■Your Bodyguard■
雨音響希 |
【7403】【黒城・凍夜】【何でも屋・暗黒魔術師】 |
貴方だけのボディーガードを1日貸し出します
危険の度合いは問いません
報酬などはおって相談
詳しくは夢幻館の支配人、沖坂・奏都まで
そんな張り紙が門のところに張られてから数日後、やっと紙に気づいた夢幻館の住人、取り分け貸し出される運命にある三人は、抗議の声を上げた。
「何よコレ奏都ちゃん!あたし達、そんなにお金に困ってたの!?あんなに働いてるのに!?」
「‥‥‥働いてるのは主に俺とか魅琴なんだけどな」
茶色と言うよりはピンク色に近いツインテールを揺らしながら甲高い声を上げる片桐・もなに、冷静に突っ込みを入れたのは、驚くほど顔立ちの整った青年、梶原・冬弥だ。
「それにしても、随分気づくのが遅かったですね」
「もなはあんまり外に出ねぇし、俺と冬弥だって出かけるのは夜が多い。紙になんて気づかねぇよ」
溜息混じりに呟いたのは、神崎・魅琴だ。黙っていれば美形だが、喋ると随分イメージが崩れる。特に可愛い人、綺麗な人を前にした時は。
「それからもなさん、ウチは金銭的に困っていると言う事はありません。今のままでも十分暮らしていけます」
十分慎ましく暮らしていけるだけのお金があるのではなく、十分派手に暮らしていけるだけのお金がある。
「じゃぁ、どうしてこんな張り紙だしたのぉ?」
ぷぅっと頬を膨らませ、不服そうに眉を顰めるもな。そんな顔をしても全く怖くないと、奏都は苦笑しながら口を開いた。
「世の中には意外と、ボディーガードを必要としている人がいると思いまして」
それに、貴方達も色々な人との繋がりを持った方が良いと思いまして。 心の中でそう呟き、悪戯っぽく微笑むと青の瞳を細めた。
「最近は皆さん、仕事に出ているのと家にいるのでしたら、後者の方が多い気がしますしね。 あんなにゴロゴロしていたら、体が鈍ってしまいますよ」
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Your Bodyguard 〜 little girlfriend 〜
銀色の細い髪を北風に揺らし、黒城・凍夜は紅の目を細めると電柱に貼り付けられた白い紙を見つめた。パソコンでうったかのように整った字は、近付いて見れば手書きだという事に気づき、驚く。
「ボディーガード、か‥‥‥」
報酬はおって相談、危険の度合いは問わない。つまり、危険な依頼でもそうでない依頼でも構わない、そう言うことなのだろう。
――― どうする?
自分自身にそう問いかける。 思案する青年の端正な横顔に目を奪われた女子高生達が背後で黄色い声を上げながら通り過ぎていく。
「ねぇねぇ、今の人超カッコ良くない?」
「背も高いしー!」
無邪気な少女達の会話はいつしか街の雑踏に溶け込み、聞こえなくなった。
「‥‥‥このままで良いはずはないものな、行ってみるだけ損はないか‥‥‥」
低く小さく呟かれた凍夜の声は、強い風に瞬く間にかき消された。
* * *
東京下町、夢幻館。 夢と現実、現実と夢、そして現実と現実が交錯するこの場所は、近付いただけでも普通と言うものから外れてしまっている場所だという事が分かる。 周囲の家々とは馴染まない大きな館にピタリと閉ざされた門は、入って来る者を拒んでいるようでもあった。
門から先は白い道が伸びており、両開きの玄関まで続いている。道の両側には色とりどりの花が咲いており、季節を違えているものばかりだった。 館の敷地内から淡い桜色の雪が降り注ぐ。掌に受け止めれば桜の花弁で、体温で溶けるかのようにジワリと形が崩れていく。
「あの‥‥‥ここに何か御用ですか?」
控えめな声に顔を上げれば、向日葵の花を両手いっぱいに持った18歳くらいの少年が立っていた。 青みがかったやや長めの銀色の髪に、高く晴れた日の空のような色をした瞳。華奢で背の高い彼は、凍夜の前まで来ると門を開けた。
「俺はここの支配人をしている、沖坂・奏都と申します」
「それじゃぁ、あの張り紙は‥‥‥」
「あぁ、張り紙を見て来られた方ですか?」
にこやかに微笑み、こちらへどうぞと言って凍夜を館へと案内する。両手いっぱいに向日葵を持っていた奏都が扉を開けるのに悪戦苦闘し、凍夜が背後から手伝う。微かに軋みながら扉が内側に開いた瞬間、中からピンク色の何かが飛び出して来た。
「奏都ちゃーん!お茶の時間だよーっ!」
甲高い声を発しながら飛び出して来たピンク色の何かは、奏都ではなく凍夜の腰に抱きつくと、アレ?と言うように首を傾げた。
タシタシと腰周りを確認し、思い切り顔を上げる。凍夜よりも大分背の低い少女は、小学生くらいだろうか、随分可愛らしい顔をしていた。
「あれぇ?奏都ちゃんが整形しちゃった‥‥‥?」
「もなさん、俺はこっちです」
「あ!本物の奏都ちゃん!って言うことは、こっちは偽者の‥‥‥」
「違います。こちらはお客様で‥‥‥」
「黒城・凍夜と言う」
名乗った瞬間、少女の茶色い瞳が大きく見開かれた。頬に大きくビックリと書かれているその表情はあどけなく、思わず頭を撫ぜそうになる。
「とーやちゃん?凄い!偶然?とーやちゃんってね、いるんだよ!」
「今は外に行っていますが“冬弥”と書いて“とうや”と読む住人がいるんです」
「そうか。それは偶然だな。俺は凍る夜と書くんだ」
「あたしはねぇ、片桐・もな!ピチピチの高校生、です!‥‥‥高校は行ってないんだけどねぇ」
照れたように笑うもなに、凍夜の目が点になる。 どこをどうやって見れば高校生に見えるのか、視覚のトリックは未だに答えが見つけ出せないでいる。
「そっちはねぇ、奏都ちゃんって言って、ここの館の総支配人でー、23歳なのでーす!」
同い歳‥‥‥その事実に愕然とする。どこからどう見ても、奏都が自分と同い歳とは思えない。
「もなさん、お茶の用意をお願いできますか?確か冷蔵庫の中にケーキが入っていたはずですから、それも出してください」
「昨日あたしが買ってきたやつだね!うわーい、お茶の時間だぁー!」
嬉しそうにツインテールを揺らしながら奥の部屋に駆けて行くもなの背中を見送り、ゆっくりと彼女の後を追う。 巨大なテーブルが真ん中に置かれ、部屋の隅には革張りのソファーが置かれている。左手には小奇麗なキッチンが見え、もなが鼻歌を歌いながらポットを温めている。
「それで、本日はどのようなご依頼ですか?」
「‥‥‥とある事情があって、1日彼女のフリをしてほしいんだ」
「彼女のフリ、ですか?」
青色の瞳が不思議そうに細められる。 事情を訊いても良いのか、それとも訊かない方が良いのか、思案している彼に救いの手を差し伸べる。
「事の発端は、俺が街を歩いていた時の事だ」
何だか分からないが、唐突に女性に声をかけられた。 見た目はごく普通の女性で、外見年齢は凍夜と同じかやや下くらい、おそらく20代だろう。パッチリとした目が印象的ではあったが、さして目立つ顔立ちではなかった。どこで仕入れたのか凍夜の名前を呼ぶと、付き合ってほしいと切り出した。
「当然断ったんだが‥‥‥どういうわけか俺が町に行くたびに現れるんだ。いくら断ろうが無視しようが全く諦めることなく‥‥‥な」
溜息を吐き、肩を竦める。 もながトテトテと危なっかしい足取りで紅茶を運んでくると凍夜の前にトンと置いた。 二人からやや離れた位置に座り、両手を合わせて「いただきます」と呟くと顔を輝かせながらケーキにフォークを入れる。
「一応、どこかの刺客かと思って、知り合いの情報屋に訊いてみたんだがそんな奴は居ないと‥‥‥」
「凍夜さんの名前をご存知だったと言うことですが、その手の者でなくとも知ろうと思えば知る事は出来ますから」
友達の友達の友達の‥‥‥と延々辿って行けば、いつかは凍夜を知っている者にぶつかるだろう。 そんな面倒な事をしてまで手に入れたい情報なのだろうかと言う疑問は残るが。
「殺し屋か魔物の類なら殺してやるんだが、さすがに一般人を殺すわけにはいかんだろう?」
「まぁ‥‥‥そうですね」
「だからこうして頼みに来たわけだ。 幸い、会話の流れで俺がフリーだからしつこいんであって、彼女がいれば諦めるということは読み取れた」
「そうですか‥‥‥。それでは、この三人の中から今回依頼する者をご使命下さい」
奏都がそう言って、三枚の写真を取り出す。 赤い髪をした、驚くほど顔立ちの整った美青年と、血のように赤い瞳をした綺麗な顔立ちの青年、そしてピンク色に近い茶色の髪を頭の高い位置で二つに結んでいる少女が映っている。
最初の二人は誰だか知らないが、最後の一枚は同じ部屋で幸せそうにケーキを頬張っている彼女だ‥‥‥。
――― あの子もボディーガードだったのか
乱暴に扱えば容易く折れてしまいそうなほど華奢な体つきの少女が、そんな身体を張った仕事をしているとは思えなくて目を丸くする。 あの少女には驚かされてばかりだ‥‥‥。
「それぞれの能力の詳細をご説明しましょうか?」
「いや、それ以前に彼女以外は男だろ?」
「‥‥‥女装も出来ますし、うちの館には特殊な薬を作る名人がいるんです。彼女の薬さえあれば、女性にする事も可能です」
「そ、そんな危険なことはしてもらわなくても良い」
――― 性別を変えるなんて、そんな危険な薬を作り出せる人が居るのか、ここには ‥‥‥
不思議な館だと思うと同時に、奏都の少しも崩れない穏やかな微笑が不気味だ。
「彼女で頼めるか?」
「凍夜さんがもなさんで良いと仰るのでしたら勿論構いませんが‥‥‥」
奏都の顔に複雑な感情が浮かぶ。 チラリと横目でもなを見、凍夜に視線を滑らす。 彼が何を言いたいのかは分かっていたが、凍夜はあえて口には出さないでおいた。
凍夜はそもそも年上よりも年下の方が好みだ。決して変な趣味ではないし、見た目こそ小学生だが彼女の実年齢は高校生程度、つまり15歳〜18歳なのだろう。凍夜は23歳、さして問題のある年齢差ではない。
「あぁ、彼女で問題ない」
「それで、報酬の方ですが‥‥‥凍夜さんの言い値で構いません」
「‥‥‥言い値で構わない?」
「コレで生計を立てているわけではありませんので」
いわば趣味のようなものですと言った彼の顔を穴が開くほど見つめ、凍夜は小さく肩を竦めるとコートの内ポケットから札束の入った封筒を取り出すとテーブルの上に置いた。
「百万出そう」
「成功報酬で構いませんよ」
「いや、百万持って歩くのも危険だしな、前払いで構わない」
「依頼失敗の場合は全額お返しさせていただきますね。 ‥‥‥もなさん、貴方に依頼が入っていますよ」
「うん、聞いてたよー!」
ケーキを食べ終え、口元についたクリームを舌で舐めとったもなが立ち上がり、凍夜の隣の席に座る。
「一日、恋人のように振舞ってデートをしてくれ。デート代は俺が持つ。どこか行きたいところはあるか?」
「うーん‥‥‥そうだなぁ‥‥‥遊園地とか水族館とかはベタ過ぎる気がするしぃ、やっぱ街中をぶらぶらするのが一番かな?喫茶店とか入って、公園に行って‥‥‥大人のデートって感じよりは、初々しい感じの方が良いかも。あたしが凍夜ちゃんに付き合って背伸びしてるのを見せるより、凍夜ちゃんがあたしに合わせて子供っぽい事をしてるって方が見てる女の人的にはショックを受けるんだと思うんだよねぇ。あの子に合わせてあげるほど好きなのかな?って」
「そう言うものなのか?」
「そう言うものだよぉー! だぁってぇ、凍夜ちゃんがそれほど真剣に好きなんだって分かったら、付け入る隙はないんだなーって思って諦めるでしょう?」
あたしは女の子だから、女の子の気持ちがよく分かるのよー! そんな無言の主張に、凍夜の頬が自然と緩む。
「まさか女がこんなに厄介だとは思わなかった‥‥‥」
「多分ね、凍夜ちゃんと同じような事を経験した女の子ならこう言うよ“男がこんなに厄介だとは思わなかった”って」
確かにそうだろう。 凍夜は口の端にだけ微笑を浮かべると、小さな“恋人”の髪をそっと撫ぜた。
* * *
高く晴れた空は雲一つなく、時折吹く突風がコートの裾を強く引っ張る。 人が疎らな公園の噴水前に立った凍夜は、腕時計に目を落として約束の時間がまだな事を確認すると、周囲をぐるりと見渡した。
大きな木の下に設置されたベンチには杖をついた男性がノンビリと座っており、その足元には賢そうな柴犬が伏せている。反対側のベンチには小さな女の子と綺麗な母親が座っており、手にはペットボトルを持っている。近くにあった自動販売機から買って来たのだろう。
さらに視線を巡らせ、凍夜は視界の端に映った影に溜息をついた。 やっぱりいるのか‥‥‥。 そう思いつつ、そちらには眼を向けないように俯いた。目が合ってしまえば、彼女はきっと凍夜に話しかけてくるのだから。
時計の針が約束の時間一分前を指し示した時、凍夜の名前を呼ぶ細い声に顔を上げた。
「凍夜!おまたせー!」
白いワンピースに、首にはシンプルな十字架、髪は下ろされ、顔にかからないようにピンで留められている。 昨日会った時よりも大分大人びた格好をして来た彼女は、凍夜に可愛らしい笑顔を向けると腕を回してきた。
「待った?」
「いや、今来たところだ」
「今日は風が強いよねぇ。スカートで来て失敗しちゃったなぁ‥‥‥」
もなの視線が何かを訴える。凍夜は慌てて頭の中に幾つかの言葉を思い浮かべると口にした。
「そのスカート似合ってる。でも、捲れないように気をつけて」
「うん!今日はあたしの行きたいところに付き合ってくれるんだよね?」
コクンと頷き、もなに連れられるまま歩き出す。 相変わらず背後からはあの女性の気配がついて来ており、気が滅入る。
「もしかして、今つけて来てるあの人が“厄介な女”なの?」
「あぁ、そうだ」
小さな呟きに低く返す。もなが周囲の様子を見るフリをして振り返り、女性の顔を確認すると凍夜の腕に身体を押し付ける。
「なんて言うか、その‥‥‥普通な感じの‥‥‥き、綺麗な人?だね‥‥‥?」
「無理に言わなくても良い。それに、そんな気を使ってもらったところでリアクションに困る」
「目がパッチリしてるけど、お化粧もしてないし‥‥‥服装も地味だよね。 お化粧したり、可愛い服を着たりすれば大分変わると思うんだけどなぁ。顔の造り自体は整ってると思うし」
「俺に言われてもどうしようもない」
「それはそうなんだけどぉ‥‥‥でも、凍夜ちゃんってモテルでしょ?」
「どうしてそう思う?」
「さっきから、すれ違う人が振り返ってるから」
「俺だけのせいじゃないだろ、それは」
「でも圧倒的に女の子の方が多いし」
確かに振り返る女の子が多いのは知っているし、事実一人で街を歩けばすれ違った人が「綺麗」や「格好良い」など凍夜の事を囁いているのも知っている。けれど凍夜は今まで「可愛い」との評価を受けたことはない。そして、自分でもそのような評価を受けることはないと確信している。
「ねぇ、あの子すっごい可愛い!お人形さんみたーい!」
すれ違った大学生くらいの女の子がそう囁く。これは絶対もなの事だろうと思う。 ‥‥‥もし凍夜の事を言っているのであれば、眼科に行く事を強くお勧めする。
「お昼はここで食べよう?あのね、すっごーくパスタとピザが美味しいんだよ!あと、ケーキ!」
キラキラと顔を輝かせながら一軒のお店の前で立ち止まる。 レンガ造りのお店はお洒落で可愛らしく、ガラス窓には雪の結晶が踊っている。カランと鈴の音を鳴らしながらドアを開ければ、店内には小さくクラシックがかかっており、席は半分ほど埋まっていた。
「いらっしゃいま‥‥‥片桐様でいらっしゃいますか?」
「お久しぶりーっ!最近は忙しくって、なかなか来れなくてごめんねぇ‥‥‥」
「いえいえ、片桐様がまたこうしてお越しくださり、私といたしましてはとても嬉しゅう御座います。お席はいつもの通り‥‥‥。 それで片桐様、本日もやはりお仕事関係で御座いますか?」
初老の男性の眼鏡の奥、やや灰色がかった瞳が凍夜を見上げる。綺麗に撫で付けられた白髪と良い、キチンとした身なりと良い、丁寧な話し方や物腰と良い、凍夜は彼に良い印象を抱いた。
「そうなんだぁ。多分後から女の人が一人入って来ると思うの。肩くらいまである黒い髪に、ジーパンにジャンパーを着てる女の人。多分あたし達のことチラっと見るはずだから、きっと分かるよ」
「そのお方はどのお席にご案内すれば宜しいですか?」
「そうだなぁ‥‥‥。凍夜ちゃん、演技得意?」
「必要とあれば出来る程度かな。不得意ではないし、下手でもないとは思う」
「じゃぁ、席は近くにしてもらおっか‥‥‥。お願いできるかなぁ?」
「片桐様のお頼みでしたら、喜んで。 それで、その‥‥‥こちらの男性は‥‥‥」
「設定は恋人なの。だから、そんな風に接してくれると嬉しいな」
「かしこまりました」
窓際の席まで案内され、凍夜ともなは向かい合って座った。先ほどの男性がメニューを広げ、丁寧にお辞儀をした後で持ち場に戻る。
「知り合いだったのか?」
「うん、昔ちょっとした事件で知り合ったんだぁ。とーっても良い人なんだよぉ。‥‥‥それより凍夜ちゃん、あの女の人の名前って分かる?」
「前田・恵子‥‥‥だったと思う」
「恵子ちゃんって言うのかぁ」
もながポツリとそう呟いた時、前田・恵子が恐る恐る店内に入って来た。もなが素早く表情を切り替え、幸せいっぱいの顔で微笑むと凍夜の顔を上目遣いで見上げる。
「あたし、キノコのクリームパスタにするけど、凍夜はどうする? ピザとかも美味しいよ」
「そうだな‥‥じゃぁ、今日のお勧めピザにしようか」
「うん、そうしなよ! ここね、外れナシだし、今日のお勧め何とかって言うのは、今日一番美味しい食材で出来たものだから、絶対お勧め!」
「‥‥‥それなのにもなは、今日のお勧めパスタにしないのか?」
「気分的に、クリームパスタが食べたいの!」
ぷぅっと頬を膨らませて抗議するもな。何に対して抗議されているのかはいまいちよく分からないが、凍夜は苦笑すると右手を上げて先ほどの紳士を呼んだ。凍夜の背後、一つテーブルを離して座った彼女は、メニューを見ながらもチラチラとこちらを窺っている。
――― それにしても、さすがだな ‥‥‥
注文を言った後で、凍夜は紳士に微笑みかけた。 凍夜と顔を会わせることなく、会話が難なく聞こえる位置に彼女を座らせた彼は、もなと凍夜の会話から大体の事を掴んでいるのだろう。少々お待ち下さいと言って頭を下げた彼の横顔に、微かな安堵の表情が見て取れる。
「流石だな。‥‥‥対応が凄く丁寧だ」
「でっしょー? あたしのお勧めのお店だもん。 それに、彼‥‥‥石動さんって言うんだけど、石動さんはとっても気がきくし、場の雰囲気を読むのがすごーく上手なの。コースのお料理を頼んだ時なんか、絶妙なタイミングでお料理が運ばれて来るんだから」
「そうなのか、それは凄いな」
自分の事を褒められたかのように喜ぶもなに、自然と表情が柔らかくなる。さほど大きくはないテーブルで顔をつき合わせて喋っているこの姿を、後ろにいる彼女はどう見ているのだろうか。
「今日はこれから何処に行くつもりなんだ?」
「アクセサリーとか、お洋服とか見たいなぁ。春物もそろそろ買っておきたいし‥‥‥でも、映画も観たいし‥‥‥」
「そう言えばもなって指輪は何号なんだ?」
「‥‥‥5号」
「随分細いな」
「普通に買おうと思っても、大抵サイズがないんだよねぇ」
「サイズ直しをしてもらえば良い。‥‥‥好みのデザインは見つかったか?」
「いくつかコレって言うのがあったんだけど、凍夜の意見も聞きたいなって思って。 ほら、凍夜って何でもあたしの言うこときいてくれちゃうでしょう?でも、あたしは凍夜の意見だって聞きたいんだよ」
「ごめん‥‥‥。でも、そう言うことはもなの方が得意だから」
「家に雑誌があるから、今度持って来るね」
「あぁ、別に持ってこなくて良いよ。重いだろ? 近いうちにもなの家で会おう」
「うん! それじゃぁ、部屋の片付けしなくっちゃ」
明るいもなの声に、控えめなテノールがかぶさる。顔を上げれば石動が流れるような動作で凍夜の前にピザを、もなの前にパスタを置くとチラリともなに視線を向け、彼女が頷いたのを確認すると再び持ち場に戻って行った。
今のアイコンタクトは一体なんだったのか、訊こうか止めようか迷う。 恵子が後ろで聞いている分、凍夜はかなり気を使いながら会話をしていた。下手な事を言って、彼女に変な疑いをもたれては困る。
「いただきまーす。 ‥‥‥おーいしーっ!!」
フォークをくるくると回し、パクリと口の中に入れる。途端にもなの顔が蕩け、ニコニコと幼い笑顔が浮かぶ。 凍夜もピザを一枚口に入れる。溶けたチーズとトマトソースが良く絡み、とても美味しい。
途切れてしまった会話を復活させようと顔を上げた時、凍夜は必死に食べるもなの頬にクリームが飛んでいるのに気づき、思わずふっと笑った。ナプキンを手にもなの名前を呼び、ソースを綺麗に拭き取る。
「ありがとーっ!なんかね、美味しくって夢中になっちゃうよねー! あ、凍夜ちゃんも食べてみる?はい、あーん」
無邪気にフォークを差し出され、凍夜は一瞬コレが演技なのかそうでないのか判断に迷った。 女優くらいの演技力があれば出来そうだが、おそらくコレは素の彼女の表情なのだろう。もなの頭の中には凍夜から受けた依頼の事も、恋人の演技中だと言う事もスポリと抜け落ち、その目には恵子すらも映っていないようだ。
――― でもまぁ、アリだよな ‥‥‥
この行為自体は恋人として間違っていない。もっとも、かなり甘めな関係の場合に限りだが‥‥‥。
こんな所で固まっていても仕方がないため、凍夜はもなが差し出したパスタを食べ、自身のピザを彼女の方に押しやった。新しいのをどれでも一枚取ってくれて良いと言う意味だったのだが、もなは食べかけの一枚を取るとパクリと齧り、お皿に戻した。
「おーいしーっ!やっぱり、ピザも美味しいなぁー。あたしね、ここのお店だーい好きなの!」
「もっと食べて良いぞ?」
「むぅー、それは、もっと太れって事?」
「いや、そう言うことではないけど‥‥‥。 でもまぁ、もなはもっと太った方が良い。細すぎだ」
「そんなことないよー!あたし、背も小さいし、このくらいが丁度良いんだよ。 それに、これ以上太ったら持ち上がらなくなるよ?」
「その場合は、俺がもっと筋肉つけないとな」
明るい笑い声を上げるもなは、途中から演技を再開していたようだ。 あまりにも自然に演技に移行されたため、どこからスイッチが入ったのかは分からなかったが。
「マッチョな凍夜なんて、ちょっと面白いかも。‥‥‥でも、凍夜って脱ぐと結構筋肉質だよね。服着てると分からないけど」
「そうか?普通だろ?」
「普通よりもあるとは思うけど‥‥‥んー、あたしよりは筋肉質だよね?」
「当たり前だろ」
突拍子もない比較に、自然と笑い声が漏れる。 和やかな会話は食べ終わるまで続き、食器を下げに来た石動に食後のコーヒーを頼む。もっとも、もなは食後の紅茶にシフォンケーキまで頼んでいたけれども。
香りだけで高級だと分かるコーヒーを一口すする。テーブルの上には角砂糖とミルクが置かれていたが、凍夜はどちらにも手をつけずにブラックで飲む事を選択した。 もなが幸せそうにシフォンケーキを口に入れ、凍夜も一口食べる。どれほど甘いのだろうかと警戒して口に入れてみれば、控えめな甘さに驚く。舌の上でふわりと溶けたクリームと良い、爽やかな後味と良い、文句なしに美味しかった。
カタンと微かな音がし、背後で人が動くのが分かる。チラリと横目で確認してみれば、恵子がレジでお会計をしているところだった。
「‥‥‥諦めてくれたのか?」
「どうだろう。 恵子ちゃん的に、あたしが凍夜ちゃんの彼女でも問題ないと思ってるなら諦めたんだと思うけど」
「けど?」
「あたしの方が凍夜ちゃんにつり合ってるのよ!って思えば‥‥‥どんな事を仕掛けてくるのか、分からないな」
「‥‥‥素直に諦めてくれたんだと思いたいがな」
*
やはりもなの悪い予感は当たっていた。 喫茶店を出て暫く当てもなくブラブラと街を歩いていた時、恵子が背後から凍夜の名前を呼んだ。思い詰めたような硬い表情に、もなが困ったような顔をして凍夜を見上げた。
「凍夜のお友達?」
「あ、あぁ‥‥‥恵子さん、ですよね?」
「少し、貴方と話がしたいの」
「え‥‥‥あ、あたしと?」
ビックリした表情で固まったもなが、ややあってから了承する。 こんな所で喋っていては何だからと言って、連れて行かれた先はこじんまりとした公園だった。住宅地の間にポッカリと埋め込まれた公園はベンチとブランコがあるだけで、人影はない。
「何で公園なんだろ。普通、喫茶店とかだよね‥‥‥」
もなが率直な感想を呟くが、恵子には聞こえていない。 二つ並んだベンチのうちの一つに恵子が座り、もなが隣に腰を下ろす。どうしたら良いのか分からない凍夜は、離れた場所に置かれたベンチに座った。
「貴方、名前は?」
「片桐・もなって言います」
「いくつなの?」
「16歳です。 いっつももっと小さく見られちゃうんですけど‥‥‥」
「そうね。私も小学生くらいかと思ったわ。‥‥‥黒城さんとは、付き合ってるの?」
「はい。数日前からお付き合いしています。 ところで、恵子さんは凍夜のお友達さんですか?」
「違うわ。私は彼の事が好きなの。貴方が彼の事を思っているよりも、もっとずっと好きなの」
もなの顔が歪む。 おそらく、生理的に受け付けない相手なのだろう。そもそも恵子に声をかけられた時からもなの表情は曇っており、凍夜も彼女と同じ気持ちだった。
「彼はね、私の運命の相手なの。ずっとずっと探していた、運命の相手なのよ」
「そ、そうなん‥‥‥です、か?」
「貴方と彼はつりあわない。彼につりあうのは、私だけなんだから!別れてよ!」
唇を噛み、何かに耐えるように俯くもな。横目でチラリと凍夜の様子を伺い、唇が微かに動く。紡いだ言葉は5文字。凍夜の見間違えでなければ、可哀想と言ったように思った。 その言葉が彼女に向けられたものなのか、それとも凍夜に向けられたものなのかは分からない。
「‥‥‥ごめんなさい、あたしも凍夜が好きだから、恵子さんの言う通りには出来ません」
毅然と言い放ったもなに、恵子がサッと顔を赤くすると突然立ち上がり、彼女の細い首に手をかけた。
「おい!!」
咄嗟に立ち上がり、恵子ともなの間に入る。かなりキツク絞められたためか、もなが胸元を押さえながら苦しそうに咳き込む。
「何度も言っているが、貴方とは付き合えない! もう今後一切、俺に付き纏わないでくれ」
「‥‥‥黒城さんは、その子に騙されてるのよ!目を覚ましてよ!」
「目を覚ますのは貴方よ」
感情の込められていない声は冷たく、凍夜は一瞬誰が言ったのか分からなかった。
「貴方はさっきから、自分の事しか言ってないわ。凍夜の気持ちなんて無視してる。 そんなので、つり合うなんて思ってるの?随分お目出度い性格してるのね。‥‥‥貴方は愚かよ。人を好きになる資格なんてないわ」
もなが顔を上げる。ゾクリとするほどに艶やかな笑顔を浮かべ、凍夜の腕を引っ張る。思ってもみなかった強い力にグラリと体が傾き、もなの細い腕が首筋に巻きつく。 唇と唇が重なるかと思うほど近く、顔が寄せられる。ギリギリのところで触れない唇、顔にかかる生暖かい息、凍夜は目を閉じるとそっと彼女の腰に手を回した。
ゆっくりと顔が離れる。相変わらず大人びた表情を作っている彼女は、凍夜の頬に手を当てると微笑んだ。
「私は凍夜にしてあげられる事が沢山ある。だから凍夜は私を愛してくれる。 ‥‥‥貴方は凍夜の好きなものをどこまで分かっているの?貴方は、彼が今どんな事を考えているのか、どうしてほしいのか、見ただけで分かる?」
手が離れ、凍夜は黙って彼女の豹変を見つめた。 恵子は苦い顔をして押し黙っており、明らかにもなが場を支配していた。
「凍夜の好きなタイプを分かってる?どんな服装が好みなのかとか知ってる? 分からないわよね。貴方は自分がどれだけ凍夜を好きかを声高に叫び、彼に愛されたいと思うだけで、努力なんて少しもしていないもの」
クスクスと妖艶に笑う彼女は、凍夜に抱きつくと顔を見上げた。
「ねぇ、凍夜。私は貴方の事騙してる?」
「‥‥‥騙して、ない」
「彼女の言う通り、私が凍夜を思う気持ちは彼女に負けてるかも知れない。彼女の方が、貴方を思ってるかも知れない。 それでも、まだ私の事好き?」
「あぁ。それでも、もなの事が好きだよ‥‥‥」
もなの透き通るような茶色の瞳を見ているうちに、頭がボンヤリと霞んでくる。誘っているような彼女の表情は魅力的で、触れ合った体から感じる体温は心地良い。細く長い髪を撫ぜ、恵子に視線を向ける。今にも泣き出しそうな顔をした彼女は、凍夜の目を真っ直ぐに見つめると唇を噛んだ。
「黒城さんは、そんな人じゃない。もっとクールで、そんな子に好きなんて言わない‥‥‥」
「貴方は凍夜の幻影に恋したのよ」
顔を赤く染めた恵子が走り出す。もなと凍夜の脇をすり抜け、公園から出て行く。 もなが凍夜の腰に回していた手を解き、首に手を当てると深く溜息をつく。
「奏都ちゃん、大正解。 昨日ね、凍夜ちゃんの話を聞いて、そう言う子は大人の女の人タイプが苦手なんじゃないかって言ってたの。自分じゃ太刀打ちできないタイプの、恋愛百戦錬磨っぽい子が苦手なんじゃないかなーって。特訓してきて良かった。なんとか騙せたみたい」
「突然雰囲気が変わったから、驚いた」
「でも、凍夜ちゃんなら上手く合わせてくれるって思ってた。 実はちょっと恥ずかしかったんだけどね」
照れたように笑ったもなが、膝丈のスカートをフワリと風に靡かせると畏まった様子で凍夜の前に立った。
「多分アレで諦めたとは思うけれど、また付き纏うようだったらすぐに言ってね。今日一日だけって依頼だったけれど、中途半端なままで終わるのは嫌だから、完全に諦めてもらえるまで依頼は続行するからね。もちろん、報酬は昨日貰った分で十分だから」
「分かった。また付き纏われたら言うよ。 でも、多分大丈夫だろう」
「それじゃぁ、今日はご依頼いただきまして有難う御座いましたー!」
「‥‥‥ちょっと待て。今日一日って依頼だぞ?」
「ふぇ?でも、もうつけてくる人もいないし‥‥‥」
「映画観て、買い物もするんだろう? もなは今日一日は俺の“彼女”なんだから」
笑い出し、凍夜の腕にしがみ付くもな。甘えるように身体を寄せてきた彼女が、顔を上げると蕩けるような笑顔を浮かべる。
「それじゃぁ、まずはどんな映画がやってるのか見に行こう!」
END
◇★◇★◇★ 登場人物 ★◇★◇★◇
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
7403 / 黒城・凍夜 / 男性 / 23歳 / 退魔師 / 殺し屋 / 魔術師
NPC / 片桐・もな
◆☆◆☆◆☆ ライター通信 ☆◆☆◆☆◆
初めましてー!
とてもクールなお兄さんなのに、相手がもなで良いのかなぁ‥‥と思いながら執筆いたしました
あの三人ならば、消去法で残るのがもなだけなんですけどね‥‥
途中に出てきた石動ともなのアイコンタクトは『後でデザートをお持ちしますか?』『うん!』です
大した意味ではありません‥‥
色々と弄ってしまいましたが、凍夜さんの雰囲気を壊していなければなと思います
この度はご参加いただきましてまことに有難う御座いました!
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