃を受けても自分が無事なのが不思議でならない。
 世界のバランスを考えて押さえつけていた力を、解放したのだ。
「おおおおぉぉぉぉっ! ええ加減消えろぉぉおぉぉおおおぉぉぉーっ!」
 維緒のこめかみの血管が切れ、唇からも血が流れ始める。



 ムーヴはきょとんとしていた。
 フレアと維緒が揃って、抑制していた力を解放したのだ。こいつらは、何をやっているんだと思った。
 そんなことをして、いいのか? 今まで世界のバランスのために抑えていたくせに。
 世界の破壊は数秒で完成するだろう。それほどまでに、あの二人は圧倒的。だが自分はそんなこと、関係ない。
 だって、あの二人はムーヴよりヨワい。
 同時に力をぶつけてきてもケロりとしていたムーヴは、怪訝そうにする。
 内側からも、力が。
(……あいつ、も?)
 小さく聞こえた。
 解放、と。
 ムーヴは意味が、理由が、わからない。自分がどうなるかすら。
 生まれた時と同じように、わからないまま――――。

 フレアと、維緒と、内側のスノウ全員の力をありったけぶつけられて……………………爆発した。



 友衛は見た。
 維緒の絶叫のあと、彼らが力を解放したのを。まばゆい光に、目も開けていられなかったけれど。
 自分という存在のあまりの小ささに、恐縮してしまうほど。
 だけど見た。
 維緒の肉体が腕から崩れていく。

 北斗は見た。
 力を全開にしたフレアは、凄まじかった。
 彼女はやはり人間ではないのだと痛感した。同時に涙が零れた。
 行き着く先を知ってしまった。
 フレアの肉体が崩れていく。指先から、ぼろぼろと。

 何事にだって、代償は存在する。
 それは人間ではなくとも。

 オートの結界に護られて二人は無事だった。だが、オートすらも仲間の力を浴びて崩れ出していた。
 凄まじい力には、それ相応の覚悟が必要なのだ。

「維緒! オート!」
「フレアぁ!」
 それぞれの叫びなど、彼らに聞こえない。
 けれども、彼らは確かに笑った。
 維緒は面倒そうに顔を歪めて。
 フレアはいつものように不敵に。
 オートは納得していたような、笑みで。

 そして、爆発は起こった。世界の消滅だった。



 化生堂の中は静まり返っていた。
 北斗と友衛は店先で佇んだまま、呆然としていた。
 ――夢?
「帰って来たかい」
 奥から女将が出てくる。彼女は薄く笑った。
 すぐに友衛は行動を起こす。女将に詰め寄った。
「維緒たちは!?」
「あの子たちはムーヴの爆発に巻き込まれたよ」
「ま……巻き込まれ……」
 北斗は真っ青になる。あの……地球丸ごと一つをふっ飛ばしそうな威力に?
 煙管を口から離し、女将は苦笑する。
「安心しな。破壊されたのは、『夢』さ。夢の世界の一つ。あそこにムーヴをおびき寄せて破壊するのが、あの子たちの目的だったんだからね。そろそろ帰ったほうがいい。店じまいだよ」

 店の外に追い出された二人は呆然としていた。なんだ、これ。
「……菊理野さん……どうなったんだろう、フレアたち……」
「……俺にもわからない」
 店の外はいつもと変わらない。いつもと同じ日常だ。
 北斗は唇を噛み締めた。
 友衛は視線を伏せた。

 どこかで誰かが戦って、
 どこかで誰かが死んで、
 すぐそこまで危機が迫っていても、
 それでも誰も気づかなければ……知らなければ……こうして、誰の記憶にも残らない。
 振り向いたそこには化生堂が存在していない。おそらくもう――――現れないだろう。



***



「ふぅむ……イチノセの見舞いか」
「……どうなってんのかわかんないけど、フレアがいない今、やっぱお見舞いに行くのは俺の役目だと思って」
 友衛はあまり乗り気ではなさそうだ。知らない相手だから、仕方ないのかもしれない。
 フレアたちのことを、思い出さないわけじゃない。でも、目の前で彼女がムーヴによって潰された時よりはショックは少ない。たとえ死んでいても……彼女は後悔していないだろう。
 信号待ちをしていた最中、何かに気づいたように友衛は横断歩道の向こうに指を向けた。
「?
 梧、あれが見えるか?」
「ん? あれ……?」
 友衛が指差した先には、人の姿をしたもやがあり、左眼のあたりに目玉がぎょろりと浮かんだ。
 だがそれは、目玉ではなかった。時計だ。懐中時計だった。
 かちこちと秒針が刻まれている。
 二人は緊張し、身を強張らせた。
(時計……懐中、時計)
 フレアの、爆発に巻き込まれる際の笑みが脳裏に過ぎる。
 歩行者用信号が青に変わった。人々が歩き始める。動かないのは、北斗と友衛と、もやのヒトガタ。
 北斗は袋から弓を出し、強く握る。友衛が、片手に持っていた竹刀袋の紐を外す。
 流れていく人並みの中。
 一撃必中――。
 かち、こち、か…………。
 パキッ、と音がして時計に亀裂が走った。そのままもやが分散していく。
 友衛は紐を結ぶ。北斗は安堵したように友衛を見上げた。
 二人は人々の流れに逆らうことなく、歩き出す。目指すは、一ノ瀬奈々子のいる病院だ。

 総合病院の自動ドアをくぐり、目的の階までエレベーターで行く。
 北斗が廊下を曲がる。個室の前で、北斗は「ここ」と無言で指差す。友衛は緊張した。
 中からすすり泣く声がした。ぎょっとして友衛は北斗を肘でつつく。北斗も首を左右に振って怪訝そうにした。
「もぅ……泣かないでくださいよ、朱理」
「だ、だって……だって良かった。良かったよぉ〜」
「オレ、十鎖渦維緒て言います。よろしゅうね、ナナコちゃん。いやぁ、美人さんやねぇ」
「……維緒、黙れである」
 ノックをすると、一番最初に聞こえた声が「どうぞ」と返してきた。
 北斗は意を決して引き戸を開ける。がらりと、さほどの抵抗もなくドアが開く。
 ベッドの上に上半身を起こした少女に抱きついている赤髪の女。ベッド脇に立っている、金髪の男と、黒髪のおさげの男。そして、小柄な着物の娘。
 不思議な光景だった。
「ほら、ナイスタイミングだったでしょう?」
 金髪の男の、楽しそうな声。
 全員がドアのところに立つ友衛と北斗を見てくる。妙な迫力があった。
 ベッドの上にいる人物以外、全員顔にある多くの傷を隠すようにバンソウコウをしている。
 呆然とする北斗は、思わず涙ぐんでしまう。なんだ。やっぱり、やっぱり。
(みんな……生きてた。良かった)
「これ、お見舞い!」
 手に持っていた小さな花束を、北斗は奈々子に渡すためにベッドに近づいた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】
【6145/菊理野・友衛(くくりの・ともえ)/男/22/菊理一族の宮司】

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■         ライター通信          ■
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 最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございました梧様。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 それでは……異世界に旅立つ「門」を閉門いたします。
 最後まで書かせていただき、大感謝です。