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■特攻姫〜お手伝い致しましょう〜■

笠城夢斗
【7403】【黒城・凍夜】【何でも屋・暗黒魔術師】
 ぽかぽかと暖かい陽気の昼下がり。
 広い庭を見渡せるテラスで、白いテーブルにレモンティーを置き。
 白いチェアに座ってため息をついている少女がひとり――
 白と赤が入り混じった不思議な色合いの髪を珍しく上にまとめ、白いワンピースを着ている。輝く宝石のような瞳は左右色違いの緑と青。
 葛織紫鶴(くずおりしづる)。御年十三歳の、名門葛織家時期当主である。
 が、あいにくと彼女に、「お嬢様らしさ」を求めることは……できない。

「竜矢(りゅうし)……」
 白いテーブルに両肘をついて、ため息とともに紫鶴は世話役の名を呼んだ。
 世話役たる青年、如月(きさらぎ)竜矢は、紫鶴と同じテーブルで、向かい側に座って本を読んでいた。
「竜矢」
 再度呼ばれ、顔をあげる。
「はあ」
「私はな、竜矢」
 紫鶴は真剣な顔で、竜矢を見つめた。
「人の役に立ちたい」

 ――竜矢はおもむろに立ち上がり、どこからか傘を持ってきた。
 そして、なぜかぱっとひらいて自分と紫鶴が入れるようにさした。
「……何をやっているんだ? 竜矢」
「いえ。きっと大雨でも降るのだろうと」
「どういう意味だっ!?」
「まあそのままの意味で」
 役に立ちたいと言って何が悪いっ!――紫鶴は頬を真っ赤に染めてテーブルを叩いた。レモンティーが今にもこぼれそうなほどに揺れた。
「突然、いったい何なんですか」
 竜矢は呆れたようにまだ幼さの残る姫を見る。
 紫鶴は、真剣そのものだった。
「私はこの別荘に閉じ込められてかれこれ十三年……! おまけに得意の剣舞は魔寄せの力を持っているとくる! お前たち世話役に世話をかけっぱなしで、別に平気で『お嬢様』してるわけではないっ!」
 それを聞いて、竜矢はほんの少し優しく微笑んだ。
「……分かりました」
 では、こんなのはどうですか――と、竜矢はひとつ提案した。
「あなたの剣舞で、人様の役に立つんです」
「魔寄せの舞が何の役に立つ!」
「ずばり魔を寄せるからですよ」
 知っているでしょう、と竜矢は淡々と言った。
「世の中には退魔関係の方々がたくさんいらっしゃる。その方々の、実践訓練にできるじゃないですか」
 紫鶴は目を見張り――
 そして、その色違いの両眼を輝かせた。
「誰か、必要としてくれるだろうか!?」
「さがしてみますよ」
 竜矢は優しくそう言った。
特攻姫〜お手伝い致しましょう〜

 葛織紫鶴[くずおり・しづる]の特殊能力は剣舞。
 ――魔寄せの剣舞である。
 その力は月に左右され、昼より夜の方が強く、半月より満月の方が強い。
 つまるところ満月の夜に舞った日には、どんな強力な魔が襲ってくるか分からない。

 本日の客は――
 半月より若干満月に近い日、夜を指定した。

「最近少し腕がなまった。体を動かせればいい」
 と、黒城凍夜は言った。

 時刻の指定は丑三つ時――

 ■■■ ■■■

 少し冷える夜だった。紫鶴はいつもの剣舞の舞装束の上から薄い上着を着ていた。あまり厚着をしては剣舞の邪魔だ。
「凍夜殿は……寒くはないのか?」
 13歳の少女に問われ、凍夜は淡々と答える。
「この程度の寒さで音を上げていては仕事ができん」
「仕事か……」
 凍夜がどんな仕事をしているのかを、紫鶴もその世話役の如月竜矢[きさらぎ・りゅうし]も知らない。
 ただ――少なくとも退魔士ではあるのだろう。
 ならばこの魔の都市東京ではいくらでも仕事があるはずだ。
「だからといって、お前は無理する必要はない」
 と凍夜は紫鶴に言った。「寒すぎたら剣舞をやめてもいい。俺は構わん」
「いや、引き受けたからにはやる」
 紫鶴は気合が入っていた。彼女はその強力な魔寄せの体質ゆえに生まれながらに親族から疎まれた存在だ。だから、人の役に立つことに執着しているのである。
「そろそろ2時近いです、姫」
 竜矢が夜は蛍光で光る腕時計を見て告げる。
「うむ。始めよう」
 だだっぴろい庭の中央に、紫鶴は凍夜を促した。
 凍夜は少女について行く前に、竜矢に向かって言った。
「……爆発を起こしても構わんのか? 庭に損害を与えると思うが……」
「屋敷と花壇、あずまやを壊さなければ構いませんよ。どんな魔が出てくるか分かりませんから、できる限り全力は出して頂けるようにと思っています」
 確かに紫鶴邸の前庭は、庭園ではない。ちょこんちょこんとあずまやと薔薇の花壇があるだけで、「庭」として造っていない。
 だだっぴろい野原のようなところなのだ。
「分かった。それに関しては尽力する」
 凍夜は軽くうなずいて、それから紫鶴の待っている場所まで近づいた。
 紫鶴は手首に鈴を取り付けていた。
 そしてすっと片膝を地面につけると、精神力で生み出した2振りの剣を下向きにクロスさせる。
 少女の長い髪が、その横顔を隠す。
 ――舞の始まり。

 しゃらん……

 夜闇に、鈴の音が踊った。

 少女は立ち上がった。手首をひらりひらりと返し、月光を受けて閃く銀色の刃を絶妙にかすらせて空気を震わせる音を響かせる。
 そして不意に剣を2振りとも上空に放り投げた。
 天高く飛んだ剣はくるくると回る。
 その下で少女はひらひらと舞う。
 スカートが翻り、ステップは軽やかに。腕の動きはなまめかしく――
 やがてその両手に、すとっと剣が吸い込まれるように落ちてきた。

 しゃん!

 2振りの剣が強く打ち鳴らされた。
 その瞬間――

 凍夜の視線が周囲に走った。
 まるで凍夜と舞姫を囲むように、一気に。
 魔の気配が集まった――

 ■■■ ■■■

 場が突然明るくなる。鬼火が大量に発生していた。
「姫!」
 竜矢が鎖縛結界用の針を構えながら声を上げる。紫鶴は一番近場にいた魔をすかさず斬って、場を突破した。
 竜矢の元まで駆け戻り、彼の作った結界の中に入る。
 残りは――
 すべて凍夜に任された。

 鬼火に照らされて浮かび上がる存在は、大小さまざま。
 周囲を囲まれて、凍夜は神経を全身に広げる。
 鬼がいる。天狗がいる。犬神がいて、猫またもいる。スタンダードに狸が数匹いると思えば、鎌鼬も数匹。
(主に日本妖怪か……)
 日本妖怪と一言に言っても、中国から伝わってきている妖怪もいるわけだが、それはそれとして。
 他にもずらっと並んでいる――鬼火が邪魔して全貌が見えない。
 狸たちが――
 くるっと前方回転して、ぼんっと変身した。剣を持った人間に。
 その瞬間に鎌鼬が数匹、猛然と襲ってきた。
 旋風。
 すべてを切り刻むもの。
 ――凍夜は軽く片手を持ち上げた。
 ひゅるっ
 何もなかった彼の掌から赤い血が現れ、そして瞬間的に凝固し、剣の形を取る。
 これは凍夜の血液だ。彼は己の血を自在に操る能力を持っている。
 出来上がった剣を一振りして、鎌鼬を斬った。
 斬られた旋風は風ではなくなり、どさりと実体が倒れる音がする。
 鎌鼬は次々と襲ってくる。凍夜は淡々とそれを斬り刻む。
 その隙に、狸が変化した人間がまとめて襲いかかってきた。
 凍夜は左手に血液を発生させ、糸と成す。蜘蛛の糸のように狸人間たちをからみとり。少し指先を動かせば一気に狸たちは血糸に刻まれた。
 飛び散る血。それをからみとったのは。
 同じく蜘蛛の糸――
 半身女の姿をした絡新婦。
 8本の細長い毛の生えた足から長い糸を噴出して、狸たちの血をからめとりながら凍夜に向かう。
 凍夜は剣でそれを斬り払った。
 ――糸がからみついて斬れ味が悪くなる――
 天狗がばさりと持っていた扇をあおいだ。突風が起きて、体勢を崩された。
 鬼が金棒を振り下ろす。
 すんでのところでかわし、鬼の背中に剣を突き立てた。そしてそのまま鬼の体を蹴り飛ばし、ぱちんと指を鳴らして再び己の血液を表へ出すと、凝固させ剣の形に変えた。
 彼の体には魔術式の打ち込まれた造血器官がある。流血する、ということがない。どれだけ武器として血を使っても、絶えることもない。
 絡新婦の糸が邪魔だった。
 左手の血糸を消し、腕を一振りした。
 ダガーが何本も放たれる。鬼火で半分姿の隠れた絡新婦の体に違うことなく突き刺さる。
 悲鳴があがった。絡新婦の糸がおさまった、かと思えば――
 次にはまた違う蜘蛛の糸が広がっていた。
 凍夜を囲むように。凍夜が動ける範囲をせばめているかのように広がった糸。
 ――どこだ? 実体は――
 視線を走らせると再び天狗が扇を仰いだ。凍夜はすかさず踏ん張る。鬼が背中に剣を突き立てたまま起き上がろうとしていた。
 凍夜はその背中の剣の柄を、がんと踏みつけた。
 鬼が悶絶する。凍夜の唇の端に淡く笑みが浮かぶ。
 周囲を囲む蜘蛛の糸がどんどん濃くなっていく。このまま行くと繭になりそうな勢いだ。
 と、上空から何かが顔面に向かって飛んできて、凍夜は避けた。
 それはむささびのような形をしていた。あれは――何と言うんだったか。凍夜は妖怪に明るいわけではない。
 むささびもどきは空中で向きを変え、執拗に凍夜の顔面を狙ってくる。
 うっとうしいと、剣を振り上げそれを下から斬り払った瞬間、体がなまりのように重くなった。
 気づくと犬神が、怨念のこもった目で凍夜を見ていた。
 ――犬神は呪いの念だ――
 舌打ちし、不意に懐に飛び込んできた2本尾の猫またに剣を叩きつけひしゃげさせると、元から持ち合わせている速力と体の重さをぶつけて相殺した。
 そしてすかさず犬神の元へ走り、逃げようとしたその背を叩き斬る。
 さらに振り向きざまの一閃で、自分をかこっていた蜘蛛の糸を斬り払った。
 本体は?
 いた、あそこだ――
 血液を左手に浮かべ、剣にまぶして散らすようにその辺りに振りまいた。
 そして指を鳴らす。
 爆発が起きた。
 凍夜の血が破裂し、飛び散った血が周辺にいた妖怪たちすべてにダメージを与えた。
 しゅるしゅるしゅると蜘蛛の糸が消えていく。ちょうど鬼火に照らされたその姿をよく見るとやはり蜘蛛。土蜘蛛――
 と、背後から物凄い勢いで飛びかかってきた気配がひとつ。
 凍夜は振り向きざまに一閃した。
 その存在の虎の右腕がぼとりと落ちた。
 それは左腕の爪を振りかざしてくる。凍夜はとっさに血を糸に変え、その大きな妖怪を捕らえた。
 頭が猿、体が狸、手足が虎――
(ぬえか……)
 ぬえはぎりぎりと体を動かした。血糸が食い込むのも構わず。
 天狗がまたもや扇を振る。血糸が揺れて、ますますぬえを苦しませる。同時にぬえに引っ張られ、凍夜も体勢を崩しかけた。
 その瞬間に、凍夜の意識が緊張した。
 突然周囲全体から凍夜に向かって集まってくる何かの気配――
 ぬえに構っている場合ではない。瞬時に血糸を操りぬえを刻むと、鬼火のせいでまだよく見えない大量に集まってくる何かに向けて血の爆弾を浴びせた。
 先手必勝。しかし、感じる気配の数がなかなか減らない。
 どうも血爆が効いてないようなフシがある。
 ――何が来る――?
 ちろりと唇を舐めて、姿が見えるのを待った。
 そして――見えた。
 大鼠。
 数十匹にも及ぶ大鼠。
 凍夜はとっさに天狗の懐に飛び込み剣を天狗の胸元に突き刺すと、剣を手放した。
 すかさず両手で血糸を再び展開し、すべてをからめとった。その鼠はとても固い体をしていた。おそらく石か鉄並みに。
 けれど凍夜の血は――
 鋼鉄を超える硬度を誇る。
 両手の指を一気に拳に握る。気味の悪い悲鳴と固い感触、そして飛び散る大量の血――
 鉄鼠? そんなものが日本の妖怪にいたかな。
 ふと考えながらも、凍夜は次なる敵のために再び剣を生み出した。
 鬼と天狗は動かなくなった。念のためその屍骸に突き刺さった剣をひねると、今度こそ2匹は消滅した。
 もう大型の敵はいないか――?
 月明かりが、
 凍夜を照らし、凍夜が指先に浮かべている血を照らし、
 ――重い足音が聞こえてきた。
 凍夜は問答無用でその気配の懐に飛び込んだ。速力には自信がある。危なければすぐに逃げる自信があるのだ。
 それは体中に深い毛の生えた獣だった。
 大きな口。その中にある鋭い牙。
 凍夜に向かってくぱあと口を開ける。
 凍夜はその口の中に血珠を投げ入れた。
 爆破。
 獣は頭を吹っ飛ばされ、なすすべもなく倒れていく。
 念のため胴体にも血を振りかけ、爆破。
 庭の草とともに、胴体も消し飛んだ。
 ――結局何の妖怪だったのか分からなかったな。
 凍夜はそう思って、おかしそうに唇を上げた。

 不意に後ろから凍夜の体を抱きすくめた腕。
 白く細い手。女の手。
 後ろに蹴り上げると、ただ布を蹴っただけのように実体がない。
「―――?」
 腕は凍夜の体をぐぐっとしめつけてくる。
 ――女の腕などに負ける気はしないが。
 ダガーでその手を突き刺し、手がひるんだところで振り向いて剣を振り下ろした。
 裂けたのは着物――
 着物から、腕だけが生えている。
(ああ、そう言えばこんな妖怪もいたな。小袖……の手、とか言ったか……)
 その儚げな様子の妖怪にも何の感慨もなく、凍夜は着物から生えている両腕を斬り落とした。
 落ちた腕を踏みつける。
 凍夜の足の下で、女の腕は消滅した。

 場から妖怪たちがいなくなり、静けさが戻ってくる。

 凍夜は感じていた。戦いの中で、自分が静かに歪んでいくことを。
 情け容赦なく敵を屠る。そのことに悦びに近いものを感じる。
 ――妹を殺された復讐のために、悪魔と契約した。
 そんな自分はもうすでに、悪魔と同じなのかもしれない――

 悪魔。
 ――悪魔?

 空気が大きく震えて、目の前に唐突に現れた存在がいた。
 凍夜は目を細めた。――なぜ、いきなり。
 吸血鬼が――現れたのだ?

 月光に照らされたのは、痩身で青白い顔をした、牙を持つ紳士――

 血に惹かれてきたか。
 凍夜がそう思った瞬間、吸血鬼は躍りかかってきた。
 吸血鬼が爪を振りかざす。凍夜は剣で受け止める。
 吸血鬼相手には、血で出来た剣ではとどめをさせない――

 しばらく一進一退の攻防が続いた。吸血鬼のマントは散々に斬り裂いた。けれど肝心の胴体に届かない。なかなかすばしっこい。
 同時にこちらも、傷つけられることはなかったが。
 血糸を張り巡らせてみても、吸血鬼の爪と牙が簡単にちぎってしまう。
 ――鋼鉄の血糸なんだがな。
 凍夜は敵の力量を感じ、高揚する自分を感じた。

「如月さん!」

 凍夜は吸血鬼から意識をそらさないようにしながら、離れたところにいる青年に呼びかけた。

「お嬢さんの目を隠してやってくれ!」

 言ってから竜矢と紫鶴の方向を一瞥すると、竜矢はすぐに意を汲み取ってくれたらしい。
「姫、少々我慢してくださいね」
 と自分の上着を脱いで、それを目隠し代わりに紫鶴の顔にかけた。
「??? 何だ、竜矢。これはちょっと」
「これから先を見ることは黒城様のお邪魔になるのですよ。我慢してください」
 邪魔になる――と言っても、竜矢も見ない方がいいわけではない。
 ただ単に、さすがに13歳の娘には見せたくない、だけだ。

 吸血鬼と距離を取りながら、少女の目隠しが終わったのを確認する。
 竜矢のうなずきを視界の端に見ながら、凍夜はすぐさま剣の端で己の手首を軽く斬った。
 血の珠が浮かぶ。剣を捨て、自分の爪にすりつければ、爪が伸び鋭くなる。
 そして神速とも言える速さで、吸血鬼の懐に潜り込んだ。

 吸血鬼がうめき声をあげる。

 鋭くなった凍夜の爪が、吸血鬼の腹に食い込んでいた。
 指先から凍夜の血が――吸血鬼の体内へと、移っていく。流れていく。流し込まれていく。
 ――敵の体内に入った凍夜の血は、凍夜の意のままだ。
 さすが吸血鬼だけあって、その血には力があった。けれど悪魔と契約している凍夜も負けてはいない。
 苦悶の表情を浮かべる吸血鬼ににたりと笑いかけ。
 吸血鬼の血を逆流させ。
 吸血鬼がけいれんする。頭を抱えて悶絶する。
 その姿を凍夜の赤い目が眺めていた。光る嗜虐的な光。屠る楽しみ、そしてこのまま相手を息絶えさせてしまうことへの「つまらなさ」。
 しかし凍夜は容赦しなかった。

 やがて凍夜の支配下に置かれた吸血鬼の内部の血は、血は、血は、吸血鬼の心の臓を、

 弾けた。
 噴き出した赤。まるで噴水のように。
 凍夜はそれが庭を染めないように、すべて自分の血へと吸収しておさめる。
 そして念のために――
 血を凝固させて作った杭を、吸血鬼の胸に打ち込んだ。

 断末魔の咆哮が夜闇に響き渡る。
 月明かりの下の世界を埋め尽くす。
 最後に現れた血の紳士たる魔物は消滅しつつ、
 本来なら血まみれになっていてもおかしくない青年はしかし、
 血を一滴も流さず、その場に静かに立っていた。
 赤い眼光が、最後まで敵が塵となって消え行く様を見つめていた。

 ■■■ ■■■

 紫鶴は硬直していた。目隠しをされたまま、吸血鬼の断末魔の叫びを聞いては余計に不安だったのかもしれない。
「すまなかったな」
 紫鶴に近づいて、凍夜は軽く詫びた。「お前には見せたくなかった。それだけだ」
「い、いや、大丈夫……」
 竜矢が紫鶴の目隠しを解いて、上着を着直す。
 紫鶴は凍夜に怪我がないのを不思議に思いながらも、
「……私も、退魔士の一員だから……」
 とつぶやいた。
「そうか」
 凍夜は目の前の少女を見つめる。
 両眼色違いのフェアリーアイズ。純粋無垢なその目で魔を寄せて、一体どんな思いで今まで生きてきたのか。
 ――自分には妹がいた。
 凍夜にとっては生涯忘れられない、かけがえのない存在。
 紫鶴に見られたくなかったのは、ほんの少しだけ――この少女に妹を重ねたから、だろうか。
(あいつが今も生きていたら……)
 凍夜は思う。
(……今のように、殺し合いを楽しむような人間にはなっていなかっただろう、俺も……)
 けれどそれは現実にはならなかった。現実にならなかったことを考えても今更だ。
 凍夜は紫鶴の頭の上に、ぽんと手を置いた。
「……いい退魔士になれ。少なくとも自分の身は護れるように」
「うん!」
 紫鶴は素直にこくんとうなずいた。
 月明かりの下で、無垢なうなずきは穏やかに輝いていた。


 凍夜は歩き出す。退魔士として、殺し屋として、魔術師として。
 たったひとり。
 血に飢えた殺戮者である自分をひた隠しにして――


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7403/黒城・凍夜/男/23歳/退魔師/殺し屋/魔術師】

【NPC/葛織・紫鶴/女/13歳/剣舞士】
【NPC/如月・竜矢/男/25歳/鎖縛師】

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■         ライター通信          ■
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黒城凍夜様
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびはゲームノベルへのご参加ありがとうございました。
とても特殊な能力を持っていらっしゃるので、どう活かすかに悩みましたw
気に入って頂けたら光栄です。
では、またいつかお会いできますよう……