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■月の紋章―戦いの果てに―■ |
川岸満里亜 |
【3510】【フィリオ・ラフスハウシェ】【異界職】 |
目を閉じても、月が見えた。
脳裏に浮かぶ鮮やかな月は、未だ消えない。
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『月の紋章―戦いの果てに<嘆願>―』
キャトル・ヴァン・ディズヌフが、城を抜け出して冬祭りを楽しんでいた頃、フィリオ・ラフスハウシェは、療養中の身であるにも拘らず、アーリ神殿へ赴いていた。
聖獣装具を使うことなく、本来の男性の姿のままで神殿の前に跪いている。
時折声を発しながら、巫女が現れるのを待つ。
神殿着いたのは昨晩だ。
そしてまた日が暮れようとしている。
巫女は、一度呼びかけに応じ、姿を現した。
しかし、フィリオの言葉を聞いてすぐ、帰れと一方的に言い放ち、神殿の中へと消えてしまった。
「お願いです。友人の命が危ないのです。あまり時間もありません!」
声は既にかれていた。
しかし、フィリオは頑としてその場を動くつもりはなかった。
話を聞いてもらい、方法を教えてもらうまでは――。
「いい加減にしてください」
怒りの形相で現れたのは、フィリオの母親くらいの年齢の巫女であった。
「聖獣ユニコーンは男性の前には姿を現しません」
「待ってください!」
きっぱりと言い放ち、扉を閉めようとした巫女を、フィリオは精一杯の声で呼び止めた。
「男性でも姿を見た者はいると聞いています」
「……稀に、そういうこともあるかもしれません。しかし、人に求められて姿を現されることはありません」
「でしたら、お会いできなくても構いません」
フィリオは深く頭を下げて、頼み込む。
「私の友人の生死が係っているんです。お願いします! どうかユニコーンと会話をする機会をください!」
この神殿の巫女達は、聖獣ユニコーンの声を聞くことが出来ると聞き、フィリオは縋る思いでやってきたのだ。
フィリオの言葉に、巫女は深いため息をついた。
「あなたは、どれだけ聖獣ユニコーンを崇めていますか。この神殿を訪れたのも初めてでしょう? 苦しい時にだけ、助けて欲しいなんて、身勝手だとは思いませんか? 聖獣ユニコーンは、このユニコーン地域を守護してくださっています。守護下で生まれ、育った人々はあなた一人ではありません。あなたの願いを聞くということは、その者達全ての願いも同じように聞かねばなりません。それは、不可能というもの。特別はないのです」
その言葉に、フィリオは一瞬言葉を失った。
自分はともかく、キャトルは……異世界の子であるかもしれない。聖獣ユニコーンが守るべき対象でさえないのかもしれないのだ。
それでも……。それでも、どうしても引き下がるわけにはいかなかった。
「確かに、私達には計り知れませんが、聖獣ユニコーンは、このユニコーン地域を守ってくださっています。ですが、この地域は今、隣国アセシナート公国に侵略されようとしています。アセシナートが侵攻を始め、聖獣ユニコーンの守るべき人々が危険にさらされた時には、私も命を賭して戦います」
強い決意を込めて、フィリオは言った。
聖獣ユニコーンはこの地域を守護しているかもしれない。
しかし、ここに生きている自分達もまた、この地域を守っているのだ。大切な人々を。
巫女の表情が揺れた。だが、彼女を首を左右に振ったのだった。
「それでも、神殿に男性を入れるわけにはいきません」
「お待ち下さい! どうか、お願いです!」
扉の奥に消えようとする巫女に、フィリオが手を伸ばしたその時だった。
「姉様」
フィリオの後ろから、声が発せられた。
振り向けば、会話をしていた巫女と同じ格好の女性がこちらに歩いてくる。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい」
巫女の顔が、少しだけほころんだ。
「姉様、この方ですが……」
「ああ、いつもの冒険者です。気にすることはありません」
「いえ、そうではありません」
若い巫女が、フィリオの服に目を止めた。
「この方の服には見覚えがあります。……恐らく、聖都の自警団」
その言葉に、フィリオは頷いた。
若い巫女はフィリオに微笑み、姉の方を見た。
「聖都の人々を守ってくださってる方ですよ。信者ではないかもしれませんが、私達が崇める聖獣ユニコーンの力になってくださっている方です。彼には、チャンスがあるのではありませんか?」
年上の巫女は、フィリオに戸惑いの目を向けた。
フィリオは足を折り、頭を下げてもう一度嘆願する。
「どうか、お願いします。聖獣ユニコーンと会話をさせてください」
2人の巫女は顔をあわせた後、しばらく考えこんだ。
フィリオはその間、動かず頭を下げ続けた。
「一角獣の窟はご存知ですか?」
声を発したのは、若い方の巫女だった。
フィリオは顔を上げる。
「はい。以前行きましたが、ユニコーンの姿を見ることは出来ませんでした」
フィリオの言葉にこくりと頷いて、若い方の巫女は姉を見た。
年上の巫女はため息を漏らしながら、仕方なさそうに頷いてみせる。
「聖獣ユニコーンが人と化し、休息に現れる日をお教えいたします」
「本当ですか!?」
若い巫女の言葉に、フィリオは思わず立ち上がった。
「私からも、聖獣ユニコーンに話しておきますが、願いを叶えてくれるとは限りません。叶えてくれたとしても、聖獣ユニコーンの助力を得られるのは、一生に一度とお考え下さい」
「わかりました」
フィリオがそう答えると、若い巫女はフィリオに近付いて、聖獣ユニコーンが洞窟に現れる日時を囁いた。
頷いた後、フィリオは再び深く、頭を下げた。
「ありがとうございます」
「あなた方に幸があらんことを」
そう言ったのは、年上の方の巫女であった。
「ありがとうございます」
もう一度フィリオは言い、巫女達が神殿へ消えるまでの間、ずっと頭を下げていた。
* * * *
一旦フィリオは聖都に戻り、キャトルの元を訪れた。
キャトルはファムル・ディートから定期的に栄養剤や回復薬を貰っているらしく、元気そうな笑顔を見せてきた。
抜け出して行った冬祭りがとても楽しかったらしく、一部始終をフィリオに語るのだった。
「次のお祭りは、フィリオとも一緒に行けたらいいな」
キャトルの言葉に微笑みを返しながら、フィリオは考えていた。
彼女に自己回復能力は殆どなさそうだ。
しかし、体力の回復は定期的な薬の投与でも、可能と思われる。他にも方法はあるだろう。
聖獣ユニコーンの力を頼るべきか。
一度限りの願いを――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【NPC】
キャトル・ヴァン・ディズヌフ
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸です。
月の紋章後日談にご参加いただきありがとうございます。
願いが聞き届けられたのは、フィリオさんのお人柄故と思われます。
よろしければ、引き続きご参加いただければ幸いです。
本日更新予定の個室「月夜見」もご覧いくださいませ。
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