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■【妖撃社・日本支部 ―竹―】■

ともやいずみ
【7416】【柳・宗真】【退魔師・ドールマスター・人形師】
「奇妙で奇怪な事件に巻き込まれている、人外の存在に脅かされている、そんな方……ようこそ「妖撃社」へ。
 我が社は誠心誠意・真心を込めてあなた様のお悩みにお応えいたします。
 どんな小さなことでも気軽にご相談ください。電話番号は0120−XXX−XXXまで。
 専門家たちがあなたの助けになること、間違いありません」

 コンクリートの四階建て。一階ではなく、二階に事務所が存在する。
 その二階のドアを開けて入ると、支部長である葦原双羽が言った。
「ちょうどいいところに来たわね。早速だけど、仕事の依頼があるわ。行くならそのように段取りするけど、どうする?」

【妖撃社・日本支部 ―竹―】



「依頼人は篠崎清美。依頼内容は息子の守護。ふぅん……原因には見当がついてるけど、破壊できるほどの裏づけはないってことか。
 調査員は……シン。この大雑把な報告書はそうじゃないかなとは思ってたけど……。う〜ん……」
 彼女は調査書に目を通しながら、こつこつと人差し指で机を叩いている。
「守護をして目標を確定するのがこの仕事の目的ね。わかった。仕事の難易度を考えても大丈夫そうね」
 妖撃社の日本支部長、葦原双羽。現在の柳宗真の上司でもある彼女は視線をこちらに向けた。
「ではこの仕事は、あなたに任せるわ、柳さん。でもこれがうちでの仕事、第一号なのよね……。不慣れだろうし、誰かつけるわよ? そうね……シンかアンヌはどう?」
「あ、じゃあ、一応クゥさんに補助をお願いしてもよろしいですか?」
 宗真の言葉に彼女は眉をひそめる。
「クゥに?」
「何かあった時、一番連携が取りやすい気がしますから。能力が少し、似てますし」
「……能力が似てるなら、余計に連携は取りづらいと思うけど。ていうか、似てたかしら?」
 不思議そうな双羽は別のファイルを開く。書面に目を走らせた。
「戦闘人形の操作から似てると思ったのね……組むなら真逆のタイプをお勧めするけど、まぁいいわ。やるだけやってみるのも、いい経験になるでしょ。クゥにはこちらから通達しておくわ。
 えっとそれから……符で人形を呼び寄せるのよね? できればこういうものは一般人の目に触れないように使って。それから糸も、使うのはいいけど後始末のこともきちんと頭に置いておいてね」
「報告書に破壊したものと、経過を書けばいいんですよね?」
 仕事を済ませた三日以内に報告書を双羽に提出するのも、仕事の一環である。後で調べることがある場合に備えてのことらしい。
「書き方はクゥに訊いてくれればいいわ。
 依頼人は一般人よ。あなたの今までの仕事や、関わってきた出来事で勝手に判断して行動しないように。何か迷ったらクゥに指示を仰ぐこと。確かに仕事をこなすのは大事なことだけど、一般人の生活を崩すような影響や印象を与えてはだめ。いいわね?」
「……難しいことを言いますね、支部長は」
 つまりは、かなり配慮して動かなければならないということだ。なるほど……給料がいいわけだ。
 双羽は両手を組んで、机に肘を乗せる。そしてこちらをじっと見つめてきた。本当に彼女は普通の女子高生なのだろうか? いやに迫力がある。
「建物は極力傷をつけない。一般人には変なイメージを与えない。警察にはご厄介にならない。
 これが私の方針。依頼の多くは一般人なの。手に負えないからこっちに相談にくるのよ。でもその相手に、自分の常識を押し付けてはだめ。相手の土俵でこちらが動くの」
「なるほど」
 彼女は商売をよくわかっているようだ。腕がいいだけの退治屋とは一味違う。一般人ならではの視点で仕事をしているのだ。
 こういった仕事を生業とする者と同じことをしていては、多くの客は獲得できない。双羽は商売をしているのだ。
「では柳さん、復唱」
「我が社のモットーは、困っている人を助けること、ですよね?」
「よろしい」
 双羽は、宗真が持ってきた書類に認可の判を押す。
 書類を宗真に差し出してくる彼女はにっこり微笑んだ。たまにこうして笑うと、年相応だなと強く感じる。
「初仕事、頑張ってね」



 目的の篠崎家まではタクシーで来た。職場から向かうのが基本らしい。
 同行したクゥは大きなスーツケースをタクシーのトランクから降ろし、宗真に家のインターホンを押すように促す。
「挨拶もお仕事のうちです。妖撃社として堂々としてください」
「わかりました」
 頷き、宗真はインターホンを押す。相手はすぐに出た。
「妖撃社から来ました」
 話は通してあると双羽から聞いたとおり、家の中にはすぐに入れた。どこにでもある二階建ての一軒家だ。その居間に、対象の少年がいた。車のオモチャを動かして遊んでいる。
 中年の女性は二人を胡散臭そうに見ていた。それもそうだろう。年齢だけで見れば、宗真もクゥも、信用に足る外見ではない。彼女はお茶を出すと、居間の息子のところに行き、何か言い聞かせていた。
(仕事は護衛……)
 宗真はクゥを振り返り、声をかける。
「ではクゥさん、仕事にかかりましょう。まずは、護衛対象の安全確保のため、盾にすることも踏まえて俺の人形を四方に配置しようと思います。できればクゥさんの人形にも協力してもらいたいんですけど」
「嫌です」
 クゥは出されたお茶を飲みながら、さらりと、なんでもないことのように応えた。宗真は一瞬、何を言われたかわからない。
 少年はこちらを横目で見る。
「そんなことしたらあの人たちが怖がるじゃないですか。あなたの人形は戦闘用なんでしょう? そんな物騒なものを一般人の近くに置くなんてことできません。非常識ですよ、ヤナギさん」
 ずずっとお茶をすすり、クゥは微笑む。背筋がぞっとするような、綺麗な笑みだ。
「支部長から聞いたと思いますけど、困っているのはあの人たちです。助ける上で何をしてもいいわけじゃないんですよ? 彼らの生活に支障をきたす行為は避けます。それがプロってもんです」
「…………」
 確かに人形をぞろぞろ連れてあんな小さな子供の周囲に置くのは危険かもしれない。
「それに僕の人形はデリケートなんです。あなたのは壊れてもいいでしょうけど、僕は一体一体に魂を込めて作ってます。気軽に言ってほしくないですね。時間と手間隙かけて作ったものを簡単に壊す対象にするなんて、人形師としての発言とは思えません」
 どうやらクゥと宗真は人形遣いでありながら、互いに違う意識を持っているようだ。
 人形を戦闘用の道具としてしか使用しない宗真の一番の使用人形は「舞姫」。見た目は人間大の和装女性だが、真の姿は武器を至るところに仕込んでいる全身凶器。総重量はざっと見て、100キロにはなるだろう。
「対象の安全が第一だと俺は思うんですけど」
 やや低めの声でクゥに言うが、彼は取り合わない。
「あなたの『人形』は人形ではありません。単なる武器庫です。そんな芸術の欠片もないものと、僕のを一緒にしないでください。壊すために連れて来たわけじゃないです」
 クゥはお茶を飲み干し、宗真を見遣る。紫色の瞳がやけに美しい。
「僕の人形を見たら、びっくりしますよ」
 誇らしげに言う彼は、にっこり微笑んだ。年齢通りの無邪気な笑顔だ。なまじ顔が整っているので可愛らしい。だがそれは、人形師として宗真と決定的な違いがあると、はっきりわかる声だった。

 対象者を朝の10時から夕方の16時まで護衛するのが仕事だ。この時間帯に篠崎宅に来て、様子をうかがい、そして帰る。それをすでに一週間以上繰り返している。
 護衛という仕事は宗真のイメージではもっと格好いいものだと思っていた。だがかなり地味なものらしい。これはかなり根気のいる仕事だ。
(昼間だけというのは普通のバイトと似てますけど……)
 家の中を観察しても、なんの変哲もない普通の家屋だと確信するだけだった。
 朝に挨拶に来て、その後は近くの空家でひたすら篠崎家を監視である。
 背後にいるクゥを見遣った。彼は自身のスーツケースを開き、なにやらごそごそしている。人形の手入れをしているようだ。こちらからは見えない。
「……クゥさんの人形って、どんな感じなんですか?」
 嫌われただろうかと思いつつ声をかけると、彼はこちらを一瞥し、ちょっと考えたような様子だったが指に何かつけると手前に引っ張った。途端、スーツケースから何かが起き上がる。
 そっと瞼を開いて宗真を見たのは、若い娘だ。美しい造作の顔と、綺麗な茶髪。全裸の彼女はゆっくりと立ち上がった。
 唖然としている宗真は、凝視するしかない。どう見ても、人間そのものだ。自身の使う「舞姫」とは似ても似つかない。柔らかそうな肌からは、娘特有の瑞々しい若さが感じられる。
「胸は遠逆さんを参考にしました。弾力と張りがあってかなりいい出来栄えなんですよ。お尻はシンのを参考にしてます。きゅっとあがってていい感じでしょ?」
 ふふふといやらしく笑う彼は腕を動かして宗真に彼女を近づける。近づけば近づくほど、人間にしか見えない。思わず少し後退した宗真に、クゥはくすくす笑って人形を停止させた。
(……俺にはこんなものは作れません)
 こんな、人間に酷似したものなんて作れない。バイトで作っている人形と、天と地ほどの差がある。
「……これ、戦えるんですか?」
「戦えますよ? 僕が操りますから」
 宗真とは似ても似つかない。人形そのものに何かを施すのではなく、繰り手の技能が全てということらしい。人形に対するこだわりが全然違う。
(支部長が『似てない』と言っていた意味がはっきりしました)
 その時だ。篠崎家で変化があった。

 上空に妙な物体が出現したのだ。双眼鏡を見ていた宗真は怪訝そうに呟く。
「ランプ……?」
 古めかしい持ち手のついているランプは家の上を旋回してから消えた。
 双眼鏡から目を離し、宗真はクゥを見遣る。
 これほどはっきり確認できたのだ。間違いないだろう。
「調査書にもあった通りの形ですね、クゥさん。決定打、です」
 対象者である少年が誤って壊したランプ。確か今はどこかのリサイクルショップに置いてあるとか。
 クゥは軽く拍手した。
「根気強いし充分合格点ですね。破壊はシンに任せるとフタバさんは言ってました。場合によっては撃退するつもりでしたけど、こちらに気づいているみたいですね、あの様子では」
「ここに潜伏していることは気づかなかったんでしょうけど」
「なんにせよ、ここで僕たちのお仕事は終了です。後はシンがうまくやるでしょう。あ〜、長かった! お疲れ様です、ヤナギさん」
 本気で嬉しそうなクゥは手を差し出してくる。宗真はその手を掴んだ。子供の手だ。小さくて、幼い。
「じゃ、報告書を出せば完了です」
「……報告書、書き方教えてくださいクゥさん」
 忘れていた、報告書のこと。
 告げた宗真を見遣り、クゥは脱力してその場に崩れ落ちた。どうやら彼も報告書は苦手のようだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7416/柳・宗真(やなぎ・そうま)/男/20/退魔師・ドールマスター・人形師】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、柳様。ライターのともやいずみです。
 初仕事です。無事に依頼は成し遂げたようですが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。