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■Dice Bible 2nd ―乾―■

ともやいずみ
【4212】【桃世・ハナ】【犬】
 荒い息を吐き出す。なんとかこの町にはびこっていた全ての感染者は片付けた。
「お疲れ様。じゃあ次の」
 主にそう声をかけられて振り向こうとした瞬間、顔に血が飛び散った。何事かと、瞬きをする。
「……え?」
 ダイスの戦闘装束である黒服に真っ赤な血液がべったりとついていた。
 なに?
(何が)
 破裂した主の肉体は、粉々になってアスファルトの上に散らばっている。闇夜の中とはいえ、はっきりと惨状がうかがえた。
 何が起こった?
 落ちている自分の本を持ち上げる。こちらには血はついていないが……。
「マスター……?」
 どうしていきなりこんなことになる? 敵は全て駆逐したはずだ。それなのに。
 震える手で本と、主であった残骸を見比べた。涙が、零れない。繋がりが消えた今、涙は流れないのだ。
 今まで主の最期は自分が看取ってきた。自分が主を「殺した」から、当然のことだ。
 だがそこには死へ対する覚悟があって、別れを自分も覚悟している。だが……コレは、違う。違うのだ。
(…………)
 呆然とする間もなく、攻撃を受けて吹っ飛ぶ。
 アスファルトに叩きつけられ、視界が揺れた。
(なに……?)
 困惑する。意識が混濁する。自分に何が起こったのかわからない。
 顔をあげる。そして――――。



 彷徨うように、街中を歩く。
 黒服はダイスの特徴だ。人間と寸分変わらぬ外見を持つダイスは、周囲を見回した。日中は目立つのでこうして夜中に移動するしかないので、少し悔しい。
 手に持つ本に軽く目を落とす。
(契約者……)
 契約者が必要だ。
 だが都合よく、ダイス・バイブルと相性のいい者がいるだろうか。いいや、そんなことに構っていられない。時間がない。相性など今は二の次だ。
(力が減る一方……。早く、補填を)
Dice Bible 2nd ―乾―



 桃世ハナ。現在の年齢は1歳。だが姿は10歳前後の幼い少女。童女と称してもいいくらいだ。
 彼女の本来の姿は……ヨークシャーテリア。つまりは犬である。
 夜道を早足で歩いていたハナは、どんっ、と何かにぶつかった。
「わっ、ごめんなさい!」
 相手は慌ててそう言うや、転んだハナを引っ張りあげ、衣服のほこりを丁寧に手で払い落としてくれた。
 見上げたハナは驚く。若い娘だったのだ、しかも珍妙な格好の。
「…………」
 じろじろと娘を上から下まで見定めるようにしてくるハナに、彼女は困惑した表情を浮かべた。
「え、えっと……どうしたのかナ?」
「……あなた、面白い格好をしてらっしゃいますのね。何かのコスプレ?」
「…………」
 きょとんとしたオレンジ色の髪の娘は、見上げてくるハナを、不思議そうに見つめてくる。
 よくよく見れば髪だけではなく瞳の色も変わっている。黄緑の、まるで宝石のような色合いの目だ。それに加えて黒のチャイナ服。これはもう、どう考えてもコスプレイヤーだろう。
「あなたの髪」
 人差し指で示すと、彼女は長いおさげ髪を軽く摘んで「ん?」と首を傾げた。
「オレンジの髪は人間には珍しいでしょうし、かつらでもなさそうですし……黒髪は染めるのが大変だと耳にしたことがございますもの。わたくしの仲間には時々いますけれど。
 オレンジの髪に黒い服ですと、目立ちたいのか目立ちたくないのかわからなくなりません?」
「目立つとは思うけど……これが私の生まれたままの姿だから仕方ないヨ。この服も、戦うのに必要だし。
 お嬢ちゃんは、その頭の耳は本物なのかナ?」
 ぴょこんと出た犬耳を指差され、ハナはムッと眉の端をあげた。
「わたくしのこの耳は偽物ではありませんわ。付け根を毛で隠しているだけで、本物ですの」
「ふ〜ん」
 彼女は気にしたふうもなく、どこかにこにこした表情で見てくる。なんだか調子が狂う少女だ。
 ハナは腕組みした。
「この耳でおわかりいただけると思いますけど、わたくしが人間ではないと。今は人間の姿を模しているだけで、本当の姿は犬ですわ」
「へぇ。じゃあ犬の姿に戻らないの? だめだヨ。自分の生まれたままの姿のほうが、絶対いいヨ?」
 笑顔全開で言われて、ハナは怯んだ。なんだこの人間は。わけがわからない。
(もっと他に言うことがあるんじゃありませんこと?)
 頭が痛い人なのだろうか。
「か、変わった人だと、言われませんこと?」
「変わったひと? ううん。言われないヨ。だって私、人間じゃないからネ」
 にかっと笑う少女を前に、ハナは全力で……脱力した。
 どこから見ても人間じゃないか。17歳くらいの、立派な。
「に、人間じゃないとは……また愉快なことをおっしゃいますのね」
「本当だヨ。この、ダイス・バイブルの中に居るんだヨ。で、ストリゴイとかモロイが出たら、こっから外に出て戦いに行くんだヨ!」
「……ふ」
 ハナは口元を引きつらせる。よくわからない。犬の自分が人型に変身できるのも確かにかなり奇妙なことではあるが……この少女はその上をいく。
(精神病院から抜け出した方じゃ、ないですわよね?)
 などと思ってしまうのは仕方がない。
「ところで、あなたはここで何をやっているのですか?」
「んっとね、この本を預かってくれる人を探してるんだヨ。でも声をかけてくる人、みんなダメだったんだー。えっちなことしてこようとするんだヨ、みんな」
「……そんな格好をしているからですわ」
「これは戦闘装束なんだヨ。私から声をかけると、みんな話を聞いてくれないんだー」
「…………」
 根本的にこの娘は……考えが足りないのではなかろうか。
 犬の自分でさえ常識は理解している。こんな格好の娘に声をかけられたら、怪しい勧誘かと普通は思うだろう。
 まぁ少しくらい話を聞いてもいいか。
(なんだか不憫な感じもしますしね)
「少しぐらいはわたくし、話を聞いてさしあげても構いませんけど」
「…………」
「なんですの、そのキョトンとした顔は」
「いいけど……お嬢ちゃん、ワンコちゃん、だよネ?」
「そうですわよ」
「…………」
 彼女は持っている黄緑の表紙の本を一瞥した。どこにでもある、皮製の表紙の本だ。
「まぁいっか。じゃあ少しだけ聞いてくれる? 私はメイシン。メイシン=リンショウって名前なの」
「桃世ハナですわ」
「ハナちゃんか。かわいーお名前だネ」
「……そこはかとなくバカにしてません?」
「どして? ワンちゃんなら可愛いと思うけどナ。人間の女の子でも、かわいーヨ」
 にっこり。
 屈託なく微笑むメイシンは……確かに、悪い感じの人間には見えない。
「信じてくれない人も多いんだけど、私は……一応決めてるんだヨ。本を渡せば簡単だけど、やっぱり『覚悟』のない人を巻き込むのはよくないことだから。
 だから、話を聞いて、それでもいいっていう人を探してるの。あんまり時間に余裕はないんだけどネ」
 苦笑いをするメイシンは、ちょっと困ったように頬を掻いた。
「私はダイスっていう、ストリゴイを退治するハンターなんだヨ。ストリゴイっていうのは、感染者のこと」
「感染? 風邪とか、ウィルスですか?」
「病気という感じでは合ってるかな。人間だけじゃなくて、動物も感染しちゃうんだよネ。
 それに感染しちゃうと……適合者じゃないと自我がなくなって、おかしくなっちゃうんだヨ。それを退治するのはダイスなの」
「だ、ダイス?」
「私みたいな、専用のハンターのこと。えっとね、ハナちゃんは『犬』でしょ? 名前じゃなくて、生物学上? かナ。
 ダイスも、犬と同じっていうかナ。う〜ん。難しいネ、説明が」
 照れ笑いをするメイシンは、気合いを入れて言葉を続ける。
「そのストリゴイは、ダイスじゃないと退治できないんだヨ。でもダイスも、ダイスだけじゃ退治できない」
「?」
「ダイスはこの本を預かってくれる人がいないといけないんだヨ。これ以上はダイスだから詳しく言えないんだけど、まぁダイスは契約者がいないと本気で戦えないってことだネ!」
「……今の話、真実なんですの?」
「本当だよ。なかなか信じてもらえないんだよねぇ、見たことない人は」
 嘘を言っているようにはみえない。だとすれば……本当のことだとすれば。
 ハナはふんと鼻を鳴らした。
「その契約とやらは、わたくしでも交わせるものなんですの?」
「へ?」
「何もせずに後悔するよりは、してから後悔したほうがいい。それだけのことです。
 自分で選んだことに後悔なんてしませんわ。そんな時間、ありませんもの」
「…………」
 ぽかーんとしていたメイシンは、軽く首を傾げて困ったように眉をさげる。
「嬉しいんだけど、簡単にそういうこと言っちゃだめだヨ。ハナちゃんは飼い犬なんでしょう? 大事にしてくれる人が悲しむヨ」
「? まだ何かあるんですの?」
「うん。だからね、契約は……しないでおこうかなって思う。気持ちはすっごく嬉しいヨ?
 ダイスの契約者になるってことは、死んでもいいってことと同じことだからネ」
「……死?」
 どうしてそうなるのか、ハナにはわからない。
 悪者を退治するだけではないのか?
「ううん、言い方がおかしいナ。寿命が縮まる……死が近づく。どれも正しい言い方だけど、間違いなく死んじゃうんだヨ」
「それはどうしてですの?」
「感染しちゃって死ぬのが一番多いかナ。感染しないなんてことは、よほど運がいいか……戦いから遠のいたかのどちらかだけ。
 ハナちゃん、私と契約するってことはネ、あなたを大事にしてくれている大切な人たちが悲しむってことだヨ」
「わたくしはそう簡単に死にませんわよ?」
「ううん。これは抗えない運命法則なんだヨ。って、私の昔のご主人は言ってた。
 私は予言する。あなたは間違いなく、年内に死ぬ」
 メイシンは悲しそうに笑った。
「死ぬ覚悟があるっていうなら、契約しても大丈夫なんだけどネ。
 いつか死ぬからとかいう問題じゃなくて、間違いなく死ぬんだヨ。それも、大事な人に看取られることなく。
 死なないからダイジョーブとか、死んでも構わないとか……そういうの、私は悲しいから……こうして、恨みのないヒトには、事情を話すようにしてるんだヨ」
 だから。
「ハナちゃんの『覚悟』があるなら、私はいいけど……。
 死んじゃっても構わないって、私と一緒に戦って、もしかしたら一ヶ月先に死んじゃってもいいっていうなら……契約するヨ」
「…………」
「覚悟があるなら、何も言わない。でも、私は守れない。感染からも守れないし、ハナちゃんを助けられない」
「守れないって……どういうことですの?」
「感染したら、即時に私がハナちゃんを殺す」
 そこには、本気しかない。メイシンは本気で言っている。
 もしもハナが感染したら……彼女はすぐに命を絶つべく動くということだ。
「私はハナちゃんに初めて会ったけど、すっごくかわいくていい子だと思うから……軽々しく言っちゃだめだヨ。
 やらないで後悔するよりも、ってすっごくわかるヨ。でも……私と一緒に戦って犠牲にするもののことを真剣に考えてネ」
 なでなでと頭を撫でて、メイシンは立ち上がった。いつの間にか、ハナと視線を合わせていたのだ。屈んでいたことに、ハナは気づかなかった。
「じゃ、ネ。元気で。話を聞いてくれてありがと。飼い主さんによろしくネ。あ、今日のことはあと5分くらいで忘れちゃうから安心して」
 軽く手を振ってメイシンは夜の闇に消えてしまった。
 残されたハナは呆然と、メイシンの言っていたことを噛み締める。
 一緒に戦って後悔はしない。それは自分が決めたことだから。でも、その結果……自分を大事に想ってくれている人を悲しませることになる。
 メイシンは嘘を言うタイプではない。彼女は真実しか口にしていないとすれば……。
(待っているのは――間違いなく『死』)
 自分はあの少女にまた会うだろうか。その時に自分はなんと言うだろう? そのまま通り過ぎるだろうか? それとも契約をしてしまうだろうか?
 なぜなら自分は飼い犬にすぎない。人間のペット。自分一人で生きているわけではない。
(…………)
 そういえば彼女は、こちらの言うことを疑わなかった。いつも疑われるのに。最初から、犬だと信じてくれていた。
(重い)
 なんて重いんだろう。簡単に契約をすると言っていた自分の軽率さが……恨めしい。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4212/桃世・ハナ(ももせ・はな)/女/1/犬】

NPC
【メイシン=リンショウ(めいしん=りんしょう)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、桃世様。初めまして、ライターのともやいずみです。
 メイシンとの契約をするには、死を覚悟しなければならないようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。