■玄冬流転・弐 〜小雪〜■
遊月 |
【2703】【八重咲・悠】【魔術師】 |
『封印解除』の準備をしながら、ふと首を傾げる。
(なにか、違う……)
前回と違うことがあっただろうか――そう考えて、思い出す。
そう言えば、前回は見知らぬヒトが結界内に入ってきたのだった。ただの偶然ではあったのだろうが――。
(気に、なる……)
別に何がどうと言うわけではないのだけれど。
どうして気になるのか――今はまだ、自分にも分からなかった。
|
◆玄冬流転・弐 〜小雪〜◆
八重咲悠は、歩いていた。ただ、歩いていた。
彼は、何かに呼ばれるように――否、引き寄せられるように、あるいは導かれるように、歩を進めていた。
感じるのは、ひとつの気配。
至極希薄に感じる、一度だけ触れた結界の気配。
(『封印解除』――)
先日、僅かな時間接触した、漆黒の髪に夜色の瞳を持つ少女。『クロ』と名乗る彼女が告げた、彼女のやるべきこと。
それが行われているのだと、誰に告げられずとも、悠にはわかっていた。
『相性がいい』――クロに告げられたそれが関係するのかどうかは分からないが、ともかく、悠は『結界』のあるだろう場所へと向かっていた。
それはただ、興味があったから。
クロと、彼女の一族、そして『封印解除』について――。
それらについて『識りたい』と悠は思った。故に、彼女と関われるだろう機会を逃す手はない。
迷いなく歩を進める悠は、ふ、と結界の気配が消えるのを感じた。
『封印解除』が終わったのだろう、と思い、その歩調を少しだけ速めた。クロがその場から早々に居なくなってしまっては、悠に行く先を知る術はない。――否、術はあるが、そうまでするつもりはない。
人通りの絶えた路地、街中の喧騒とは一線を画すそこに辿り着いた悠は、足を止めて静かに笑みを浮かべた。
そこにただ佇む、漆黒の髪の少女の姿を認めた故に。
クロは悠に目を向けない。気付いているのかいないのか――それすら分からない。
それでも浮かべた笑みを崩さないまま、悠は口を開いた。
「こんばんは、クロさん。『封印解除』は順調でしょうか」
「あなた……」
慇懃に挨拶した悠を視界に映し、クロは僅かに目を見張る。
「……八重咲、さん」
名を呼び、そして少し考えるような素振りを見せる。
「こんばんは…。……『封印解除』は、順調…。さっき…2つ目が、終わった、ところ…」
「そうですか。それは何よりです。――では、もしお時間が許すようであれば、少々お話でも如何でしょうか」
「……?」
不思議そうに、クロが首を傾げる。
そんな彼女の腕――明らかに刃物によるものだと分かる、未だ血を滲ませる真一文字の傷に目を遣る。
「それに知人が傷ついているのを放っておくのは、あまりに忍びない」
そう告げた瞬間、クロの瞳にはっきりと戸惑いが浮かぶのを、悠は見た。
◆ ◇ ◆
「応急処置くらいしか出来ませんが……」
傷口を水で洗い流す、その行為の最中告げた言葉に、クロは怪訝そうな、それでいて困ったような表情を浮かべた。
それに小さく笑みを浮かべながら、悠は続ける。
「処置をしておかなければ、化膿することもありますから。貴女は『痛い』と感じないそうですが、治癒力が高いというわけではないのでしょう?」
問いに、クロは無言で頷く。
その間にも、悠は丁寧な手つきで処置を済ませていく。そんな手間をかけずとも、魔術を使えば傷を跡形もなく消すことは可能だろう。だが、そうはしない。
「――…質問を、しても構いませんか?」
「…? ……いい、けど…」
手当てを進めながら話を切り出した悠に、クロは不思議そうな目をしながら、それでも首肯した。
「クロさんは、『封印解除』をなさっているんでしたね」
「…そう、だよ…」
「その『封印解除』というのは、一体何を解除するものなのですか?」
「…え……?」
どうしてそんなことを聞くのだろう、と雄弁に語る闇色の瞳を見つめながら、悠は思い返す。
先日、クロと出会った数日後、悠は『封印解除』、そしてクロと彼女の一族について知ることが出来ないかと調べてみた。
収穫はほぼ皆無だったが――思いを巡らせる最中、ふと考え付いたのだ。
クロの言葉から、悠は『封印解除』によって封印されている何かを解き放つことがクロの――ひいては彼女の一族の『当主』の願いなのかと考えていた。
しかし、『封印解除』が、クロの叶えたいという『当主』の願いと直結しているとは限らないのではないか、と。
『封印解除』がひとつのプロセスに過ぎないとしたら、その意味合いは変わる。
あの、クロが『封印解除』を行った際に感じた、凄まじいほどの『異質』の気配。あれを取り込む為か――或いは自らの封印を解除するためか。
「『封印解除』は……そのまま、『封印』を『解除』する、もの…。季節によって、結構違う、けど…。…玄冬の場合、封印は、留めているから……」
「留めている?」
「うん……どういえば、いいのかな…。玄冬は、引き寄せる力が、弱くて…だから、たくさん、必要……。でも『封破士』は、ひとりだから…補う必要が、あって……そのために、『封印解除』をする……」
主語や目的語が幾つか抜け落ちていてあまり要領を得ないが、それでも少しずつ読み解くためのピースは集まって来ている。
それについての考察は後に回すことにして、悠は次の質問を口に出す。
「では、当主の願いを叶えた後、――貴女はどうなるのですか」
クロは少しだけ眉間に皺を寄せた。
「『玄冬』に、なる……」
「『玄冬』に?」
「『封破士』は、『器』だから……降りてくれば、つくり変えられる、はず……」
そこまで言って、クロは心底困ったように目を伏せた。
「うまく、説明できない……説明できるように、当主に聞いてみるから、また、…今度で、いい…?」
「――…ええ、構いません」
『また今度』――それは『次』があることを暗示させる言葉。
クロはそれを分かっていて言ったのか、それとも無意識なのか――それは分からないものの、『次』があることは悠にとって好都合だったので、了解の意を示して頷いた。
その『次』のとき、今回よりもさらに的確な問いをかけられるよう、思案しておくべきだろうと考えながら、悠は静かに口を開く。
「……私の話をしましょうか。私は貴女を識りたいと思いますし、それならば、私についても識って頂いた方がいいと思いますから。もちろん、無理にとは言いませんが」
悠の言葉に、クロは首を傾げながらも応えた。
「…あなたの、話…? 聞き、たい……気がする……」
その言葉にゆったりと笑みを浮かべ、悠は自身の魔術――『黙示録』を介して使うことの出来る力、そしてそれを行使するために支払われる代償について語る。
「理を捻じ曲げるのは比較的簡単な事です。ただ代償を支払えば良いのですから」
「そう、だね……その代償を、払う覚悟があれば……確かに、簡単、かも……」
どこか遠い目をして、クロは呟いた。
彼女が行っていること、それを終えた後に起こることの詳細はまだ分からない。だが、それを為すことによって彼女が支払う代償は――恐らく彼女自身なのだろう、と悠には分かっていた。
強い力は必ず人を破滅させる。それは大抵の場合術者であるが、時には他人をも。
それでも自らを代償として、クロは当主の願いを叶える為に行動している。
その背景には何があるのか。そして彼女はそれに何を想っているのか。
クロと、彼女を取り巻くモノが行き着く先を識りたい――改めて、悠はそう感じたのだった。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2703/八重咲・悠(やえざき・はるか)/男性/18歳/魔術師】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんにちは、八重咲さま。ライターの遊月です。
「玄冬流転・弐 〜小雪〜」へのご参加有難うございます。
クロとの2度目の接触、如何だったでしょうか。
他人に説明する、ということが不得手なクロの言葉から、少しでも汲み取っていただけるとよいのですが…。
次回はもう少しまともな受け答えが出来ると思います。クロ自身が八重咲さまに興味を抱いているようなので。
ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
リテイクその他はご遠慮なく。
それでは、書かせていただき本当にありがとうございました。
|
|