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■第2幕:狂乱のアメジスト■

川岸満里亜
【6029】【広瀬・ファイリア】【家事手伝い(トラブルメーカー)】
●酒場ルーティル
「まあなんだ。面倒だから、殺すつもりはない。しかし、お前等は異世界から来たんだろ? 帰る手段があるんなら、帰れ。ねえっつーんなら、しばらく牢にでも閉じ込めておくが……その後は商品として売らせてもらうとするか」
 酒場のマスターが浅く笑った。
「なんにせよ、状況が整うまでは、大人しくしていてもらうぜ」
 マスターが目で合図をすると、客の中の数人が立ち上がり、こちらへ向ってきた。

●拠点
 防音装置が施されている部屋に、僅かな震動が響いていた。
「失敗したのかしら?」
 女は顔をドアに向けた。
「殺さなくてもあのフリアルが、単独で復活の法を行なうとは思えないけれど」
 皇族男性を復活させるとなると、多くの犠牲を伴う。
 フリアルは甘い男であった。
 しかし、別の人間として生まれ変わった今もまた、優しく甘い考えの持ち主とは限らない。
 更に、彼らが連れて来た女性達。
 ――女により、男は狂わされる。
 今、自分が隣国の王を陥れようとしているように。
「やっぱり、兄妹全員そろった方がいいわよね? ジザス」
 女は手の中の透明な箱に向って問いかける。妖しい笑みを浮かべながら。

「兄が見た映像と言葉が、流れてきました」
 血を吐くような声だった。
「元凶は、ルクルシー姉さんです」
 苦しげに、時雨は言葉を続けていく。
「自分のすべきことが、決まりました」
 息をついて、間を空け……拳に力を入れて、言い切った。
「姉を殺して、父の力を奪います」
 時雨はドアに手をかけた。
 この先には、魔族がいるだろう。
「姉は、父を殺してその力を自分のものにしました。国の殆どの者は力に従っているだけにすぎません。私が力を得れば、今、敵である者の大半は敵ではなくなるでしょう。……方法は2つ。一旦、この建物から逃げて作戦を練るか――何も知らず、姉に従う振りをして、チャンスを窺うか。そして、更に現実的ではない案が1つ。このまま姉の元に向い、全力を持って姉を倒すか。私は……そうしたいッ」
 時雨は震えていた。
 それは、無論寒さのせいではない。
 溢れ出す感情を、必死に抑えているのだろう。
『第2幕:狂乱のアメジスト』

●力による支配
「……わかりました」
 怯える広瀬・ファイリアを背に庇いながら、蒼王・翼は目の前の男、酒場ルーティルのマスターに、静かに言った。
「抵抗はしません。帰る方法もなくはないので、見逃していただけたら幸いです」
 その言葉に、マスターは声を上げて笑った。
 客の間からも、笑い声が上がる。
「ですが、このまま帰っては寝覚めが悪いので、少し聞かせてはいただけませんか? この世界のことを」
「知ってどうする?」
 マスターの問いに、翼は微笑んだ。
「興味本位です。あのジザスという男に雇われて、留学気分で来ただけですので」
「答える必要はねぇな」
 間髪いれず、翼は言葉を続ける。
「ですが、僕達のような輩が同じようにこの世界に現れたら邪魔でしょう? 故郷に帰ったら、この世界の状況を伝え、訪れようとしている人々を止めてみせますよ。それに、情報交換にもなるのでは? 仮にも僕達は皇子と数日を共にしました。あなた方が知らない事を知っているかもしれません」
「なるほど」
 マスターは笑みを浮かべたまま、言葉を続ける。
「今、ここバルツ帝国は内乱状態にあるといっていい。しかし、皇族の力に逆らう馬鹿な魔族は存在しねぇ。俺達魔族は皇族の力を持った人物の命令に従うまでだ。国が乱れているのは、皇族同士の争いの所為。俺等は手っ取り早く内乱を収める側の命令に従っている」
「僕達の状況から察するに、その人物とは……ジザス皇子の姉、ルクルシー皇女でしょうか? 自分達はジザス皇子の妻が反乱を起こしたと聞いているのですが。ジザス皇子の兄弟全てと、妹のミレーゼは彼女の策略により殺されたのではないのですか?」
「このヘンのことは、俺達はわかんねぇよ。少なくとも、皇女は魔族を越える力を有している。そして、耄碌していた皇帝は死んだという。ジザス皇子の妻のことは知らんが、息子はルクルシー皇女が養子にするって話だ。ルクルシー皇女は女性ではあるが、どういったわけか皇族の力を持っている。つまり、王位継承権第一位に値する。ジザス皇子とフリアル皇子以外の皇族の魂は利用されないために確保しているらしい。――まあ、これ以上ややこしくする存在は廃除すべきと、俺等は考えている。面倒だからな」
 要するに、ここに集まった面子は、国の安定などは考えてはいない。
 力に従い、面倒なことを手っ取り早く終わらせる為に動いているだけだ。
「では、あなた方は、この国が他国に支配されることをどう思います?」
「それは願い下げだ。お前等のような異世界の住民も快く思っちゃいねぇ。そういう奴等とは戦うだろうよ。俺達はそういったプライドは持っている。俺達が従うのは力を有したバルツ皇家の人間のみだ」
 他国に支配されかねない状況にあることは、理解していないのか……それとも、皇族の力に絶対の信頼を寄せているのか。
「さて、もういいだろう。すぐ帰る手段がないのなら、牢に入れさせてもらうぜ。食事なんかは忘れちまうと思うから、とっとと帰るんだな」
 再び、声を上げて笑いながら、マスターは軽く首を振って、仲間に合図をした。
「柚月先輩と連絡を取りました。向こうは建物内で、皆バラバラになっているようです。皇子2人の状況は不明です」
 アリス・ルシファールが、小声で翼とファイリアに言った。
 途端……。
「ダメです。捕まることはできませんっ!」
 ファイリアが大きな声を発し、首を左右に振った。
 “お兄ちゃん、助けて!”
 震えながら、心の中でそう叫んだ後、窓を見る。
「風さん、ここにいる人たちをどけてほしいです。……お願いです、手伝ってください……っ」
 しかし、風はファイリアの言葉に応じない。
 翼は王宮の状況が判らぬまま、力を使うことの危険性を考え、躊躇する。
 アリスは柚月との交信を続けていた。
「大人しくしてろ!」
 マスターがファイリアを怒鳴りつける。
 ファイリアには何の力もないと、マスターは思っていた。
 しかし……。
 魔族の男の手がファイリアに触れた途端、ファイリアは虚空に魔法陣を描き、こう叫んだ。
「風さん、手伝うですっ!!」
 範囲は消して広くはない。
 しかし、強大な魔力が渦巻き、店を取り囲む風を支配する。
「捕まるわけにはいかないです。まだ帰れません。帰ったら、水菜ちゃんに会えなくなりますっ。ファイは、水菜ちゃんと話をするために来たんですっ」
 強い意志を込めて叫ぶ。
 ファイリアは、この国の行く末を案じてここまで来たのではない。
 ただ、友達のために。
 ゴーレムであった、水菜の魂を追って、この地に来た。
 水菜の気持ちを聞くために。
 水菜の幸せを知るために。
 風が店内に吹き荒れる。
 翼はファイリアの身体に手を回し、もう片方の手で、アリスの腕を掴んだ。
 アリスは翼に頷いてみせ、吹き荒れる風に音を絡ませる。
 小さな小さな歌。
 子守唄のような歌を謳う。
 風と、アリスの奏でる歌の魔術により、店内の魔族達の動きが鈍る。
「風さん、もっと力を貸すですっ!!」
 ファイリアは更に声に力を籠める。途端、朦朧としていた魔族達の身体が飛び、壁へと叩きつけられる。
 翼は叫ぶファイリアと、アリスの腕を引いてその場を突破し、店外へと走り出た。
 もとより、翼も諦めてはいない。
 もう少し探りたくもあったが、長居は無用である。
 自身が所持する悪魔契約書の存在も、気付かれたら厄介だ。
 魔族達が店内より姿を現すより早く、翼はファイリアとアリスに腕を回す。
「空間転移を行なう。アリス、柚月の居場所はわかるな?」
「はい、では、私がコントロールします」
 2人の言葉を聞き、ファイリアは目をぎゅっと閉じた。震える拳を握り締める。
 アリスは柚月の精神エネルギーを辿る。
「待ちやがれッ」
 マスターが店から飛び出し、3人に手を伸ばす。
「翼さん、準備OKです」
 アリスのその言葉と同時に、翼は事象操作能力を発動した。

●敵対
 黒い羽。
 蝙蝠のような羽だ。
 それは、魔族を意味する。
 魔の能力に優れた種族。
 メイドの姿をした魔族は、全部で5人。
(う〜ん、ちょっと迂闊やったなぁ)
 神城・柚月は吐息をついた。
 流れ込んできた言葉“ルクルシーが黒幕だ”――それは、真実だろう。
 言葉の主、ジザス・ブレスデイズが今、どんな状態にあるのかは分からない。
 しかし、ルクルシー・ブレイデイズが黒幕であるのなら。そして、ジザスがルクルシーに与しないのであれば、ルクルシーにとってジザスは用済みだろう。
(いや、協力を申し出たとしても、生かしておく理由はないやろな……)
 考えている間にも、メイド達はゆっくりと歩み寄ってくる。
 ずっと感じていた違和感。
 ルクルシーが黒幕ならば、ある程度納得できる。
 世界を知らないが故に、その世界の倫理を知らず、生きる人々の能力も知らないが故に、知っているものの言葉を信じるより他なく。
 ジザスという人物が、完全にルクルシーに騙されていた為、聞かされていた言葉に疑問を感じつつも、信じざるを得なかった。
(婚約者サマ……情けないというか、不甲斐ないというか。アホやねん)
 全て力で片付けてきた為、策略には弱いのだろう。
 しかし、国を治める立場にあるものが、そうであっては国は成り立たない。
 ルクルシーが治めた方がマシなのではないか? とまで思えてしまう。
(きっちりと教育せなあかんか)
 そう考えながら、柚月は大きなため息をついた。
 だがそれは、ジザスが生きていればの話であり、その望みが薄いことも柚月は理解していた。
「とりあえず、起きてしまったことはしゃーないし、1つ1つ片付けていかんとね」
 瞬間、柚月は構えた。
 即座にメイド達が反応を示す。
 メイドが攻撃を仕掛ける前に、柚月は振り払うように、手を振った。
 途端、光が走った。
 声を上げることもなく、メイド達は一瞬にして意識を失った。
 ブリッツ・シュラーク――雷撃魔法だ。命まで奪うつもりはないので、少し手加減をした。
 魔族とはいえ相手はメイド。全く訓練されていないようだった。
『アリスちゃん、聞こえる?』
 先ほどよりも強く念じ、アリスに言葉を送る。
『はい、…輩』
 すぐにアリスから返事が届く。
『恐らく皇女ルクルシーが元凶や。一人で起こしたことかはわからへん。ジザス皇子は生死不明やけど、時雨は垂と一緒やから持ちこたえてると思う。急いで合流するつもりや』
『……り、ました。こちらは、最悪の状…とはいえ、私達を…ろすつもりは、ないようです』
『それやったら、しばらく大人しくしててええよ』
 話しながら、柚月は部屋のドアを開けた。
 フリアルが連れて行かれた部屋まで少し距離がありそうだ。しかし、ジザスが向った部屋はすぐ側だ。
 ドアの前には魔族の男が2人。柚月に気づくなり、剣を抜いた。
『は…、ですけれど、いざという時には、限定…除申請を……』
『まあ、しゃーないわな。事態が事態やしっ』
 柚月は問答無用で斬りかかってきた男の攻撃を躱し、魔術を打ち込む。
 しかし、鎧か相殺魔術の影響か、魔族の男に殆どダメージを与えない。
『それから、あのネタも使うことになるやろから、そのつもりでな!』
 そう締め括り、アリスとの会話を終わらせると、柚月は目の前の敵に集中した。
 恐らく自分は、彼等にとって殺害対象だ。
 なぜなら、自分はあのジザスの子供を宿している可能性があると見られている。
 配下に下ると言っても、異世界に帰ると言っても、彼等――ルクルシーは柚月を生かしてはおかないだろう。
「あんたらには、手加減の必要はなさそうやね」
 柚月は自分自身に魔術を掛け、身体能力を上げて後方へと飛んだ。

●覚悟を決めろ
 自分を抱く腕が、僅かに震えているのがわかる。
 恐怖ではない。
 怒りだ。
 穏やかな彼が、激しい怒りを露にしている。
「この状態、そして時雨の言葉で状況は大体理解した」
 朝霧・垂は、時雨の腕を掴んで、その腕の中から下りた。
「時雨、本気なんだね?」
 強く、時雨を見据える。
「本気です。でも、自分にその力がないのは分かってる。だけれど、抑えられそうもないッ」
 拳を握り締め、時雨は眉間に皺を寄せる。
「本気なら、なら私も力を惜しまない、そして耐える覚悟を決めて欲しい、誰がどうなっても時雨は生き残って魔力を取り戻す。生半可な覚悟じゃ皆死ぬだけだからね!」
 しかし垂のその言葉に、時雨は強く首を横に振った。
「それでは意味がありません。……ッ話しをしている時間はないようです!」
 ドアの向こうから複数の足音が響く。
 そして、後方からも。魔族が次々に現れる。
「どちらにしろ、柚月と合流しないと。仲間は多い方が良い」
 時雨の言葉が気になったが、躊躇している時間はない。もう他に手段はないのだから。
「それじゃ時雨、いくよ!!」
 垂はケルベロスを呼び、自分の体内へと入れる。
「もし私が倒れても、時雨が魔力を取り戻せば復活させることはできるでしょ?」
「そ……れは……ッ」
 時雨は苦悩の表情を浮かべながら、鍵のかかっているドアを体当たりでぶち破る。
 転がるように、ドアの外へ出た。
 羽を生やした魔族が3人、駆けてくる。
 途端、魔族の喉を鋭い爪が襲った。
 時雨に続いて部屋から飛び出た垂であった。
 彼女の身体は、ほぼ悪魔――ケルベロスと化していた。
 垂の能力が、ケルベロスの未知なる力を引き出し、体内に呼び起こす。
 倒れた魔族を振りきり、時雨は走った。
 引き続き、垂は魔族に飛びかかり、その胸を切裂き、身体を蹴り時雨の元へと飛ぶ。
 人の10倍の速さとまではいかないが、時雨は尋常ではない速さで廊下を走り、柚月達と別れた部屋までたどり着く。
 部屋の前に、柚月の姿があった。
 交戦しながら、柚月は時雨とケルベロス――垂の姿を認めた。
 敵が2人に気をとられた瞬間、柚月は小さく、しかし、密度の高い魔力の結晶体を頭上より打ち下ろした。倒れた魔族に風の刃を打ち込み身体を切裂くと、手を伸ばして時雨の腕をとった。
 その時。
「野蛮な娘ね」
 高い女性の声が響いた。
 振り向かずとも分かる。ルクルシーだ。
 時雨を引き寄せて、背を壁につけ、顔を声の主に向ける。
 体勢を整えたい。
 一旦引いて、作戦を練るべきだ。
 そう柚月は考えるが……どうやらその余裕はなさそうだ。
「どうしたの、フリアル。大人しくしてなきゃダメじゃない」
 薄く笑みを浮かべて、ルクルシーが言った。
「姉さん、ジザス兄さん……は?」
 搾り出すような声で、時雨が言った。
「……ジザスなら、少し休みたいそうよ」
「嘘です。あなたの言葉は嘘ばかり。ずっとそうでした。僕が小さな頃から。ずっとずっと……。気づかなかった自分の愚かさが憎い」
 吐き捨ているように、時雨は続ける。
「兄を、妹を返せッ!」
 その言葉と同時に、垂が地を蹴った。
「お願い……ね?」
 微笑を見せて、垂はルクルシーに飛びかかる。しかし、彼女の攻撃は直前で阻まれる。光の盾がルクルシーの前に在った。
「無茶はしないでください。私には……ッ」
 時雨が、柚月の手を振り解き、手を伸ばして垂を引き寄せた。
 柚月は壁を背にしたまま、動けない。右手にはルクルシー。左手側からは、多くの戦闘要員が姿を現す。
 室内での戦闘は有利か? 不利か?
 大きな魔術を使えないのは、敵側も同じ。
 いや、彼等は力に従っているだけなのだろう。
「そう、やっぱりジザスはあなたに思念を送ったのね。いかに無能とはいえ、最後にそれくらいのことは思いついたようね」
 ルクルシーが怪しい笑みを浮かべながら、手をこちらに向けた。
 途端、世界が回った。
 理由の分からない眩暈が一同を襲う。
 ルクルシーのもう一方の手に、光の剣が浮かび上がる。
 やば……っ。
 柚月は自身の魔力で極力ガードしながら、2人に手を伸ばす。
 しかし、柚月が背を向けた途端、迫っていた魔族が真空の刃を放った。
 柚月の目に、時雨を振りきり剣の前に躍り出る垂が映った。
 柚月は手を後ろに回し、魔術の防御壁を張る。
 ルクルシーの剣は、垂の身体を貫いた。垂は更に憑依度を上げ、引き出したケルベロスの力「メギドフレイム」を放った。
 一瞬、ルクルシーが怯む。
 途端、時雨がルクルシーに飛びかかり、組み敷いた。――純粋なパワーだけなら、ゴーレムの時雨の方が上だった。
 絶対的な力を持つものの過信。
 そして、力の操り方を知らぬ未熟さ。
 ルクルシーは目を見開いた。
「違う、違うの私じゃないのよっ!」
 その言葉に、時雨の手が止る。一瞬の迷い。その一瞬の隙に、ルクルシーの指から発せられた光の針が時雨の胸を貫いた。
 だが次の瞬間には、時雨を飛び越え、頭上から降りてきた存在が、ルクルシーの喉を切り裂いた。
「覚悟を決めろと言ったはずだよッ。時雨、止めを!」
 爪も身体も、血に染まりながら、叫んだのは垂だ。
「荒っぽいけど、ごめんなっ!」
 魔族の攻撃を一人で防いでいた柚月が、魔力を呼び起こし、爆風を起こす。魔族は廊下の奥へと、垂達の身体は開け放たれていた奥の部屋の中へと飛ばす。
 その部屋には窓はない。特殊な加工を施された部屋らしい。
「フリアル……力を取り戻したとしても、すぐ戦えるようになるわけやないやろし」
 汗を拭いながら、柚月は部屋の前に立つ。
 さて、どう戦うか。それとも……。

    *    *    *    *

 艶やかな紫色のドレスが、血に染まっている。
 喉を切裂かれた皇女は、声も出せず、虫の息であった。
 その傍には、同じように血に染まった少女がいる。貫かれた腹部から、大量の血が流れ落ち、彼女の命を消し去ろうとしていた。
 既に、憑依は解かれ、垂は少女本来の姿に戻っていた。
 胸を貫かれた時雨は、無事である。人間であれば、即死であったはずだが。
「垂様……」
「馬鹿、何、やってる……早く、身体を取り戻して……」
 その言葉に、時雨は首を横に振った。
「あなたを失ったら、私には復活させることはできません。復活の法には犠牲が必要です。あなたを復活させるために、姉のエネルギーを使ったのなら、今度は私を復活させることができなくなります。だから、死なないで下さい」
 切実な声だった。
 しかし、垂の意識は急激に薄れていく。
「……わかった、死な、ないから、早く……」
 精一杯の声で、垂はそう言った。
 本当は微笑みたかった。だけれど、表情を作ることは出来なかった。
 身体中から力が抜けていく。
 垂の手を時雨が握り締めた。
「垂様。私、魔族フリアル・パセンシナ・ブレスデイズ・セルリアーノ・バルヅは――サマナーである貴女と契約をします」
 それは予期せぬ言葉であった。
「私を憑依させ、フリアルの力で身体を癒し、共に私の復活の法を実行してください」
 既に、垂の意識は朦朧としていた。
 しかし、腕をつかまれている強い力の存在は理解していた。
「分かった、あなた、と……契約をする。フリアル・ブレスデイズ。私の中に、来なさい」
 その言葉に頷いて、時雨はゴーレムの身体の機能を、自ら止めた。
 胸を貫かれた時点で、既に生命ではなくなっていたその身体を。

●城を見据えて
 翼は、ファイリアとアリスを連れ、その地に下り立った。
 岩場であった。周囲には建物が存在している。しかし、人の気配はない。
 この目の前の一際大きな建物以外からは。
「ここに、皆いるですか? 一緒に水菜ちゃんのところに行くです!」
 ファイリアは辺りを見回しながら、考える。どう、向うべきか……。
 瞬間、建物内から爆発音が響いた。
「先輩です」
 アリスが言いながら、再び柚月に思念を送る。
 ――柚月は交戦中のようだった。
「引き付けるです。“黒幕さん”のところに行く人と、その他の人たちを引き付ける人とで別れてはどうですか?」
 ファイリアは翼を見て、そう言った。
「それならば、僕達が一人でも多く敵を引き付けるべきだと思うが……」
 言いながら、アリスを見る。
 アリスは柚月と言葉を交わしていた。
『先輩、諸事情により先輩達が閉じ込められている建物の前に転移しました』
 少し間をおいて、返事が帰ってくる。
『アリスちゃん、丁度いいところに。あの方法、効果あるかもしれん』
 あの方法……。思念を読取られる可能性を考え、あえて柚月は言葉にはしなかったが、アリスは理解していた。
 ジザスの隠し子を装うという方法のことだ。
 皇族の血を引き、皇位継承権を持つものが、絶大な力を有しているのなら。
 魔族を従わせることが可能かもしれない。
『それから、この建物やけど。多分、城と繋がってる』
「え? あ、この建物が城と繋がっているみたいです」
 アリスは翼とファイリアに説明をしながら、柚月の言葉を聞く。
『城が近いらしいんや。でも、崖を上らんと城には上がれへん。そんな不便なところを利用するとは思えへんのや。せやから、地下道か、魔法陣で城と繋がってると思う』
『分かりました。では、建物は壊さない方向で、救出に向かいます。他にご指示はありますか?』
 柚月の返事はなかなか返ってこなかった。
 アリス達を取り囲んでいた者達とは違い、ここに配置された魔族は手足れなのだろう。
 翼は一方を見据えた。
 大きな岩山だ。
 確かに、目の前の建物にも大きな力が集ってはいる。
 そして、風を狂わせている力が、とても薄くなっている。
 黒幕は、ルクルシー・ブレスデイズ。
 それは間違いないだろう。
 だが、それだけではない。
 それだけでは終わらない。
「あっちに、水菜ちゃんはいるですか?」
 ファイリアは不安気に岩山を見た。
「恐らく」
 翼の返事を受け、ファイリアも強く岩山を見据えた。
 多分、あの岩山の向こうに、水菜の魂がある。
 この世界で暮すことを、水菜が望んだとしても。
 今の状況が楽しいはずがない。
 大切なお兄ちゃんが、辛い思いをしている今の状況が。
 ファイリアもまた自らの兄を思い、その言葉を思い出しながら、自分を奮い立たせた。

●王宮にて
「兄さん、風の支配力が弱まったわ」
 女は淡々と言った。
「まさか皇女に何か……。いや、それは考えられんだろ」
「はは……うえっ」
 赤子がぎゅっと女の足に抱きついた。
 女は赤子をそっと抱き上げると、優しく頭を撫でた。
「いいこねロット。早く力に目覚めて、母様を安心させてね」
 赤子は母の手の中で、嬉しそうに笑った。
「そして、あなたはこの国と隣国を統一し、大国の皇帝になるのよ。――支配欲がなく、権力を求めない男になんて、ならないでね。そんな男は皇族としての価値はもちろん、男としての魅力もない、つまらない生き物だわ」
 女の言葉に、男が笑った。
「いずれ、お前も皇女にとって不要な存在になるんだぞ? 策は練ってあるのか」
「大丈夫よ。あの時……皇女と対峙した時のように、私のことはこの子が守ってくれるし、力を持っているとはいえ、彼女は隙だらけだもの、いざとなったら先手を打つだけよ」
「そうだな。……ロット、こっちにおいで」
 男性が手を伸ばす。しかし赤子は顔を背け、より母親に強く抱きついた。
「ふふふ、ダメよ。この子は私にしか懐かない」
 男は苦笑して、手を下ろした。
「お前より、父親に懐いていたがな」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2863 / 蒼王・翼 / 女性 / 16歳 / F1レーサー 闇の皇女】
状態:普通

【7305 / 神城・柚月 / 女性 / 18歳 / 時空管理維持局本局課長/超常物理魔導師】
状態:交戦中

【6047 / アリス・ルシファール / 女性 / 13歳 / 時空管理維持局特殊執務官/魔操の奏者】
状態:普通

【6029 / 広瀬・ファイリア / 女性 / 17歳 / 家事手伝い(トラブルメーカー)】
状態:普通

【6424 / 朝霧・垂 / 女性 / 17歳 / 高校生/サマナー(召喚師)】
状態:瀕死

【NPC / 時雨(フリアル・ブレスデイズ) / 男性 / ?歳 / ゴーレム(バルヅ帝国第五皇子)】
状態:機能停止(ゴーレムの体)

【NPC / ルクルシー・ブレイデイズ / 女性 / 31歳 / バルヅ帝国第一皇女】
状態:瀕死

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
第2幕:狂乱のアメジストにご参加いただき、ありがとうございました。
一人一人の行動や選択が後の展開や結末に大きく響くと思われます。
第3回(来月オープニング登録予定)にもどうぞ引き続きご参加いただけますよう、お願い申し上げます。

【状況確認】
●風(その他魔力)
支配力低下の為、操ることでの危険性低下。

●悪魔契約書
魂を定着させる方法や、肉体の復活、魂との会話、憑依などについても記されている。
この本を使えば、魔族以外でも悪魔と取引ができる。
バルツ皇族が魔界で取引を行なう場合、この本は必要としない。

●時雨の身体
機能停止状態。死亡同様。但し、フリアルの魂は入り込んだ状態であったのであり、時雨そのものの魂ではない(水香が作ったゴーレムに魂はない)為、魂が入っている状態では、しばらくの間無理矢理動かすことが可能。治療術で傷を治すことも可能だが、完全に治す(生命としての活動が出来るようになるためには)には作り主呉・水香のの知識と技術が必要。
魂を入れることは、皇族(フリアルが憑依している垂含む)、もしくは悪魔契約書により可能。

●フリアル・ブレイデイズ
朝霧・垂に憑依した状態。
強い回復能力を発揮することができる。
肉体を取り戻した後は、憑依不可能。ただし主従関係は続く可能性が高い。
完全に復活するためには、軍全体程度、もしくはルクルシー、または甥ロッドの生命エネルギーが必要。

●ルクルシー・ブレイデイズ
瀕死状態。止めを刺すと同時に、垂(フリアルの先導で)、もしくは悪魔契約書により、人物を一人復活させることが可能(復活の法)。
尚、フリアルは死後かなりの日数が経過しており、且つ、病弱な状態で復活するため、数日間動くことさえままならないと思われる。また、強い衝撃を受けると発作を起こす可能性がある。

●ミレーゼと兄達
魂を封じ込められた状態。ジザスの魂は拠点の奥の部屋。あとの兄妹は王宮のルクルシーの部屋に在る。結界を張った人物の死後も結界は維持されるが、結界は魔族程度の力で消滅させることが可能。
復活の法で肉体を復活させるためには、1人の人間の生命エネルギーが必要。皆で少しずつ……というのも可能かもしれないが、その場合は分け与えたものの寿命に大きな影響が出る。