■月の紋章―戦いの果てに―■
川岸満里亜
【3087】【千獣】【異界職】
目を閉じても、月が見えた。
脳裏に浮かぶ鮮やかな月は、未だ消えない。
『月の紋章―戦いの果てに<寝床>―』

 自らの耳飾りを見ながら、千獣は僅かに顔を顰めた。
 怪我も随分と治り、寝ている時間よりも起きている時間の方が長くなった。
 起きている時は、こうして耳飾りを見ては、悶々と悩みながら時を過ごしている。
 部屋の中には、自分の他に誰もいない。
 リミナは、食料の調達に出かけている。
“生きていてくれて、ありがとう”
 その言葉を、どう受け取ったらいいのか、千獣はわからなかった。
 だから、リミナのその言葉に、何も答えることが出来なかった。
 ため息をひとつついて、千獣は目を閉じた。
 戦いは無理でも、そろそろ普通の生活に戻れそうだ。
 明日は、リミナと一緒に水を汲みに行こう――。

「……リミナ……」
「ん?」
 翌日、千獣はリミナと共に、山道を歩いていた。
「……街の、人、どうし、てる……?」
「もうカンザエラには誰もいないわ。……アセシナートの兵士達はいるけどね」
「……みんな、は、どこに、いった……?」
 リミナは千獣の身体を支えながら、共に坂を下りる。
「エルザードの援助で、違う土地に村を作ることになったの。今は皆、そこで暮してるわ」
「……ルニナ、も……?」
 朦朧とした状態で、千獣はルニナと会話をした覚えがある。
 それ以来、彼女の姿は見ていない。
「ええ、そうよ」
「……行く、こと、できる……? 私、も……」
 千獣がそう訊ねると、リミナは微笑んで頷いた。
「来てくれるのなら、歓迎するわ。でも、本当は聖都へ戻って治療に専念すべきなのだけれど……」
 千獣は首を横に振った。
「……もう、大丈夫、だから……」
「それじゃ、もう少し体力がもどったら、ね」
 2人、小さく笑って頷き合った。

**********

 数日後に、千獣とリミナは山小屋を後にし、カンザエラへと下りた。
 カンザエラの街は閑散としており、遠目で見ただけだが、中心部にも人の姿はなかった。
「アセシナートに戻ってるのかもしれないわね。被害、相当なものだったらしいから」
 そう言いながらも、念の為、回り道をして街の外へと向う。
 街の外の岩場、及び草原は、嵐にでもあったかのように、荒れていた。
 ここで、聖都の青年と騎士団幹部との戦闘があったのだと、リミナは千獣に説明をした。
 数十分歩き、馬車の停留所へと着く。
 馬車を乗り継いで、降りた場所からまた長時間歩き、ようやく2人はカンザエラの民が集う場所へと着いた。
 すでに、その場所は村らしくなっていた。
 家は簡単な造りであったが、カンザエラの貧民街の家よりも、立派に見えた。
「リミナー!」
 千獣達よりも早く、ルニナがこちらに気付き、手を振ってくる。
 千獣とリミナは、ルニナの元へ歩いた。
「千獣、もう身体いいの?」
 ルニナの言葉に、千獣はこくりと頷いた。
「そっか。でも今日は久しぶりに長距離歩いたから、疲れたでしょ? 出来立ての家でゆっくり休んでねー」
 言って、ルニナは小さな木の家を指差した。
「そこが、私とリミナの家だよ」
 ルニナに招かれて、千獣とリミナはその家に入る。
 部屋の中には殆どなにもない。
 草を敷いたベッドがあるだけだった。
「もう少し余裕が出来たら、ベッドや棚も作っていくつもり」
「そうね、私も頑張らなくちゃ」
「……私も、手、伝う……」
 リミナと千獣の言葉に、ルニナは笑顔で頷いた。
「うん、だけど明日からね。今日はゆっくり休んでよ!」
 ――その晩は、3人で草のベッドの中、長い間語り合った。
 暗い話はしなかった。
 好きな食べ物の話や、趣味のこととか。
 大切な人のこととか。

 翌日、千獣はリミナと共に、村を見て回ることにした。
 カンザエラは家々の間隔が狭かったが、この村ではどの家も広い庭を有している。
 とはいえ、道とされている部分だけ幾分平になっているが、各家の庭はまだ草むら状態である。
 高い木に登れば、簡単に村全体を見回せるくらいの小さな村だ。
 千獣とリミナは、人が沢山集まっている場所へと向った。
 そこでは、男性が中心となり地面を掘っている。
「井戸を造ってるんです」
 川に出ずとも、皆が簡単に水を汲むことが出来るように、力をあわせて井戸を掘っているのだという。
「……皆、一生、懸命……。皆、楽し、そう……?」
 千獣には皆が、活き活きとしているように見えた。
 カンザエラにいた頃の人々とは別人のように。
「そうね。これからは、アセシナートに怯えなくていいし。エルザードからも、援助してもらってるしね」
「……今、まで、助け、て、くれ、なかった、聖都、恨んで、る……?」
「恨んでる人もいるけど……疚しい気持ちの方が強いかな、特に私は」
「……やま、しい……?」
 千獣の言葉にリミナは首を縦に振った。
 遠くに姉、ルニナの姿がある。
 エルザードから派遣された大工や村の人々と、家畜小屋の設計について話し合っているようだ。
「エルザードの法で裁かれたら、お姉ちゃん重罪だもん」
 おそらくルニナの手引きにより、失われた命がある。それも1人2人ではないだろう。
「だから、私は今、十分な援助と恩情をもらってると思ってる。感謝してるわ」
「おーい、そろそろ交代してくれ」
 男性がそう言って、穴の中から上ってきた。汗と土まみれになっている。
 ぴょんっと、千獣は飛び出ると、掘られた穴に飛び込む。
 そして、身体の一部を獣化し、村人達の数倍の量の土を一度にかき出していった。
「おー」
「嬢ちゃん、無理すんなよ」
 穴を囲む人々から、千獣に声がかけられた。
「千獣、ありがとね」
 リミナのありがとうの言葉が、また降ってきた。

 その夜もまた、3人で一緒に眠った。
 ルニナは先に眠りに落ち、リミナと千獣は小声で今日の井戸掘りのことや、明日の炊き出しの話をしていた。
 会話が途切れ、2人の元にも睡魔が訪れた時、千獣はそっとリミナに聞いた。
「……リミナ、の……ありがとう……まだ、よく、わから、ない……だから、受け、取るの……もう、少し、考えて、から、でも……いい……?」
 耳飾りと共にリミナが発した言葉「ありがとう」。
 やっぱりすぐには分かりそうもない。
 でもこうして、一緒にいるうちに。
 もっとリミナのことが分かるだろう。
 リミナの心も、分かるかもしれない。
 だから、もう少し待ってほしい――。
 千獣の言葉に、リミナはゆっくりと頷いて、微笑んだ。
 千獣も笑みを浮かべる。
 そして、2人は目を閉じる。
 瞼の裏に、村の人々の姿が浮かんだ。
 威勢のいい声が頭の中に響いていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】

【NPC】
リミナ
ルニナ

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
村づくりのお手伝い、ありがとうございます。
騙したルニナを恨まず、リミナの恩人であり、そして聖都の兵士でもない千獣さんは、今後も村の人々に恨まれることはないと思います。
聖都を恨んでいる人も、疚しく思っている人であっても、素直に現さないかもしれませんが千獣さんに感謝しています。
引き続きのご参加、ありがとうございました!

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