■『裏の門』 小さき宴■
桜護 龍 |
【7321】【式野・未織】【高校生】 |
元旦から開いているなんて、便利な今日この頃。
一昔前の話だとまったく店が開いていなかったというし、欲しいものが欲しい時に手に入るのはとても幸せなことなのだろう。
「ん?」
そんな上機嫌の自分の前を何かが横切っていった。
あれは――――
「はにわ?」
そう、あれは教科書でおなじみの埴輪だった。
しかも風呂敷包みを背負って、とても上機嫌そうに。
このまま家に帰っても寝正月を過ごすだけであるし、目の前を通っていった埴輪が何処で何をするのかを考えると好奇心に火がついた。
「つけてみよう」
ぴょこんぴょこんと飛び跳ねる埴輪の後をコソコソと見つからないようにつけていくと、小屋のような建物の前に到着した。埴輪の姿は見えなくなったが、中から声がするのでもしかしたらこの小屋に入ったのかもしれない。
そう思ってそっ・・・と、扉を開けてみたらそこには不思議な生き物の宴が開かれていた。
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小さき宴〜だいじょうぶだよ〜
「あれ?佐吉さんだ」
年越しも新年を迎えるのも無事に終わり、少し暇なので何か雑誌でもないかなとコンビニに寄った帰り、未織はよく遊びに行っている霞谷家の焼物を発見した。風呂敷包みを背負ってぴょこぴょこと移動しているので以前のように家出同然で飛び出してきたのかと一瞬慌てたが、彼自身がとても楽しそうなので恐らく違うのであろう。
「でも・・・霞谷さんもブレスさんもいないのもおかしいなぁ」
佐吉は先も述べたとおり焼物、もっと詳しく言えば埴輪なのである。
動く埴輪は人目に付くと色々とやばいため、佐吉が出かけるときは大抵、彼の兄代わりであるどちらかが同行して、佐吉をバッグ等で持ち運ぶのだが、何故か今日は佐吉がひょこひょこ1人で歩いている。
「誰かにみつかったら・・・」
それこそ大変だ。
このまま佐吉が家族に合流すればよし、しなければ自分が保護すればよし、との考えに至った未織は佐吉の後をこっそりつけることにした。
佐吉はひたすら道路を跳ねて突き進んでいく。これは単なる散歩ではなく、目的地があっての行動だろう。だとすれば一体1人で何処へ行くのだというのだろう。基本的に家に篭りっぱなしの佐吉に外界に行き先があるとはあまり思えないのだが。
「風呂敷に何か秘密があるのかな?」
何が詰まっているのかわからないあの風呂敷。
結構な量が詰まっていると見た。
「おもちゃ、とかかな?それで公園で遊ぶとか・・・でも、それだったら霞谷さんのお家はお庭が広いからそれで足りるし。お菓子?あっ、でもそれじゃあ外に1人で持ち出す理由がないよね。佐吉さん、皆で賑やかに食べるのが好きだし・・・・・って、佐吉さん何処!?」
風呂敷について考察していたら佐吉の姿が見えなくなってしまい、未織は電柱に隠していた身を起こして当たりを焦って見回す。
「えーっと・・・左は壁だし、正面はひたすら真っ直ぐだから佐吉さんがいたら見えるはずだし、見えないってことは、こっちしかないけど。ここって勝手に入ってもいいとこなのかな?」
佐吉が入っていったと思われる方向は壁で囲われている、でも雑草が多い茂っている、明らかなほったらかしな私有地ですといった感じの場所だ。『空き地』や『売り地』と書かれている看板もない。
「ほいほい入っていったら怒られるかも・・・でも、佐吉さんを見つけるためだし。土地の人、ごめんさない、お邪魔します」
土地に向かってぺこりと一礼すると未織は佐吉を探しにその中に入っていった。
雑草はボーボーではあるが、レンガ造りの小道の周囲の草は刈り取られていて、尚且つ、レンガの間から生えている草も踏める程度の成長しかしていないので、人一人歩くくらいには整備されていた。そのため、未織が通るのには何の問題もないが、佐吉くらいの小さな生き物であれば、背の低い草の中に埋もれてしまうだろう。
「佐吉さんを見つける前に踏んでしまわないように気をつけなきゃ」
小道だけではなく、両脇の雑草郡の中にも目を凝らしつつ、慎重にレンガの小道を歩いていく。
雑草郡の中から佐吉以外にも何か出てきそうだ。小学生くらいの子供であったら格好の遊び場であろう。
「もしかして佐吉さんも男の子だし、秘密基地でも作ってるのかも」
それだったらお邪魔かなー、と立ち止まると、ふいに脇の方でかさっと何かの動く気配と音がした。
「佐吉さん?」
こっそり後をつけてきたのも忘れて佐吉の名前を呼ぶも、出てきたのは真っ黒な光沢のある毛並みを持った猫だった。赤い、鈴のついた首輪をしているので飼い猫なのだろう。
「にゃんこ、か。こういうところで猫会議とかやってそうだもんね」
しゃがみ込んで「おいでおいで」とでも言うように手招きすると、やはり飼い猫。怯むことなくよってきて、未織の差し出している手に頭を擦り付けた。
「猫会議を見るのにも憧れるけど、実際ここでやってたら佐吉さんがおもちゃにされてそう」
猫は丸くて、転がりやすいもので遊ぶのが大好きだから。
「そうなってたら大変、早く探さないと」
「おや、お嬢さん。霞谷の坊の知り合いかい?」
「はい?」
「だったら案内してあげるよ、アンタはあの赤い坊や同様、普通の人間とは違う匂いがするし皆受け入れるさね」
「にゃんこ・・・じゃなくてネコさん、でしたか・・・・」
黒猫は未織を見上げると、ニィと笑顔を浮かべた。
猫が喋るということはこの猫、相当年を食っていると言うことで、思わず未織は居住まいを正して、レンガの上だというのに正座をしてしまう。
「そんなに畏まる事はないよ。うちはこの辺に十数年前に来たばかりの新人さね、お嬢さんの方が多分ここらじゃ古参でしょうに。ああ、霞谷の坊のとこに行くんだったね。こっちに付いておいで」
「あ、はい!」
黒猫が鈴を鳴らして歩き始めると、未織も慌てて腰を上げた。
「佐吉さんが大きな風呂敷を持っていたんですけど、なんでかネコさんはご存知ですか?」
「ああ、それはきっとアテや酒やね」
「あて・・・ああ、おつまみですね。それにお酒ってことは、今日は新年会ですか?」
「あたりだよ。坊みたいに人間と住んでたり、家族を持ってるヤツも少なくないから元旦当日ではなく、三箇日最終日の今日に集まるのが通例なんだよ」
なるほど、ちゃんと周りのことも考えているということか。
「だから佐吉さんお一人だったんですね」
「いやいや。暇だったらあの白いのも赤い坊やも来るから、今年は忙しいんだろうよ。あの2人は人間社会にも籍をおいてる身だからね。お嬢さんは今日は友人との都合は大丈夫かい?」
「はい、今日はやることもないのでコンビニで雑誌漁りしてた帰りですから」
「なら、このまま宴に参加して大丈夫だね・・・この扉を開けてくれるかい?坊も居る筈だよ」
黒猫に言われるままに辿り着いた小屋の扉を開けると、中には犬やら猫やらの動物や一見人間の子供に見えるものがお酒やジュースを飲み交わして騒いでいた。聞き覚えのある声がしたので、そちらを見れば確かに佐吉もいる。
「霞谷の坊、お友達だよ」
「クロおばさん・・・あ、ミオ!!どうしたんだ?おばさんと知り合い?」
今まで話していただろう相手との会話を打ち切り、黒猫の言葉に反応した佐吉が嬉しそうに跳ねてきたので、未織は自分の目の高さに会うように抱き上げてやった。勿論、周囲にいる小さな生物達に威圧感を与えないようにしゃがむことも忘れない。
「さっきそこでお知り合いになりました。佐吉さんがお一人だったので危ないと思い付いてきちゃったですけど、お友達との新年会だそうですね」
「おうよ!今日は有人がへんしゅーぶの新年会で、ブレスはぼらんてぃあ仲間との集まりだったもんで一人なだぞ、ここまで来れて偉いだろ」
「はい、立派ですね。ネコさんにミオも誘われたのですが、いいですか?」
「マジで!?嬉しいぞ!」
未織の問いに、佐吉はぴょんこぴょんこと跳ねながら全身で喜びを表す。
兄2人がそれぞれの付き合いで今年は来れなかったことが余程寂しく、残念だったのだろう。人間の中でも仲のいい未織が来てくれて、満足といったところか。
「クロおばさん、ぐっじょぶ!」
「おばさんいいな、坊。喜ぶのもいいけど、来てくれたお嬢さんに飲み物出しや」
「わーかってるって!」
折角来てくれたのだからおもてなしは当たり前、としっかり教育の行き届いている佐吉ではあったが、うっかり周りと同じように酒を出そうとしたのでそれは未織が慌てて止めた。まだまだ彼女は未成年。座敷童や雨童のような子供妖怪と同じくジュースを貰って、佐吉や案内してくれた黒猫と乾杯だ。
「そうだ、ジュースをご馳走になってしまいましたし、タダというわけにもいきませんので、これ皆さんでどうぞ」
未織とて、その辺の教育は行き届いている。
いつも持っているカバンにはお菓子が詰まっているのでそれを全部出して、周囲に居るモノ達に適当にくばる。そうすれば、自然と周りのモノ達が遠くに座っているモノにもまわしていくと黒猫が言ってくれたからだ。そうでなかったら未織は立ち上がって遠くまで自分で配りにいっていただろう。
「お嬢さん、良い子やねぇ」
「いえ、ここにいれて頂いてますし、ジュースや他の方のおつまみも頂いてるので当然です」
「そういう気配りが当然って言ってくれるのが良い子なのさ。今の時代じゃ特にね。なぁ、柴の旦那」
黒猫が同意を求めたのは丁度彼女の後ろに座っていた柴犬。小型ながら日本犬らしく、どっしりとした空気を纏ってるのがわかる。
「そうだな、今の日本にはそういうのがないな。昔は『当たり前』だったことを全くもって『古臭い』の一言で片付ける。歴史が流れていくに連れて改めるのが必要なこともあるが、変えてはいかんことも世の中にはある。それが分からない人間が多くて困るな、黒の」
「まったくさね。でも、うちらのようなもんを恐怖して傷つけるのだけは変わらんねぇ」
「お池の烏のことか。ヤツも傷が治ってりゃここに来れたものを。年越しちっまたな」
「おばさん・・・柴じぃ」
段々と表情が暗くなってきた黒猫と柴犬に佐吉が辛そうな顔をして声をかける。
それに気が付いた黒猫は子猫を宥めるような仕草で佐吉の頭を舐めてやり、優しい声を出す。
「あぁ、ごめんなぁ坊。お前は人間と住んでたね」
「ううん、俺じゃなくてミオが・・・・」
「あぁ」
そう言えば気配が一般的な人間のものではないので黒猫も柴犬も忘れていた。未織はその気配がどうであれ、人間の中に生まれて、人間の中で育っている人間には違いない。その顔を見ると、こちらが無駄に罪悪感を感じないように無理に笑顔を作っているのがわかる。
「お嬢さん、ごめんなぁ」
「いえ、ミオもなんとなく皆さんの気持ちはわかります。ミオ、家族の中で一人だけ探しもの出来たりとか、刀が出てきたりって不思議な力があるからお祖母様から『悪魔の子だ、ここには入れるな。家が穢れる』ってよく言われたりしてたんですよ。皆さんはもっと色んな酷いこと言われたと思いますけど、少し周りと違うから怖がられたり、傷つけられたりする方の気持ちはわかります」
「ミオ・・・・」
「でも、そういう人ばかりじゃないです。現にパパとママはミオのこと大切にしてくれてるし、ブレスさんみたいにちゃんとミオに優しくしてくれる人もいます。だからネコさんも柴さんも、人間のこと、嫌いにならないで下さい!お願いします!」
必死に言葉を紡ぐ未織。
自分も被害者だけど、加害者にもなりうる存在。
もし、自分がペンデュラムも刀も無い人間であったら、自分を蔑んだ祖母のように、この目の前にいる存在たちを傷つけたもの達のようにならないとは言えない。
でも、だからこそ余計に数は少なくても心ある人間まで一緒にして嫌いにならないで欲しい。
「大丈夫さね、お嬢さん。そんな人間ばかりじゃないってちゃんとうちらは知ってるさね」
「黒のの飼い主は黒のが喋りよると喜ぶしな」
「そうそう。まぁ、それで周囲にばれると色んなとこに引越さなあかんけどそれでも決してうちを捨てたりせぇへんから、感謝しとるよ。だからなぁ、お嬢さん。そんな悲しそうな顔せぇへんでも大丈夫。うちらはわかってる」
「ネコさん、柴さん・・・・ありがとうございます」
「ミオー、今日はそゆこと忘れそうぜ」
暗い話題はもう終わり、と佐吉が未織の前まで新しいジュース缶を押してくる。
「今日はおめでたい会なんだし、多少の愚痴はともかく暗い話題は置いておくんだぞ」
「おやまぁ、坊も言うようになったね」
「一緒に住んでる異国人がそういう性格だから影響を受けたんだろうが、まぁそういうことだな。黒の、俺達も飲むぞ」
「あ、じゃあ柴さんとネコさんにミオがお酌します!」
「若い子の酌っておっさんには嬉しいんだろ?柴じぃ」
「・・・余計なことまでは教えてもらわんでいいぞ、坊主」
そうは言うも否定はしない柴犬に黒猫と未織は顔を見合わせた直後、どっ、と笑った。
まだ今年は始まったばかり。
辛いこともあるだろうけど、自分達は頑張れる。
だって、まだそこに支えてくれる人がいるじゃないか。
だから今年も、また昨年までと同じように頑張る。
大丈夫だよ。
[おまけ]
「そう言えば、佐吉さん。霞谷さんとブレスさんってお呑みになるんですか?」
「んー、あいつらよく呑むぞー。庭のもので作ったのが一杯あるし、ブレスはしょっちゅうビール買ってきて近所の仲間とよく呑むなー」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7321 / 式野・未織 / 女/ 15歳 / 高校生】
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■ ライター通信 ■
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式野未織様
毎度ご依頼ありがとうございます!
最初は可愛らしい宴を目指したのですが、苦労話を入れたらにゃんことわんこがなんだか姉御と兄貴になってしまいました。いやはや、苦労を語らせるのはどちらかというとこう言う雰囲気の人(?)かな、と思ったりしていますので。
有人とブレスの酒の強さのことはプレイングを拝見した時に「あ、面白い」と思って本文にいれたかったのですが、ちょっと話の都合上入れる場所がなかったので一番下にちょこっと載せさせて戴きました。技量不足で申し訳ありません。
また、機会がありましたらどうぞ霞谷家にお足をお運びください。
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