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■特攻姫〜お手伝い致しましょう〜■

笠城夢斗
【5973】【阿佐人・悠輔】【高校生】
 ぽかぽかと暖かい陽気の昼下がり。
 広い庭を見渡せるテラスで、白いテーブルにレモンティーを置き。
 白いチェアに座ってため息をついている少女がひとり――
 白と赤が入り混じった不思議な色合いの髪を珍しく上にまとめ、白いワンピースを着ている。輝く宝石のような瞳は左右色違いの緑と青。
 葛織紫鶴(くずおりしづる)。御年十三歳の、名門葛織家時期当主である。
 が、あいにくと彼女に、「お嬢様らしさ」を求めることは……できない。

「竜矢(りゅうし)……」
 白いテーブルに両肘をついて、ため息とともに紫鶴は世話役の名を呼んだ。
 世話役たる青年、如月(きさらぎ)竜矢は、紫鶴と同じテーブルで、向かい側に座って本を読んでいた。
「竜矢」
 再度呼ばれ、顔をあげる。
「はあ」
「私はな、竜矢」
 紫鶴は真剣な顔で、竜矢を見つめた。
「人の役に立ちたい」

 ――竜矢はおもむろに立ち上がり、どこからか傘を持ってきた。
 そして、なぜかぱっとひらいて自分と紫鶴が入れるようにさした。
「……何をやっているんだ? 竜矢」
「いえ。きっと大雨でも降るのだろうと」
「どういう意味だっ!?」
「まあそのままの意味で」
 役に立ちたいと言って何が悪いっ!――紫鶴は頬を真っ赤に染めてテーブルを叩いた。レモンティーが今にもこぼれそうなほどに揺れた。
「突然、いったい何なんですか」
 竜矢は呆れたようにまだ幼さの残る姫を見る。
 紫鶴は、真剣そのものだった。
「私はこの別荘に閉じ込められてかれこれ十三年……! おまけに得意の剣舞は魔寄せの力を持っているとくる! お前たち世話役に世話をかけっぱなしで、別に平気で『お嬢様』してるわけではないっ!」
 それを聞いて、竜矢はほんの少し優しく微笑んだ。
「……分かりました」
 では、こんなのはどうですか――と、竜矢はひとつ提案した。
「あなたの剣舞で、人様の役に立つんです」
「魔寄せの舞が何の役に立つ!」
「ずばり魔を寄せるからですよ」
 知っているでしょう、と竜矢は淡々と言った。
「世の中には退魔関係の方々がたくさんいらっしゃる。その方々の、実践訓練にできるじゃないですか」
 紫鶴は目を見張り――
 そして、その色違いの両眼を輝かせた。
「誰か、必要としてくれるだろうか!?」
「さがしてみますよ」
 竜矢は優しくそう言った。
たまにはこんな訓練も

 葛織紫鶴の周辺には、妙に事件が起きやすい。
「私は家から出ていないはずなのだがなあ……」
 若干13歳の少女たる紫鶴は、竹刀で剣舞の練習をしながらぼやいていた。
 世話役の如月竜矢はそれを聞いて思う。「それはあなたが首をつっこんでいるからですよ」と。
 口に出すほど愚かではなかったが。
 紫鶴は動きを止めて、ふう、と吐息をついた。
 肩を回す。首を回す。手足を振ってみる。しかし、すっきりしない。
「なんだか……だるいな」
 つぶやいた紫鶴を、竜矢は頬をかいて見つめていた。
 ――ストレスでもたまっているかな。
 彼の主人にしては大変珍しいことだったが、このところ色々ありすぎたのも事実だ。
 竜矢は腕を組んで考えた。さて、こんな時誰か助けに来てくれないものか――

 ■■■

「同じことを考えていたんですね」
 と阿佐人悠輔は、紫鶴邸の入り口で、竜矢と話していて苦笑した。
「俺も気になっていたんです。紫鶴さん、そろそろ疲れてきてるんじゃないかなと」
「悠輔くんは相変わらず気が利くな」
 屋敷内に彼を導き入れながら、竜矢は笑った。
「気が利くとかそういうのじゃなくて……」
 悠輔は少し困ったように眉根を寄せて、「俺は、紅華さんと接点がありますから」
「ああ、紅華様と……」
「紅華さんを見てると自然と紫鶴さんも思い出すことになります。気にもなりますよ」
 葛織紅華は、紫鶴の従姉だ。悠輔の伯父は紅華の家庭教師であり、その縁で悠輔自身が紅華の家庭教師をすることもあるのである。
 雑談をしながら庭を歩いていくと、屋敷の前庭では紫鶴が竹刀を手にぼーっと立ってた。
 足音が聞こえたらしい、ふいに振り向いて、
「悠輔殿?」
 と顔を輝かせる。
 屋敷の敷地内から出られない紫鶴にとって、数少ない友人。紫鶴は竹刀を放り出して、駆け寄ってくる。
「久しぶり、紫鶴さん」
「久しぶりだ!……ところで、何を持っていらっしゃるんだ?」
 紫鶴は不思議そうに、悠輔が手にしている袋に目をやった。
 細長い袋だった。当たり前だが、何かが入っている。
 肩にかついでいたそれを下ろして、悠輔は珍しくにっと笑った。
「紫鶴さん」
「うん?」
「俺と勝負しましょう」
「――うん?」
 悠輔は袋の中身を取り出す。
 木刀が2本。かたりと硬質な音を立てて出てきた。

 ――ストレスがたまっているのなら、思い切り戦えばいい。

「紫鶴さんも剣舞だけじゃなくて、実際に戦える人でしょう?」
 悠輔は木刀を1本紫鶴に渡しながら言った。
「そ、それはそうだが……」
「だから俺と勝負しましょう。――俺は……そうだな、勝ったら紫鶴さんに勝負の後しばらく俺のメイドをしてもらうか……」
 悠輔は木刀を片手に面白そうにあごに手をかける。
「いや――俺の目の前で竜矢さんにキスしてもらうのも面白そうかな?」
「!」
 紫鶴が真っ赤になった。竜矢が目を丸くする。
「ななな何を言い出すんだ悠輔殿!」
 わたわたと手をばたつかせる少女に、悠輔は意地悪な笑みを見せて、
「嫌ですか? 嫌なら、俺に勝てばやらなくて済みますよ、紫鶴さん!」
「―――!」
 悠輔の木刀の先が――
 唐突に紫鶴の胸元を狙って、紫鶴は反射的に木刀でそれを振り払った。
「悠輔殿――」
 紫鶴は唖然とした後、きっと顔つきを鋭くして、木刀を構え直す。
 竜矢が木刀の入っていた袋を手に持って、そっと場を離れた。
「悠輔殿、あなたの能力を使うのは――」
「分かってますよ。それは反則です」
 悠輔は紫鶴の言葉にうなずいた。彼の特殊能力は使わないこと。それを条件に。
 イーブンで。
「いきますよ!」
 悠輔が気合と共に踏み込む!


 紫鶴は本来、二刀流剣士だ。
 だが、だからと言って刀1本では戦えないわけではない。閉じ込められた敷地内、出来ることは限られていて、だから色んなことを自分で試している。
 悠輔とは――
 単純に力とリーチの差で不利だ。
 あと自分に残されている有利な点は、素早さぐらいだろうか――

 悠輔は遠慮なく木刀を突きこんでいた。
 13歳の少女だからと言って、油断していい相手ではないことを知っている。そして、遠慮なく攻撃していい相手だということを知っている。
 ――あの小娘には、勝てない……!
 いつだったか、紅華が口走ったことのある言葉を思い出していた。
 紅華は何度も紫鶴に挑戦しにきて、その都度負けていた。その過去を、悠輔はわずかなりとも知っている。
 そして思い出したのだ。そう言えば、彼女と自分の能力差を比べてみたことはなかった――
 紫鶴のストレス解消のため。それが一番ではあるけれど。
 試してみたくなったのも事実だった。

 少年は懐に入られないように細かい突きを中心に攻める。
 少女は素早くかわしながら、身を低くして悠輔のゾーン内に入り木刀を突きこもうとする。
 悠輔はすかさず一歩退いた。そして木刀を薙いだ。
 そうすれば紫鶴は退くしかなく、彼女のスカートがひらりとなびいた。
 悠輔は木刀を袈裟懸けに振り下ろす。彼女が飛びのくことはないだろう、これ以上離れては不利になるだけだ。
 案の定、紫鶴はそれを受けとめた。
 ぎりぎりと力の押し合いが始まる。上から下ろす悠輔、下から受け止める紫鶴。
 少女にとって不利の重なり。
 しかし少女は、持ち前の軽やかな手首の返しでするりと悠輔の木刀から逃れ、逆に突きを入れてきた。
 悠輔の横髪をかすめて、熱い衝撃が走る。
 悠輔は避けられた木刀をそのまま少女の脇腹へと走らせる。
 紫鶴は木刀を体に引き寄せ、ぎりぎりのところでそれを弾き返す。
 横へ――弾かれた木刀。悠輔の体が大きく開いた。
 紫鶴のゾーン。滑らかに動く木刀は隙を逃さず少年の胸へ。
 悠輔は横へ飛びのく。少女の木刀の先が、空を突いた。
 その木刀を、思い切り上から叩いた。
 ――紫鶴がうめいて体を揺らす。しかし木刀を手放すことはない。
 戦士の動きが少なからずある――
 悠輔は少女の中に、それを見て取った。
(閉じ込められた姫、なのに――な)
 悠輔は動きを止めた紫鶴の腹に木刀を入れる。
 まともに入らなかった。紫鶴は直前で、優雅に半身をそらしていた。
 舞姫の動きの滑らかさ――
 しかし、かすった。紫鶴の表情に苦悶の色が見えた。
 紫鶴の木刀が動かない。手がしびれたか? 一瞬詰まった悠輔だったが、こんなところで手加減するのも紫鶴に失礼だ。
 木刀を彼女の腹に。再び舞姫は避ける。腕がまともに動かない。やはり――
 さすがに、腕を連打するような真似は避けた。
 避けるのが得意な紫鶴の動きを見極めようと、何度も突きと薙ぎを繰り返す。
 ひらりひらりと、姫のスカートが舞った。
 だんだんかするようになってきた――
 けれど。
 そこに集中していた瞬間、ふいに木刀が腹を襲ってきた。
 悠輔は鈍痛を感じた。しまった、しびれが回復したか――
 紫鶴はここぞとばかりに木刀を再度押し込んできた。うまい具合に、急所を避ける攻撃。鈍痛だけを与える攻撃。
 ――さすがだな。
 思いながら、悠輔は痛みをこらえて唇の端をあげる。
 ――簡単に負けると思うなよ。

 ざりっ

 足を滑らせるように踏み込んで。
「はっ!」
 紫鶴の木刀ごと、思い切り振り飛ばした。
「うあ……っ!」
 紫鶴がなすすべもなく後方へとよろめく。完全に隙が出来た。悠輔は紫鶴の脇腹を打った。
 まともに入った。
 紫鶴が体をくの字に折る。咳き込んでいる。勝負は決まった――?
 いや。
 ――竜矢が制止の反応を示さない。
 まだ――来る!

 その瞬間、舞姫は思い切り下に沈みこんでから跳ね上がるように跳んだ。
 上から――!
 悠輔はとっさに木刀を頭上で、横向きに構えて受け止める構えを取った。
 しかし、
 紫鶴の木刀はそれをすりぬけた。

 とさっと地面に足をつきながら再びかがんで、下から木刀を振り上げる!
 悠輔の横腹に、木刀はまともに入った。
 紫鶴にもう少し腕力があったら危険なところだ。――彼女はそこまで計算しているかどうか分からないが。
 咳き込んだ悠輔は、思わず紫鶴の服の端をつかんで、能力を使おうとしてしまった。
 彼の能力――布という布をすべて意のままに操ること。例えば服を鉛のように重くして、動きを止めることや――
 紫鶴がはっと悠輔の手を木刀を持っていない手で払った。悠輔は我に返った。
 ――いけない。反則だ――
「すまない」
 咳き込みながら詫びて、悠輔は飛びのく。体勢の立て直しが必要だった。
 しかし紫鶴はそれを許さない。彼女の木刀は次々と追撃してくる。防戦一方。このままではやられる。
 ――落ち着け
 思い出せ。自分に有利な部分を。
 まず力。そしてリーチ。同じ長さの木刀――……
 ふと見ると、紫鶴が木刀を尻ぎりぎりの位置で持っていることに気づいた。なるべく長く持って、リーチを伸ばすためだろう。
 ――あの状態、やり方次第では簡単にその手から木刀を叩き落せる。

 よし。

 悠輔は攻撃する場所を変えた。
 木刀だ。木刀の、出来る限り紫鶴の手に近い場所を。
 彼女のよく動く手首を相手には、これもなかなか難しいことではあったけれど――彼女の木刀を狙うことは、それすなわち防御にもなる。
 そこからは、木刀の打ちあい。
 激しく衝突する木刀。
 紫鶴の表情が歪む。彼女も悠輔の狙いを察したのだろう、何とかダメージの少ない打ち合いにしようとして、防戦に変わる。
 彼女にとってどれだけのダメージになるだろうか。悠輔は容赦なく打ち込む。なぜか、
 なぜか負けるわけには――いかないと、思って。

 ふと脳裏に、紅華の姿がよぎった。

 がきん! と悠輔の木刀が、紫鶴の木刀を打った。
「う……あっ」
 うめき声と共に、
 からんからんと、紫鶴の木刀が地に落ちた。

「そこまで!」

 竜矢の声。

 はあ、と悠輔は息をついた。
 紫鶴がへなっとその場にしゃがみこむ。彼女は手首をつかんでいた。
「……痛めなかったですか?」
 かがんで、悠輔は訊いた。
 紫鶴は苦笑して、「大丈夫だ」と言った。
「負けてもともととは思っていたが――負けると悔しいな」
 むう、と膨れた表情を作る彼女に、悠輔は笑う。
 落ちていた紫鶴の木刀を拾い、自分の木刀と一緒に、竜矢から受け取った袋にしまった。
 しばらく、呼吸を整える時間を置いて。
 やがて、はっとしたように紫鶴が顔を上げた。
「ば、罰ゲーム……!」
 頬が見る間に真っ赤に染まっていく。メイドになること? いや、それは多分、紫鶴の性格からしてむしろ楽しがりそうだから、やっぱり竜矢にキスをすることか。
 世間知らずのお嬢様でもキスの意味は知っているらしい。紫鶴はあたふたとし始める。
「ええと、ええと、悠輔殿」
「大切な世話役さん相手でしょう。この機会に愛情こめて、どうです?」
 いたずらに言ってみると、紫鶴は耳まで真っ赤になった。
 竜矢が苦笑して、
「あまり姫をいじめないでください」
 と口をはさんでくる。
 悠輔はくすくすと笑った。
「分かってますよ。――紫鶴さん。罰ゲームとして、ちょっと俺の家庭教師の練習台になってもらえませんか」
 紫鶴はきょとんとした。
「家庭教師の?」
「俺も紅華さんの家庭教師をする機会が異様に増えたんですが、どうもうまくいかなくて……」
 途端に紫鶴は顔を輝かせた。
「やる!」
 ――紅華さんと違って、この人は喜んで勉強するタイプだろうけどな。
 思いながら、悠輔は腰に手を当てる。
「紫鶴さんは普段の家庭教師さんのテキストとか持っていますよね。それを使わせて頂きましょうか。ええと……今からでも大丈夫ですか?」
「大丈夫だ!」
 紫鶴は立ち上がる。今度は別の意味で、頬が紅潮していた。
「たくさん教えてくれ、悠輔殿! 私も頑張る!」
 ――練習台になってほしいだけだったんだけどな。
 悠輔は内心苦笑した。そして同時に、目の前の少女を微笑ましく思う。
「それじゃあ、姫の部屋へご案内しましょうか」
 悠輔の手から木刀袋をさりげなく取って、竜矢が屋敷へと彼を導く。
 さて、従姉妹でもどれくらい態度が違うものなんだろうか。
 そんなことを思って楽しく感じながら、悠輔はゆっくりと紫鶴の屋敷へと足を踏み入れた――


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5973/阿佐人・悠輔/男/17歳/高校生】

【NPC/葛織・紫鶴/女/13歳/剣舞士】
【NPC/如月・竜矢/男/25歳/紫鶴の世話役】

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■         ライター通信          ■
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阿佐人悠輔様
こんにちは、笠城夢斗です。
このたびはとても面白い発注、ありがとうございました。
お届けが大変遅れて、もう申し訳もありません;すみませんでした。
今回はアクションが主だったのですが、いかがでしたでしょうか?
紫鶴の家庭教師も歓迎ですので、よろしければまたいらしてくださいね。