|
|
■月の紋章―戦いの果てに―■ |
川岸満里亜 |
【3087】【千獣】【異界職】 |
目を閉じても、月が見えた。
脳裏に浮かぶ鮮やかな月は、未だ消えない。
|
『月の紋章―戦いの果てに<ありがとう>―』
雨が振ったのだろうか。
土の匂いがする。
身体はとても温かい。
匂いは森の中。
だけれどここは、人の住処。
人が作った家の中。
ベッドの中だ。
瞬きをした後、千獣はゆっくり身体を起こす。
痛みはまだある。
いつもなら短時間で治るのに――。
あの結界の力は、自分に流れる力と相反する力であったため、回復が非常に遅いようだ。
呪符を織り込んだ包帯の他に、真っ白な包帯が体中に巻かれている。
自分を治療してくれた人がいる。
カタン
ドアが小さな音を立てて開き、女性が姿を現した。
「千獣」
彼女は千獣を見ると、優しい笑みを浮かべた。
「よかった、起きられるようになったのね」
近付いてくる女性を、千獣はゆっくり上から下まで眺めた。
彼女の身体には、包帯は巻かれていない。
僅かに怪我をしているようだけれど、表情も動きも元気であった。
「……リミナ……」
千獣は大きく深く、息をついた。
リミナは微笑みながら、食材の入った籠をテーブルの上に置くと、千獣に歩み寄った。
「怪我、大丈夫……?」
心配そうに細められた眼に、千獣は頷いてみせた。
「……リミナ、は……?」
「私は全然平気よ。あなたのお陰よ、ありがとう。……本当に、ありがとね」
その言葉に戸惑いの表情を見せた後、千獣はリミナに問いかける。
「……聖、殿、で……あの、後、どうした……? フェニ、クス……不、死、鳥、どう、なった……?」
「あの後、皆で逃げたわ。お姉ちゃん達とも合流できたから」
「……不、死、鳥、は……?」
千獣の問いに、リミナは静かに首を左右に振った。
「分からない。多分まだ結界の中にいるわ」
その答えに、僅かに顔を落とした後、千獣はもう一つの問いを口に出した。
「……カンザ、エラ、は……? リミナの、守り、たかった、街は……? 人々、は……?」
「皆、無事よ」
「……カンザ、エラ、で、暮し、てる……? 今まで、と、同じ……?」
リミナはベッドの脇においてあった椅子に腰掛けて、手を組んだ。
千獣の傷だらけの顔を、憂いを籠めた眼で見ながら、語り始めた。
「私達が離れた後、カンザエラで騒動があったらしいの。カンザエラの街の中心部は、アセシナートの月の騎士団に占拠されているのだけれど、その騎士団の幹部とエルザードからやってきた青年がカンザエラの近くで戦って、青年が騎士団幹部を倒したそうよ。その後、研究所に捕らえられていた人達が解放され、研究所の幾つかの場所が破壊されたそうなの。聖殿側もそうだけれど、今、月の騎士団は混乱状態だと思う。私達の仲間――カンザエラの人達は、皆無事だって聞いてるわ」
「……無事、だけど……命、は……?」
「命? 無事よ、全員」
その言葉に、千獣は視線も落とした。
「千獣……? 傷、痛いの? 無理しないで横になって……」
千獣は首を左右に振った。
顔を上げて、リミナを見る。悲しい眼で、優しい眼の女性を見た。
「……ごめん、ね……何、の……力、にも、なれ、なかった……」
呟きのような、小さな言葉だった。
「……え?」
リミナが不思議そうに聞き返す。
「……だって……不、死、鳥、必要、だったん、でしょう……? リミナ……ルニナ……カンザエラ、の、人達、も……長、く……生き、られ……ないって……」
「それは……そう、だけど」
「……私は……何も、でき、なかった……だから……ありがとう、は、受け取れ、ない……」
千獣の言葉に、リミナは沈黙した。
千獣も俯いて、眼を閉じたまま黙っていた。
2人の脳裏に、出会いから、今までのことが浮かび上がる。
リミナから姉の話を聞き、千獣はリミナの助けになりたいと思った。
彼女と共に過ごし、側で彼女の思いをずっと感じていた。
リミナの行動には、“嘘”もあったのだけれど、その想いだけは嘘偽りのないものだと、千獣は信じて疑わなかった。
だから、真意がどうあれ、千獣はずっと、リミナの願いを叶えたいと思ってきた。
思って、一緒にいた。
彼女の今の身体だけを守りたかったのではない。
彼女の心も。
大切な人達も。
だから、それが果たせなかった今――感謝の言葉を受け取る資格など、ないと感じていた。
一方、リミナは……。
リミナは、千獣達を騙した。
だから、千獣に牙を向けられても仕方がないと思っていた。
罵倒されて当然だと思っていた。
だけど、千獣は優しかった。
優しすぎた。
身を挺して自分を助け、一人、最後まで戦ってくれた。
リミナは自責の念でいっぱいだった。
謝っても謝り尽くせない。
償おうにも、どうしたら償えるのかわからない。
だから――友人になりたいと思った。
心からの友になりたいと。
友達が、友達を助けるのは自然なことだから。
そう思って、今は千獣に丁寧語で話すことをやめた。
とても近い存在として。
彼女のしてくれた行為は、私の為であり、それは自分を好いてくれている彼女自身の為でもあると、考えることにした。
だから『ありがとう』。
伝えたかった気持ちは、謝罪の気持ちより感謝の気持ちになった。
でも、その言葉を、彼女は受け取れないという。
「それなら……」
リミナはポケットから取り出したものを、千獣の手の中に置いた。
それは、千獣の耳飾りだ。聖殿で、千獣がリミナに預けたものだった。
「約束、守れたね」
耳飾りを持つ、千獣の手を、リミナは両手で覆い、こう続けた。
「生きていてくれて、ありがとう。あなたと出会えたことに、とても感謝してるわ」
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
【NPC】
リミナ
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
ライターの川岸です。
引き続きの発注、ありがとうございました。
この感謝の言葉には、戸惑いを覚えそうですよね。
でも、少しずつお互いにお互いの本当の気持ちを理解していくのだと思います。
それでは、ご都合がつきましたら、またどうぞよろしくお願いいたします。
|
|
|
|