■「明日へ繋げし夢紡ぎ」■
青谷圭 |
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【1252】【海原・みなも】【女学生】 |
「さぁさぁ、皆さんご注目！ 紳士淑女も老いも若きも、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。夢を売る店、夢屋だよ！」
人の行き交う公園の中、『夢屋』とか書かれた手作りの看板が置かれ、地べたに敷かれたブルーシートの上で少年が声をあげる。
ぽんぽんぽん！ 軽めのクラッカーのような音が響いて、テープや紙吹雪がぶわっ飛び回る。誰かが投げているわけでも、少年が自分で投げているわけでもない。 シートから落ちることなく、綺麗にその枠内で踊っている。
通りすぎろうとした人たちが目を止め、足を止めると、少年はスッと手をあげ、紙吹雪やテープが一瞬で姿を消す。
そして大きく手をあげると、ぽんぽんぽん、と今度は音と共に白いボールが手から飛び出す。それでお手玉をしながら、５つほどのボールを全て宙に放り投げ、指を立てるとボールはピタリと空中で静止する。
更に、パチンと指を鳴らすと一瞬にしてボールは消え去った。
「……種のある手品か？ 種のない魔法か？ それはあなた方ご自身でご判断を。僕にできるのは、あなたの夢見るお手伝い。日々に疲れている人も、そうでない人も。どなた様もお気軽にお楽しみ下さいませ」
恭しく頭を下げ、口上を終える少年。
沸き起こる拍手を合図に、大道芸を開始する。
指先から炎を出したり、かと思えばそれが布に燃えうつって火事になって慌てて空中から水をかける、という愛嬌のある連続技まで繰り出した。
普通の手品よりも見た目が派手なので、曲芸に近いのかもしれない。
様々な妙技を披露し、沢山の人たちの拍手によって幕を閉じる。
少年の挨拶を終え、彼の帽子の中に沢山のお金が入れられる。
やがて人が散り散りに動き出す頃、彼はふとこちらへやってきた。
「こんにちは！ ずっと見て下さってましたね。楽しんでいただけましたか？」
愛嬌のある笑みを浮かべ、気さくに声をかけてくる。
「――もしかして、何か御用でしょうか？ 夢屋の『獏』に」
帽子を頭にかぶせながら、相手を見定めるような眼差しと試すように強調したコードネームで尋ねる。
彼の名は、藤凪 一流。
幻術を使い、人に夢を見せること。そして悪夢を祓うことが『夢屋』の本来の活動なのだ。
「見たい夢がおありですか？ もしくは、祓いたい悪夢が。夢に関するご相談でしたら、どんなものでもお受けしますよ」
シートを丸め、看板を手にして。彼はもう一度、用件を確認するのだった。
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明日に繋げし夢紡ぎ 〜初心回帰編〜
あたしは、２つの世界を知っている。
１つは、果てしなく続く空の下、海に囲まれた大陸に沢山の人間や動物たちの住む世界。
１つは、区切られた３つの空の下、人魚のいる水辺と獣人の森、そして浮島に逆さに生えた建物に住む翼人たち。２本足で歩く人間なんて存在しない世界。
前者は現実世界。あたしが、今まで生きてきた世界。
後者は夢の世界。あたしがコウモリ娘として生活している世界。
どちらのあたしにも、家族がいて。友人がいて。
いつの間にかあたしは……２つの世界で身動きが取れなくなってしまっていた。
目の前には、『もう１人のあたし』。
いつもの公園の茂みの奥で、自分そっくりな少女とそっと手を触れ合う。
そこから、流れ込んでくる記憶と情報、感情。
２つの世界を行き来するあたしにとって、これは今や欠かせないものになってしまっている。
自分がいない間にもう一方の世界で何があったのかを知るためにも……。
「……みなもちゃん、大丈夫？」
藤凪さんに声をかけられ、うなずいた。
こうして全てを知ったときはいつも、何故だか泣きたくなってしまう。
２人分の容量が大きすぎて扱いきれないのだ。
それに、大事なものが２つあってどちらを選ぶこともできないのがつらい、ということもある。
「何か、別の方法を考えなくちゃいけないな……」
「え？」
深刻な表情になる藤凪さんに、あたしは首を傾げて聞き返した。
「このやり方は、精神的に負担がかかりすぎるんでしょ。終わった後はいつもつらそうにしてる」
「そ、そんなことないですよ。大切なことを思い出すことができますし、むしろ感謝しているくらいで……」
ともすれば、今いる世界になじみすぎてもう１つの世界の存在を忘れてしまいそうになる。
２つの記憶を全て持っておくのは、とても大変なことだから。
だけど忘れるのは、どうでもいいからじゃない。
こうして思い出すことで、その大切さを改めて実感して。
だからこそ……身動きが取れなくなってしまうのだ。
「でも、やっぱりどちらかを選んだ方がいいんでしょうか」
今まで、藤凪さんは無理にどちらかを選べとは言わなかった。
あたしにとってはどちらも同じくらい大切なのだと知っていたから。
だけど……。
「わからない。君にとって何が一番いいのか、僕も模索しているところなんだ。苦しむ姿は見たくないけど……他の方法を提示することもできなくて」
彼も、悩んでいるみたいだった。
考えても、答えは出ない。
そういうときはどうしたらいいんだろう。
いっそ、考え方を変えてみる……？
「……藤凪さん。あたし、今日は『こっち』に残ります。向こうの世界には、明日連れていってもらえますか？」
「いいけど……。大丈夫？ そんなにきつかった？」
「いえ。少し、考えたいことがあるんです」
慌てて首を振ってみせると、藤凪さんはほっとしたように息をつく。
いつものことながら、本気で心配してくれてるみたいだ。
「そっか。ならいいんだ。じゃあまた明日ね」
手を振って別れを告げると、そのまま家へと帰っていく。
公園の木立を、風が柔らかに揺らし、髪を撫でた。
――お父さんに、相談してみよう。
向こうの世界……コウモリのあたしにも、お父さんはいる。
真っ白な翼を持つフクロウの父。それから蝶の翅を持つお母さんもいる。
だけど、２人にはあたしが本当は現実世界の人間だということは知らない。
年越しのお祭りでいざこざはあったけど、きっとそんなこと、疑ってもいないと思う。
あたしには、言えない。
あなたたちの住んでいるのは元々夢の世界で。
藤凪さんに夢を再現してもらった、虚像の場所だなんて。
あそこはもう１つの世界としてちゃんと成り立っているんだもの。
皆、ちゃんと意思や感情を持って生きているんだもの。
翌日は雲ひとつない快晴だった。
学校の帰り道、両足でアスファルトの地面を踏みつけながら空を仰ぐ。
真っ直ぐに上を見上げたはずなのに、視界には高層ビルやマンションが入ってくる。
飛行機がゆっくりとその中を泳いでいくのが見えた。
大きく息を吸い込んで、公園に向かって駆け出す。
覚悟は決まった。
まだ少しだけ、怖い気持ちはあったけれど。
それよりも道が拓けたことの方が嬉しかった。
「どうしたの、みなもちゃん。なんか吹っ切れたような顔してるね」
公園に着くと、藤凪さんは笑顔で声をかけてくれる。
「……昨日、お父さんに相談してみました。他の家族や、友達とも。色々と話して、考えてみたんです」
独りで悩んでいても、答えは出ないから。
信頼できる人たちの様々な意見を聞いて、自分でも考えているうちに、あることがわかったのだった。
「へぇ、そうなんだ。もしかして、何かいいアイデアでも浮かんだの？」
「というより、考え方を変えたんです。元々、あたしの望みは夢世界が安定すること。自分がいなくてもちゃんと動いて、世界として独立できることだったんです」
「そういえば、観光旅行を用意したのもそのためだったんだったね」
彼はうなずきながら考え込む。
「だけど向こうの世界は楽しくて、やりたいことは沢山あって。いつの間にか、本末転倒になってしまっていたんですね」
「……それじゃあ、もう向こうには……」
「行きますよ」
答えると、驚いたように目を丸くする。
あたしはそれに笑みを返した。
「向こうは、こちらよりも成人が早いんです。学校を卒業したらすぐに仕事に就きますし。そうしたら、自立して家を出ることもできる。『実家』には、時折帰れたらいいんじゃないかと」
「成人して、自立……。そっか、そういう考え方もできるんだ」
どうやら賛同してくれたようで、藤凪さんは納得するようにつぶやき、それからパッと笑顔になった。
「うん、いいと思うよ。それならもうダミーを使う必要はないだろうし、侵食もずっと少なくなるはずだ。何より……２つの世界で引き裂かれるような思いはせずにすむだろうからね」
「はい。当分はコウモリと学生の両方をがんばってみます」
「うん。じゃあさ、いざってときにスムーズに動けるように……」
他に誰もいないのに、その続きをわざわざ耳打ちしてくる。
「えぇ？ でも」
「そのくらいの前フリはあった方がやりやすいでしょ、色々と。まぁ、どうするかは君に任せるけどね」
藤凪さんの言葉に、あたしは黙ったままで小さく苦笑した。
それから、いつものように手を取り合い、意識を集中して。３つの空を持つ、あの素晴らしい世界へと旅立つのだった。
赤く染まる夕暮れの空。
黒い翼を広げて、回転しながら浮島の周囲を飛び抜ける。
風を切る感触が久しぶりで気持ちがいい。
「みなも〜、何ひたってるの。学校始まるよーっ」
気分よく飛び回っているところに、友達が声をかけてくる。
現実世界の人たちのほとんどが２本の足で歩くことに感動を覚えないように、空を飛ぶのが当たり前の翼人種は改めてそれに感動することもないのかもしれない。
夕暮れから始まるコウモリたちの授業。
基本的には生活に密接したもの、また他の種族の人たちの特性やこの世界での生活の地理、ひどく簡単な歴史や宗教なども学んできた。
実習ではエサの獲り方や飛び方から配達の仕事の模擬訓練などもやってきた。
現実世界のように、たくさんの学校なんてない。
全てはここで学んで、卒業したら……就職して、自立するんだ。
「ねぇねぇ、聞いた？ あの先生ね、実は人魚を好きになっちゃったんだって」
教卓に立つ男性コウモリの先生を指して、友達がささやいてくる。
天井から逆さにぶら下がったまま、あたしは同じようにぶら下がってキィキィと鳴く先生に目をやった。
「そうなの？ 知らなかった」
浮島に住むものなら、昆虫系も鳥系も関係ないけど、住むところの違う人との恋というのはそういえば初めて聞く気がする。
「でも、可哀想だよねぇ。住む場所が違うんだもん。私たちは水に入っていけないし、向こうは空を飛べないし」
「だけど、その場合って子供はどっち系になるのか気にならない!? 人魚になるのか、翼人になるのか」
そのやりとりを聞いて、あたしはハッとする。
「今まで、そういう例ってなかったのかな？」
「うん、聞いたことはないよ」
「やっぱり反対されるのかなぁ」
どうやら、あたしだけじゃなく他のみんなも知らないらしい。
狼と羊の子供が生まれるような世界でも、住む場所が違う場合の異種族婚はやっぱり珍しいみたいだ。
「……できれば、うまくいって欲しいよね」
常に平和で、争いやいがみ合いとは縁遠いこの世界で、望まれない結婚だとか叶わない恋だとか、そういうものがあるのは何だか切ないような気がする。
そう思ってつぶやくと、友達はみんな、わぁっと声をあげた。
「そりゃあねぇ、だってみなもは、異種族どころか世界も違う人と……だもん」
「案内人の藤凪さんでしょ〜。時々で姿変わるけど、基本的には２本足っていう変わった種族だもんね」
元々そういう風に噂されることはあったけど、年越しのお祭りでのやりとりがまた、大きな誤解を生んでしまっているようだった。
「そういえば年末のプロポーズはどうなったの？ ほら、『僕と現実に帰ろう』っていうヤツ」
――だから、あれはプロポーズなんかじゃないんだってば。
だけど多分、言い出すなら今だろうな。
そう思って覚悟を決める。
「そのことなんだけど、ね……。学校を卒業したら、もしかしたらその……」
「結婚するの!?」
自分から口にしなくても、友達が変わりに声をあげる。
あまりに大声だったので注目を浴びて、先生からも睨まれてしまった。
「も、もしかしたらね。そうなるかも、って話なんだけど」
そういうことにしておけば、自立した後に家を出る……むしろ、この土地を離れて姿を見せなくなることになっても心配かけることはないだろう、という案だったのだけど。
「よかったね、おめでとう。みなもなら、きっとうまくいくと思うよ」
そうも真っ直ぐに応援されてしまうと、気恥ずかしいだけではなく後ろめたくなってしまう。
本当は、嘘なんてつきたくはないんだけどな……。
「やぁ、みなもちゃん。学校は終わった？」
授業を終えた暗がりの中、父に似た白いコウモリの姿をした藤凪さんが声をかけてくる。
「はい。それにちゃんと、覚えていますよ」
意識の侵食を心配しているんじゃないかと思ってそう告げると、彼は「わかってるよ」とあっさり答えた。
「多分、ここのところの侵食は君の意志が弱いからじゃなく、むしろこの世界を愛する気持ちが強いから起こったものだと思う。答えを見つけた以上、もう心配はないはずだ」
弱いからじゃなくて、愛する気持ちが強いから……。
そう思うと、少しだけ心が楽になる気がする。
「僕が心配してたのは、むしろ他のことでね。みなもちゃん、ちょっと来てくれる？」
だけど続いた言葉にドキッとして、小さくうなずいた。
一体、どうしたんだろう。
この世界で他に心配するようなことなんて、今までなかったはずなのに……。
藤凪さんが向かったのは夕暮れの水辺だった。
その向こうに見える森の朝陽が目に眩しい。
「――見て、これ」
そういって指さされたのは、森のある島との境目だった。
前は岩棚だったはずだけれど、そこにはいつの間にか砂浜ができていた。
ざざ、と水の流れる音が聞こえる。
「砂浜ができてますね」
「しかも、波がある。人魚たちが泳いでるときにはチャプチャプと音を立ててたけど、全体が動くような波は、前にはなかったはずだ」
「……重力が、変わったんでしょうか」
確か、水面の波のほとんどは重力で起こるのだと聞いた気がする。
「空を飛んでる時には感じませんでしたけど」
「うん。僕にも、原因はよくわからない。だけど……この世界が変わってきているのは確かみたいだ」
その言葉に、学校での噂話を思い出す。
――今までは、住む場所の違う異種族での恋はなかった。
変化してる？ だけど、一体どうして……。
「実は、見つけたのはここだけじゃないんだ。獣人の森では、畑を耕し始めていた」
「まさか。だって、ここでは全てのものは、与えられるものだって……。手を加えることはあってもつくりだすことはできないって……」
以前、そう聞いたはずだった。
「だから、変化してきているんじゃないかな。多分、色々なところで」
「でも、どうして急に」
口にしてから、ハッとした。
――まさか。
「あたしのせい……ですか？」
いつか自立しようと思って、この世界に必要以上に執着することをやめた。
だけど以前彼が言っていたように、この世界をつくった根源があたしにあるなら、もしかしたらその考え影響を与えているんじゃ……。
「多分、それもあるんじゃないかと思う。でも、君の『せい』じゃないよ。考え方次第では、君の『おかげ』なのかもしれない」
藤凪さんの言葉に、あたしはわけがわからず首を傾げる。
「えっと、どういう意味ですか？」
尋ねると、彼は水辺に突き出た岩に降り立ち、にっこりと笑って見せた。
「……つまりね。今まで、ここはどこまでも平和で、あまり変わり映えはなかったでしょ。それはきっと、君が観測者としてここにいたからなんじゃないかと思う」
「観測者、ですか」
「ここを知ろうとした。ここの安定を願った。それはいいことだけど、平和と安定になれた世界は変化を拒んだ、ってことじゃないのかな。観光客の影響も見事に受けずに、この世界はある意味閉じていた。でもそれが……別の方向に向かっていっているんだと思う。よくも悪くも、ね」
変化を拒んで、閉じていた……。
この世界にはこの世界のルールがあって、誰もそれに反抗することがなくて。
だからこそ平和で、だからこそ安定していた。
それが今、動き出そうとしているということなんだ……。
「でも、そうなったら。この世界にも争いが起こったり、よくない影響が出たりするんでしょうか」
「その可能性もあるだろうね。だけど神の楽園は、それを知ることによって本当の意味で世界として独立できるのかもしれない」
少しずつ、変化していく夢の形。
それを喜ぶべきなのか、哀しむべきなのか。
「勿論、妙な方向にはいかないように注意はするつもりだよ。君の故郷を危険な場所にするつもりはありませんから」
「……わかりました。じゃあ、あたしはあたしなりに、変な方向にいかないように頑張ります。きっと……ここの住民にしかできないこともあると思うから」
「助かるよ」
動き出した世界。歩み出した未来。
不安はあるけれど、まるで変化しないものなんてないはずだから。
よくも悪くも、成長していけたらいい。
あたしも、世界も……。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号：1252 ／ ＰＣ名：/海原 みなも 性別：女性 ／ 年齢：13歳 ／ 職業：中学生】
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■ ライター通信 ■
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海原 みなも様
いつもありがとうございます。ライターの青谷 圭です。
ゲームノベル「明日に繋げし夢紡ぎ」へのご参加どうもありがとうございます。
今回は初心回帰編、ということで、過去にあった色々ないくつかのことを振り返りつつ話を進めていきました。
みなも様自身の成長と共に、世界にも若干の変化が訪れることになりましたが、いかがでしたでしょうか。
ご意見、ご感想などございましたら遠慮なくお申し出下さい。
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