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斎藤晃
【0233】【白神・空】【エスパー】
 西暦2043年に起こった全世界規模の大破壊、通称『審判の日』を経ても尚、人々が絶望する事はなかった。原始と超文明が混在するこの世界を、強く生き抜く人々の手によって、再び新たな文明が築かれつつある。
 40年近くを経たこの世界の片隅にも―――。
サクラ ノ シタ デ


《Opening》
 西暦2043年に起こった全世界規模の大破壊、通称『審判の日』を経ても尚、人々が絶望する事はなかった。原始と超文明が混在するこの世界を、強く生き抜く人々の手によって、再び新たな文明が築かれつつある。
 40年近くを経たこの世界の片隅にも―――。



《Cherry blossoms》

 踏みしめていた青草がいつの間にか真っ白に変わっていた。いや、真っ白ではない。鮮血を一滴垂らして薄く薄くのばしたような薄紅色。限りなく白に近い紅。
 これが噂に聞くサクラの花びらというものか。教えてもらった丘の上で足を止め、5分7分と咲き誇る『サクラ』の木を見上げた。
 風に舞う花びら。まるでピンクに煙る霧。どこか甘く香る霞。
 言い知れぬ寂寥としたものが、寞として胸を掴む。この感覚を自分はどこかで知っているような気もしたが、思い当たる節もない。自分を形作る細胞のどれか、DNAのどこかに刻まれている何か、記憶の1つかもしれなかった。
 ただ―――。
 漠然と、これが『サクラ』かと思った。



 ・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・



「だからね。行かない?」
 長い前振りをかっ飛ばす。
 腰まであるまっすぐの銀髪を背中で波打たせ、金糸の模様に臙脂のライン―――プルシアンブルーのつなぎに包まれたスレンダーなお尻を小さく揺らし、妖艶でありながらも爽やかな笑顔で、おねだりでもするみたいに白神空は自分より一回り小さなその背中に抱きついた。強い意志を秘めた白銀の瞳を今は別の色に染めている。彼女の瞳に映るのは漆黒。かといって闇ではない。
「面白そうだし、いいよ?」
 抱きつかれた相手は別段嫌がるでもなく、自分の首に巻きつく空の腕をそっと掴んだだけで答えた。黒の髪に黒の瞳。着ているレザーの上下まで黒一色。短く刈られた髪と竹を割ったような性格が少年を思わせる少女。透き通るような白皙の面が振り返る。美少女と呼んでも遜色ないその顔が柔らかい笑みを湛ていた。
 マリアート・サカ。愛称リマ。ブラジル北部アマゾン川上流域にジャングルの一部を切り開いて作られた高層立体都市『イエツィラー』の第一階層都市『マルクト』。その片隅にガラクタを寄せ集めて作った町がある。『ジャンクケーブ』と呼ばれるその町の片隅にひっそりと佇むルアト研究所。リマはその所長の娘にして、空と同じ軌道エレベータ『セフィロト』内部へ足を進める『ビジター(訪問者)』だ。
「よし、じゃぁ、決まり!」
 空はそう言ってリマから離れると持ってきた荷物をベッドの上に広げてみせた。ここはルアト研究所の奥にあるリマの私室兼寝室。余計な物もなく綺麗にかたずけられているように見えるが、クローゼットの中はカオスらしい。それはさておき。
 やれやれとリマが広げた荷物を覗き込んだ。そこには赤に青、金糸銀糸で飾られた珍しい布が並んでいる。
「で、どこに?」
 リマが首を傾げながら尋ねた。行こう、と、この荷物が結ぶつかないといった顔付きだ。当たり前である。長い前振りが全部すっ飛ばされたのだから。何が『だからね』なのか。
 それでも空の誘いはいつも楽しいから、二つ返事で答えたわけだが。
「お花見」
 空が言った。
「flower-viewing? って花を見に行くの?」
「そ。花と言っても何でもいいわけじゃなくて『サクラ』限定」
「サクラ?」
「そ。これ着て見に行くの」
 ベッドに広げた布の1枚を取って空が言った。どうやらそれはベッドカバーなどではなく、服だったらしい。
「……何これ?」
「NIPPONの民族衣装。『KIMONO』って言うんだって」
「ニッポン?」
 明らかに説明の順序が間違っているのだが、空はおかまいなしに笑顔で頷いた。そうして狐につままれたように目をぱちくりさせているリマの後ろに立つ。
「さ、着替えよ」
 言うが早いか空はリマのサスペンダーを下ろして赤いネクタイを取った。フェイクレザーのローライズパンツのファスナーを下ろしても、自分から脱ぎだす事ではなかったが、別段抵抗する様子もない。
 空が、リマの服を脱がせるのを楽しんでいる事に気付いているのか。とはいえ、彼女が抗ESPのアームレットを付けているのは一番最初に確認済みだ。接触テレパスのリマは触れただけで相手の表層意識を読み取ってしまう。つまりは空の下心も筒抜けになってしまうという事だが、アームレットを付けている限り知られる事はない。
 空も自分のつなぎの前開きのファスナーを下ろして肩紐を落とすと、下着姿になった。
 そして『KITSUKE』と書かれた説明書の通りに襦袢だの、腰紐だの、伊達締めだの、キモノだのを並べていく。
 リマのキモノは紅地に亜麻色と飴色の可愛い鞠柄。マネキンが着ているのを見て空が一目で惚れたのだ。リマに着せたい。実は鞠とマリがかかっている粋なセレクト。
 一方空のキモノは瑠璃色に白藍と藤の花。
 空は着付けの説明書を見ながら長襦袢を肩に羽織ってリマにも袖を通してやった。
「昔ね。たぶん審判の日以前の話だと思うんだけど。東洋の島国ニッポンから、このブラジルに多くの移住者がきたんだって」
 背中の中心を合わせながら衿先を揃えてリマの手に持たせると、再び説明書を覗く。難解とも言える写真を見ながら、あーでもない、こーでもない。
「ふーん」
 リマの相槌。
「えぇっと、エモンを抜く? こう……かな?」
 添えられた写真を見ながら衿足を後ろから引っ張った。そこから覗く白いうなじに息を呑む。中国のチャイナドレス、ベトナムのアオザイなどハイカラーも禁欲的でそそられるが、この着物とやらもまた艶っぽい民族衣装だ。
 空は自分の中にもたげる下心を振り払うように軽く首を振って再び説明書を覗き込んだ。衿の順番は右が先。左前は死人になると書かれている。写真の左右を何度も確認しながら、リマの襦袢の前を合わせた。
「で、その移住者がね、ま、一部例外もあったんだろうけど、苛酷な労働環境で働かされてー、一部は余儀なく帰国、一部は死に絶え、一部は新たに土地を手に入れ定住を果したんだって」
 衿を押さえながらベッドの上の腰紐に手を伸ばす。
「ニッポンって、あれ? ジャパニメーション発祥の地」
「それはJAPANでしょ?」
 腰紐を回しながら自分もリマの背に回ると、背中の中心がずれないように気をつけながら皺を伸ばして腰紐を締める。
「違うの?」
 リマが首を傾げた。
「わかんない。どっちも東洋の島国か」
 そこまでは聞いてこなかった。この話しの十割が、着物を買った店での受け売りである。
 綺麗に皺を伸ばして伊達締めを巻いたところで、空も同じように説明書を見ながら、自分に襦袢を着付けた。
「でね、そんな彼らは母国から様々なものを持ち込んだわけ。そりゃ文化だったり物だったり、望郷の念を抱かせるものだったりしたんだけど……、その1つがこのキモノよね。で、もう1つが『サクラ』と呼ばれる木」
 キモノを肩にかけ長襦袢の袖をキモノの袖に通す。
「その『サクラ』を見に行くのがお花見?」
「うん、そう」
 衿を合わせて裾を床すれすれに巻きつける。
「まぁ、大体は苗木を移植して満開の花を楽しんだらしいんだけど……中には隠して植えられたものもあったりしてね」
 長襦袢と同じようにしながらリマの腰紐を締めると人心地。
 空も同じように自分にキモノの袖を通して腰紐を締めた。
「で、そうしたものが野生化して異種交配したのが、この近くで人知れずひっそり咲いてるんだって」
「へぇー。サクラってどんな花なんだろう?」
 おはしょりを作って綺麗に皺をとりながら、自分も同じようにおはしょりを作る。
「Cherry blossomsって聞いたけど、やっぱりニッポンのとこっちのとは違う気がする。うまく説明出来ないけど」
「もう見て来たんだ?」
「え? 違う違う。写真だよ、写真」
 空は慌てて手を振ると伊達締めを取り上げた。
 本当は一度下見に行っている。行ったはいいが咲いてなかったなんて事になったら間抜けこの上ない。着物を買った店の店員の話だと、見ごろはそう長くはなさそうだった。だから場所の確認も兼ねて咲き具合を下調べしに行ったのである。
 そんな内心を隠すように少し力を入れて伊達締めを締めると、前板を取り付けてやった。
「えぇっと……帯はこう……?」
 説明書を見ながらリマの体に帯を巻きつける。これまたややこしくて説明書にかじりついた。
 こういう細かい事は性格上あまり得意ではないかもしれない。何とかリマの分を結び終えると、自分の分はリマがやっぱり説明書を凝視しながら結んでくれた。
「なんかコルセットはめられてるみたい」
 リマが窮屈そうに息を吐く。
「そうだね」
 キモノと格闘する事2時間。たかだか服を着るのに2時間。空は半ばゲンナリ答えたが、振り返った先にマネキン以上に可愛く出来上がったリマを見つけて、疲れも全部吹っ飛んだ。
 本当は足袋を履くらしいが、別に履かなくてもいいと言うので裸足に下駄を履く。
「行こうか」
「うん。……わっ! っとと……」
 普通に一歩を踏み出そうとしたリマが足を取られたようにつんのめった。咄嗟にリマを支えて空が顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「これ、全然足開かないんだもん」
 普段パンツルックのリマが歩きにくそうに舌を出した。



 ・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・



 予定の何倍もの時間をかけて着付け終え、予定より倍近い時間をかけながら二人は目的地を目指した。セフィロトの塔の外はすっかり陽も落ちてしまった後だ。
 しかし、キモノを買った店の店員の話だと、花見は夜がいいらしい。雰囲気を楽しむために、と『CYOUCHIN』とかいうニッポンのランタンを貸してくれた。
 夜道にチョウチンのロウソクに火を灯す。
 薄暗い雑木林には月明かりも切れ切れで、チョウチンの明かりだけが辺りを照らしていた。
 そぼそぼと小またで、やがて林を抜けるとリマがふと足を止めた。
「あれ? 雪?」
 夜の闇に仄かに白く舞うそれに手を伸ばす。
「違うよ」
 空が答えた。
「そうだよね。こんなあったかいのに雪なんて……」
 リマがそれを掴み取る。冷たくない。そっと手を開いて。
「花びら?」
「『サクラ』の」
「これが……」
「ほら」
 空がチョウチンをそちらへ掲げて丘の上を指差した。
 ぼんやりと霞むそれはまるで雪化粧。1本の大きな木が真綿のような雪を一杯に積もらせているようだった。
 悄然と、どこか儚げに佇んでいる。なのに―――。
 空も思わず見惚れてしまった。下見に来た時は昼間だった事もある。まだ5分7分だった事もある。
 けれど今は夜の月明かりをバックに満開だった。
 感嘆の呻き。
 どちらからともなく2人で顔を見合わせる。
 ―――Ready Go!
 まるで競争するみたいに2人はサクラの木を目指して駆け出していた。
 丘の上まであがるとチョウチンをサクラ木の枝に引っ掛けて、その下にビニールシートを敷いた。キモノを買った店で勧められた美少年という酒をドンと並べ、酒の肴の柿の種やらカシューナッツを広げる。
 月明かりにサクラの木の下で、花を愛でながら盃に美少年を注ぐと、涼やかな夜風にのって花びらが一枚、杯の中に浮かんだ。
 風流と贅沢を喉の奥へ流しこむ。
 店員が言ってた通り。
 確かにこれは、いい。
「気持ちいいね」
 穏やかな風に髪を撫でられながら、更に杯を傾けリマに声をかける。
「うん」
 リマはマカダミアンナッツを摘まみながら、ノンアルコールカクテルで喉を潤し振り返った。
 楽しそうな笑み。
 誘った甲斐があったというものだ。
 そうしてリマがサクラと月と星を見上げる。
 衣文から覗く白いうなじ。
 その背に手を伸ばした。
 何だか心の中にぽっかり穴が開いてそれを埋めようとするみたいに。
 背中から抱きしめる。
 こんな気分は初めてだ。
 酔うほどしたたか酒を飲んだわけでもない。なのにまるで、ドラッグでハイになったような気分。
 この『サクラ』のせいだろうか。
「空?」
 怪訝に首を傾げるリマに空が声をかける。
「寒くない?」
「うん。平気だよ」
 さらりと答えるリマにチョウチンと月が注ぐ淡い明かり。それが透き通るような彼女肌の白さを増していた。反射的にその白いうなじに口付ける。
 くすぐったげにリマが首を竦めた。
 ほんのり赤くなる首筋。
 着物の合わせに手を滑りこませた。洋服だと前開きでなかったり、ボタンだのファスナーだのが邪魔をして、こんなにすんなりとは受け入れてもらえない。
「空……?」
 わずかにリマが身を竦める。
 空はその首筋に顔を埋めたままで。
 酒が好き。美少年も美少女も好き。飲みたくなる。食べたくなる。
 酒の肴に。
 薄い襦袢の上からふくよかな胸を包む。
「んっ……」
 腕の中でリマが小さく身じろいだ。空の腕を掴んだ手が遠くへ押しやるように動く。
「もう、何してるんだよ」
 だけど弱い抵抗。まるで添えられているだけのような。
 生まれつきの接触テレパスという能力ゆえに、人に触れられる事に慣れていない体が不安げに抗う。その一方で、人のぬくもりを求めるように、彼女の中で何かが葛藤しているみたいだった。
 胸に預けられる微かな彼女の重みは、まるで自分に身を委ねてくれたようで。空は顔がだらしなく緩むのをおさえられなくなる。
 リマもサクラの齎す何かに、酔っているのだろうか。
「さて、何をしているのでしょう?」
 おどけたように答えて、帯の中に指を滑りこませると、帯上げやら組紐やら腰紐をまとめて解いた。
 たったそれだけで、キモノは崩れ肌蹴てしまう。
「バカ……」
 呆れたようなリマの声。だけど、言葉ほど怒ってる様子はない。
 ただ自分を見上げる目にわずかな戸惑いの色が浮かんでいた。
 キモノの裾から覗く素足が恥ずかしげに動く。ほどけたキモノが肌に滑って白い太ももまでが露になって。
 そっと触れた。
 目眩にも似た甘い感覚。
 酒に酔う。月に酔う。サクラに酔う。
 木の下で、キモノにチョウチンに、いつもと違うこの雰囲気に酔いしれる。
 小さく喘ぐ彼女の唇に口付けた。啄ばむようなそれから大人のそれへ。
 彼女が身じろぐたびにキモノも襦袢もほどけてゆく。
 月が恥ずかしそうに雲に隠れた。
 チョウチンのロウソクの火を吹き消すと。
 刹那、夜の帳が下ろされた。

 そしてそれから後、しばらくの間、風と草木の息遣いに混じって、甘く切ない吐息が帳の向こうから聞こえていた。



 ・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・



 黎明の時。
 リマが眠そうな瞼に憤然とした面持ちでサクラの木の下に仁王立ちしていた。
 その周りで、空がああでもない、こうでもないと試行錯誤している。
「で、いつになったら着られるの?」
 冷たいリマの声。
 空は視線を泳がせる。
 一度着れば覚えられると思っていたが、どうやら甘かったらしい。
 酒は持ってきた。
 肴も持ってきた。
 ビニールシートにランタンだってちゃんと準備万端で花見に来たのだ。
 だけど。
「『KITSUKE』の説明書持ってくるの忘れちゃったんだもーん」
 説明書を見ながら2時間かかったのだ。
 空は唇を尖らせる。
「もう、これでいいじゃん!」
 適当に帯を巻いて、まるで巻きスカートのように仕上げて空はお手上げとばかりにホールドアップ。
「嘘でしょ?」
「いい、いい! 可愛いって」
 下駄を履かずに手で持って、逃げ出すように裸足で走りだす。
「ちょっ……待ちなさい、空!」
 追いかけたリマに、しかしキモノの重さに耐えられなかった腰紐があっさり解けて前が肌蹴てくる。
「ちょっ…きゃっ!? やっ…もう、空!!」
「何? もしかして誘ってるの?」
「バカ!!」

 丘の上。
 サクラの木の下。
 まだまだ花見は続きそうな気配。
 ただただ雪のような花びらが2人のもとに降り注いでいた。






 《 End 》



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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
【0233/白神・空(しらがみ・くう)/女性/24歳/エスパー】


【NPC0124/マリアート・サカ(まりあーと・さか)/女性/18歳/エスパー】

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
 ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。