■【妖撃社・日本支部 ―竹―】■
ともやいずみ |
【7403】【黒城・凍夜】【何でも屋・暗黒魔術師】 |
「奇妙で奇怪な事件に巻き込まれている、人外の存在に脅かされている、そんな方……ようこそ「妖撃社」へ。
我が社は誠心誠意・真心を込めてあなた様のお悩みにお応えいたします。
どんな小さなことでも気軽にご相談ください。電話番号は0120−XXX−XXXまで。
専門家たちがあなたの助けになること、間違いありません」
コンクリートの四階建て。一階ではなく、二階に事務所が存在する。
その二階のドアを開けて入ると、支部長である葦原双羽が言った。
「ちょうどいいところに来たわね。早速だけど、仕事の依頼があるわ。行くならそのように段取りするけど、どうする?」
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【妖撃社・日本支部 ―竹―】
(履歴書を持ったし、行くとするか)
妖撃社にてバイトの採用が決まった二日後のちょうど15時頃、黒城凍夜はそこを訪ねた。コンビニで購入した履歴書に、自分の経歴をできるだけ、書いて。
(……さすがに態度を改めるとしよう。敬語なんて使うの久しぶりだよな……)
今日から自分はここの一員なのだ。凍夜は事務所のドアを開いた。ドアを開けてすぐに衝立。視線をすぐさま右に遣ると、ホウキで室内を掃いているメイドの娘が目に入った。彼女はにっこりと微笑む。
「あら。こんにちは」
「……こんにちは。履歴書を持ってきたんですが」
「ちょっとお待ちを」
彼女はホウキを壁に立てかけ、部屋の奥へと歩いていく。凍夜は事務所のドアを閉め、そのままそこで待った。
部屋の奥には隣に通じるドアがある。メイドの娘はそこから戻ってくると、凍夜を案内した。
「こちらです」
彼女はドアを開き、凍夜に中に入るように促す。中は事務室より狭く、大きな机が一つ。そこでは双羽がファイルを捲り、広げられた書類になにやら書き込んでいた。
顔をあげて凍夜を見ると薄く微笑む。
「こんにちは」
「履歴書を、持ってきました」
姿勢を正して机に近づき、履歴書を差し出す。双羽はそれを受け取って、ずれそうになった眼鏡を軽く押し上げた。
「確かに受け取ったわ」
「それで……何か仕事があればすぐにでも」
やろうと、と続けようとした凍夜を、双羽は驚いたように見ている。数回瞬きし、苦笑した。
「やる気満々ね。そうね……じゃあそれほど難しくないもので、これはどうかしら?」
机の上に広がっている紙の中から一枚、彼女はこちらに差し出してくる。
調査書、と一番上に大きく書いてあった。その下は、手書きで調査結果が記されている。
「呪術解除……。オルゴールの呪い?」
「それだったら霊感がなくても大丈夫だし、実体のあるものだから」
「……悪霊の類いが直接出てくるタイプの呪いなら俺一人でもいけるんだが……ねちっこいタイプなら呪術に詳しい人がいないと無理ですよ」
真っ直ぐ双羽を見ると、彼女はちょっと首を傾げた。
「悪霊だからって必ず実体化するわけじゃないわ。……そうね。初めてってのもあるし、遠逆さんかアンヌをつけようかしら」
凍夜が返してくる調査書に、双羽はざっと目を通す。
「アンヌのほうがいいかもしれないわね」
「お呼びですか?」
びくっとして双羽と凍夜が室内の出入口を一斉に見遣る。そこにはメイドの娘が立っていた。
「そんなに驚いた顔をされなくてもよろしいのに」
「いきなり入って来ないでよ! びっくりするって何回も言ってるじゃないっ!」
「あらぁ。申し訳ございません」
悪びれもせずに肩をすくめる彼女は凍夜の横に立つ。そしてにっこりと凍夜に微笑んでみせた。
「アンヌ=ヴァンです。どうぞよろしく」
「……よろしく」
結構好みだとちょっと思う。凍夜の好みは年下の女性。双羽もそうだが、アンヌも十代後半くらいなので犯罪的な年齢ではない。
さらさらの金髪。可愛らしい顔立ち。さらに小柄とくると男にはかなりウケるだろう。ただそれは、外見だけの話に限るが。
「調査書はこれ。担当者は黒城さん。アンヌは黒城さんの補助よ」
「かしこまりました」
調査書に目を通してから、アンヌは双羽を見て微笑んだ。
「お任せを。ではコクジョーさん、参りましょうか」
*
妖撃社を出て、凍夜はアンヌと共に目的地に向かうことにした。移動手段はなんと電車と徒歩だ。
移動中、どうしてもアンヌが目立ってしまう。それもそうだろう。メイド服なのだから。
「……アンヌさん、は……いつもその格好なんですか?」
「目立つのでフタバ様は嫌がるのですが、これが仕事着なので職務中はこの衣服ですわ」
にっこりと見てくる彼女はやはり可愛い。
「わたくしにまで敬語で話さなくてもよろしいですわよ?」
「……わかるのか?」
「喋りにくそうですし、面接に来られた時にはそういう口調ではありませんでしたもの」
……彼女の厚意に甘えるとしよう。どうも慣れない言葉遣いは難しい。
「じゃあ、そうさせてもらう。……呼び捨てでも大丈夫なのか?」
「あら。呼び捨てにされるほど親しい仲ではございませんけれど?」
ぴしゃりと言い放ったアンヌは笑顔を崩さない。
「女性に馴れ馴れしい殿方はモテませんわよ」
「……了解」
小さく呟いた凍夜はふぅっと軽く息を吐いた。見た目と違ってアンヌはかなり手強い性格のようだ。
目的の駅で下車し、そのまま二人は歩き出す。駅から歩いて10分程度の場所にある家に用があるのだ。
「あまりに周囲に被害が出るから、オルゴールのあるその家は無人なんだろ?」
「と、調査書にはありましたわね。
あ、ここみたいですわね」
足を止めたアンヌは、民家を見上げる。陰鬱な雰囲気の漂う家は、見た目も陰気で明らかに誰も住みたがらない様子だった。窓ガラスも割れている。
「……あらまぁ。霊の類いはいないようですけど、かなり念が強くて酷いですわねぇ」
のんびりと言う彼女はこちらを見てくる。
「ではコクジョーさん、お仕事開始ですわ」
「…………いや、俺は呪術には詳しくないんだ」
それでアンヌに同行を頼んだのだから、察して欲しい。
「あんたの指示に従う。こんなタイプの呪いは方法がわからないと無理だから」
「呪いなんてものは、結局は『感情』によるものですわ。やる以上はリスクを負わないといけないものですけれどね。理解している者は簡単に呪いを使ったりはいたしません」
では、と彼女はにっこり笑った。
「中に入ってオルゴールの呪詛を祓いましょう。見たところ、それほど難しいタイプではございませんわ」
「そうなのか?」
「えぇ」
アンヌは堂々と正面から家の中に踏み込んだ。
*
埃が、カーテンの隙間から差し込む光の中で舞っている。
土足であがり、彼女はそのまま奥に進んでいく。
凍夜は家の中を観察した。家具が全て倒され、蛍光灯が破裂しているところもある。
(呪いによるポルターガイスト……)
というよりは、被害状況と言うべきか。
「オルゴールは確か一階の仏間だったな」
「死んだここのご主人の持ち物だったそうですわね」
狭い廊下を二人で障害物を避けつつ歩く。アンヌは振り向いた。
「それほど難しくはありませんので、やってみますか?」
「やってみるって、何を?」
「呪いを祓うんです。やってみます?」
「俺にできるのか?」
「手順を踏めば誰にでもできますわ。それにわたくしは、あなたを助けるように言われてここに来ております。今回のはそれほど悩むようなものではありませんから」
違いが凍夜にはわからない。これほどまでに家の中を荒らしているのに、悩むほどではない?
「特定の誰かを呪っているわけではありませんからね。不特定多数に対する殺害意識もありません」
にこにこと笑顔のアンヌは足を止めた。
「……あぁ、やはり」
小さく呟いた彼女は後ろからついてきていたこちらを見遣り、人差し指を唇に当てた。静かに、というジェスチャーだ。
「日本ではツクモガミ、というのでしたか。オルゴールそのものの怨念ですわね」
「オルゴールそのものの?」
「だから簡単なんです。さあコクジョーさん、出番ですわよ?」
仏間に入った凍夜は、緊張せずに、緩やかに目的の場所に向かう。
仏前に供えられたオルゴールはかなり浮いて見える。室内は、他の部屋と同じように荒れていた。
アンヌに言われたように凍夜は仏前に来ると、すぐさま正座をして両手を合わせる。それから線香を探して火をつけた。
(……で、どうするんだっけか)
視線を、置かれているオルゴールに遣る。凝った細工のそれがこの惨状の原因とは信じられない。
瞼を閉じてゆっくりとそのままでいる。凍夜はこの家の故人とは知り合いでもない。けれども……このオルゴールはその故人の物なのだ。
(長い年月を経たオルゴールか。礼儀を尽くせば怖くない、って)
言われたけど。
ついそのまま掴もうとするが、ぐっと堪える。この「呪い」は、とても単純で、だからこそ気をつけなければならない。怒らせてはならない。
両手でそっと、両側から包み込むように持ち上げる。大事そうに、大切に自分のほうへと運ぶ。
膝の上に置く。何も、起きない。
(……ほんとだ。言われた通りだ)
オルゴールを大切にしていた故人に礼を尽くし、そして雑に扱わないこと。敵ではないとアピールすること。
今までおこなってきた退治屋の仕事とは違う。こんな解決法もあるのか。
ぺこりと故人の位牌に頭をさげて、立ち上がった。オルゴールは両手でしっかりと持つ。
家の外に出てくるとアンヌが待ち構えていた。
「お上手ですわ」
「……これで本当に大丈夫なのか?」
「もうこの家には害を与えないでしょう。こうして外に持ち出せたのがその証拠ですわ」
「呪いは解けたのか? これで?」
「このオルゴールは雑に扱われて怒っていただけでしょうね。故人のことも、きっと悪く言われたのでしょう」
呪いは「感情」。想い。念じる。
彼女はにこっと微笑んできた。
「ではそれは持ち帰ってくださいませ。大事に大事に、ね」
「…………ありがとう」
「はい?」
「いや、無事に終わったから。呪術とか詳しいんだな?」
「お仕事で少々嗜んでいる程度ですわ」
あ、また笑った。よく笑う娘だ。
(…………男にどう見えてるか理解してるんだろうな、たぶん)
*
「というわけで支部長、仕事は無事に終わりました」
「お疲れ様。後は報告書をあげてもらうだけね。書き方はアンヌに訊いてくれればいいから」
「あの、何か問題は?」
「問題なんてないわよ?」
「……そうですか。では失礼」
頭を軽くさげて支部長室から出て行く凍夜に、双羽が声をかけてきた。振り向くと、彼女はにっこり微笑んでいた。
「この調子で頑張って」
「…………」
凍夜はぺこ、と再び軽く頭をさげる。もしかしなくても……支部長、機嫌がいいのだろうか?
支部長室から出て一息つく。
(敬語が意外と疲れるな。でも)
面接の時よりは支部長の空気が柔らかかった。それにもしかしなくても。
(……さっき、応援してくれてた?)
凍夜はふ、と小さく笑ったのだった――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7403/黒城・凍夜(こくじょう・とうや)/男/23/退魔師・殺し屋・魔術師】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、黒城様。ライターのともやいずみです。
初仕事はアンヌの指示通りに行動した結果もあり、無事に成し遂げられたようです。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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