■【妖撃社・日本支部 ―松―】■
ともやいずみ |
【7416】【柳・宗真】【退魔師・ドールマスター・人形師】 |
「奇妙で奇怪な事件に巻き込まれている、人外の存在に脅かされている、そんな方……ようこそ「妖撃社」へ。
我が社は誠心誠意・真心を込めてあなた様のお悩みにお応えいたします。
どんな小さなことでも気軽にご相談ください。電話番号は0120−XXX−XXXまで。
専門家たちがあなたの助けになること、間違いありません」
コンクリートの四階建て。一階ではなく、二階に事務所が存在する。
その二階のドアを開けて入ると、支部長である葦原双羽が言った。
「ちょうどいいところに来たわね。早速だけど、仕事の依頼があるわ。行くならそのように段取りするけど、どうする?」
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【妖撃社・日本支部 ―松―】
長いすで横になって寝ているシンにタオルケットをかけてあげた双羽は、腰に片手を当てて見下ろしている。嘆息してやれやれときびすを返した彼女は、きょろきょろと周囲を見回して誰にも見られていないことを確認すると支部長室へと戻っていく。実はそれを柳宗真とアンヌに見られていたのだが。
宗真はふぅんと呟く。
「支部長って……優しいですよね」
「でもシンでなければあんなことしませんわよ、絶対」
「……シンはちょっと寝過ぎじゃないですか? 仕事中でしょう、今」
「シンは……まぁ、病気だと思ってくださいませ」
「病気?」
片眉をあげる宗真に、アンヌは唇の前に人差し指をたてた。なんと可愛らしくて絵になるポーズだろう。
「本人の許可なく言うわけにはまいりませんわ。知りたければ本人に訊いてみてくださいましね。
でも寝てると可愛いでしょう?」
「え……あ、ま、まぁ……」
ちら、と眠っているシンに視線を遣る。けっこう可愛い顔をしている……とは思う。
「ほほほほほ!」
高笑いをあげたアンヌにぎょっとして身を引く宗真を、彼女は穏やかに見てきた。
「べつに涸れてるわけじゃありませんのね」
「……涸れてませんよ、失礼ですね」
むっとして言い返す宗真を放って、アンヌは歩きだした。宗真はそれに続いて足を踏み出した。
「そうでしたわね。ヤナギさんはまだまだお若い男性でしたわ。ほほほほほ」
可憐な見た目と違って、実はアンヌは性格が悪いのではないだろうか。宗真は嫌な予感にぶるりと身を震わせた。
*
無言の宗真を見て、アンヌはぱちぱちと拍手している。
「まぁまぁ、とってもお似合いですわ」
「……どうも」
それしか言えない。
花婿用の白いタキシード姿の宗真は現在、結婚式場に居る。ここが現場なのだ。
「はい、チーズ」
いつの間にか手に持っていたデジカメで宗真の姿を激写した。顔を引きつらせる宗真をさらに写す。
画像の確認をしているアンヌはかなり楽しそうだ。
「……アンヌさん、僕に何か恨みでもあるんですか?」
「恨み? まぁ、滅相もありませんわ! 素敵な殿方の素敵な姿をこうして記念に残してはいけませんの?」
……うそくさい。
「何かあるでしょう、僕に言いたいこと」
「あらあら。べつにございませんわ。この間、シンを泣かせたことでいじめてるなんてこと、微塵もありませんわよ?」
それか。
「あれはですね、シンが僕のケガを見て勝手に……」
「でもうまく泣き止ませなかったでしょう?」
ずばり言われてしまって宗真は口ごもる。そんな宗真の背中をアンヌが押した。
「さぁさ、式場へ行きましょう。花嫁がお待ちですわ。女のわたくしがいるとマイナスでしょうから、頑張ってくださいまし」
補佐をしてくれるんじゃないのか?
*
バージンロードを歩く宗真は、先で待っている花嫁姿の女の背中を見つめた。
美しい純白のウェディングドレスを身に纏った若い女はこちらを見てこない。ただ、待っている。
この仕事の依頼者は結婚式を挙げる会社の社員。詳しくはわからないが、まぁそこそこお偉いさんなのだろう。
結婚式のリハーサルに現れるという花嫁。その花嫁に運悪く出会うと花婿が死んでしまうという。――そういう噂は昔からあった。だがなぜ最近になってと疑問に思うが……。
(……高橋雅美さん、ね)
この依頼の調査員は遠逆未星。
しかしなぜ自分が花婿の扮装をしなければいけないのか……。考えるとますます貧乏くじを引いた気になる。
教会式の結婚。このチャペルを模した結婚式場。いつか自分も誰かとこういうところに来るのだろうか……。想像がつかない。
花嫁の横に立った宗真は緊張に少し震える。憑かれてしまえば自分には手立てはない。完全にこうして目にすることはできるが、彼女は幽霊に違いないのだから。
「結婚は人生に一度なのよ。一度にしたいの私は。ねぇ、文也さん」
こちらを見上げてきた雅美の瞳は空洞で、宗真は少し喉が引きつる。空洞の瞳からは血の涙が流れていた。
背筋を撫でる彼女の手は氷のように冷たく、宗真は眉を少しだけひそめる。
「文也さん、来てくれたのね。うれしいわ」
「…………」
ここで、いつもなら逃げるのだ、花婿の男は。そして――。
(殺される。リハーサルに来ていた花嫁もろとも)
「文也さん、ねぇ、私を愛してるって言って。いつもみたいに言って」
すがるように言ってくる雅美は、ゆがんだ笑みを浮かべている。悲しみと、嘲笑の混じったそれは、おぞましいほどだ。
雅美に触れることはできない。彼女は実体化するほど強力ではない。彼女の根底にあるのは憎悪と悲しみ。自分を捨てた男を呪い殺し、それでも足りなくてここに居座っているのだ。
雅美が抱きついてくる。だがそこに重みや温かみはない。
雅美はそもそもその文也という男に殺されたのだ。死体はすでに発見されている。発見したのは未星。雅美はしつこいストーキング行為をした結果、殺されてしまったのだ。
(……寒い)
頭の芯がぼうっとする。精神が侵食されていく感覚。あぁ、そうか……こうやって取り憑いて殺すのか。
「高橋さん、文也さんはもう死んでいます。あなたをあの世で待っています」
試しにそう言ってみるが、雅美の耳には聞こえないようだ。彼女はふふ、と薄く笑っている。
(やはり説得はできない、か)
舞姫は使えない。雅美は「女性」というものに敏感すぎるのだ。舞姫とて女性型。というか、ここに人形であれ、誰かが入ってくるのを雅美は嫌う。逃げられるわけにはいかない。
自分が囮になるというのが前提だったこの仕事。下手をすると憑かれると双羽にも言われた。でも。
「文也さん、文也さん……」
繰り返し囁く雅美の腕が宗真の体に沈み始めている。何も感じない宗真は目を見開く。こうして無意識に憑かれて……殺されるのだ。
「あっ、あっ!」
突然雅美の動きが止まり、うめきがあがった。見れば、雅美の背中にナイフが刺さっている。ナイフを投げたのはおそらく……。
(アンヌさ……)
二階の窓から彼女が手を振っている。ひらひらとなびくスカートが少し捲れ、足に巻かれたベルトに様々なナイフが装着されているのが見えた。
朦朧としかけた意識を引き戻し、宗真は右手を引っ張った。隠されていた舞姫が起き上がり、すぐさま痙攣している雅美に攻撃をしかけた。
腕を、振り上げ。
雅美の首を吹っ飛ばした。ごろんと転がる首は、ぱくぱくと空気を求めるように開閉している。
「はい、チーズ!」
その様子を二階からデジカメで写すアンヌに、宗真は眉をひそめた。
「ヤナギさん、花嫁惨殺の巻。なんちゃってですわ」
「……ふざけてないで、この人をなんとかしないと」
雅美はすでに精神崩壊している状態なので、死んだと認識はしない。徹底的に消滅させるか、浄化するしかないのだ。だが宗真にできるのは前者だけ。
アンヌは二階からジャンプして一階に着地すると、こちらに近づいてきた。
「……ところでそのデジカメで写したもの、どうするんですか」
「え? デジカメ? そんなものどこに?」
にこっと微笑むアンヌの手には何もない。一体どこに隠した!?
彼女は軽やかに笑い、高橋雅美の成れの果てを見つめた。
「さて、と。では処理にかかりましょうか」
*
帰り道、タクシーを拾うまでの時間で宗真はアンヌをちらりと盗み見る。
彼女のふんわりとした濃紺のスカートの下は一体どうなっているのか……。あまり考えたくなかった。まだ武器を隠し持っているのではないだろうか?
一緒にタクシーに乗り込んで妖撃社へと向かう。
「……アンヌさんて、いつもその格好ですけど……普段はどうしてるんですか?」
「あらまぁ。女性のプライベートをお知りになりたいんですの? まぁ、何にお使いになさるのかしら?」
笑顔のアンヌに宗真は嫌な顔をする。思うに、宗真は彼女がちょっと苦手だ。まるで掌で踊らされているような……。冷静にやり返そうとは思うわけだが、そうしてしまうとなんだか。
(こっちが……悪いって認めてしまうようなものですし)
試しにやり返してみるかと考えを変えた。
「何にも使いませんけど」
「ほほほ。まぁそうですわよね。わたくしの私生活ごときでは、シンのエッチな格好ほど慰みにはなりませんものね」
ぶっ、と宗真とタクシーの運転手が同時に吹き出した。
ここで肯定すればアンヌとの会話は続く。けれどもそんなことはしていないので、ちょっと……。
「僕はそんな男ではありませんよ」
ちょっと引きつった笑みで返すが彼女は気にもしていない。
「あら。不能なんですの?」
「…………」
こ、これはまずい。口で勝てる気がしない。
「違います」
「あら。では男色家で? あらあら。でもそれも一つの嗜好ですわ。わたくし、そんなことでヤナギさんを軽蔑したりしませんわよ」
ほほほと笑うアンヌに、宗真は完全にお手上げだ。
(肯定すればさらに自分が悪い立場に……否定しても同じ状況に追い込まれそう……)
相手が悪いとはっきりわかる。
「下着姿の上に半纏……どてら? を着てるって、ある意味無防備ですわよねぇ」
「……見てたんですか?」
なぜそれを知っている?
疑う視線を平然と受けて、アンヌは可愛らしく首を傾げた。
「あら。冗談でしたのに。ほほほほほ」
「………………あ、あんまりいじめないでください」
とうとう耐えかねてそう言うと、アンヌは笑い声を止める。
「そうですわね。あまりいじめては可哀想ですわ。
ごめんなさい。ちょっと意地悪が過ぎました」
あっさり謝られてしまい、拍子抜けをした。彼女は宗真ににっこりと微笑んだ。
「許してくださいませ。フタバ様とシンのことになると、わたくし、少々度が過ぎますの」
「あ、いえ……。いいです」
自分に非がなくてもシンを泣かせたのは事実だし、アンヌは同僚として大事に思っているのだろう。
「優しいんですのね。大丈夫。フタバ様をこっそり見てエッチな妄想をしてるなんて、誰にも言いませんから」
「してませんっ!」
「あら。じゃあシンでしてるんですの?」
「シンでもしてません!」
「冗談ですわよ」
ほほほ、と彼女は宗真の横で楽しそうに声をあげる。
(……こ、この人……もしかして一番厄介なんじゃ……)
頭の痛い宗真は、うなだれる。ミラー越しに運転手の気の毒そうな顔がちらりと見えたのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7416/柳・宗真(やなぎ・そうま)/男/20/退魔師・ドールマスター・人形師】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、柳様。ライターのともやいずみです。
仕事は無事に完了。終始アンヌにいじられてしまいましたが、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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