■【妖撃社・日本支部 ―桜―】■
ともやいずみ |
【1564】【五降臨・時雨】【殺し屋(?)/もはやフリーター】 |
「奇妙で奇怪な事件に巻き込まれている、人外の存在に脅かされている、そんな方……ようこそ「妖撃社」へ。
我が社は誠心誠意・真心を込めてあなた様のお悩みにお応えいたします。
どんな小さなことでも気軽にご相談ください。電話番号は0120−XXX−XXXまで。
専門家たちがあなたの助けになること、間違いありません」
バイト、依頼、それとも?
あなたのご来店、お待ちしております。
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【妖撃社・日本支部 ―桜― 面接】
履歴書を前にして、五降臨時雨は悩んだ。
(学歴に……書くことが……ない……)
見本をちら、と見る。そちらには中学卒業から就職した先のことまで書かれている。小学校にすら通えていない時雨には、この欄に書くことがないのだ。
悩んだ末に、カリカリとボールペンを動かして書いていく。
(……嫌だけど……孤児院の……名前だけ……書いて……おこう)
*
履歴書を持って目的の建物の前に立つ。四階建てのコンクリートのそれを見上げた。目立つところのない、普通の建物だ。
一階には誰もいないみたいなので、二階にあがってみる。人の気配がするので、そちらに近づいた。
(ここ……?)
ドアを開けて入ろうとするが、頭がぶつかりそうになる。2メートル20センチという長身の時雨にとってこのドアは小さい。腰を屈めて中に入ると、目の前に衝立があった。いきなりなんだろうと戸惑っていると、声をかけられた。
「あら、いらっしゃいませ」
「…………」
メイドだ。小柄で可愛らしいメイドさんがいる。
一瞬、ここは喫茶なのだろうかと頭の隅に疑問符が浮かんだ。
「なにかご用で?」
可愛らしく首を傾げたメイドに、彼は持っていた履歴書を掲げる。それだけで彼女はすぐに理解したらしく、「少々こちらでお待ちを」と言って、来客用らしいソファに通してくれた。
元々背の高い時雨は大きく体を曲げるように腰掛けた。普通の人よりも頭二個分は飛び出てしまうのだが、こういう室内は天井までの距離が短く感じる。……はっきり言うと、せまい。
「すぐ来ますので、お茶をどうぞ」
先ほどのメイドが時雨の前にお茶を置いていく。
そっと湯のみを手に取り、口へと運んだ。あ、おいしい。
(お茶……って……こんなに……しっかり……味が……出るもの……なんだ……)
普段水ばかりの生活なので、しっかりと味わって飲もう。そう思っていた時、衝立の向こうから制服姿の少女が姿を現した。
「お待たせしました。私が妖撃社、日本支部の支部長を勤めています、葦原双羽です」
「あ……」
時雨は立ち上がる。
「五降臨時雨……」
「どうぞおかけください」
双羽はそう言ってにっこり笑うと、時雨の向かい側の席に腰をおろした。時雨もすとんと先ほどの位置に座る。
「履歴書をお預かりしても?」
「…………」
時雨から履歴書を受け取った双羽は、ざっと目を通してから怪訝そうにした。おそらく「学歴・職歴」のところだろうなと時雨は思う。
「……学校には通われていない、のでしょうか?」
「……事情が……あって……」
「そうですか」
あっさりとそう言って双羽は履歴書を折りたたんだ。そしてこちらをまっすぐ見てくる。
「うちにバイト希望ということですが……」
「人づて……で、聞いて……」
「人づて?」
「草間……」
呟く時雨に、彼女は「あぁ」と洩らした。
「草間興信所ですか」
「家なき子……だし……ちょうど……いいとおも……って……」
「…………」
彼女は少し眉間に皺を寄せる。
「そうですか。職歴はないようですけど……今までバイトとか、したことは?」
「して……る……。ベビーシッター……引越しの……作業員……それから」
一つずつゆっくりと挙げていくと、彼女は「はぁ」とどこか呆れたような、困ったような声を出した。もしかして、それだけ多くしてるからここで働かなくても、と言うつもりかもしれないと思って時雨は続けて言う。
「バイトいっぱい……してるから……普通に生活……できると……思われがち……だけど……ボク……妖刀使いなんだ……」
「妖刀、ですか」
双羽が時雨の持つ刀を見遣った。時雨の身長をゆうに越えるものと、もう一本ある。
「これの……維持費が桁違い……なんだよ……ね……。手入れ……とか……。これは……大切なもの……だから……」
「………………そうですか。どうしてうちの仕事をしたいと思ったんですか?」
「それ……意気込み……?」
「そうなりますね」
「依頼成功率……100%……。今も……昔も……これからも……。それが……もっとう……」
「………………」
彼女は長い沈黙の後、瞼を閉じ、手を組んで膝の上においた。
「能力についてお聞きします。すべて、とは言いませんが、特殊能力があれば言ってください」
「血化粧……と、この刀……と、」
「能力の説明も」
冷徹な双羽の声に時雨はぼうっとした感じでうなずく。
「血化粧……麻痺の目が、発動……する……これは……十分間だけ……制御……でき、る……。知覚の範囲が……いつもの……数千倍……で、ちょっとした予知……の能力も……」
「…………」
「それから、この……刀……七尺の……こっちは……妖長刀。……金剛石も……斬れる……。こっちの……は、斬ると同時に……数万℃の……魔炎を……発する」
「…………」
「ボク……秒速2000メートルで……動ける……。刀の攻撃……秒間400ほど……。普段は……10分の1に抑えて……るけど……血化粧……で、それ……解放……」
「…………あなたは人間なんですか? もはや人間のできる範疇を大幅に超えているんですけど……」
首を傾げる時雨は緩く左右に振った。
「人間……」
「……人間なんですか」
納得しがたいような双羽はちょっと視線をさ迷わせる。
「うちにも色んな人がいますけど……そうですか」
彼女は組んだ手を見下ろし、思案するように顔を伏せた。時雨はどうしたらいいかわからなくて、彼女の様子を見つめるだけだ。
やがて、彼女は深い溜息をついて顔をあげた。
「申し訳ありませんけど、バイトは不採用とさせてもらいます」
「……え?」
面接が終わった途端に告げられた言葉に、時雨は驚くしかない。
自分のなにが、どこが、ダメなのだ?
「どう……して……?」
「………………あなたの能力が危険だから」
重く、低い声で洩らす双羽。
能力? それが原因? でもそれは、仕事をするのに役立つじゃないか。どうして?
怪訝そうな時雨に彼女はどこか鬱屈とした様子で説明する。
「あなたの境遇に同情しないわけではありません。ですけど、あなたの能力は他者や周囲に迷惑をかける確率が高い」
「今まで……そんなこと」
「あなたが気づいていないだけで、ないとは言い切れないでしょう? 持っている刀だけでも危ないわ。数万℃なんて……太陽の表面温度より高いなんてどれだけ周りに被害がでるか」
顔をしかめる双羽は言い放った。
「はっきり言って、あなたの能力は危なすぎてうちでは持て余すの。
うちは一般人のお客が多いから、そんな被害が甚大になるような能力者は仕事に行かせるわけにはいかない。
どうしてもうちで働きたいというなら、能力や刀は一切使わないという約束が必要です」
「…………」
時雨は呆然と双羽を見た。
仕事の成功率だけでみるわけではないらしい、ここは。
「うちでは建物とか物は極力壊さないようにする方針なの。それに…………」
彼女は口ごもるが、それでも決意したようにまっすぐ見てくる。
「背が高すぎて目立つのも問題ね……でもこれは、どうにもできないことだから……。
刀が商売道具だから持ち歩くのは仕方ないけど、警察に銃刀法違反で通報されてしまうわ。そうなったらこちらでは対処できない。うちでは持ち歩くのを禁じます。
あなたはちょっと自分が目立つのを自覚したほうがいいわよ」
「それ……は」
「学校に行っていないのは言い訳にはならないわ。確かに学校に行っていないから足りない知識とか、感覚もあるでしょう。でもね、『それ』を言い訳にしてたら何もできないでしょう?」
常識がないのは学校に行っていないから、とは言えない。その言い訳はここでは通用しないのだ。
「そう……だ、ね」
今まで自分のすることが誰かの迷惑になるとか、考えたことはない。
持っている能力の強大さに何も感じないのだ。それが周りからどう見えているかなんて、どういう目で見られるかなんて……考えもしなかった。気にする必要もないから。だって気にしてもしょうがないから。
でも。
ここは会社で。
メンバーと連携をとっていく。
時雨の行動一つで会社全部、社員全員に迷惑がかかる。もしかしたら、取り返しのつかないことになるかもしれない。
その恐ろしさを、彼女は知っている。だから警告するようにこちらを見ているのだ。
「……性格と口調からあまり警戒されることがないんでしょうけど……それは運が良かったに過ぎないわ。
あなたみたいに背の大きな人が現れたら、依頼者である一般人は精神的に余裕もないし、軽いパニックにはなるでしょう。そういうことも避けたいの」
「………………」
「ごめんなさい。支部長という責任ある立場として、あなたを今の状態のままバイトとして採用はできません」
頭をさげた双羽に、時雨は困惑するしかない。
バイトの不採用なら、ここでわざわざ理由を言う必要はない。後で郵便で不採用通知をするか、電話でそのことを伝えればいいだけだ。ここで理由を述べる必要性はないはず。
もしかして彼女は律儀な性格なのかもしれない。理由を知りたがるだろうと思ったのかも。それとも……忠告してくれているのだろうか?
「……わかった……」
立ち上がった時雨は、双羽を見下ろす。そしてぺこっと頭をさげた。
「面接……ありがとう……」
「こちらこそ」
彼女も立ち上がって微笑んだ。
*
妖撃社の入っている建物から外に出る。まだ日は高い。
「………………」
当てが外れてしまった。刀の維持費がかかるし、いいバイト先になると思ったのに。
面接をした双羽のことを思い返す。見た感じからしても、彼女は女子高生で……ただの人間だった。
時雨のような超人敵な力などない、ただの娘。
(……怖がっては……いなかった……けど……)
はっきりと「困る」という顔をしていた。それは時雨の持つ力がどれほどの被害を出すか想像したせいだろう。
「……帰ろ」
そう呟いて時雨は歩きだした。再びここに訪れるかどうかは、今はまだわからない――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1564/五降臨・時雨(ごこうりん・しぐれ)/男/25/殺し屋(?)・もはやフリーター】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、五降臨様。初めまして、ライターのともやいずみです。
バイトの面接の結果、不採用ということになってしまいました……。
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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