■ファムルの診療所β■
川岸満里亜
【3368】【ウィノナ・ライプニッツ】【郵便屋】
 ファムル・ディートには金がない。
 女もいない。
 家族もいない。
 金と女と家族を得ることが彼の望みである。
 その願いを叶えるべく、週に3日、夕方だけ研究を休み診療所を開いている。
 訪れる客も増えてきた。
 しかし、女性客は相変わらず少ない。
 定期的な仕事も貰えるようになったのだが、入った金は全て研究費に消えてしまう。
 相変わらずいつでも金欠状態である。

「ファムルちょっと、魔法ぶっぱなしてみていいかー!」
 声の直後、爆音が響く。
「言いながら、放つのはやめろ!」
 慌てて駆け込んで見れば、壁に大穴があいている。
「わりぃわりぃ、外に向けたつもりだったんだけどさー」
 頭を掻いているのは、ダラン・ローデスという富豪の一人息子である。
 ファムルは大きくため息をつきながらも、心は踊っていた。
 修理代、いくら請求しようかー!?
 くそぅ、もう少し大きく吹き飛ばしてくれれば、一部屋リフォームできたのにっ!
 貧乏錬金術師ファムル・ディートは相変わらず情けない日々を送っている。
『ファムルの診療所β〜愛猫〜』

 人々の明るい声が響いている。
 ソーンの中心地、天使の広場は今日も賑わっていた。
 暖かな太陽の光がとても気持ちいい。
 何より、仕事を終えたばかりであり、とても充実した気分だった。
「ん〜……っ」
 ウィノナ・ライプニッツは、噴水の前で身体をぐんっと伸ばす。
「はあ……」
 気持ちは元気なのだけれど、身体の方は随分と疲れているようで、節々が痛む。
 無理もない、昨晩夜を徹して山道を下りてきたのだ。短い睡眠をとり、今日は朝から仕事だった。
「少しきついかな? 薬、飲んどこっと」
 ウィノナは鞄の中から薬瓶を取り出す。
 魔女の屋敷から持って来た【体力回復薬】だ。師である魔女クラリスの許可はとってある。
 ウィノナが瓶の蓋を開けたその時だった。
「ニャー」
 可愛らしい声が響いた。
「ん? あれ、猫?」
 野良猫のようだ。
 三毛猫が足に擦り寄り、ウィノナを見上げていた。
「これ、欲しいの?」
 ウィノナは少し迷った後、身をかがめた。
「……ちょっとだけだぞ?」
 そう言って、空の弁当箱を取り出すと、その蓋に注いで三毛猫に差し出した。
 猫がぺろぺろと舐め始める。
 微笑ましげに見ながら、ウィノナは残りの薬を飲み干した。
 ……あれ? なんかいつもと違う味のような。
 そう思った途端、世界がぐるりと回った。
 目を瞬いて、頭を左右に振る。
 地面が異様に近かった。
 倒れてしまったのだろうかと顔をあげると……。
「えっ!?」
 ウィノナは景色の変化に驚き、周囲を見回した。
 視界が狭い。
 見える範囲がとても低い。
 そして、見上げた先にいるのは――自分!?
「ええーっ!? ボクどうなったニャー!?」
 声を上げたが、耳に届いたのはニャアニャアという鳴き声だけだった。
 自分の目の前に、大きな自分がいる。
 いや違う、自分が小さくなってしまっている。
 恐る恐る体を見て、ウィノナは思わず飛び上がる。
 あの三毛猫になってしまっている。
 きょとんとしていた、ウィノナの体が体勢を落とし、四つ這いになる。
 目と目が合う。
「ぼ、ボクの体だニャー!」
「ニャー!」
 ウィノナの体が返してくる言葉も、猫の鳴き声のようだった。
 ウィノナはごくりと唾を飲み込む。
 猫がボクで、ボクが猫になってる……!?
 以前、錬金術師のファムル・ディートが作っていた薬を思い出す。
 同じ配合で作った薬を飲んだもの同士が、惚れ合うという薬。どんなに離れていても、顔も見たことのない人であっても。
 つまり、同じ薬を飲むことで、影響しあう魔法薬というものが存在する!
「にゃ、にゃにゃなーにゃにゃー(どどどどーしよーっ!)」
 慌てれば慌てるほど、声が猫の鳴き声になってしまう。そして、ウィノナの体の方は、ウィノナの声に驚き、警戒態勢をとっている。
 これ以上刺激したら、逃げかねない。
 一緒に、魔女の屋敷……は無理だ。せめて、ファムルの診療所まで連れていけば。
 しかし、猫なウィノナと、ウィノナな猫では体格が違いすぎる。
 食べ物で釣ろうにも、ウィノナがウィノナの荷物を持っているので、ウィノナは何も持っていない状態だ。
「にゃーニャニャニャニャニャンニャンニャニャー(あー、頭が混乱するーっ)」
「あれ、ウィノナじゃん」
 突如、上空から降ってきた声に、ウィノナは飛び退いた。
 顔を上げると、ダラン・ローデスの姿があった。
 いつもは若干低めの位置から聞こえる声が、今は頭の上から聞こえる。
「何やってんだ? 新しい遊び?」
「ニャニャーン(違ーう!)」
 ダランが話しかけているのは、猫が入っている自分の方だ。本当の自分に目を向けたダランは……。
「おうおう、構って欲しいのか、可愛いやつめーっ」
 声を上げたウィノナをダランが両手で掴んで抱き上げた。
「ニャニャン、ニニャニャニャニャニャ、ニャニャニャニャニャニャニャニャン(ダラン、ボクじゃなくて、ボクを捕まえて!)」
 しかし、猫と化したウィノナの言葉はダランには通じない。通じてたとしても意味不明だっただろうが。
「しかしウィノナ、どうかしたのか? さっきからヘンだぞ……ってな、なんだよっ」
 ウィノナ(の体)が、ダランに近付いたかと思うと、頬を擦り付けた。
「ニャーン!(なにやってんだよ、ボク!)」
 ウィノナが声を上げる。
 道行く人々もウィノナ達を振り返って、不思議そうに見ていた。
 ウィノナはダランの手を振り切って、自分の体の鞄の中に飛び込んだ。
 そして魔術書を銜えて、ダランの方に投げる。同時に、念動系の魔術を発動し、ダランに衝撃派を食らわせる。
「あてっ」
 ダランが顔を抑える。デコピンくらいの威力はあったようだ。
「ううーん」
 顔を抑えながら、ダランは自分を睨む猫と、自分に擦り寄るウィノナを交互に見る。
「そうかっ」
 そしてぽんと手を叩く。
「ウィノナ、猫を弟子にとったんだな! んで、自分は猫になりきり猫拳を覚えるつもりかっ!」
 ……ダメだこりゃ。
 ウィノナはガクリと倒れこんだ。

 そんなこんなで時間はかかったが、ダランにも大体事情が分かったらしく、猫が入ったウィノナの肩を抱き、食べ物で釣りながら、皆で診療所まで歩いた。
 なんだか事態に乗じて、ダランが体にべたべた触れていることがとてもとてもとぉっても気になって仕方がなかったが、身体に逃げられてしまっては困るので、ウィノナはぐっと堪えた。
「ニャーン!(助けてーっ!)」
 診療所につくなり、ウィノナはファムルに飛びついた。
「なんだ? 私は獣医じゃないぞ」
「じゃなくてさー。それウィノナみたいだぜ?」
 ダランの言葉に、ファムルが猫を見る。猫なウィノナはこくこく頷いてみせた。
「で、こっちが猫。魔女に悪戯されたんだろうなー」
「いや、そういう悪戯はせんと思うが……」
 ファムルは小さく唸りながら、ウィノナと猫を見る。
「にゃーんにゃーん(お願い、戻して)」
 ウィノナは必死に訴えた。
「元に戻りたいのかー? いや、そのまんまでも可愛いぜ♪」
「にゃにゃにゃーん!(うるさーい!)」
 ウィノナはダランに叫びながらも、ほんのちょっとだけ嬉しかった。そのまんまで“も”という言葉が。
「んー、放っておいても、数時間もすれば元に戻ると思うが、どうする? 解毒薬は高いぞ」
「にゃ……」
 多分、ウィノナの少ない給料では払えないだろう。
「それじゃ、俺が!」
 ダランの言葉に、ウィノナは目を輝かせる。
「……風呂に入れてやろう。四つ這いになって、汚れちまったしな!」
「ふぎゃっ!」
 笑いながらダランは、ウィノナの身体を風呂場へと連れていこうとする。
 ウィノナはダランのズボンの裾を、必死に噛んで引っ張った。
「はははは、しかしあながち間違っちゃいないぞ。薬草風呂で新陳代謝を活発にすれば、早く解けるからな」
「そ、そうか! それじゃ、仕方ねぇよな、ウィノナの為だッ!」
「ふ……ニャー!!!」
 ウィノナは今日一番のジャンプをして、ダランの顔を思い切り引っ掻いた。
 くるりと回転をして着地……をしようとしたが、慣れない体だ、そう上手くは行かず、頭から床に落っこちてしまう。
「にゃ……(あ、ダメ……今気を失ったら……)」
 抵抗むなしく、ウィノナの意識は消えうせた。

    *    *    *    *

 話し声が遠くに聞こえる。
 ドアが閉まる音がした……。
 ウィノナはゆっくり目を開ける。
 天井が見えた。上を向いている……手を上げてみれば、それは人間の手であった。
 夢、だったのだろうか。
 そう思いながら、身体を起こす。
「ニャー」
 可愛らしい声に、思わず飛び退いた。
 あの三毛猫だ。
「あ、ウィノナちゃん、目が覚めたんだね」
 ファムルが顔を出す。ということは、ここは診療所内だ。
「ぼ、ボボボク……?」
「あ、大丈夫だよ、風呂になんか入れさせてないから」
「そうじゃなくて、いや、それも大事だけど……ええっと、猫になってた?」
 その言葉に、ファムルは苦笑しながら、三毛猫に手を伸ばして抱き上げた。
「魔女の屋敷から、変な薬でも持ち出したんだろ? 僅か数時間の猫化、楽しめたかい?」
「好きでなったんじゃないよー」
 涙さえ浮かんでくる。
「そうか、それなら、これからは気をつけることだ。今回はダランと待ち合わせしていたからよかったが、一人だったら、キミの身体どうなっていたか」
「待ち合わせしてないよ。たまたま通りかかってくれただけ」
「そうか? ダランは“ウィノナに会いに行く”って出て行ったんだけどな」
 約束はしていなけれど……会いに来てくれたのだろうか。
 そういえば、配達の日は、たまたまダランに会うことがやけに多い気がする。
「私もダランも、あの屋敷に出入りしている君のことは、常に心配してる。あまり変はことはしないように」
 ファムルの言葉に、ウィノナは素直に頷いた。
 そして、ちょっと戸惑いつつも、三毛猫を受け取って診療所を後にした。

 明日は半日くらい空きがある。
 ダランのところに、お礼に行こうかな。一応。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
可愛いオープニングをありがとうございました!
ダランの性格が性格だけに、こんな内容になってしまいましたが、お許しいただければと思いますっ。
また何かの際には是非よろしくお願いいたします。

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