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■【妖撃社・日本支部 ―松―】■

ともやいずみ
【7416】【柳・宗真】【退魔師・ドールマスター・人形師】
「奇妙で奇怪な事件に巻き込まれている、人外の存在に脅かされている、そんな方……ようこそ「妖撃社」へ。
 我が社は誠心誠意・真心を込めてあなた様のお悩みにお応えいたします。
 どんな小さなことでも気軽にご相談ください。電話番号は0120−XXX−XXXまで。
 専門家たちがあなたの助けになること、間違いありません」

 コンクリートの四階建て。一階ではなく、二階に事務所が存在する。
 その二階のドアを開けて入ると、支部長である葦原双羽が言った。
「ちょうどいいところに来たわね。早速だけど、仕事の依頼があるわ。行くならそのように段取りするけど、どうする?」

【妖撃社・日本支部 ―松―】



 夜に出る虹。前回調べたことでわかったこととは、何者かの力の影響だということだけ。
 その何者かは、ここで人を殺している。埋まっていた遺体は4つ。どれもバラバラ。原型を留めている部分が少なかった。
 恐るべき力。死体はそれほど腐敗していない。虹が出始めたのは一週間ほど前。目撃されたのが、ということになるが。
 なぜあの山なのか。どうしてあの場所なのか。確かにそれほど人目にはつかないだろう。夜中になると、付近を通る車も少なくなるに違いない。
 誰かにとって特別な場所か、もしくは偶然選ばれたのか。
「あぁ……虹が」
 夜中だというのに、くっきりと出ている。気持ち悪いほどに、鮮やかに。
 こんなに暗ければ見えないはずだ。だが見えている。その異常さに宗真は不愉快さを感じた。
 山が戦いの場になるということは、木が邪魔で糸は使えないだろう。車道が近くにあるので、人形に仕込んだ火薬も使えない。
(足場も悪い……。ですが、悪条件で仕事を果たすのも、評価に繋がりますよね)
 車道から山を眺める。そして、横に立つ遠逆未星に視線を遣った。双羽がつけてくれた補佐だ。
「今日はよろしくお願いします、遠逆さん」
「…………」
 怖いくらいの美人の彼女はこちらを見てきただけ。もしかして、無口な人なのだろうか?
「ところで遠逆さんの能力って、どんなのですか? こちらでサポートできたらしますよ」
 そう気軽に話しかけるが、未星は黙ったままだ。上着のポケットに両手を突っ込み、虹を凝視している。
 宗真は山へと視線を戻し、内心で溜息をついた。全員と仲良くなれるとは思ってはいないが、無言というのはちょっと……。
(支部長に聞いておけばよかったですね……。かなりすごい人っていうのだけは、聞いたんですけど)
 妖撃社の正社員ではないが、わざわざ凄腕の退魔一門から借りている人材だという。戦闘能力、調査能力、全てにおいて妖撃社の正社員よりも上回っているそうだ。
「では行きましょうか、遠逆さん」
 そう言う宗真の横に、未星はいなかった。あれ? っと宗真がきょろきょろ見回す。未星はさっさと山に向けて歩き出していた。
 車の通っていない車道の真ん中で足を止め、彼女は振り向く。
「さっさと来なさいよ、グズ」
 薄ら笑いを浮かべる絶世の美少女は、すぐに笑みを消した。不気味だ。
「ナンチャッテ」
「……へ?」
 彼女は山に踏み込んだ。ガードレールを軽く飛び越えて。
 唖然としていた宗真は肩をすくめる。
(……変な人)



 空に虹が。
「……綺麗……」
 太陽の下よりも、月の下のほうが綺麗。美しい。
 掘らないと掘らないと掘らないと。埋めないと埋めないと埋めないと。
「遅かったですね」
 そう声がかかって、顔をあげた。
 男が立っている。見た感じ、優男のようだ。黒髪に黒目。闇の中に溶け込むような男だ。
「待ってましたよ、必ずここに来ると思っていましたので」
 ……誰だこいつは。ここで何してる?
 ……まさか、気づかれた? ここに……。
「少し聞きたいんですけど、なぜここに埋めたんですか?」
「…………」
「なぜ人を殺したんですか? あなただって――――人間じゃないですか」
「…………」
 理由を聞いてくる男を自分は凝視していた。なんだ……弱そう。倒せそう。殺せそう。
 ゆっくりと、前屈みになっていた自分は、体を起こす。
「虹が」
「虹?」
「綺麗、でしょう?」
 男は顔をあげ、空を見る。そしてこちらに視線を戻した。
「あれが? あれは虹なんかじゃないでしょう?」
「…………」
 油断ならない。戦うか。倒せそうだ。殺せそうだ。
 だってここは夢の中。なんでもできる。なんでもだ。目が覚めればきっと全て終わっている。
 今までだってそうだった。自分の嫌いな相手が全て消えてくれていた。目覚めれば忘れる。いつも通りに。忘れるんだ。



 未星は現場を見回し、それから宗真に言う。
「おそらく相手は霊体だわ」
「霊体? 幽霊ということですか? でも、実体化していなければ触ることができないでしょう?」
 殺しはできないはずだ。
 ゆっくりと彼女は死体が埋まっていた地を指差す。ここが検証されるために封鎖されていないのは、妖撃社が裏から手を回しているからだ。二日以内に片付けなければならないという制約がついている。
「シンは微細な臭いも嗅ぎ取るから、死体に気づいたんでしょうね。殺人はここでは行われていない。霊がいないのはそのせいね。
 推測だけど……」
 未星の話を聞いて、宗真は青ざめた。
「……可能なんですか、それが」
 だが、可能だと考えなければ成り立たない。
「本人は、おそらく自覚していない」
 はっきりと言う未星に、宗真は勘付く。
「――まさか……気づいてないんですか?」
 もしくは、認められないのか、その現実が。



「逃げられませんよ。僕の『切蜘蛛』からはね」
 宗真の背後から音もなく男が現れる。いや、人形だ。腕の数は六。能面そのもののような白い顔。関節の多い腕は、蜘蛛を連想させるようだった。
 女はわずかに背後に動き、それから跳躍してそこから離れようとする。だが動きが空中で止まった。
「逃げられないと言ったはずですが。この付近一帯には、切蜘蛛のために糸を張り巡らさせてもらいました。山全体には遠逆さんの結界も張ってありますよ」
 しかもその糸には未星から、霊に対する能力も追加された状態だ。凄腕というだけあって、未星は様々なことができるらしい。霊である彼女の姿をこうもはっきり見ることができるのも、未星のおかげだ。
 蜘蛛の糸に絡め取られた餌のような状態で、女はもがく。
 張り巡らせた糸を伝い、切蜘蛛は女に向かって移動する。女はそれに気づいて悲鳴をあげた。
「なに! なんなのよ! あたしが何したって言うのよ! これは夢なんだからあ!」
「……夢なんかじゃ、ないんです」
 近づいた切蜘蛛が女の喉下に刃を突きつける。腕に隠されていた武器だ。
「今ここで喉を掻っ切れば……あなたは死にます」
「ひっ! な、なんで……!」
「こんな風に」
 女の喉を、切蜘蛛の刃がすらりと走った。冷たい感触に女は声も出ない。
 ゆっくりと赤い線が引かれ、そこから血が流れ始める。女は信じられないという顔で宗真を見た。地上からこちらを見てくる宗真は冷たい瞳だ。
「うそ……ぉ。いや……嫌よ! なんであたしばっかりこんな目に! ひどい! ひどいわ!」
 ひどいひどいと泣き叫ぶ彼女は、そのまま気絶したように動かなくなった。血も止まっている。
 宗真はそこで手を止めない。そのまま切蜘蛛を操り、女の霊体を切り裂いた。血など流れはしない。
「――完了、です」
 霊体がぐず、と崩れて落ちた。
 切蜘蛛が糸を伝ってこちらに降りてくる。クゥの人形に比べれば不恰好なものではあるが、これでも愛着があるのだ。
 操るために付けていた糸を剥がし、切蜘蛛を符の中に戻す。その符をふところに収め、宗真は嘆息した。
 そんな宗真の視線の先、女が立っていた場所には……女が倒れている。そう……宗真が殺したのは霊体のほうだ。
 宗真は空を見上げる。虹はない。やはり。
(……あの霊が問題だっただけなんでしょうけど……)
 視線を倒れている女に戻した。腐敗臭が、徐々に漂ってきた。
「終わったようね」
 草木を掻き分けて未星がこちらにやって来る。彼女は倒れている『死体』に目を遣った。未星に、宗真は話しかける。
「……危険度が高いのは、殺される可能性があったからですよね」
「……もう終わったことよ」
 未星はきびすを返し、山を降り始めた。
 ただ一人残った宗真は憐憫の瞳を死体に向ける。すでに死んでいたのに。それなのに。
(……恐ろしいのはヒトの想い、か)



「度重なる社内でのいじめが原因ってところね。死んでいたのに……すごいわね」
 理解するのが難しいという表情の双羽は、浮かない表情の宗真を見遣る。報告書を提出した彼は、暗い顔だ。
「死因はなんだったんですか、支部長」
「……事故よ」
「事故?」
「そう。階段から落ちて頭を強く打ったの。それだけ」
「それだけ? それだけで、あんなことができるんですか?」
 あの女は、それほど悪い存在ではなかった。殺人は、悪いことではあるが。
「死んでいたから、力の制御もなかったはずだって遠逆さんは言ってたわ。簡単に人をバラバラにする怪力だって出せる。そしてあの山に埋めに行ったのね」
 なんでもないことのように女は過ごしていた。全てが夢だと信じて。
 宗真は目の前で「死」を連想させる刃物を出した。それで切られれば、大抵の人間は傷を負う。傷がついた箇所が致命的ならば……死ぬのだと簡単に連想できるはずだ。
 未星なら、問答無用であの霊を消滅させたはずだ。いくらなんでも……それは、と思う。今は。
(夜の虹なんて……あるはずがない)
 あるはずのないことが起きていた。あの虹はもしかしたら。
(……彼女の、訴えだったのかもしれないなんて考えるのは、都合がいいですかね)
 誰かを殺したいほど憎んでいた。憎んで憎んで、そして果たせなかった。だから死んだ後も、諦めきれなかった。
 報告書を受け取った双羽に、宗真は尋ねる。
「……なぜこの仕事を僕に?」
「……気になっていたでしょ、真相」
「…………」
「それに、あなたならできると私は判断した」
 嬉しい言葉なのに、素直に受け取れない。信用してもらっているということなのに。
 ファイルを閉じた双羽はこちらを見つめてきた。
「よくやってくれました。ご苦労さま」
「お疲れ様……です」
 支部長室から出て、宗真は事務室の窓のほうを見遣る。ブラインドがあるので、外は見えない。
「…………」
「ソーマ! もしかしてフタバに怒られた? 顔色悪いよ大丈夫?」
 いきなり目の前に出てきたシンに後退り、宗真は苦笑いを浮かべる。
「怒られてないですよ。褒められました」
「ウッソー! あたしは怒られてばっかりなのに!」
「柳さんは、シンとは頭の出来が違うんですよ」
 奥のほうからクゥがツッコミを入れてきた。それを聞いたシンが「なにー!」と激怒している。
 ……死んだ彼女にはこんな風に心配してくれる同僚はいなかったのだろう。
(虹はただの虹のほうが、やはり綺麗ですよね)
 宗真は微笑んで、怒るシンをなだめにかかった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7416/柳・宗真(やなぎ・そうま)/男/20/退魔師・ドールマスター・人形師】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、柳様。ライターのともやいずみです。
 前回のお仕事、解決編となります。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。