■【妖撃社・日本支部 ―松―】■
ともやいずみ |
【7416】【柳・宗真】【退魔師・ドールマスター・人形師】 |
「奇妙で奇怪な事件に巻き込まれている、人外の存在に脅かされている、そんな方……ようこそ「妖撃社」へ。
我が社は誠心誠意・真心を込めてあなた様のお悩みにお応えいたします。
どんな小さなことでも気軽にご相談ください。電話番号は0120−XXX−XXXまで。
専門家たちがあなたの助けになること、間違いありません」
コンクリートの四階建て。一階ではなく、二階に事務所が存在する。
その二階のドアを開けて入ると、支部長である葦原双羽が言った。
「ちょうどいいところに来たわね。早速だけど、仕事の依頼があるわ。行くならそのように段取りするけど、どうする?」
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【妖撃社・日本支部 ―松―】
「岡山?」
そんなところまで行けと?
柳宗真は同行者であるマモルに目配せする。フードを被っている彼は頷いた。
「ちゃんと交通費は会社持ちだから、安心してね。あ、と……よろしく」
苦笑に近い、どこか不慣れな笑みに宗真は「はぁ」と洩らす。
妖撃社の事務室内で、宗真はマモルと打ち合わせ中だ。これから依頼の解決に向かうのである。
(……)
とりあえず視界に入って困るのが、長いすで横になって寝ているシンだ。
「狙われているのは原美代子さん、ですか」
こんなに近くで話しているのに、シンは一向に目を覚まさない。それにここに来ると大抵寝ている。寝過ぎではないか?
*
新幹線で岡山駅に降りてからバスで向かうのは、原美代子の家だ。
到着した先は、わりと普通の町だった。
二人は美代子と面会する。彼女はほっそりした女性で、色白。しかも少しやつれていた。
彼女は妙な神官の一団が夢に現れて告げてきたのだという。選ばれたと。一年後に生贄になるのだと。
調査をしたのはシンだ。マモルとの打ち合わせ後、彼女が起きてから調査の説明をしてもらった。調査書では簡略されすぎていてわからなかったせいだ。
一人暮らしの美代子は不安そうに宗真とマモルを見てくる。
「一年前からその妙な夢を度々見てきて……。前回来られたシンさんは、あの、いないんですか?」
「僕と露日出が担当します。必ず解決しますので、ご安心ください」
微笑むと、彼女は曖昧に笑ってかえした。
美代子の住むアパートをあとにして、宗真はマモルを見た。マモルは美代子の部屋に居る時もそわそわして落ち着きがなかったのだ。
「露日出さん、どうかしました?」
人間以上の五感を持つというマモルは、何か感じているのだろうか? 彼はフードを一切脱がないために、かなり怪しくみえる。
「う? あ、い、いや、なんかその」
「その?」
「獣くさいというか……」
苦笑いを浮かべる。
(……シンさんの言っていた通りってことですか。関わっているのは獣。しかも、すばしっこいタイプ、か)
これは戦闘になる覚悟をしておいたほうがいいだろう。危ないとシンも忠告してくれた。彼女の直感はあなどれないのだ。
持久戦だ。リミットの「一年」はおそらくこの一週間以内。美代子を陰から守るしかない。
*
ビジネスホテルに陣取り、すでに三日が経過。
「露日出さん、どうです?」
「今夜あたりヤバイ気はするけど……。ねぇ、柳くんてさ、強いの?」
フードの奥からこちらをうかがってくるマモルに、宗真は怪訝そうにする。
「なんでそんなこと訊くんですか」
「え? や、だって俺、そんなに強くないし……戦闘経験あんまりないし……」
もじもじするマモルに宗真は嘆息しかけた。なんて頼りないんだ……。
横でぼそぼそ言うマモルを放っておき、宗真は息を吐き出す。夜になると寒い。上着を着込んで美代子のアパートを監視する二人は、不審者に見られないようにと缶コーヒーを片手に持っていた。
携帯電話を取り出して会社にかける。数回のコールで出た。
「柳です。シンさんはいます?」
電話に出たアンヌの声が遠のき、しばらくしてシンが出た。
<あいよー。どうかした? そうだ。お土産忘れないでよ、ソーマ。えへへ>
「きび団子買って帰りますよ。今日あたり来そうなんですけど、シンさんとしてはどう用心します?」
ここは彼女の直感にかけてみるのも手だ。なにせ彼女はここに調査に来ている。シンの声が低くなった。
<シンでいいよ。……マモルが傍に居るんでしょ。だったらマモルを信じて。ソーマ、武器はいつでも出せるようにしておいたほうがいいよ>
その直後にマモルが叫ぶ。
「来た!」
宗真はすぐさま通話を切って、美代子に電話をかけた。
太鼓の音が聞こえた気がした。
*
宗真の襟を掴んで民家の上に跳躍しているのはマモルだ。滞空の間に宗真はふところから符を取り出す。
「冗談じゃないよぉ……!」
困ったマモルの声とほぼ同時に宗真は自身の使う舞姫を出現させた。何もない空中から突如として女性型の人形が登場する。それに素早く魔力で編んだ糸を取り付けた。
指先から伝わる人形の重さや感覚。宗真は『敵』を見据えた。
闇の中で踊るようにやって来る獣たち。それは。
(猿?)
狒々だ。宗真たちの倍以上ある体躯のそれらは口笛のようなものを吹きながら、軽やかに民家の上を跳ねている。
マモルは広い場所を目指している。宗真の襟から手を離した彼は、美代子を抱えてそのまま一直線にある場所へ向かった。宗真は舞姫に自分を抱えてもらい、マモルを追う。
マモルは確かに人間とは思えないほど脚力が優れている。前屈みに跳ねる彼に、宗真は自分の足で追いつくのは無理だと判断したほどだ。だが背後の狒々たちはそれよりも速い。
シンの言っていた言葉が脳裏によぎった。
(素早い獣、か。ほんと、シンの直感には恐れ入りますよ)
追いつかれる!
こんな足場の悪い逃走をしながらの状態で、まともに戦えるわけがない。
「くっ」
舞姫を動かして防御するものの、狒々の一撃はかなり重い。衝撃に宗真は顔をしかめた。
宗真を囲むように4匹が。先を逃げるマモルを3匹が追う。
「ひゃひゃひゃ!」
しわがれた笑い声を出しながら、狒々たちは宗真をなぶるように腕を振るった。殴るだけの単純な攻撃だが、その攻撃速度が尋常ではない。いくら舞姫の耐久性が優れているとはいえ、囲む敵が多すぎる。
背後からの一撃に宗真はよろめいた。腕の肉が少し抉られた。それでも宗真は逃げるのをやめない。ここで屋根から地面に落とされるわけにはいかないのだ。
(妖撃社の一員として、一般人を巻き込むわけにはいかないんですよ……!)
鋭い爪で顔を殴られる。血が飛び散った。痛みに頭がしびれる。
売地、という看板が出ている空地に着地して、マモルは背後に美代子を隠した。彼女は怯えきった目でマモルを見てくる。何度も攻撃を受けたマモルの額や頬や唇からは血が流れていた。
地面に窪みをつけて舞姫が着地した。宗真は素早くそこから降りて人形を前に出す。重量のある舞姫は無表情の貌で正面に降り立つ狒々たちを待ち受けた。
(1体だけで相手をしたほうが、やりやすい)
相手の速度はこちらを完全に上回っている。それに対応するにはこちらの反射神経が追いつかない。
散々攻撃を受けた状態の宗真ではあったが、負ける気はしなかった。傷を負うのは、承知だったのだ。
「ばかなにんげんたちだぁ。すなおに娘をよこせばよかったのによぉ」
聞き取りにくい声で喋り、手を叩いて笑う狒々を、宗真とマモルが睨む。
「――露日出さん、伏せててくださいね」
宗真はそう囁いた。それが合図だったようにマモルがぐっと体を地面に密着させる。美代子はぎょっとしたように目を見開き、どう対処すればいいのかと右往左往した。そんな彼女の腕を掴んで前に引っ張った宗真は、問答無用に狒々たちの前に突き飛ばした。
恐怖に泣き叫びそうな美代子が悲鳴をあげようと口を開く。やっと諦めた人間たちに狒々たちは歓喜の笑みを浮かべる。
宗真は、目を細めた。
右腕を一気に後ろに引いた。舞姫がまるでおじぎをするように身を屈め――――――。
肘がかくんと折れてそこから刃が出現し、体がコマのように回転した。高速回転をした舞姫の動きに、狒々たちは驚く暇もなく粉微塵にされてしまう。まるでミキサーだ。
飛び散った血液を受けつつ、攻撃範囲内にぎりぎりいなかった一頭を見据え、宗真は今度は左腕をぐっと手前に引いた。指の動きも加えられている。
ぐっと体を沈めた舞姫は、刃を振り上げたまま跳び上がった。
振り向く狒々。振り向かずに逃げればいいのに。まぁ、でも。
(逃がしませんけど)
振り下ろされた刃に、狒々は絶叫ごと二つに叩き斬られたのだ――。
*
「シン」
呼ばれたシンは振り向く。
「はい、お土産」
笑みを浮かべて片手に紙袋を持っている宗真を、彼女は目を見開いて見つめた。そして座っていたイスから勢いよく立ち上がる。
「ソーマ!?」
「はい」
にっこり笑おうとするが、顔が痛くてしかめてしまう。宗真の顔には湿布や、傷を隠す絆創膏がはってある。
シンは真っ青になっておろおろした。
「ど、どどど、どうしたのそれ!」
「なかなか手強い相手でした」
「笑って言うところじゃないよ!」
「だって、僕より露日出さんのほうが大変ですし」
ちら、と後方に視線を遣る。マモルの顔は宗真よりひどいことになっているではないか。
シンは泣きそうな顔になった。
「あたしが一人で行けばよかった……」
「……それはちょっと」
いくらシンが社員とはいえ、さすがにあんなものたちの相手では危ない。シンが外されたのは女性だからだろう。狒々たちは生贄の「娘」を狙っていたのだから。
「だって痛そうだよぉ。うぅ〜」
「な、なんで泣くんですか」
ぼろぼろと涙を零し始めたシンに宗真は驚いてしまう。彼女はそのまま両拳を体の横に置いてぎゅっと握ったまま、泣いた。子供の泣き方である。
「泣かないでくださいよ、シン」
「あたし社員なのに……! うぅー、っ、く、」
堪えるような嗚咽に困ってしまう宗真は仕方なく周囲に助けを求めるが、誰も助けてくれそうになかった。他のメンバーはみな、マモルのケガの具合をみているからだ。
(こ、こんな時に限って……)
視線をシンに戻すと彼女はぐすぐすと鼻を鳴らして衣服の袖で涙を拭っていた。面倒だなと思いつつも、それでもシンを突き放せない。彼女が泣いているのは宗真がケガをしているせいなのだ。
(……痛そうだ、って、シンが痛いわけじゃないでしょうに。バカ正直なんですから)
とにかくまぁ、これくらいのものはケガのうちにも入らない。そこをシンに説明するのはなかなか骨がおれそうだ。
……実際、ギリギリだったと思う。美代子本人はあの日、電話の合図と共に部屋に張った結界の中に居てもらい、こちらは囮としてヒトガタを使った。本人の身代わりとして。
狒々たちは美代子のヒトガタを、本人だと思い込んでいた。だから宗真たちを追ってきたのだ。
「シン、お土産をせっかく買ってきたんですから食べましょう? ね?」
「……うん」
涙声で頷くシンは、無理に笑顔をつくった。不恰好な笑みだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7416/柳・宗真(やなぎ・そうま)/男/20/退魔師・ドールマスター・人形師】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、柳様。ライターのともやいずみです。
マモルとの連携で戦っていただきました。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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