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■第1幕:窃笑のプレルーディオ■

川岸満里亜
【6424】【朝霧・垂】【高校生/デビルサマナー(悪魔召喚師)】
●宮廷
 女は箱を持っていた。
 透明の箱だ。
 中には何もない。
 何も、眼には映らない。
 ……しかし、その中に、存在しているものがある。
 箱の中には、強力な結界が張られている。
 中の物を、封じ込めておくために。
 手元に、置いておくために。
「シルベスタ、ガラル、シゼラ、妹の到着よ。仲良くしてあげてね。ふふふふふ……」
 4つの透明な箱の上に、手の中の箱をおいた。
「でもやっぱりあと二つ、側にないと寂しいわよね……ミレーゼ」
 怪しい笑みを残して、女はその部屋を後にした――。

●国境近くの宿屋
「仲間との合流場所だが」
 ジザス・ブレスデイズが、テーブルに地図を広げた。
 魔界と呼ばれる世界に着いて、5日が過ぎていた。
 連絡を取る手段がないため、誰かが先に向って接触をし、事情を話すことになりそうだ。
「場所はここだ。先に向ってもらうのは……」
 ジザスは一同を見回すが、決めかねる。
 一人で行かせるのは危険だが、自分達の周りを手薄にはしたくない。変装をしていれば、能力を失っている今、敵側に気付かれる可能性は少ないと思うが、用心に越したことは無い。
 先行は多くても3人までだろう。
「とりあえず、私達の婚約者と名乗る者は、先行は不自然だな」
「どのように接触するのですか? 相手の名前や人数は?」
 時雨の問いに頷き、ジザスは地図を指差し説明を始める。
「私を蘇らせた支持者達は、このスーラス街の繁華街で暮している。表向きは現政権の支持者としてな。人数は共に活動していた当時で30ほどだった。彼等のリーダーはルクルシー・ブレスデイズ・クレイリア・バルヅ。私達の姉だ。逸早く陰謀に気付き、落ち延びたそうだ。女であるが故、皇族の力は持っていないからな、敵側も深追いはしなかったのだろう。……接触の方法は、だが」
 言いながら、ジザスは紙とペンを取り出した。
 日本語ではない文字で、なにやら文章を書いていく。
「ルーティルという酒場のバーテンにこのメモを渡してくれ。私達はここに書いた場所で待つ」
 メモには、ジザスのサインと、合流場所が暗号で記されているそうだ。
 メモを持っていく人物は、そのジザスが指定した合流場所を知らずに向うことになる。
「お前達ほどの力を持っていれば、危険なことではない。頼めるか?」
 ジザスが一同を見回した。
 適任者がいなければ、諦めて全員で向うことになりそうだ。
『第1幕:窃笑のプレルーディオ<覚悟>』

●出発前に
 一同の意見を聞いたジザスは、腕を組んだまま深く考え込んだ。
 神城・柚月は、ジザスの婚約者を演じるつもりであり、ジザスと行動を共にするつもりであった。
 柚月の後輩でもあり、呉姉妹やゴーレム達と深い親交のあるアリス・ルシファールは、ジザスの子供を装うことに決めた。しかし、しばらくは表向きは旅芸人の娘として振舞う予定であり、今回はジザス達の使いということで、酒場に向うという意思を示した。
 そして……。
「調べる目的で触れなければ、時雨がフリアルだってわからないんでしょ? なら、もしもの時、ジザスと時雨の2人を庇うように行動したら、それだけで怪しまれると思う。だから、あえてジザスと時雨を離して行動した方が良いんじゃないかな? ルクルシーだっけ、お姉さんには合流した後に時雨がフリアルだって説明すれば良いじゃん」
 そう意見するのは、朝霧・垂であった。
 垂は時雨――フリアルの婚約者として振舞うつもりなのだが、彼女の案はジザスとフリアルを離した方がいいというものであった。要するに、酒場へは自分とフリアルで行ってはどうかというものだ。
「いくらなんでも、2人で行くのは危険すぎはしないか」
 そう意見したのは、蒼王・翼であった。
 ジザス、フリアル兄弟の安全は最優先だ。特にフリアルを失うわけにはいかない。
 フリアルだと分からないとはいえ、治安の悪い世界、しかも魔族も多い街中に2人だけにする危険性は計り知れないものだと考えた。
「私も時雨もゴロツキより強いし、大丈夫だと思うんだけど?」
「いや、そのゴロツキがお前達より弱い保証はない。この集落は人間中心の集落だが、スーラス街は城に近い街だ。当然魔族も普通に生活をしている。お前はどうだか知らないが、ゴーレムの身体では、魔族にはまるで歯が立たないだろう」
「そっか……」
 ジザスの言葉に、垂は頭を悩ませる。
「同様に、アリス一人に行かせるのも心配なんだが……」
「ああ、それなら僕も行くよ。婚約者を演じる2人が、皇子達と行動を共にするのなら、だけど」
 そう言ったのは翼だ。
「では、すまないが、先行はアリスと翼に頼む。私と柚月、フリアルと垂は一緒に合流地に向おう」
 言って、ジザスは垂を見た。
 垂は小さく吐息をつくと、頷いてその方針に従うことにした。
「合流するルクルシー……私達の姉だが、姉とはどうも反りが合わなくてな。お前達にも苦労をかけるかもしれないが、女同士分かり合えることもあるだろ、きっと」
「じゃあ、その前に、打ち合わせとお勉強やね。合流する前に婚約者ということで覚えておくこともあるやろし。ん……」
 柚月は少し考えた後、言葉を続けた。
「皇族の事についてももう少し聞きたい事があるんよ。1つ目は、各皇子の持つの能力は同じものなんか、それとも個々に固有の能力なんか気になるんやけど。皇女が能力を持つ事は過去になかったのかも含めてやね」
 その言葉に、ジザスと時雨が顔を合わせた。
「それがだな……」
 言い難そうに、ジザスが答える。
「皇族男子は幼い頃から、特別教育を受けさせられる――いわば、帝王学だが。その過程で、皇族男子以外には口外してはならない項目を幾つか習うんだが、お前の質問はそれに該当するわけだ」
「でも、婚約者やし」
 柚月はにっこり笑ってみせる。
 ジザスと時雨は再び顔を合わせて、苦笑した。
「まあ、簡単に言うと、能力に違いはない。ただ、別の人物である以上、才能はそれぞれだからな。その力をどのように活かすのかは、個々の才能による」
「で、皇女が能力を持ったという事例は?」
 その問いには、ジザスは曖昧に首を傾げただけであった。答えられないらしい。
「んじゃ、2つ目やけど。水菜さんことミレーゼさんが陰謀で人間に変えられた事やね。女性の地位等から考えて妙に思うんよ。何か理由があったと思うんよ。相手にとって何か都合の悪い存在であった可能性を感じるんやけど。これは追々調べる必要がありそうやね」
 その問いに、ジザスは顎に手をあてて、考えはじめた。
「確かに……言われてみれば、妙だな」
「いくらミレーゼさんが虐められてたといっても、皇位を継ぐ資格のない彼女を人間にする必要性っちゅーのが考えられへんのや。他の皇女達は無事なんやろ? 考え過ぎかもしれへんけど何か特別な力を持っていたって事はないやろか? さっきの質問ともちょっと被るけど」
 柚月の問いに、しばらく考え込んだ後、ジザスはこう言った。
「……というか、柚月。お前本当に私の婚約者にならないか? 力もさることながら、その鋭さ。非常に欲しい人材だ」
 柚月は呆れ顔で答える。
「あのなー。婚約者が人材ってどういう神経してんねん! ……ま、それはおいといて、質問に答えて欲しいんやけど」
「いや、半ば本気なんだがな。――まあ、質問の答えだが、ミレーゼは特殊な力を持ってはいなかった。魔族としての力でいうのなら、確かに魔力は高い方ではあったが、その程度だ。だから、お前の言うとおり、調べる必要がありそうだ。あと、皇族の力だが――皇女が遺伝で受け継ぐことはまずない」
「ふーん」
 その言葉に引っかかりを覚えながらも、柚月は一先ず理解した。つまり、ジザスが考えの浅い人物であるということを。
(相当しっかり者の奥さんもらわにゃ、国は治められんわな。寧ろ、しっかり者だったから、反乱起こしたとか?)
「では、私達はそろそろ出発した方がいいでしょうか?」
 アリスがそう言って立ち上がる。
「ああ、その前に……」
 ジザスがアリスに近付いた。アリスは思わず足を引く。
「首……いや、手でいいか、手を貸してくれるか?」
 少し迷いながらも、アリスは右手をジザスに差し出した。
 ジザスはアリスと自分の袖をまくると、アリスの横に回り、自身の左腕をアリスの腕に重ねた。
 ジザスの肌の暖かさがアリスに伝わる。そして、微量の力も。悪影響を及ぼす力ではなさそうなので、抵抗せずに黙って見ていた。
 意外と逞しい腕だった。
 数分後、ジザスが腕を離すと、アリスの腕に不思議な模様が浮かんでいた。
「皇族の証だ。皇族男子は生まれながら、身体に個々独特の模様を持っている。認知した娘に、自分と同じ模様をつけるのが慣わしでな」
 ジザスの左腕にも同じ模様が浮かんでいる。
「本当に皇族の血を引いている人物でなければ、模様は数日で消えるはずだ。数日とはいえ、何かの役に立つかもしれないからな」
「……はい」
 数日とはいえ、自分はこの男性の娘。
 数日とはいえ、自分はこの国の皇女。
 アリスは腕の模様を見ながら、身を引き締めなければと思った。このどこか足りない父親を補うためにも!
「では、行って参ります」
「メモは僕が預かろう」
 アリスが地図を受け取り、翼はメモを受け取る。
「気をつけろよ。まずは自分の身を一番に考えてくれていい」
 ジザスの言葉に頷いて、2人は一足先に宿屋を出た。

●拠点へ
 ジザスと時雨、そしてその婚約者を演じる柚月と垂は、少し遅れて宿を出発した。
 ジザスは合流地点を声では説明しなかった。地図を見せ、スラース街から少し離れた場所を指差した。港だ。
 4人は宿から出ると、乗り合い馬車に乗ることにする。幸い、乗客は4人だけであった。
 聞いておきたいことはまだまだ沢山ある。
 柚月はジザスに質問を浴びせることにする。
「この国を現在支配してるのは、皇太子妃と息子なんやろ?」
「表向きはな」
「実権はその皇太子妃の兄が握ってると考えてええん?」
 険しい顔つきで、目を細めながら、ジザスは語りはじめる。
「聞いた話でしかないが、その……皇太子妃が隣国の王と関係を持ち、配下に下ったという説もあるそうだ」
「関係を持ったって……浮気?」
 柚月のその言葉にジザスは自嘲的な笑みを漏らした。
「何が真実なのか、私には分からない。女の気持ちってヤツが昔から理解できなくてね」
「奥さんのこと、愛してなかったん?」
 御者には聞こえないよう、小さな声で問う。
「政略結婚だが、普通に愛していたと思うぞ」
「普通にって……多分、全然奥さんのこと考えてへんかったんやろなー。それが原因とは言わへんけど」
「向こうが皇子である私に尽くすのは当然だが、私が妻のことを考えることは責務ではない」
 ジザスのその言葉に、柚月は苦笑した。
「責務やなくてもね、好きやったら相手のこと思いやるやろ。……うーん、やっぱりあなたは奥さんのこと、愛してなかったんちゃうかな」
「……かもな」
 言って、ジザスは目を伏せた。
「時雨は水菜といつもどんな会話をしてたの?」
 一方、垂は時雨と雑談を楽しんでいた。
「仕事のことしか話しませんでした。互いに近しい人物だと感じてはいましたが、まだ水菜の精神は幼く、趣味などもありませんでしたので、日常的な会話以外は特に話すことはありませんでした」
「ふーん。ところでさ、その口調どうにかならないかな? 私と会話する時だけでいいんだけれど、もう少し親しげにしてもらった方が怪しまれずにすむと思うんだよね」
「ですが、私はゴーレムで、垂様は人間ですから。断りも無く私で実験するくらいのお方ですので」
 優しい口調だったが、どこかしらトゲが含まれている。
「うっ、もしかして、根に持ってる?」
「ええ」
 そう言って、時雨は微笑んだ。
「ごめんー」
 決り悪そうに垂は苦笑するのだった。

 数時間後、4人は目的地に降り立つ。
 港では、他国との交易が行なわれているようだった。
 中心部には近付くことなく、ジザスを先頭に海沿いを歩き、4人は外れの古びた倉庫の前へとたどり着く。
 この辺りには人影がない。人々の声も聞こえなかった。
 ただ、時折海鳥の鳴き声だけが、寂しげに響いている。
 ――僅か、数分後。
 蝙蝠のような羽を生やした男性――魔族が、倉庫の裏側から現れた。
「お帰りなさいませ」
 男性は胸に手をあてて、礼をした。
 ジザスは軽く頷く。
「姉――ルクルシーは?」
「こちらへどうぞ」
 魔族の男に招かれ、倉庫の裏に留めてあった、自動車のような乗り物に乗り込む。動力はガソリンではなく、魔道エネルギーのようだ。
 港から離れ、広い岩場へと出た。
 人々が暮していたと思われる形跡が残っているが、人の姿はない。
 塀に囲まれた大きな建物の前で、魔族の男は乗り物を止めた。
「随分と城に近いな」
 見上げれば、遠くに大きな岩山が見える。その先にジザスが生まれ育った王城があるらしい。
「拠点にするには、もってこいの場所です。さあ、どうそ」
 魔族の男は、壊れかけた正門を開き、4人を中に招きいれた。
 その先は外観とは対照的な、しっかりした造りであった。小さな要塞のような建物だ。
 館内は、これといった特徴のない内装であった。
 クリーム色の壁には、絵画一つ飾られていない。
「ごきげんよう、ジザス」
 知らせを受けて、右端の部屋から姿を現したのは、紫色のドレスを纏った女性であった。
「ただいま戻りました。……姉上」
 この女性がジザスの姉、ルクルシー・ブレスデイズ・クレイリア・バルヅのようだ。
 ルクルシーはジザスを一瞥した後、柚月、垂、そして時雨に目を走らせた。
「彼等は信頼の出来る者です。説明は後ほど」
「いいわ、とにかく部屋にお入りなさい」
 ルクルシーは再び右端の部屋へと入っていく。
 ジザスと一向は顔を合わせてうなづき合った後、ルクルシーの後に続き、部屋に入った。
 部屋には大きなソファーが用意されていた。
 ルクルシーに勧められ、4人は並んで腰かける。
 向いにルクルシー。その後ろには、4人の屈強の男が控えていた。
「まず始めに、その方達の素性から聞かせてくださる?」
「この女、神城柚月は、向こうの世界で見つけた俺の女だ。能力もさることながら、かなりの切れ者だ」
 ジザスが右隣に座る柚月の肩を抱き寄せた。
 ルクルシーの眼が、柚月に向けられる。
 ジザスは手を柚月の脇から脇腹へと這わせて、ウエストを捕らえ、更に深く抱き寄せた。
(やりすぎだボケッ!)
 柚月はジザスの背に手を回し、つねりあげながらも、顔には余裕の笑みを浮かべ、ルクルシーにお辞儀をした。
「まさか、妊娠……させたなんてことは?」
「くくっ、そう、試してみたくてね。人間の身体で設けた子供に、皇族の力が備わるのかどうか」
(してなーい!)
 叫んで否定したい気持もあるが、若干面白くもあり、柚月は話を合わせておくことにした。これでどうだといわんばかりに、ジザスにしなだれかかる。
 ルクルシーの鋭い目が柚月に飛んだ。柚月は思わず息を飲む。
 そう確か、手は組んでいてもジザスとルクルシーは不仲なのだ。
「他の2人は?」
「ああ」
 ジザスは柚月から手を離すと、奥の垂を指差した。
「彼女、朝霧垂は、フリアルの婚約者だ」
「婚約者?」
 ルクルシーが眉を顰める。
「まあ、詳しいことは、フリアルに聞いてくれ。彼女と一緒じゃなきゃ、戻らないって言うんでな」
「フリアル……。そう、あなたがフリアルなのね」
 ルクルシーが時雨を見て笑みを浮かべた。
「はい。お久しぶりです、ルクルシー姉さん」
「会いたかったわ、フリアル」
 ルクルシーが目を細める。
「まあ、昔話は後にして、状況を説明してほしいんだが。事態は急を要するんだろ」
 ジザスの言葉に、ルクルシーは笑みを浮かべながら頷いた。
「私も同感よジザス。そうね……少し、あなたと2人だけで会話がしたいわ。フリアルは身体の状態を調べさせてもらうわね。早急に元の身体に戻さなければならないもの。あなた達の恋人には、着替えてもらいましょうか。皇族の女になるのですもの。相応の服を着ていただかなければね」
「動きやすい方がいいです。宮廷に話し合いに行くわけではないんですよね? 乗り込むことになりそうですし」
 すかさず、柚月が言った。
 余裕の笑みを絶やさず、ルクルシーは返答をする。
「乗り込むにしても、相応の服装というものがあるわ。その服はここでは異質すぎるもの」
「姉さん。私はできればこのままの姿でいたいのですが」
 時雨の言葉に、ルクルシーは怪訝そうに時雨とジザスを見た。
「この姿が気に入っているようでな。まあ、状況を知れば考えも変わるさ」
 ジザスの言葉を受けて、ルクルシーは頷いた。
「自分よりも、まず、ミレーゼを助けて戴きたいのです。彼女の魂はこちらに戻されたようですので」
 時雨が身を乗り出す。
「そう……ミレーゼはこちらにいるのね」
 ルクルシーは悲しげに目を伏せた後、こう言葉を続けた。
「それならば、多分、彼女の魂は既に捕らえられていると考えるべきだわ。どうも、他の兄弟の魂も全て現支配者の手中にあるみたいなの。復活させないためにね」
「あのっ。ミレーゼさんは、特殊な力を持っていたのでしょうか? 彼女には殺されなければならない理由がない気がするんです」
 柚月の言葉に、ルクルシーは鋭い視線を向けた後、立ち上がった。
「さあ……私にはわからないわ。ジザス、奥の部屋へ。フリアルは検査室にお行きなさい。その後、この部屋に戻って着替えるのよ」
 控えていた男性が、ドアと向い、部屋の外に待機していたメイド風の女性達を呼ぶ。
 メイド風の女性達が次々に現れ、クローゼットを開くと、柚月と垂を鏡の前へと導く。
 時雨は屈強の男性に案内され、別の部屋へと誘われる。
「あ、私はし……フリアル様と一緒で。着替えもね」
 垂は当然のように時雨に続く、彼の側から離れなかった。
 一人、部屋に残った柚月は鏡に向かいながら、妙な違和感を感じていた。
 メイド達が服を取り出して、柚月の身体に合わせていく。
 色とりどりの豪華な服は、とても素敵であったが――今の柚月は関心をもてなかった。

●幕開け
 奥の部屋――。
 そこは、窓一つない部屋であった。
 元々、拷問部屋として造られた部屋のようであり、防音装置も施されている。
 明りは僅かに点されている。
 その部屋の中、姉と弟は対峙した。
「フリアルを連れてきてくれて、ありがとう」
 部屋の中に、ルクルシーの高い声が響いた。
「聞きたいことが沢山ある。そのフリアルだが……どのように復活させるつもりですか? フリアルほどの人物を蘇らせるとなると、一つの街や、軍全てを犠牲にする必要があるはず。その他に何か手立てはあるのか?」
「心配いらないわ。その必要はないから」
 そう言って、ルクルシーは笑った。
 途端、床が奇妙に光ったように見えた。
 ルクルシーが僅かに手を上げる。
 次の瞬間、下方から浮かび上がった光が、ジザスの身体を包んだ。
「あなた、本当に無能だわ。そして、お人好しよ。フリアルほどではないけれど、皇族には相応しくない。まして、第一皇子なんてふざけないでほしいわ」
「ルクルシー……」
 ジザスは搾り出すような声を発する。
「散々、お前に言われてきた言葉だ。否定はしない。他に相応しい者がいるのなら、継承権など捨てても構わない」
「そうそう、さっきのお嬢さんの問いね。ミレーゼを何故殺す必要があったのか。……それは、未婚の彼女は私と同格の皇位継承権を持っているからよ。ただ、皇族の特有能力を有していないだけで」
「お前……か」
 ジザスがルクルシーを強く睨みすえる。しかし、光の結界に阻まれ、動くことは叶わなかった。
「ようやく気づいた? ええ、私よ。物心ついたときから、ずっと思ってた。どうして、私には力がないのかと。正妻の長子だというのに、女に生まれたというだけで、皇位を継げないなんておかしいじゃない。でも、私はある日、知ったの。皇族の力を手に入れる手段。それは、男として生まれる他、皇家の血さえ引いていれば、奪うことが出来るのだということを」
「誰の、力を……」
 光の帯がジザスの首を締め上げる。目を細めながら、ジザスはルクルシーを睨み続ける。
「父よ。皇帝を殺して、力を継承したのよ。皇族の力なくして、皇族を人間にするなんて芸当できると思う? そんな呪術師いると思ってるの? 皇族男性を人間にしたのも私、あなたを人間の群に投げ殺したのも私。そして……一番邪魔になりそうなフリアルを弱らせて予め殺しておいたのも私。ああ違うわね。フリアルを殺したのはミレーゼよ。ミレーゼがお菓子作りに使う砂糖の中に、発作を誘発する毒をいれておいたの」
 近付いて、ルクルシーはジザスを包み込む光の結界に手を添えた。
「何故、俺を、蘇らせた……?」
「もちろん、フリアルを探し出してもらうためよ。誤算だったのよ、先に殺したフリアルの魂が異世界に行くとは考えていなかった。知ってのとおりミレーゼの魂を送ってはみたけれど、役には立たず。だから、同じく2人と親密だったあなたを復活させて送ったの。魂は惹き合うものだから」
 ルクルシーは目を細めて笑った。
「さようなら、一番無能で愚かな弟。今度こそ、永遠に」
 ジザスは強く目を閉じた。全ての力を持って、思念を飛ばすために。
 光が弾けた。
 ジザスの身体を形成していたもの、全てが一瞬にして形を変えた。
 その場に残ったのは、砂であった。
 砂、だけであった。
 黒――いや、暗い銀色の砂だった。

「垂様――身体を見られたら、水香様に叱られます」
「じゃあ、後ろ向いてるよ」
 ベッドの側で、時雨は検査服に着替える。そんな時にも、垂は時雨の側を離れなかった。仲間の魔族に出て行くようにも言われたが、断固これだけは譲れない。時雨を守ることが垂にとっては全ての行動の大前提だった。
 検査服に着替えた時雨は、大勢の魔族が見守る中、ベッドに寝かされた。
「目を閉じてください」
 その言葉に従い、時雨が目を閉じる。
 白衣の男性が手を時雨に翳した。
「……確かに、フリアル様に間違いありません」
 続いて、隣の魔族が時雨の胸に触れた。
 途端、垂の両肩が捕まれた。
「……っ」
「ケルベロス!」
 時雨が咳き込みながら目を開けて、魔族の腕を払った。
 同時に、垂はケルベロスを召喚していた。ケルベロスが走り、男達が身を引く。
「何を、するつもりでした?」
 起き上がった時雨の口から、一筋、血が流れ落ちた。
「知る必要はないでしょう?」
 嘲りの笑みを浮かべ、男達が手を広げた。
「時雨!」
 垂は時雨を抱き、共にベッドから転がり落ちる。
 ベッドに立て続けにエネルギー弾が打ち込まれた。
 ケルベロスを走らせるが、1人を引き付ける程度の効果しかない。
 魔弾が、2人に襲い掛かる。時雨は垂より体格が良い。垂は身を挺して時雨を庇うので精一杯であった。
「こっち!」
 時雨を庇いながら、垂は隣室のドアへと飛び込んだ。
 時雨が、ドアをぶち破る。
 ケルベロスに入り口を守らせ、二人は更に奥の部屋へと駆けた。
「うっ!」
 薄暗い部屋の中、突如時雨が額を押さえて声を上げた。肩膝を床についてうな垂れる。
「時雨。しっかりして! とにかく、この建物から出るよ!」
 そう言う垂は、既に満身創痍であった。所々服は破け、赤く爛れた肌が露になっている。
「……申し訳ありません」
「んなことは、どうでもいい! 急ぐよ!! って、あっ!?」
 時雨が、垂を抱き上げた。
 駆けながら、時雨が言った。
 今まで、聞いたことも無いような声で。
 胸に刺さるような悲しげで。
 それでいて、強い決意を込めた声だった。
「東京に戻るという選択肢は、もうありません」
 窓は外敵から護る為か、鉄格子が張られている。
 目の前のドアの先は廊下だ。
 そこには、より多くの魔族がいるだろう。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2863 / 蒼王・翼 / 女性 / 16歳 / F1レーサー 闇の皇女】

【6047 / アリス・ルシファール / 女性 / 13歳 / 時空管理維持局特殊執務官/魔操の奏者】

【6424 / 朝霧・垂 / 女性 / 17歳 / 高校生/サマナー(召喚師)】
状態:負傷・逃走中

【7305 / 神城・柚月 / 女性 / 18歳 / 時空管理維持局本局課長/超常物理魔導師】
状態:臨戦態勢

【NPC / ジザス・ブレスデイズ / 男性 / 30歳 / バルヅ帝国第一皇子】
状態:死亡

【NPC / 時雨(フリアル・ブレスデイズ) / 男性 / ?歳 / ゴーレム(バルヅ帝国第五皇子)】
状態:軽傷・逃走中

【NPC / ルクルシー・ブレイデイズ / 女性 / 31歳 / バルヅ帝国第一皇女】
状態:普通

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
衝撃的な幕開け……となりましたでしょうか。
副題の違うノベルもご確認くださいませ。
次回オープニングは、来月半ば頃に登録予定です。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。