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■花筐■

雨音響希
【7403】【黒城・凍夜】【何でも屋・暗黒魔術師】
 背後で鈴の音が聞こえたような気がして、振り返る。
 振り返った先は闇に染まった世界で、何者かによって異世界へと連れ込まれてしまったのだと悟る。
 敵意のある者でなければ良いがと願っていると、楽しそうな子供の笑い声が聞こえてきた。
 甲高く細い声は、少女のものだろう。声はだんだんと近付いてきているのに、姿は見えない。
「何処見てるの、氷菓はここよ」
 直ぐ右手で声が上がり、視線を向ければ肩口で黒髪を切りそろえた着物姿の少女が毬を持って立っていた。年齢は外見から判断するに、6歳前後だろうか。
「ようこそ、氷菓の世界へ」
 氷菓 ――― 多分これが彼女の名前なのだろう ――― は屈託のない笑顔を浮かべると、すいと宙を撫ぜた。
 闇の世界に椅子とテーブルが現れ、テーブルの上には真っ白なポットと紅茶が乗せられている。
「あ、何よその目! 氷菓だって紅茶くらい飲むんだからねっ!‥‥‥確かに、氷菓はもう何百年も前の人だけどさ」 
 椅子に座ってと促され、ゆっくりと腰を下ろす。
「どうしてこんなところに来ちゃったのか分からないって顔してるわね。 どうしても何も、貴方が氷菓を呼んだからなんだけど‥‥‥今はこんなこと言っても信じてもらえないと思うから、その質問はナシね。きっと帰るころにはどうして貴方がここに来たのか、そして氷菓が今言った言葉の意味が分かると思うから」
 言われていることの意味は分からないが、頷くより他ない。
「貴方今、困ってることとか悩んでる事があるでしょう? あぁ、もっとも、自分じゃ気づかない人もいるのよ。特に自分と言う存在に対しての悩みとか不安とか、心の奥底の違和感なんてものは普通気づかないものだもの」
 でもね。 そう呟くと、氷菓は漆黒の ――― よく見れば角度によって銀色にも見える ――― 瞳を真っ直ぐに向けた。
「貴方が知っていようが知るまいが、貴方の心の中には何かの塊が沈んでいるの」
 それが大きいものなのか、ほんの些細なものなのかは分からない。けれど、貴方がここに引き寄せられた ――― 貴方が氷菓を呼んだ ――― のには理由があるはずなの。
「氷菓にはね、貴方のその塊をほんの少しだけ軽くしてあげる事が出来るの。自覚していることなら氷菓に話してみて。自覚のないことなら、その塊が何なのか、氷菓が見つけてあげる」
 彼女はそう言うと、いくつか質問を投げてきた。
花筐



 カップを左手で持ち上げ、そっと口をつける。 甘い香りをゆっくり吸い込み、一口飲むと視線を上げた。
 白磁のような肌に、大きな瞳、着ている服は高そうな振袖 ――― 不思議とその振袖の色が何なのか、黒城・凍夜には分からなかった。目にはきちんと色が見えているのだが、頭まで伝わってこないため認識できない。そんな不思議な感じだった。
「じゃぁ、今から幾つか質問をするけれど、良い?」
 氷菓の言葉に軽く頷き、凍夜は椅子に背を預けた。
「好きな色は?」
「黒だ」
「何者にも染まるまいとする頑なな色。すでに染まり終わった色。他者を己の色に染めようとする、強引な色」
 氷菓の振袖の色が、黒に変わる。 先ほどからその色だったのか、それとも刹那の間に変わったのか、はたまた凍夜の頭だけが黒だと判断し、実際に目に見えている色は違う色なのか、分からなかった。
「他人を自分の思うようにしたいと思ったことなどない」
「じゃぁ貴方は、最初の二つの属性なのね」
「さぁな」
「貴方を漢字一文字で表すと?」
「歪。‥‥‥昔はもっとまともだったと思うがな。今はこんなもんだろう」
「随分な字を自分に当てるのね。自虐的ね。‥‥‥貴方、マゾヒスト?」
「自分に正直なだけだ」
「貴方は自分を人に良いように見せようとは思っていないのね。普通、人は他人から見る自分を強く意識する。人の目から見て自分がどう見えるのかを気にするもの」
「俺は自意識過剰じゃない」
「貴方は何かを諦めているかのよう。まるで、自分自身に見切りをつけているみたいだわ」
 まるで抜け殻のよう。かろうじて微かな意識だけで動いている、そんな虚ろな存在のよう。
「どの季節が一番好きかしら?」
「冬だな。静かで落ち着く」
「葉が落ち、皆が眠り、来る春に向けて英気を養う時」
「昔から冬は好きだった。空気が澄んでいて、夜には夜空が綺麗だった」
「過去形で言うのね、貴方。面白いわ」
 クスクスと笑う氷菓の顔は、随分大人びてきている。 見れば身長も伸びており、今の彼女の外見年齢は13歳ほどだった。
 髪の毛も背中の真ん中辺りまで伸びており、あどけなさの残る顔はやや艶っぽい。
「今の貴方は何処にいるのかしら?貴方はまるで、昔の思い出に浸っている老人のよう」
 昔にしか輝ける時代がないと、未来は闇に包まれていると、悲観している人のよう。
「自分の事をどう思っているのかしら?」
「どう‥‥‥か。‥‥‥くだらない存在なのだろう。目的は果たしたはずなのに、今は何のために生きているのか、分からなくなる」
「未来がないのね。それでも貴方は飽きずに生きている。それはどうしてかしら?死ぬのが怖いの?まさかね‥‥‥貴方は死を恐れなさそうだわ。そうね‥‥‥死ぬ機会がないのかしら?自分で自分の人生に幕を下ろすことはしたくない。だから誰か他の人の手を待っている。けれども誰も貴方の幕を下ろしてくれる人はいない」
 生きるのに飽きたのなら、やめれば良い。けれど貴方にはそれが出来ない理由がある。それが何なのか、氷菓には分からないけれどもね。 クスクスと笑う彼女の横顔にははっきりと、知っているけれども言わない方が良いのよね?と言う、意地の悪いメッセージが書かれていた。
「貴方にこの質問をするのが楽しみだわ。なんて言うのか、分かりきっているけれども」
 17、8歳くらいに成長した彼女は腰まで伸びた髪をサラリと背に払うと、口元に残酷な笑みを浮かべた。
「自分の事が、好き?」
「‥‥‥嫌い、だ」
「あら、もっと素早く、キッパリ言ってくれるものと思っていたのに、面白いわ」
 迷いがあるから詰まったのか、それとも自身を否定する事に抵抗があったのか。どちらにせよ、可愛らしい感情だと氷菓は思うわ。
 自分よりも大分年下の少女に上から目線でそう言われ、多少心に芽生えた黒い感情はあったが、凍夜は深く息を吐き出すことでその感情を身体の外へと出した。
「自分の能力の事を、どう思っているの?」
「俺の能力は、壊す事しか出来ない力だ。そこに救いはない」
「破壊は無。貴方はそう思っているのね。破壊の先には何も‥‥‥いいえ、絶望があるのだと、そう思っているのかしら?」
 深く暗い、闇の中で蠢く絶望と言う名の蟲。彼らに捕らえられれば逃げる事は出来ない。
「貴方の能力は、誰のためのものなのかしら?」
「誰のためにもならない。 仕事で人を助ける事はあるが‥‥‥別に人助けが目的で仕事をしたわけじゃない。そう考えると、俺の能力は俺のためのもの」
「そう。能力は貴方のためのもの。貴方の人生において、貴方は主役。貴方以外の人が主役を担うことは許されない。けれど、貴方の人生には他の役者も顔を出す」
 誰とも関わらずに生きていける人はいない。たとえ影の世界に住む人間でも、誰かしらとの接触はしなくてはならない。
「貴方には大切な人がいる?」
「まぁ‥‥‥いるといえばいる」
「また煮え切らない答え。貴方は自分の事をよく知っているようで、拒んでいるかのよう。冷たい印象を与えようとしている。けれども貴方はそれほど冷たくない」
 優しい人ではないのかも知れない。けれど、貴方は決して冷たい人ではない。
 凍夜と同じくらいの年齢に見える氷菓は、紅茶を一口優雅に飲むと、最後の質問をしても良いかしら?と言って首を傾げた。
「貴方に、帰る場所はある?」
 重々しく紡がれた言葉は、穏やかな彼女の笑顔とは反しているように見えた。
「‥‥‥ない。家はあるが‥‥‥そういう意味で聞いたんじゃないんだろう?」
「どういう意味で聞いたのか、そんなことを気にする必要はないの。貴方は自分の思った事を素直に言ってくれれば良いだけ。氷菓の考えを読もうとする必要はないの」
 にっこり ――― 氷菓は微笑むと、凍夜に両手を差し出した。
「今から貴方を、古に連れて行きます。そこで何を見て、何を感じ、何を考えるのか、それは全て貴方次第です」
 細く冷たい手に両手を乗せた瞬間、ふわりと体が宙に浮き上がり、急降下した ―――――



 ふわりと風が凍夜の顔を撫ぜ、目を開ければ眼下には立派な城が見えた。
「これは‥‥‥?」
「1590年ごろ」
 隣で気持ち良さそうに風を受け、クスクスと笑っていた氷菓の指先が城に向けられる。
「彼は、とても面白い人」
 氷菓がそう呟いた瞬間、一瞬にして上空数百メートルのところから城内に降り立った凍夜は、目の前で繰り広げられる騒動に目を丸くした。
 カンカンに怒っている武士が一人、馬に乗って走り去る恰幅の良い武士が一人、そして取り巻きの人々が数十人。
 怒っている武士はとりあえず上を羽織っただけと言う格好で、隣に立つ氷菓が彼を見てはしきりに笑っている。
「氷菓達には分からないけれど、今はとても寒い時期」
「そうなのか‥‥‥?」
「彼は、騙されて水風呂に入れれた。だから怒っているの」
「‥‥‥どうしてまた‥‥‥」
 そんな子供っぽい真似を? そう続くはずだった凍夜の言葉は、氷菓の悪戯っぽい瞳の前に途切れた。
「自由になるために」
「‥‥‥それで、今の光景を俺に見せて、結局おまえは何が言いたかったんだ?」
「何も言いたいことはない。 あの光景を見て、何を感じるのかは貴方の自由。 氷菓は最初に言ったはずよ。そこで何を見て、何を感じ、何を考えるのか、それは全て貴方次第だって」
 氷菓の冷たい両手が凍夜の手を包み、ふわりと体が浮き上がると急降下した ―――――



 温かな紅茶の香りが全身を包み、凍夜は目を開けると目の前に座る少女 ――― 最初に会ったときと同じくらいの外見年齢になっている ―― に目を向けた。
 銀色の瞳はどこまでも深く、感情は読み取れない。
「私が思うに、貴方は悲しい人。過去に住んでいる貴方は、今の自分を好いてはいない。未来を悲観しているかのよう。 それでも、貴方は自分に微かな期待を持っている」
 そうでなければ、貴方が質問に度々詰まる理由が分からない。 自分を嫌いだと、声高に言うことは出来ない。それは、まだ自分に希望を持っているからではないのかしら?
「深い闇の色が好きな貴方は、歪と言う字を自分に当てた。寒く凍えるような冬を愛する貴方は、自分をくだらない存在だと切り捨てた。まるで、自分を他人のように扱っているのね」
 貴方と言う入れ物と貴方と言う精神を、遠くから眺めているかのよう。
「貴方は自分自身の事が嫌いだと言った。それでも、貴方は貴方から逃れられはしない。‥‥‥貴方は、貴方以外の誰にもなれはしないのだから‥‥‥」
「‥‥‥分かっている」
「貴方は、自分自身ときちんと向き合っている?自分に嘘はついていない? 貴方と言う人と話していると、何故かとても疑問に思う。 貴方は一体何なのか、貴方がどうして今生きているのか、とても疑問に思う」
「俺も‥‥‥どうして自分が生きているのか、不思議に思っている」
「貴方は何のために生きているのか分からないと言った。 貴方は、何かのために生きなくてはならないという脅迫概念を持っているのかしら? 貴方は、何のためでもなく生きるという事を知らないの?」
「それは、生きている事になるのか?」
「生きていると言うことは、自分自身のためのこと。けれど、貴方は自分が嫌い。‥‥‥でも、いくら自分が嫌いでも、貴方は自分のために食事をしなくてはならない。 自分が嫌いな貴方にとって、それはどれだけの苦痛なのかしら?それとも、当たり前のこと過ぎて苦痛には思っていないの?」
 “嫌い”と言うのは、それだけの意志の強さがある言葉のはず。 詰まりながらでも、自分の事を嫌いだと言い切った貴方は、その嫌いな人のために色々な事をしなくてはならない。
「‥‥‥それは、とても不幸な生き方だと思うの。 自分の好きなところが、貴方には見つからない?‥‥‥氷菓は、貴方は素敵なところも持っていると思うわ。でも、貴方に言ったりはしない。自分の好きなところは、自分で見つけるべきだと思うから」
 氷菓がすいと宙を撫ぜれば、ピンク色の可愛らしい小花をいっぱいに腕に抱いた花筐が現れた。
「この花はエリカ」
「エリカ?」
 凍夜の手に花筐が渡された瞬間、エリカが輝きだした。
 輝く白い光りは周囲の全ての景色を溶かし、世界が真っ白に染められる。
「エリカの花言葉は、孤独」
 あなたにぴったりの花でしょう? 氷菓のそんな声を最後に、凍夜はこの不思議な世界から弾き飛ばされた。



 はっと顔を上げれば、見慣れた室内が目に飛び込んできて、凍夜は深い溜息をつくと髪を掻きあげた。
 ――― どうやら夢を見ていたようだ
 不思議な夢だったと思い出す凍夜の視界の端に、エリカがいっぱいに入った花筐が映った ―――――



END


◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 7403 / 黒城・凍夜 / 男性 / 23歳 / 退魔師 / 殺し屋 / 魔術師


◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

凍夜さんの性格や質問の答えをじっくりと考えた結果、このようなお話にいたしました
かなり氷菓が嫌な性格になっていますが‥‥
普段の凍夜さんとは違う一面が描けていればなと思います
この度はご参加いただきましてまことに有難う御座いましたー!