■【妖撃社・日本支部 ―桜―】■
ともやいずみ |
【7416】【柳・宗真】【退魔師・ドールマスター・人形師】 |
「奇妙で奇怪な事件に巻き込まれている、人外の存在に脅かされている、そんな方……ようこそ「妖撃社」へ。
我が社は誠心誠意・真心を込めてあなた様のお悩みにお応えいたします。
どんな小さなことでも気軽にご相談ください。電話番号は0120−XXX−XXXまで。
専門家たちがあなたの助けになること、間違いありません」
バイト、依頼、それとも?
あなたのご来店、お待ちしております。
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【妖撃社・日本支部 ―桜―】
妖撃社の事務室ドアを開けて中に入ると、珍しく双羽が室内を歩いているのを見つけた。
「こんにちは、支部長」
「あ。こんにちは」
仕事中の張り詰めた雰囲気とは違う。彼女は手に持っているファイルを、事務所の棚に収めてからこちらを見た。
今日は土曜だし、彼女は私服姿だ。本当にどこにでもいる女子高生である。
事務所の中には双羽しかいない。他のメンバーは仕事に出ているのだろうか?
「あの、報告書はあんな感じで良かったですか? クゥさんも報告書を書くの苦手らしくて」
「上出来だったわよ? ほんと、シンもクゥもあなたくらいに書いてくれれば文句を言わずに済むのに」
「そんなに酷いんです?」
「シンはこう、大雑把で抽象的に書くのよね。クゥは面倒なのもあるんだけど、書類作成の類いは不得意みたい」
大雑把で抽象的……。まるで性格がそのまま表れているようなイメージが浮かんだ。シンとは会話らしい会話は交わしていないが、なんとなく……人物像がつかめてきた。
双羽は自分の仕事部屋に戻ろうとするが、宗真のほうを振り向いてから声をかける。
「もしかして報告書が気になって、わざわざ来たの?」
「それもありますけど……」
目を伏せる。仕事の最中にあったクゥとのやり取りが脳裏に過ぎった。
「お茶を飲むなら、淹れるわよ?」
「支部長にさせるわけには」
「あは。気にしないで。礼儀正しいバイトくんに優しくするのも上司の役目だもの」
快活に笑う彼女は来客用のソファに座るように言うと、事務室を出て行った。おそらく給湯室に向かったのだろう。
今のセリフは明らかに冗談だった。仕事中は厳しい彼女も、もしかして普段は……もっと明るい娘なのかもしれない。
インスタントの紅茶を淹れてきた彼女は、マグカップを宗真の前のテーブルに置いた。自分のは花柄の可愛らしいマグカップだ。
「どうぞ。甘めにはしてないと思うんだけど」
「お気遣いなく」
彼女はさらに菓子箱を出してきた。クッキーが入っている。
「お煎餅のほうがいい?」
「いえ、こっちでいいです」
紅茶に煎餅はちょっと相性が悪いような気がした。
「……みんな仕事ですか?」
「シンは部屋で寝てる。二日酔いなんだって」
「ふつかよい……」
「クゥは買い物に行ったみたいよ。他の三人が仕事中」
こんな調子でいいのだろうかとちょっと心配になる宗真である。
宗真は少しだけ顔を伏せ、それから真っ直ぐに双羽を見た。
「面接の時に支部長が言った人間大の人形って、クゥさんのあれの事だったんですね……」
「……見たの?」
一瞬で彼女は顔を引きつらせ、声が硬くなる。
「あれは……僕には作れそうもありません。人形に対する考え方も僕とは真逆のようですしね」
「……見たんだ」
「僕が人形をただの戦いの道具として扱うのに対し、彼は人形を……そうですね、まるで我が子のように扱う」
「…………」
「まあ、僕は人形繰り専門ではありませんし、彼の作製技術あってのものかもしれませんけど」
「いや、あれは参考にしなくていいから」
気分が悪そうな双羽は大きく溜息をついた。素直に感心して、羨望も持った宗真とは違って彼女はクゥの人形が苦手のようだ。
そういえばクゥが奇妙なことを言っていたのを思い出す。
(あの人形……)
つい二日前に見たあの女性人形は、それこそ細部まで人間とそっくりだった。空家の薄暗い光の中でも、宗真からははっきりそれがうかがえたほどだ。
腕や足の関節。露出した肌。唇や眼球や毛髪。女性ならではの部位まで完璧に作ってあったのだ。……あんまりはっきり思い出したくない。恥ずかしい。
(遠逆さんとシンさんのを参考にしたと言って……ましたね)
いや、考えないほうがいいだろう。踏み入ったらただでは帰れない気がする。
「どの人形を見たの?」
やや呆れたような、疲れたような口調で尋ねられ、宗真は「えっ」と小さく洩らした。
「茶色の髪の、綺麗な女の子の人形でしたけど」
「……また新しいのを作ったのね」
かなり嫌そうに呟く双羽は紅茶を軽く飲んだ。
「我が子とかいうレベルじゃないわよ。あいつのは完全に趣味よ、趣味!」
「大事に扱ってますけど」
「そりゃ作った本人なんだし、愛着もあるでしょうよ。でもその前に、なんで女性型なのか考え付かない?」
「…………」
言われてみればそうだ。女である必要はない。それは宗真の使う人形にも言えることだった。
操るならば何も人間型でなくてもいい。もっと操りやすい形がある。
クゥが事務室で真剣な表情でフィギュアを作っていた光景がパッと閃いた。あれも確か……アニメだろうが、女性のキャラクターだった。
「あいつはね……女好きなの。スケベなのよ。しかもマニアで変態」
目を細めて、嫌悪感を前面に押し出して双羽は言う。これはもしかしなくても、被害に遭ったのではないだろうか?
「支部長……何かされたんですか?」
できるだけ柔らかく問うと、彼女はさらに目を細くする。
「着替えを覗かれた」
「……覗き、ですか」
「…………私はね」
それくらい、と小さく言う。
「ほら、プロポーションがいいわけでもないし、顔も十人並みだもの」
肩をすくめる双羽だったが、クゥの性格を考えるとそれだけで済んだかどうかも怪しい。
「人形を作る参考って言ってるけど……シンを怒らせるほどのことはやったみたいよ」
「怒らせるほど……」
「なんでも、夜中に部屋に入ってきて全裸にされてあちこち触られてたってことだけど……。あ、これは日本に来る前のことよ。さすがにシンがぼこぼこにしたらやらなくなったって言ってたから」
「………………」
想像以上の行為に宗真は頭が痛くなってきた。完璧な人形を作るためなのか、はたまたただ単に女にちょっかいを出したかっただけなのか……。
(な……なるほど……。だからあんなに精巧に作れるわけですか)
呆れがどうしても混じる。人形師としては尊敬もできるし、素晴らしい腕だとは思うが……人間としてはやり過ぎだ。
「……すごいですね。こだわっているんでしょうか、作る上で」
そう思いたい。
しばし二人は無言で、それぞれのマグカップの湯気を眺めていた。
「でも、その人形は仕事に使うんですよね?」
「……仕事にも使ってるけど、ほとんどコレクションみたいなものよね。エロいことに使ってないだけマシだけど」
「……エロい……こと」
咄嗟に浮かびそうになった想像を宗真はすぐさま追い払う。あれだけ精巧な人形なら、確かに用途も色々あるだろう。
「まさか。だってクゥさんはまだえっと」
「12歳。そういう方面には興味はないみたいだから、そこは安心できるわよね。
……柳さんも若い男の人だし、女の子にはやっぱり興味ある?」
女子高生らしい、ちょっと照れ臭そうな、興味がある声での質問。
宗真はマグカップに口をつけた。ちょっと甘い。
「そりゃ、まぁ……興味がないと言えば嘘になりますからね」
そういえば、自分は双羽のような娘とさほど関わりのない人生を送っている。
柳の家に生まれたことに対して別に後悔もしていないが、それでもやはり、『普通』とは程遠い世界に生まれたことだけははっきりしていた。
広い屋敷に一人で暮らし、裏の世界に足を踏み入れ……そして今。
(なんだかおかしな感じが……ちょっとするかもしれません)
心の中でぼやく。
若者らしい、なんというか、普通の会話なんて久々かもしれない。
「そっか、やっぱりあるんだ」
「……なんか楽しそうですね、支部長」
「そ、そう? なんていうか、私はただの高校生だから、人間らしい部分が見れると安心するのよ」
彼女はこほんと空咳をして、頬を赤く染めている。照れているらしい。
「安心、ですか」
「社員のことは把握しなくちゃいけないけど、隙、っていうか、そういうのが見えると『こういう一面もあるんだあ』とかって思わない?」
「……どうでしょう」
「柳さんて友達とか少なそう。女の子も上っ面しか見てない相手しか寄ってこない感じ」
「そこまで言わなくてもいいじゃないですか」
「つまりね、それだけ私は柳さんの情報が少ないってことなの。柳さんだってクゥのこと、あんまり知らないじゃない? だから、相手を知っていく上で弱みっていうか、隙っていうのは大事なのよ」
彼女は苦労しているんだなとひしひし感じる。確かに上に立つ者なわけだから、下の者のことは理解しておかなければならないだろう。だが……こうして気遣っているのは彼女が優しいからだろうことはわかる。
「……柳さんがすごい力を持ってるっていうのは私も理解してる。でもそれって、柳さん本人にプラスアルファされたものであって、柳さん自身とは関係ないというか……。
力あってこそだっていうのもわかるんだけど……説明し難いわね」
う〜んと腕組みして悩む彼女は、面倒になったのかクッキーを頬張る。
「だからまぁ、柳さんもそこらにいる男の人だってわかってちょっと安心、かしら」
照れ臭そうに笑う彼女を見て、宗真はなんとなく……羞恥を感じた。年下の少女の真っ直ぐな気持ちが眩しい。彼女は本当は、こういう稼業に向いていないのではないだろうか。
「うぅん、でも隙だらけっていうのも問題ありだけど」
「隙だらけなんて人、いるんですか?」
「シンなんて隙まみれよ。この間、酔っ払ってここに倒れてたし」
おかしいでしょ? と笑われて宗真もつられてしまった。
宗真は立ち上がった。
「ではそろそろ僕はこれで。支部長も、帰る時は気をつけてくださいね」
不備がないか確認しに来ただけだったのに、長居をしてしまった。
双羽はこちらを見上げ、微笑む。
「ありがと。地味な仕事も多いけど、これからも頑張ってくれたら嬉しいな」
あ、と思った。
(支部長の顔に戻ってます、ね)
「えぇ。もちろんです」
「じゃあまた」
「はい。では失礼します」
事務所のドアを開けて、宗真は外に出る。軽く息を吐き、気合いを入れた。
(次の仕事も頑張りますか)
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7416/柳・宗真(やなぎ・そうま)/男/20/退魔師・ドールマスター・人形師】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、柳様。ライターのともやいずみです。
報告書の出来はかなり良かったようです。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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