■月の紋章―戦いの果てに―■
川岸満里亜
【3425】【ケヴィン・フォレスト】【賞金稼ぎ】
目を閉じても、月が見えた。
脳裏に浮かぶ鮮やかな月は、未だ消えない。
『月の紋章―戦いの果てに<日常>―』

 ケヴィン・フォレストは、キャビィ・エグゼインが住みついている王女エルファリアの別荘を、何の気なしに訪れた。
 いや、正確にはもちろん目的はある。
 だけれど、深い意思があったわけではない。
 たまたま、気分がそっちに向いただけで。
 だから、いつもどおり無表情で、ぼーっとした様子で、待合室のソファーでキャビィを待っていた。
「お待たせっ!」
 声の方向を向く。
 キャビィが手を上げながら近付いてくる。
 元気そうだ。怪我は既に完治したようだ。
「返事くらいしてよー。てぇい!」
 突然、キャビィはケヴィンの首に腕を回して締め上げてきた。
 それでもケヴィンは表情一つ変えない。
 本気ではないことくらいわかる。
 特に反応するまでもない。
「うーん、つまらない」
 そういいながら、キャビィはケヴィンの向いの椅子に腰掛けた。
「で、何?」
 その言葉に、ケヴィンは紙をすっと差し出した。
 それは、ゴシップ紙であった。
 アセシナートに関する噂話があることないこと面白おかしく書かれている。
「ああ、つまり、あの時の話がしたいと」
 キャビィの言葉に、まるで居眠りしているかのように、ケヴィンはカクンと首を縦に振った。
「アセシナートの騎士団がどうなったのかは、正直わかんないんだよね〜。だけどさ、報告書や関わった人達の話を聞くに、結構大きなダメージを与えたみたいよ。って聞いてる!?」
 ケヴィンは目を閉じて、腕を組んでいた。
 リラックスして聞いているだけで、決して聞いていないわけではない。
 カクンとケヴィンは再び首を振り、一応目はあけた。
「カンザエラの人達はね、聖都の援助で少し離れた場所に村を造って暮らすことになったんだよ。聖都を恨んでる人もいるみたいだけれど、こちら側としても、彼等の手引きで被害被ってるわけじゃん? トップ同士の話し合いでは互いに不問にするってことになったみたい。……といっても、あちら側にはトップといえるような人はいないんだけどね。あたしの身体を使ったあのルニナって娘、あの子がトップみたいなもの? ねえそういえば、あの子、あたしの身体つかって、何か変なことやらなかったー?」
 キャビィが身を乗り出すが、ケヴィンは首を軽く傾げただけだ。
 別に。という言葉を現しているようだ。
 寧ろ、キャビィの方が腹いせに変なことをしでかしてそうだ……と軽く思ったが、もちろん口には出さない。
「じゃあさ、もっと詳しいことが知りたいんなら、城に行ってみる? 今回の資料とかあるし。あと、キャトルって子のお見舞いも行ってみようと思ってたんだ。なんか、騎士団の女に術かなんかかけられてるみたいだから、油断はできないんだけどね。行く?」
 キャビィの言葉に頷いて、ケヴィンは立ち上がった。
 キャトル……薬売りの少女の名前だ。無事、城に保護されているらしい。

**********

 資料には、ケヴィンが気になっていることはあまり載っていなかった。
 やはり、ケヴィンとしては、騎士団の現状や……あの男、ディラ・ビラジスのその後についてが気がかりであった。
 長く捕らえられていた少女、そして、魔術をかけられているというキャトル・ヴァン・ディズヌフならば、何か知っているかもしれない。キャビィと共に、病室を訪ねることにする。
「いらっしゃーーーい!」
 ノックをした途端、威勢のいい声が発せられ、ドアが開いた。
 部屋の中には輝く笑顔を浮かべた、あの薬売りの少女がいた。
「おおっ、珍しいお客さんだ。さ、かけてかけてー」
 ケヴィン達をソファーに座らせると、キャトル自身はベッドに腰かけてこちらを楽しそうに見ている。
 以前会った時よりも、更に痩せている。元気そうにしているが、本当は辛いんじゃないか……。そんなことを、ケヴィンは考えていた。
「ね、2人も聖殿に行ったんだよね? どうやって帰ってきたの?」
「山を越えて帰ってきたんだってさ。あたしは聖殿には行ってないんだけどねー」
「あ、そっか。行ったのは身体だけ、なんだっけ?」
「うんそう! ったく、酷い目に遭ったよ、ホント」
 2人の女性が会話する姿を、ケヴィンはぼーっと眺めていた。女同士の会話には、入り込む隙間がない……と感じることが多い。
「キャトルはさ、捕まってた時、どんな会話をしたの? 資料にも載ってなかったんだけど。あと、こっちに戻ってから、奴等から干渉あった?」
「えっ……」
 その問いに、キャトルの顔から笑顔が消えた。
 ケヴィンは表情こそ変えなかったが、注意深くキャトルを見ていた。
 キャトルは少し口を開いた状態で目を伏せた後、再び笑顔を浮かべてこう言った。
「色々あったんだけど、今は言い難いかな。干渉は……あっても、わかんないかも。でも、そろそろあってもおかしくないと思う。もう、随分経ったから」
 聖殿から戻って、既に1ヶ月以上経っている。
 騎士団側も、落ち着きを取り戻しているかもしれない。
 キャトルについては、彼女がこの場にいる限り、手は出せないだろう。
 しかし、彼女が操られて、自ら城を抜け出したら――。
 そんなことを考え、キャビィとケヴィンが吐息をついた時だった。
 コンコン
 病室のドアがノックされた。
「はーい!」
 キャトルが元気に返事をすると、音を立ててドアが開かれる。
 顔を出したのは、皆がよく知る人物であった。
「キャビィとケヴィンじゃんー! 久しぶりっ」
 現れた人物、ウィノナ・ライプニッツが笑顔で近付いてきた。
 ウィノナは共にフェニックスの聖殿を目指した人物だ。
「お見舞いに来てくれたんだっ! お見舞いっていうのも変なんだけどさー。あたし、元気だし!」
 キャトルはベッドで、足をばたつかせている。
「はい、差し入れー」
 ウィノナが、誰からとは言わず、キャトルに薬を差し出した。
「ありがとっ」
 キャトルは薬瓶を受け取ると大切そうに握り締めた。
「で、キャトル術にかかったままなんだって? ケヴィンが心配して……るんだと思う、多分、きっと、少しは」
 そう言うキャビィの隣で、ケヴィンはぼーっとキャトルを見ていた。見ているイコール関心がある。そういうことなのだろうと、キャビィは少しずつケヴィンが分かってきた。
「うん、解く手段を考えてるんだけどね……。キャトルはどうしたい?」
 ウィノナがキャトルに聞いた。
 キャトルは迷いもせず、こう答えた。
「解いてくれるのなら、誰にでもお願いしたい! だけど、会えない人には会えない、から。今回のことを知っている人とか、城の術師とかにね」
「ああ、術師といえば、あの人達に頼むって手もあるじゃん」
「あの人?」
 ウィノナの問いに、キャビィは皆を見回して言った。
「ルニナとリミナ。身体使われて、傷つけられた分の慰謝料、もらってないしさ。そのうち請求しに行こうと思ってたんだよね。ルニナの方は人の身体に入り込み、精神を入れ替えることが出来るほどの術師だから、解けると思うよ? リミナの方はよく知らないけど、回復系が得意みたいだから、やっぱり解呪はお手の物かもしれないしね」
「なるほど。その2人なら、事情全部知ってるしね」
 キャトルがかかっているその術とやらが解けたら、もう少し色々と聞けるのかなーなどと、漠然と思いながら、ケヴィンは3人の女性達がわきゃわきゃと騒ぎ出すのをぼーっと見ていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3425 / ケヴィン・フォレスト / 男性 / 23歳 / 賞金稼ぎ】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】

【NPC】
キャビィ・エグゼイン
キャトル・ヴァン・ディズヌフ

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
騎士団側の情報に関しては、上手く出すことができませんでした。すみませんっ。
決まってはいるのですが、聖都がそれを得る手段というのが今のところなくって……。
なんらかの機会を設けて情報を出せればいいなーと思っています。
ご参加ありがとうございました!

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