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■ワールズエンド〜此処から始まるものがたり■

瀬戸太一
【7182】【白樺・夏穂】【学生・スナイパー】
閑静とした住宅街。そこに佇むのは一軒の雑貨屋。
どことなくイギリスの民家を思わせるようなこじんまりとした造りで、扉の前には小さな看板が掛かっているのみ。

そんな極々普通の雑貨屋に、何故か貴方は足を止めた。
それは何故なのか、貴方が何を求めているのか。
それを探るのが、当店主の役目です。

方法はとても簡単。
扉を開けて、足を一歩踏み出すだけ。
きっと店主の弾ける笑顔が、貴方をお迎えするでしょう。

ワールズ・エンド〜声無きものたちへ〜





 彼女がこの店を訪れたのは、年が明けて間もなく、まだ寒波が和らがないある日のことだった。
この国の暦では、如月と呼ぶ月のある日。
「…お邪魔します」
 そう短く断って来店した彼女は、雪のように全身を純白で統一していた。
緩やかに編んだ髪は長く、日本人には珍しい白銀色で、肌も透き通ったように白い。
だが女性らしいフリルのたくさんついた衣装を纏った彼女は、白といっても病人のようなそれではなく、
あくまで瑞々しく爽やかな印象だった。
「…何か?」
「あっ、ごめんなさい」
 怪訝そうに顔を傾けられ、私はハッと我に返った。
 多種多様な人が来店するうちの店だけれど、彼女のような存在感を放つ人も珍しかったんだもの。
 整った顔で見つめられ、どぎまぎしながら私は彼女を誘った。
「コホン。初めまして、ようこそ”ワールズエンド”へ。店主のルーリィといいます」





 彼女は名を白樺夏穂と名乗った。
 年は不明。外見は二十歳前後のようだけれど、その表情から少し年齢よりも若そうな、あどけないものが覗く。
 きっと純粋な人なんだろうな、そう思って私は紅茶を勧めた。
「良かったらどうぞ。うち自慢のブレンドなの」
「ええ、ありがとう」
 そう言って、彼女は音を立てず紅茶を傾けた。
 その様子を見て、私は微かにホッとする。
 いやね…あまりに全身真っ白なものだから、もしかして雪女さんだったらどうしよう、って思ったの。
もしそうだったら、熱い紅茶なんか致命傷でしょう?
 でも彼女はおいしそうに飲んでいた。特に猫舌というわけでもなさそうだ。
 話を聞くと、彼女は何か思い悩んでこの店に来店したというわけでもないらしい。
ただこの近くに足を運んだ際、何故かフラッと足がこちらに向いていた。
それで、この店のドアを叩いたと、そう簡潔に語った。
 私はその言葉で悟った。
 彼女はうちの店の本来の意味を知っているわけではないらしい。
だがそれでも、心のどこかでうちの店を求めていたのだろう。
うちは”魔法”を扱う店だから、時々そういう人の心を取り込むことがある。
きっと彼女もそういうケースだと思い、私は切り出した。
「ねえ、夏穂さん。魔法って信じる?」
「魔法?」
 夏穂は首を傾けた。一瞬きょとん、としたが、あとに続く言葉に私は驚かされた。
「ええ。だって私も使うもの、似たようなものを」
「へぇ…! そうなの?」
 私は気持ち身を乗り出した。まさか、夏穂さんも私の同類なのかしら。
「私はね、一応魔女なの。魔法で色んな道具を作って、それを商売にしてるんだけれど…。
夏穂さんも魔法を?」
「…私とあなたは少しばかり毛色が違うようね。私の場合は魔法じゃなくて魔術よ。
それも、そういう特異体質というだけ。でも、だからあなたの存在を信じるわ、魔女さん。…いえ、ルーリィさん」
 そう言って夏穂はあどけなく微笑んだ。口調や姿形は成人した女性のようだけれど、その表情は年端もいかない少女のようだった。
 そのアンバランスさにドキリとしつつ、私は頷いた。
「そうなの。…ありがとう、夏穂さん。それでね…」
「でも面白いことを聞いたわ。…魔法の道具を作ってくれるの?」
 私の言葉を遮って、夏穂は独り言のように呟いた。
 細い指を口元に当てて、しばし考えるそぶりを見せたと思うと、ふいに顔を上げて私を見た。
「じゃあ折角だから、お仕事を依頼しても良いかしら。…作ってもらいたいものがあるの」






「…動物と話したい?」
 大人びた口調であどけない表情を浮かべる彼女の依頼は、これまた意外なものだった。
 話を聞くと、なんと動物と会話できるものが欲しいというのだ。
「ええ。何かこう、翻訳機のような…どうしたの?」
 夏穂は言葉を遮って、首をかしげた。私が目をぱちくりさせているのに気づいたらしい。
「あ、ごめんなさい。その…ちょっと意外だな、って思って」
「そう?」
 だが彼女は、私の言葉に特に気を悪くした様子も無く、むしろ微笑んで言った。
「よく、私の周囲には動物がいるの」
「へえ?」
 私は首をかしげる。動物にすかれやすい体質なのだろうか。
「ええ、今もいるわ。この辺りに、九尾の子。名前は蒼馬よ」
「…へっ?」
 私は目を丸くした。夏穂は全く動じず、片手で肩の辺りの空間を撫でている。
私には何も見えないが、彼女曰く蒼馬という九尾の狐がいるらしい。
「そして、こっちには管狐の空馬。いつも私の腕にいるの」
 といって、今度は逆の腕を掲げる。やっぱり何も見えない。
「あの…ごめんなさい、私には何も見えないんだけど…その、でも、”居る”のよね?」
「ええ。でも霊的なものだから、西洋人のあなたには難しいかもね」
「へえ…」
 私は半分呆気に取られていた。霊という存在を信じないわけではないけれど、こう開けっぴろげに言う人も珍しい。
それだけ彼女にとっては日常的なものなのだろう…。
「あと、鷹、狼、烏、龍もいるわ。それぞれ名前は刃灯、華月、黒翔、雹。私を守ってくれる、可愛い子たちよ」
「ふぅん…見えないのが残念ね。…じゃあ、もしかして、その子たちとお話を?」
 私がそう言うと、夏穂は一瞬きょとん、として私を見た。
 そのすぐあとに、にっこりと笑う。
「ええ。親しい友人たちと何も言葉を交わせないのはさびしいでしょう?」
 成る程ね、と私は深く頷いた。それなら全然意外でもないわ。




 彼女の意向は伝わったものの、じゃあどうしようか、と悩む私。
会話したい相手は決まっているのだし―…。
「ねえ、道具がどんなものになるか、希望も出せるの?」
「え? うん、もちろんよ。何か希望がある?」
 うんうん唸っていた私は、夏穂の言葉にハッと顔を上げた。
「希望といっても小さなものよ。インカムとかヘッドフォンとか、動いても邪魔にならないものがいいの。
あと、ちゃんと装備できるものね。”仕事”のときにも使いたいから」
「…仕事。」
「ええ」
 私の問いかけに、夏穂は頷いただけでそのあとは続けなかった。
 ”仕事”の内容を明らかにするつもりはないらしい。
 少しは気になったけれど、まあ仕方が無い。
「うん、わかった。そうね、インカムかあ…。あ、じゃあ」
 そこで私はひらめいた。インカムってことは、通信できるようなものにすればいいんだわ。
問題は数だけれど―…。
「ねえ、夏穂さん。そのいつもあなたの傍にいる子たちって、何匹いるの?」
 私の問いに、夏穂は首をかしげたあとに答えた。
「そうね。6匹…かしら」
「うん、6ね。じゃあ多分大丈夫! ちょっと待っててくれる?」
 不思議そうな顔をした夏穂を残し、私はその場を離れ、二階にあがった。




 確か、このあたりにあったはず。以前戯れに作ったものがあったもの。
 試作品だけど、割と多めに作ったから、数もちゃんとそろっていたはず―…ああ、何でこう、整理整頓が出来てないのかしら?
 こんな姿、銀埜にでも見つかったらまた小言言われちゃうわ。
 ええと―…ああ、あった!





「お、お待たせ!」
 小一時間ほど経ったあと、私はよろけながら一階に戻ってきた。
 私を見て、どうしたの?と言いたげな夏穂の前に、私は抱えていた荷物を降ろす。
「ごめんなさい、待たせちゃって。…はい、これ」
 私はそう言って、夏穂にそれを差し出した。
 それは、極普通のマイク付きのインカムだった。
ヘアバンド状ではなく、片耳にかけて固定するタイプのもので、非常に小型である。
夏穂は首をかしげながら、それをすっと耳にかけた。
「どう? サイズはおかしくない?」
「ええ、ぴったりよ。重さも特に気にならないわ」
「ならよかった! でね、これをみんなにつけてあげてもらえる?」
 私はそういって、大きなハンカチにくるんでいたものを夏穂の前に広げた。
 ばらばらと転がるそれの一つを夏穂は手に取り、じっくり眺めた。
 それは夏穂が今耳にかけているインカムと揃いの小型マイクだ。
 本来は服の襟元にでも軽く引っ掛けるものだが、この場合それをつけるのは人じゃない。
「…これを皆に?」
「ええ、蒼馬とか、空馬とか。夏穂さんのお友達にね」
 夏穂は目をぱちくりさせつつ、それを見えない宙につけた。
夏穂がつけた瞬間、マイクがふっと掻き消える。霊的なものと一体化したから、私には見えなくなったのだ。
「…これでいいの?」
「うん。何か喋ってみて?」
 私が笑いかけると、夏穂は不思議な顔をしたまま、
「あーあー、テステス。蒼馬、聞こえる?」
「……」
 私が無言で見守っていると、夏穂の目が一際大きく見開かれた。
「…蒼馬、あなたなの?」
「……」
 目に見えない蒼馬は、きっと今頃、笑いながら返しているのだろう。
 夏穂は優しげな笑みを浮かべて、肩のあたりをそっと撫でた。
「…うん。…うん。……ええ、分かるわ。ええ。……いつも守ってくれてありがとう。
……え? …うん、私もよ」
「…蒼馬、何ていってたの?」
 邪魔するのも無粋とは分かりつつ、私はニコと笑って尋ねた。
 夏穂は私に振り返り、極上の笑みを浮かべて答えた。
「……大好きだよ、って。そう言ってたわ」







 そして彼女は、6匹分のマイクを受け取り、いそいそと皆に付けて回っていた。
みんなとお話するのは帰ってからたっぷりするわ、と言い、帰り際に私の手に小さな鈴を落としてくれた。
それはチェーンを通した鈴で、色は夏穂の肌のように白かった。
「何かを受け取ったら、そのお礼を、ってね。ささやかなものだけど、お守りにもなるわ。
魔女さんは意外にも霊的な存在に弱そうだから」
 くす、と笑って夏穂はそういった。私はもらった鈴を胸に抱き、そうね、と頷いた。
 うん、お守りなら、常に身につけておかなきゃよね。腰のリボンに通そうか、それとも髪飾りがいいかしら?
「じゃ、私はそろそろ行くわ。ありがとう、予想以上の収穫よ」
「いえいえ、どういたしまして! またマイクをつけたい子が出来たらいらしてね。まだまだストックはあるから」
「ええ、そのときになったらお願いするわ。…さて、今夜は眠れなさそうね」
 夏穂がそういったので、私はきょとん、と首をかしげた。
 そんな私に、夏穂は悪戯っぽくクスリと笑い、こう返した。
「だって、みんなと12年分の語らいをしないといけないもの。溜まりに溜まってるのよ、伝えたいことが」
 …成る程、ね。








おわり。






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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【7182|白樺・夏穂|女性|12歳|学生・スナイパー】


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▼ ライター通信
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はじめまして夏穂さん。今回は来店ありがとうございました!
声無きものたちとの語らいということで、少しほんわかしながら書かせて頂きました。
宜しければまたアイテムとして活用して頂けると幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。