■【妖撃社・日本支部 ―梅―】■
ともやいずみ |
【7416】【柳・宗真】【退魔師・ドールマスター・人形師】 |
「奇妙で奇怪な事件に巻き込まれている、人外の存在に脅かされている、そんな方……ようこそ「妖撃社」へ。
我が社は誠心誠意・真心を込めてあなた様のお悩みにお応えいたします。
どんな小さなことでも気軽にご相談ください。電話番号は0120−XXX−XXXまで。
専門家たちがあなたの助けになること、間違いありません」
コンクリートの四階建て。一階ではなく、二階に事務所が存在する。
その二階のドアを開けて入ると、支部長である葦原双羽が言った。
「ちょうどいいところに来たわね。早速だけど、仕事の依頼があるわ。行くならそのように段取りするけど、どうする?」
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【妖撃社・日本支部 ―梅―】
「夜に出る虹なんて、それだけなら幻想的だと思いますけど。大抵は余計なものが加わるんですよね……まったく、無粋な」
小さく呟いて、それから柳宗真は双羽を見つめた。
「それで、僕は何を調べればいいんですか?」
「なぜそんなものが出るのか、その原因を探って欲しいの。感知能力が高い人のほうが原因を探りやすいんだけど、生憎と遠逆さんもアンヌも出払ってるのよね」
「そうですか」
「霊視のできるシンをつけるわ。それならまだ多少は成功率をあげることもできるでしょう」
「いえ、下調べだけなら僕一人でも大丈夫でしょう。本番は誰かに手伝ってもらったほうが、いいかもしれませんが」
「案外役に立つわ。連れて行って損はない」
「そう、ですか」
宗真はちょっと考えて、頷いた。
「わかりました」
*
渡されたビデオテープを持って、宗真は妖撃社の3階へと向かう。3階と4階は社員の住処となっているのだ。
(ここですかね)
簡素なドアの前に立ち、ノックする。すると、シンがドアを開いて顔を出した。
「あぁ、フタバから連絡受けてるよ。ちょっと汚いけど入って」
ドアを大きく開いた彼女は、奥へと裸足で歩いていく。中に入った宗真は彼女の格好に仰天してしまった。目のやり場に困る。
(ほとんど下着同然じゃないですか……)
スポーツブラに短パン姿のシンは、その上に半纏を羽織った。ちぐはぐもいいところだ。
部屋の中は酒のにおいが充満しており、思わず口元をおさえる。
「あ。臭い? 換気扇つけるからちょっと待ってね。あっと、持ってきたビデオ、そこのデッキにセットしちゃって。パパっと見て、現場に行こう」
彼女は妙ちくりんな格好で換気扇のスイッチをつけた。宗真は言われるままに空いたビール缶が散乱している床を慎重に進み、ビデオデッキに近づいてそこにビデオテープをセットした。
テレビのスイッチをつけたシンはそのまま空き缶を手で思い切り避けて、二人分座る場所をあける。
「どーぞどーぞ」
「…………」
笑顔のシンの横に、宗真はちょこんと座った。シンとまともに会話をしたのはこれが初めてなわけだが……想像していたよりもすごい人みたいだ。
「えっと、では、よろしくお願いします、シンさん」
「うん。よろしく」
にこーっと笑顔を浮かべる彼女に、宗真は感心した。クゥやアンヌ、双羽とはまたタイプの違う人物だ。
「そういえばシンさんの能力ってなんなんですか?」
「ん? あたしは別に能力なんてたいそれたもんはないよ」
「……ないんですか?」
「あぁでも、魔剣にとり憑かれてるから、霊が見えたりはするね」
「魔、剣……ですか」
「うん。正体とかはっきりしないけど、まぁ良くはないものだから一応そう呼ばれてる。あたしに憑いてるから、あたしに影響を及ぼすし」
「例えばどんな影響なんですか?」
「う〜ん……。悪意のある霊とか化け物とかには例外なく蓬莱剣は反応するんだよ。あ、蓬莱剣て、あたしがつけた名前なんだけど。反応しちゃうとすっごくムラムラするんだよ」
むらむら?
言葉に宗真が怪訝そうにした。
デッキの再生ボタンを押しながら、シンが応える。
「興奮するんだよ、すっごく。我慢できなくなるわけ。剣に操られて戦うから、かなり強いよあたし」
テレビに映像が流れ始めた。薄暗い空の色の中、うっすらと光るものが見える。撮影していた人物が指を示しながら何か叫んでいるのが聞こえた。
「ソーマはどうなの?」
「え……僕は、糸とにんぎょ……」
「…………」
シンが眉間に皺を刻み、宗真を凝視してきた。
「人型の武器庫……です。それを操って戦うのですけど」
「…………」
「……いや、あの、クゥさんとは無関係です」
「…………」
「そもそもあんなもの僕には作れませんし、作る気もありません。だからその、そんなに警戒しないでください。……悲しくなりますから……」
肩を落とす宗真を見て、シンは苦笑を浮かべる。
「あんなもん作れるヤツが何人もいるわけないじゃん。冗談だよ。
この映像、なかなか面白いね」
シンはテレビ画面を見て微笑んだ。宗真は彼女が「面白い」と言う意味がわからない。
「何か見えるんですか、シンさん」
「あたしは術者の知識はちょっとしかないからはっきりわからないけど……なんかそれなりに力の強いやつの影響であんなもんが見えてるんだと思う」
「あまりはっきり映ってないからわからないですね……。夜に行ってみますか?」
「いや、夜に行くのは危険だと思う。なんかほら…………」
シンは遠い目をして、唇を軽く開閉する。唐突に彼女の色香が増した。どきっと宗真の心臓が鳴る。
「……疼くから、あたし」
背筋がぞくぞくする声だ。先ほどまで、特に意識もしていなかったのに、今はどうだろう? 彼女の隣にいることがひどく緊張してしまい、手に汗をかいた。
「抑えてないとけっこう強烈でしょ」
そう言って映像を止めたシンから、急速に色香が消えてしまう。宗真は安堵の息を長く吐き出す。あのままだと、酔ってしまいそうだった。
「慣れてないと異性も同性もかなりクラっとするらしいんだよね」
「……クラっとするどころじゃないですよ。強烈すぎます」
「そうかなぁ? これでもかな〜り抑えてるんだけど」
本人であるシンはそういうものはわからないらしい。謎な女である。
*
「もっと筋肉つけなよ」
現場に到着した途端、シンに言われたのはこんなセリフだった。突然なんなんだと宗真が不審そうにする。
彼女はおろしていた髪を後頭部の高い位置で括り、長袖のパーカーとジーンズという姿だ。いつもの仕事着ではない。この昼間の時間帯は、危なくはないそうなのだ。
「……は?」
「もっと筋肉つけて、体を鍛えたらいい感じになると思うんだけどなぁ。脱いだら意外と凄いんです」
よくわからないキャッチフレーズをつけられてしまった。宗真は困惑しつつ、周囲を見回す。
虹が映っていたのは山の上。その山に今は来ている。夜中の車道から撮影されていたので、その撮影場所から山を眺めているのだ。
目の前の車道では車が絶えず行き交っている。車の中からこちらを見てくる人も多い。
「あのへん、ですよね。特になにもない感じですけど……。シンさんはどうです?」
「んーとね、すんごい気配は薄いかな〜。蓬莱剣も反応しないし……」
「そのホウライケンって、どこにあるんですか? 僕みたいに、符の中に閉じ込めてるとか?」
「んーん。見えないだけなんだよ。不可視の剣なんだよね。
あたしにずっと憑いてるから、幽霊みたいなもんだと思ってくれたらいいよ」
シンは車が途切れたのを見計らって、車道を横切る。宗真も続いた。
二人はそのまま山に足を踏み入れる。人が入れるようになっていない斜面を登り始めた。
「色々調べましたけど、この山自体には曰くとかはないみたいです。過去に何かあって、というわけではないようですね」
「ふ〜ん。すごいなぁ、ちゃんと真面目に調べてんだ」
「……調べないんですか? シンさんは」
過去を調べることによって様々なことがわかることだって多いのに。
シンは奥へと進んでいく。
「あたしは直感で仕事するからなぁ……」
抽象的な報告書、と双羽の言っていた意味が今、わかった。
宗真はやれやれと思いながら続ける。
「虹が見え始めたのは二週間くらい前みたいですね」
「それも調べたの? うわ〜、すごいな」
本気で感心しているらしいシンからは、どんどん色香が濃くなってくる。宗真は酔いそうになった。
「……シンさん、何か、感じているんですか?」
「なにが?」
振り向いた彼女の瞳はゾッとするほど冷たい。まるで、異形のものだ。
足を止めた宗真に彼女は瞬きをし、それから「あぁ」と低く洩らす。
「ごめん。集中し始めるとどうもね。フタバにもよく怒られるんだ……。気持ち悪くなっちゃったでしょ?」
「いや、気持ち悪いというのではなくて……」
男の本能に直撃してしまうだけだ。宗真はそこは黙っておく。
「大変ですね、シンさん」
「あはは。もう慣れたよ」
明るく笑うが、嘘じゃないかと宗真は思った。
「あの辺りだと思います」
宗真が指差した空には、何もない。
「……この仕事ってさぁ、結構地味で辛くない?」
シンは周囲をじっと観察している。彼女の鋭い瞳は異変を感じ取っているみたいだ。
「派手な仕事が好きな人はさ、すぐに幻滅しちゃうんだよねー」
息苦しい。宗真は脂汗をかいていた。シンは再び強い色気が全身から溢れていた。
「何かありました?」
「……んー。幽霊がいない」
「は?」
「だから、いない。変だ。死体がある。埋まってる」
淡々と言うシンの瞳は一箇所を凝視している。それは地面だ。
「感じる限りでは4人。埋まってる。死んでる。最近。誰だ?」
問いかけるように呟いた彼女は大きく深い息を吐き出す。そしてそのまま屈んだ。
「でも幽霊がいない。変だよ」
「……すでに成仏してしまったとか?」
「そういうわけでもないみたいだけど……。なんか居るね、ここ」
「…………」
「でも今は気配がほとんどないから、わかんないな……」
*
二人で協力して地面を掘り返したが、人間の欠片はあっても……身元がはっきりしないことが判明した。
妖撃社に戻ってから、宗真は色々なことをまとめるのに時間がかかる。
「だ、だいじょう……ぶ?」
報告書を作るのが苦手なシンは、自分の机を宗真に譲り、すぐ傍でこちらをうかがっていた。
「大丈夫です。僕に任せてください、報告書は。後で支部長に渡しておきますから」
笑顔で言った宗真の前で、シンが安堵して何度も頷く。
(本当に苦手なんですね……報告書)
身元のわからぬ遺体が4つ。シンの直感は恐るべきものがある。何者かが、埋めた。シンの話だと普通の人間には無理だということだ。それは宗真も同意する。
(あんなにバラバラにするには、力がいります。人間だとしても、男でしょうね)
自分の推測も交えて報告書を書いていく宗真は、その様子を横で見守っているシンに視線を遣った。曖昧な笑みを浮かべると、彼女は無垢な表情で笑みを返してくる。
(この報告書をあげて、後は支部長の判断に任せましょう。うちでそのまま解決するのか……それとも、もっと詳しく調査するのか)
宗真はシンの視線に遣り難さを感じつつ、報告書を書き上げたのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7416/柳・宗真(やなぎ・そうま)/男/20/退魔師・ドールマスター・人形師】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、柳様。ライターのともやいずみです。
シンと共に調査に行っていただきました。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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