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■月の紋章―戦いの果てに―■ |
川岸満里亜 |
【2787】【ワグネル】【冒険者】 |
目を閉じても、月が見えた。
脳裏に浮かぶ鮮やかな月は、未だ消えない。
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『月の紋章―戦いの果てに<教示>―』
「わー、廊下広いし長い。迷っちゃいそうです」
きょろきょろしている連れを導きながら、冒険者のワグネルは教えられた部屋へと向かっていた。
本来、騎士の案内で行くべきところだが、今回は諸事情の為断った。
他の部屋には立ち入らないと厳重な約束を交した上、連れと2人で城内を歩くことを許可され、こうして長い廊下を歩いている。
「それにしても、遠いですね。見かけよりももっともっと広いんですね」
「そうだな」
適当に答えながら、目的の場所へと向った。
コンコン
「どうぞーーーーようこそーーーー!」
ノックをした途端、部屋から声が上がった。こちらの姿を見る前に。
その声に笑みを浮かべながら、ワグネルはドアを開けた。
「よおっ」
「あっ、ワグネルー!」
少女は満面の笑みを浮かべて、近付いてきた。
「入って入って。何か飲む? お菓子とかはないんだけどさー」
まるで、自分の家のように少女――キャトル・ヴァン・ディズヌフは、ワグネルを部屋に招き入れた。
元気そうに見える。
しかし、ワグネルの眼は誤魔化せなかった。彼女の顔には色がない。
普段の彼女なら、駆けてきそうなものだが、今日はゆっくりと近付いてきた。
ワグネルはソファーに腰掛けると、ベッドに座ったキャトルにこう問いかけた。
「最近、どうしてる?」
「いやそれがー、何もすることなんだよ。せめて勉強くらいしたいんだけど、頭使うと体力使うからダメだとか言われちゃってさ。何だよそれってカンジ。ワグネルは?」
「普段どおりさ」
療養生活を送っていたのだが、ワグネルは特にキャトルに話す必要はないと考えた。
「そういえば、ミルトと冬祭り行ってたよね。あーあ、ここでも毎日冬祭りやんないかな」
ベッドの上で、キャトルは足をバタバタと動かす。
「ああ、そういえば、冬祭り会場で会ったよな」
「えへへっ」
ワグネルの言葉に、キャトルは悪戯気な笑みを浮かべた。
「行った事に関しては、お前の身体だ、お前が一番良く分かってんだろうから、いいとして」
「う、うん」
ワグネルの少しきつめな言葉に、キャトルは足を止めた。
「あの変装はなんだ? 俺はもちろん、知り合いならお前だって一目瞭然だったぞ」
「えっ、うそーっ。だって、誰にも気づかれな……くはなかったかな、ううーん、そ、そういえば、あ、あはははは、あはははは」
笑って誤魔化そうとするキャトルに近付き、ワグネルはポカリと頭を軽く叩いた。
「あんな着込んだだけの姿で出かけるんじゃない」
いつになく真剣な様子に、キャトルの顔からも笑みが消える。
吐息をつくと、ワグネルはドアの方へと歩いた。
「変装とはこうするものだ」
ドアを開けて、廊下で待っていた人物を部屋に入れる。
男の子、だった。
猫毛で、目は一重。頬がこけていて、とても痩せているように見える。
「誰? ワグネルの友達?」
その言葉に、男の子が笑みを浮かべた。
……その笑みには覚えがある。
「え、ええ? ま、まさか!?」
自分を見るキャトルに頷いてみせる。
「キャトルちゃん、久しぶりーっ」
ぱたぱたと走り寄り、ミルトはキャトルにぎゅっと抱きついた。
「う、嘘でしょ?」
キャトルは穴が開くほどミルトを眺め回す。
「嘘じゃないもーん、ワグネルさんに変装ならっちゃった。えへへっ」
「それにしても、何で顔まで違うんだ?」
ぺたぺたとキャトルはミルトの顔に触れた。
感触に違和感がある。
「特殊メイクだよ。あと、専用のノリで顔の形変えたりしてるの。でも、ちょっと痛いから早く洗いたい〜」
「へえええええーっ」
キャトルはまだ不思議そうにミルトを眺めていた。
「まあ、そういうことだ。お前もこれくらいは変装してから外出しろ」
「うん、でもあたしそんな技術ないし」
そう言うキャトルに、ワグネルは手に持っていた袋を投げて渡した。
袋の中には、カツラやつけ睫毛などが入っている。
「変装教えてくれるのー? お兄ぃちゃん☆」
キャトルが小首を傾げながら、甘え声で言った。
ワグネルはくるりと背を向けた。そのまま帰ろうかと考えてしまう。
「ああっ、待って待って! 本には兄貴におねだりする時はこうしろって書いてあったんだよー」
腕を引っ張るキャトルに苦笑しつつ、ワグネルは部屋に留まることにした。
**********
数時間後、男の子を2人連れ、ワグネルはキャトルの部屋を出た。
長い長い廊下を通り、城門まで三人で歩いた。
「ふふふふふ、ホントにあたしだって誰も気づかなかったね!!」
ワグネルの右側を歩いていた男の子――変装したキャトルは凄く楽しそうに笑った。
「遊ぶために教えたわけじゃねえぞ?」
「わかってるってー」
背中をパンと叩いてくるが、その力はとても弱弱しかった。
「それにしても、キャトルちゃんの部屋、遠すぎてよくわかんなかった」
ミルトのその言葉に、ワグネルとキャトルは目を合わせた。
実は、わざと遠回りをしたのだ。ミルトにキャトルの部屋を把握させないように。
城の騎士にも既に伝えてある。ミルトを一人では通さないように、と。
「ワグネル、後で手紙書くからね」
にっこりとキャトルが笑った。しかし、その眼は一瞬鋭くワグネルを睨んだ。
多分、ミルトを連れて来たことを、怒っているのだろう。
ミルトも十分この事件に巻き込まれているので、今更キャトルの状態を隠す必要はないのだが。
それでも、キャトルとしては会いたくはなかったらしい。
「大丈夫だ」
そう言って、ワグネルは男装したミルトの肩に手を置いた。
「何がですか?」
ミルトは不思議そうな目で、2人を見ている。
「お前が持っている感情と、同じ感情を相手も抱いているってことを、理解しろ」
そう言い、ワグネルはミルトを連れて城を後にした。
キャトルは一人、2人の姿を見送っていた。
「またねー!」
元気な声を上げながら。
振り返って自分に手を振ってくれるミルトと、振り返らずに、手を上げて答えてくれるワグネルを見ながら、小さな声で呟いた。
「ありがとう」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2787 / ワグネル / 男性 / 23歳 / 冒険者】
【NPC】
ミルト
キャトル・ヴァン・ディズヌフ
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸満里亜です。
久しぶりに友達に会えて、キャトルはとても嬉しかったと思います。
何よりも、ワグネルさんに変装の技術を教えてもらったことは、とても大きなことであり……ますが、変装して遊びまわってしまう可能性も否定できないかもしれません(笑)。
引き続きのご参加、本当にありがとうございました。
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