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■特攻姫〜寂しい夜には〜■

笠城夢斗
【7038】【夜神・潤】【禁忌の存在】
 月は夜だけのもの? そんなわけがない。
 昼間は見えないだけ。本当は、ちゃんとそこにある。
「……せめて夜だけだったなら、こんなにも長い時間こんな思いをせずに済むのに……」
 ベッドにふせって、窓から見上げる空。
 たまに昼間にも見える月だが――今日は見えない。

 新月。

 その日が来るたび、葛織紫鶴[くずおり・しづる]は力を奪われる。
 月がない日は舞うことができない。剣舞士一族の不思議な体質だった。
 全身から力を吸い取られたかのような脱力感で一日、ベッドの中にいる……

「……寂しいんだ」
 苦しい、ではなく――ただ、寂しい。
 ただでさえ人の少ないこの別荘で、部屋にこもるということ。メイドたちは、新月の日の「姫」に近づくことが「姫」にとって迷惑だと一族に教え込まれている。
 分かってくれない。本当は、誰かにそばにいて欲しいのに。
「竜矢[りゅうし]……?」
 たったひとりだけ、彼女の気持ちを知っていて新月でもそばにいてくれる世話役の名をつぶやく。
 なぜ、今この場にいてくれないのだろう?
 そう思っていたら――ふいに、ドアがノックされた。
「姫。入りますよ」
 竜矢の声だ。安堵するより先に紫鶴は不思議に思った。
 ドアの向こうに感じる気配が、竜矢ひとりのものではない。
 ――ドアがそっと開かれて、竜矢がやわらかな笑みとともに顔をのぞかせる。
「姫」
「竜矢……どこに行って」
「それよりも、嬉しいお客様ですよ。姫とお話をしてくれるそうです」
 ぼんやりと疑問符を浮かべる紫鶴の様子にはお構いなしに、竜矢は『客』を招きいれた――
特攻姫〜寂しい夜には〜

 今宵も新月。
 葛織紫鶴[くずおり・しづる]にとっては、苦しみしかない夜。
 月に左右される葛織家の人間にとっては、月のない夜は生命力そのものがなくなってしまうようなものだった。

 紫鶴は待つ。この寂しさを癒してくれる人間を。
 生まれてすぐに別荘へと閉じ込められて育った彼女は、人一倍人に会うことが好きだ。
 たとえそれが異形の存在であっても。
 出会えて、話が出来ることが嬉しいから。

 ■■■ ■■■

 紫鶴の世話役、如月竜矢[きさらぎ・りゅうし]は今夜も一人の青年を連れて紫鶴の寝室のドアをノックした。
「姫。入りますよ」
 そうして彼に導かれ、弱った少女のベッドの横に立ったのは、くせのある黒髪に、黒い瞳が鋭い青年だった。
 しかしその黒い瞳も、今日は優しく少女を見下ろして。
「椅子をどうぞ」
 竜矢が椅子を持ってくる。
「ありがとうございます」
 と青年は礼を言って、紫鶴の寝ているベッドの横に置かれた椅子に座った。
 紫鶴は、今はおぼろげな色違いの瞳を微笑ませて、枯れた声を出した。
「はじめ……まして。私、は、くずおり、しづ……る」
 青年は柔らかく微笑んだ。
「初めまして、夜神潤です。テレビとかで見たことないかな?」
「うん……」
 紫鶴はどこか嬉しそうに潤の顔を見上げる。
「ええと……音楽、番組で、見た……」
「うん、一応アイドルって呼ばれてるからね」
 潤は優しく笑う。
 紫鶴は身じろぎする。青年は押しとどめた。
「大丈夫、体? 横になってていいよ」
「だいじょうぶ……もう、慣れている、から」
「無理しないで」
「ありがとう……」
 少女の弱々しい声は、小さな植物さえも揺らすことができなさそうだ。
 潤は痛ましげに13歳の娘を見下ろした。
「ええと、色々話を聞きたいんだよね、紫鶴さん――いや、親しみをこめさせてもらおうかな紫鶴」
「構わない」
 少女は唇を柔らかく笑みの形にする。
 竜矢から依頼されたことは、新月の夜の紫鶴の慰めに、色々と話し相手になること。もっとも今の紫鶴は反応に乏しいに違いないから、一方的に話をすることになるだろう。
 潤は噂で、この小さな姫のことを知っていた。
 彼はいつになく優しげな声で、少女に語りかけ始めた。
「俺は仕事柄、演劇とかに関わるんだけどね。個人的にも好きなんだ。演劇……は、観たこと、ないのかな?」
「演劇……舞台?」
「そう」
 ない……とか細い声が返ってくる。
「そう、いうのが、あるとは聞いてる……けれど。私は……外に、出られない……から」
「……そうか。舞台の様子をテレビでやっていたりもするんだけれどな」
 紫鶴が何かを言おうとして口をぱくぱくさせる。声になっていない。
 横から竜矢が、
「今の家庭教師が厳しいんです。あまりテレビは観させてもらえないので」
「そうなんですか? じゃあ俺のことを知っていたのはすごいことですね」
「今の家庭教師が来る前は、一番の娯楽でしたからね、テレビは。姫はバラエティと音楽番組が好きだったんですよ」
 なるほど、と潤はうなずいた。潤は歌も歌うので、音楽番組にもよく出る。
「じゃあ演劇の話をしようか。演劇を間近で観るとすごい迫力だよ。何しろ役者さんが演じているのが目の前で見える、その声の大きさ、迫力」
「――観て、みたい」
「うん、いつか観られるといいね。演劇ではオーバーアクションが基本だけど、それは遠くから見ている人にも観えるようにするためで――」
 うーん、と潤はあごに手をやった。
「どんな演劇を紹介しようかな。この間俺がやった演劇は時代ものだった」
「……えど?」
「はは、紫鶴は江戸時代が好きなのかい?」
 すぐに江戸という言葉を出した紫鶴に、潤は笑う。「残念、鎌倉時代だった」
「かまくらか……」
 かまくら、かまくら、と紫鶴は意味もなく言葉を繰り返す。どんな時代だったか思い出そうとしているのかもしれない。
「俺は源義経の役」
「あ……頼朝の弟」
「そう。悲劇のヒーローだね」
 解釈は色々あるだろうが、とりあえずそういう言い方が女の子にはうけるだろうと考え、そう言ってみる。
「俺が一番好きなシーンはやっぱりあそこだな。弁慶と出会うシーン。もっともあれは作り話だと言われているけれど」
「作り話、なのか?」
「ああ、出会いのシーンを知っているのかい?」
 紫鶴は小さくこくんとうなずく。
「うしわかまる……」
「そうだね」
 潤は微笑んだ。
「義経は戦いのシーンが多くてね。殺陣って言うんだけど。それの訓練が大変なんだ。あれ、本当に当たると痛いんだよ。斬られ役の人も一苦労なんだ」
「そう……なのか……?」
「そう、斬る側がうまくないとね。本当に斬られ役の人に恨まれる」
 ははっと笑うと、紫鶴は少しだけ悲しそうな顔をした。
「斬られ……役……」
「ん? どうしたんだい?」
 奇妙な反応だと思い、顔をのぞきこんでみる。紫鶴は目を伏せた。長い睫毛がフェアリーアイズに影を落とす。
「人を斬る……斬られる……過去の、日本……当たり前、に、あった……んだ、な……」
 ささやかな吐息。
 潤は目を細める。
「今、人間は『魔』を相手に同じことをやっているよ」
 びくり、と紫鶴は身震いした。
「紫鶴……剣舞士だったっけ」
 何気なく、それを話題にのせた。本当は一番気になっていたこと。
「魔寄せの剣舞、だったっけ」
「……ん……」
 呼吸と変わらないほど小さな声が返ってきた。
「……魔を寄せることに、拒絶感はないのかな」
 潤は気になっていた。
 この少女は時折、魔寄せの剣舞を舞うことで魔をわざと呼び寄せ、退魔士たちの訓練の手伝いをしているという。
 潤は、そんなことで呼び出された魔たちを哀れに思う。
 だから、そんなことをしている紫鶴が本当は――
「寄せたくなんかない……!」
 突然大声が飛び出した。
 潤は驚いた。「姫」と竜矢が紫鶴の肩に手を乗せる。
 紫鶴は苦しそうな顔をしていた。
「魔を、寄せたく、なんか、ない。普通に剣舞を舞っていたい。なのに、なのに」
「紫鶴……」
「……私は、この力を使って、退魔士の人々の訓練になるように……」
 身じろぎして、手を持ち上げる。重たそうに。彼女自身の体なのに、まったく違うものを持ち上げるかのように。
「……魔たちは、私の剣舞が好きなのだという……」
「好き……?」
 潤は聞きとがめた。
 魔が、剣舞を好む?
「魔を魅了する剣舞だから、魔が寄ってくるのだと、いう……その寄ってきた魔たちを、私は……殺す」
 色違いの瞳がさらにうつろになった。
「……残酷な、仕打ち、だ……」
「………」
 自覚しているのか。
 自覚していて、やっているのか。
「……いやなら、やらなければいいんだよ、紫鶴」
 そう言うと、紫鶴はのどを鳴らした。
「私の、とりえは、剣舞だけだ。他に……人の、役に、立つ方法を、知らない」
「そんなことはないはずだ。とりえがないなんて思わなくていいんだよ。そうでしょう如月さん」
 潤は世話役の青年に声をかける。
 竜矢はあいまいにうなずいた。
「如月さん?」
「……姫に、剣舞で退魔士の人々の役に立ちましょうと進言したのは私なので……」
 彼は気まずそうに頬をかいた。
「竜矢、お前のせいじゃない。私、が、選んだんだ」
 小さな姫は必死にかばう。
「姫……」
「寄せた魔に、殺されかけたこともあったな。当然だ」
 紫鶴はつぶやく。
 それから、なぜかほんの少し微笑んだ。
「逆に寄せた魔と、仲良くなったこともあったな……」
 潤は目を見開く。そんなことがありえるのか?
「あのな、潤殿……」
 少女は双眸を細めて潤に向けた。
 その幼さを残す胸にそっと自分の手を当てて。
「――私の、この体にも。魔の血が流れて、いる、らしい」
「―――!」
「私は、同族殺しだ」
 そう言って微笑んだ少女の顔は、儚くて切なくて。
 潤の胸をもしめつけた。
「同族殺し、だ……」
 再度つぶやいて。
 ふ……と寂しいため息。
 ころころと転がる重い何かが、彼女の心に巣くっている。
 それでもなお、彼女を魔寄せの剣舞に駆り立てるものは何なのか、潤には分からない。分からないけれど……
 潤は、少女の額に手を乗せた。
 優しく、手を乗せた。
「……紫鶴が優しいのは、分かるよ」
「……優しかったら、こんなことはしていない……」
「そんなことはない」
 そんなことはない。繰り返す。
「オペラの話をしよう。オペラは悲劇を歌うものが多い」
「オペラ……」
「分かる?」
「……少し」
「なぜだろうね、オペラは悲劇が多いんだよ。愛と憎しみ、果てには悲劇。人間とはそういうものだと言いたげに」
 潤は囁くように告げる。
「ギリシアの話なんかはほとんど悲劇だ。――分かるかい?」
「い、イリアス……オデュッセイア……」
「よく知ってるね。そう、悲劇ばかりだ」
 言っていて、自分でも不思議になってくる。
 なぜだろう、悲劇ばかりを。そうしてオペラ歌手たちは何を思うのだろう?
「……悲劇に、なりたくないよね」
「ん……」
 紫鶴は額に乗せられた手が心地いいのか、優しい顔をしていた。
「紫鶴は悲劇ばかりを生んできたわけじゃないんだね」
 潤はつぶやく。
「……分からない」
 返事はぽつりと。
 潤は微笑んだ。
 なんてか弱くて、頼りなくて、……優しい姫だろう。
 オペラに出てくる姫とはこういうものだろうか。
「私は魔たちのために……何か、して、やれる、かな……」
 苦しそうな声のまま、紫鶴は言った。
 そうだね、と潤はゆっくりと言葉を紡いだ。
「できることなら、呼び出した魔を決して忘れず……愛してやってほしい。無益な殺生は、やっぱりいやなものだよ」
「………」
 少女の顔が泣きそうに歪んだ。彼女の胸の傷に触れた――
 しかし、潤が伝えたかったことはこれだから。
 ――傍らにいる世話役も、何も言わない。
 彼が進めたという魔寄せによる仕事。
 潤はちらっと彼を見た。本当は彼の方が、心の痛みを負っているのかも、しれない。
「オペラの悲劇の女性たちのように」
 語り続ける。彼は、少女のために。
「泣いたりしなくていいように……紫鶴」
 小さな姫。どうかそうならないで。
 醜い人間の片鱗ばかりを見ないで。そして魔にも心を寄せて。
 その体に魔の血が流れているというのなら、なおさら。

 少女が泣くことはなかった。
 口を開かない彼女の向こう。窓。
 月のない夜。
 ――心のない夜。
 紫鶴は夜空へ心を置いたまま。

「もっと話をしようか。俺がやった他の舞台。そうだな、新撰組もやったかな――」

 潤は夜空から、小さな姫へと視線を移した。
 彼女の心が夜空を飛んでいるのなら、自分はそれを目で追って、ささやかな微笑みを得よう。
 きっと流れ星のように、とてもとても美しいだろうから。


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7038/夜神・潤/男/200歳/禁忌の存在】

【NPC/葛織・紫鶴/女/13歳/剣舞士】
【NPC/如月・竜矢/男/25歳/鎖縛師】

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■         ライター通信          ■
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夜神潤様
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびはゲームノベルへのご参加ありがとうございました。
他のオープニングも見てくださったようで……紫鶴への本質的なお話、緊張して書かせて頂きました。ご満足いただけたでしょうか。
どのように映るか不安です(笑)
よろしければまたお会いできますよう……