コミュニティトップへ



■悪魔に魅入られた少女―第ニ話―■

川岸満里亜
【7403】【黒城・凍夜】【何でも屋・暗黒魔術師】
「もっと奥にいけるのなら、私はもっと奥に行って、お姉ちゃんに呼びかけます!」
 呉・苑香は泣き出しそうな顔でそう言った。
 しかし、精神体の姉の中に入るということは、苑香の肉体と精神も切り離す必要がある。
 つまり、肉体はこの場に残ることになる。
 悪魔が現れつつあるこの空間。
 夢魔が具現化していくこの空間に。
 彼女一人に行かせてもいいのか? 姉の精神に飲まれてはしまわないか?
 誰が彼女の身体を守る?
 誰が、悪魔の干渉を食い止める?
「お姉ちゃん、起きてよ、お姉ちゃん!」
 苑香の悲痛な声が響いていた。
『悪魔に魅入られた少女―第ニ話―』

 姉に向って叫ぶ呉・苑香の肩に、そっと手が置かれた。
「わかりました。苑香さんがそうおっしゃるなら、お手伝いしますよ」
 そう言って、夢魔の血を引く「夢見の魔女」、樋口・真帆は微笑んだ。
「私はここで待ってますから。ちゃんと帰ってきてくださいね」
 真帆の言葉に、苑香が不安気に頷いた。
 苑香は哀しい眼をしていた。
 しかし、彼女は強い意志を持っていると、真帆は信じた。
(水香さんを連れ戻せるとしたら、苑香さんだけですから……)
 涙を浮かべている苑香に、柔らかい笑みを見せて、真帆はこう言葉を続けた。
「無事に帰ったら、みんなでお茶でもしましょう。もちろん、水香さんも一緒に」
 その言葉にも、苑香は強く頷いた。
 そして、涙を浮かべながら少しだけ笑ったのだった。
「多分、真帆さんと凍夜さん、びっくりすると思う、姉の性格に。お姉ちゃん、ちょっと変わってるから。我が侭で、自己中心的で、偉そうで……でも、悪い人じゃないんだ。友達とか少ないけれど、大切な人を大切に想う気持ちは、強い人だと思うから」
「そうですね。苑香さんを見ていれば、わかりますよ」
 真帆の言葉に、苑香はもう一度頷いた。
「俺も一緒に行く」
 姉妹と付き合いが長い阿佐人・悠輔が、苑香の反対の肩に手を置いた。
「ありがとう……悠輔さん」
 涙を堪え、苑香は眼をぎゅっとつぶった。
 悠輔は銀のバンダナを取り出すと、自分と苑香の腕に巻きつけた。精神だけの状態になっても、2人が離れ離れにならないように。互いに自分の意識を保っていられるように願いを込めて。
 真帆はバンダナ結びを手伝った後、両手を前に差し出し、小さく呪文を唱えて使い魔を召喚する。
 黒うさぎのぬいぐるみのような使い魔であった。
「道案内に連れて行ってください」
 頷いて、苑香が涙を拭う。
「では……いいですか?」
「はい」
「頼む」
 苑香と悠輔の返事を聞くと、真帆は2人に座るように言う。
「壁に寄りかかってください」
 言われたとおり、二人は壁に寄りかかる。
 真帆は苑香と悠輔に手を伸ばし、呪文を唱える。
 苑香と悠輔の身体から力が抜けていく。
 真帆は2人を眠らせた後、水香の方に向い、二人の精神を飛ばした。
「……苑香さんの邪魔をなさるおつもりなら、やめておいた方がいいですよ?」
 言って、真帆は手にしていた箒を強く払った。
 群がっていた夢魔が消し飛び、一瞬にして、真帆の前方に道が出来る。
 使い間が2人の精神と共にその道を駆けた。
「本当なら私も近付いて、水香さんの精神状態を深く探った上で、皆さんを導ければいいのですけれど……」
 しかし、水香の精神には悪魔が触れている。恐らく、真帆には太刀打ちできない存在だ。
「せめて、お2人のお身体だけは、責任持ってお守りいたします」
 水香。そして、水香の中に入ったと思われる苑香、悠輔に向って、真帆はそう言葉を発した。

 水香に触れる白い腕から感じる力に、黒城・凍夜は眉を顰め、軽く後退する。
「悪魔が自分から絡んでくるなんて滅多にないと思うんだが……どういうことだ?」
 苑香が言っていた、悪魔契約書。この本になんらかの秘密があるのだと思うが、苑香も。彼女の姉の水香も、理解してはいなかったようだ。
「ま、一般人が使っていい本じゃなかったってことか」
 夢魔を退けながら、凍夜は苑香達の方を見る。
 苑香と悠輔が壁に寄りかかり、眠っており、真帆が一人、夢魔の前に立ちふさがっていた。
 下級であれば、真帆の位の方が上の為、退けることは可能だろうが……彼女には、武術能力はなさそうに見える。
 凍夜は中クラスの悪魔をこの夢と現実の狭間の世界に、召喚をする。
 悪魔に夢魔の押さえ込みを命じながら、真帆の元へと駆けた。
「派手な戦闘になる可能性があるが、周囲の人間達はどうする?」
 凍夜の言葉に、真帆は戸惑いを見せる。
「巻き込んで傷つけてしまったら、彼等の精神が壊れてしまうかもしれません」
「だが放っておけば、悪魔の影響力が高まり、あの水香って女も、中に入った2人も戻れなくなるぞ」
「では……」
 真帆は真剣な瞳で、こう言った。
「私が皆様を呼び寄せます」
「分かった。ここは任せる。――あの悪魔は、俺に任せておけ」
「お願いします」
 頷き合うと、真帆は苑香と悠輔を背に、手を広げて念を飛ばした。
 この世界の、この付近に存在する全ての人の心に。
 穏やかに、優しい波動を送る。
「何を迷ってらっしゃるのですか? 大丈夫です、私達と一緒にいましょう。何も、恐れることはありません。さあ、こちらに、来てください――」
 ゆっくりと、ゆらゆらと、精神体が真帆の方へとやってくる。
「私はあなた達を、決して傷つけたりはしません。夢魔さん達も、悪戯したらだめですよ」
 そう、緩やかに、柔らかに、想いを紡いでいく……。

 人々の身体が真帆に近付いていく様子を見ながら、凍夜は召喚した悪魔を従え、水香の身体の方へと向った。
 強い、波動を感じる。
 白い腕は、肩まで姿を現していた。
 自然と凍夜の顔に笑みが浮かぶ。
 悪魔にも、種類がある。
 凍夜は高位悪魔と契約を交し、悪魔使役権を得た。
 今、凍夜がこの世界に呼び出した悪魔は、現れつつある悪魔より、力も知能も劣る存在である。
 では使役している自分は?
「どちらが格上か……はっきりさせないとな」
 襲いくる夢魔を斬りながら、凍夜は駆けた。
 近付けば近付くほど、その強大な力で、胸が圧迫される。
 熱風を浴びているような衝撃を、肌に受ける。
 しかし、凍夜は怯まない。
 地を蹴り、獣形の夢魔を打ち倒し、水香のすぐ傍まで走り寄った。
 すでに、召喚した悪魔は、自分より後方にいる。
 強大な力に圧倒され、それ以上近付くことができないようだ。
 波動が更に強くなる。
 悪魔が凍夜の存在に気付き、威圧を試みているようだ。
「腕だけではその程度だろうな。――大人しく、自分の世界に帰れッ」
 凍夜は血の剣を振り下ろした。

    *    *    *    *

 世界の中に、声が響いていた。
 1つの声が響き渡っていた。

 お前は、私のものだ
 さあ、もっと深く
 深く眠るがよい
 全ての柵を捨て
 全てを忘れ
 心を解放せよ

『捨てないで!!』
 突如現れたもう一つの声。
『私のこと、忘れないで、お姉ちゃん!!』
 声に答えるものはなかった。
 しかし、声の主――苑香は必死に叫び続けた。
『眼を覚まして! 帰ろうよ、お姉ちゃん!!』
 更に、もう一つ。男性の声が発せられる。
『水香さん、あんたは大切にしたものを失って悲しみを感じながら、その中で、それでもそこに立ち止まらない、もっと優れたものを生み出したいと願った。そう願うほどの意志の強さがある』
“こちらへ来い。お前は私のものだ”
 2人の声と混ざるように、変わらず1つの声が響き続けていた。

 お前の欲するものは、全てこちらにある
 お前が欲する力も、全てこちらにある
 その力を、私はお前に与えよう

『ない! あるわけがない! お姉ちゃんが欲しかったのは、家族だから。絶対、そうだから!』
『水香さん! 思い返してくれ、あんたが認められたかったのはそいつなのか! そいつについていって望むところへ進めるのかっ!』
 苑香と悠輔は自分の身体の存在も感じられないまま、必死に叫び続けた。
 水香の心は見えない。
 しかし、この精神世界では、水香の心の流れが読取れた。
 悪魔の声に、眠らされ、従っていく心の流れが。
『あっ』
 苑香の精神の揺らぎを、悠輔は感じた。
『気をしっかり持て。苑香さんも、水香さんも、決して弱くはないはずだ。今、2人はとても近くにいるのだから』
 悪魔の声は、苑香と悠輔の精神にも影響を及ぼした。
 悠輔は水香を救出するという強い意志で対抗する。
『お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、答えてっ!!』
 苑香は狂ったように、姉を呼び続けた。
『水香さん、こっちに来るんだ。妹の所へ!』
 悠輔は手を伸ばす。
 そこに手があると意識した途端、自身の腕が現れ、イメージしたとおり、手は伸ばされた。
 苑香の身体もまた、淡く浮かび上がっている。
 水香の心を見つけて、身体で覆いたいと考えた結果であった。
 意思を強く持ち、2人は自身の身体を作り上げながら、水香を探し続けた。

    *    *    *    *

 凍夜の血の剣は、悪魔の白い腕に触れた途端、蒸発を始める。
 急ぎ剣を引き、凍夜は後方に跳んだ。
 やはり、一筋縄ではいかないようだ。
 心が高揚していく。
 追い帰す?
 むしろ、引きずり出し、倒したくなる。
 しかし、自らの任務を忘れてはいけない。
 自制しろ。
 自身に言い聞かせながら、凍夜は周囲を確認する。
 真帆は、悠輔と苑香の身体を背に、人々の心に呼びかけ、集めている。
 下級の夢魔が彼女を取り巻き、守っているようだ。
 しかし、長くは持ちそうもない。
 召喚した悪魔は、獣型の夢魔をひきつけ、交戦している。
 そして、悪魔の手。その先に水香。
 大きな力を発揮すれば、皆を巻き込みかねない。
 ならば――!
 凍夜は再び地を蹴り、悪魔の腕へと跳んだ。
 その腕と、水香の間に入り込む。
 腕の一部が、凍夜の身体の中へと入り込む。
「消えろ!」
 声と当時に、闇の力を解放する。
 放たれた力は黒き炎となり、悪魔の白い腕を包み込んだ。

「守ってくださるのですか?」
 真帆の暖かい波動に集まった人々は、真帆を取り巻きながら、まるで盾のように真帆の前で揺らめいた。
 人々の心が、獣型の夢魔の眼を、真帆達から逸らす。
 強制的に覚醒させ、元の世界に戻そうと考えていた真帆だが……思いとどまった。
「ありがとうございます」
 真帆がそう微笑むと、人々は肩を組むかのように、身を寄せ合った。
「そうですよね。一人ではありませんから。皆で、帰りましょうね」
 微笑しながら、前方を見据える。
 獣型の夢魔が1匹、自分達の方へと走り寄る。
 人々の心も、悠輔と苑香も、傷つけさせるわけにはいかない。
「姿を忘れし虚ろなる夢の欠片たちよ。おやすみなさい……今一度楽しい夢を」
 真帆は箒の柄を夢魔に向けた。
 風が起き、光が乱舞し、夢魔を包み込む。
 風が止んだ時には、その夢魔は世界から消えていた。
 些か魔力を使いすぎたこともあり、真帆は荒い呼吸を繰り返していた。
 人々の隙間から、僅かに見えた凍夜は――。
 水香と、悪魔の手の間にいた。
 悪魔の腕は消えてなくなっている。
 しかし、その手だけが、残っていた。
 手の先、指の部分が、凍夜の身体の中に入っている。
 まるで、心臓をつかみ出そうとするかのように。
 真帆は拳を握り締めた。
「凍夜さん、どうか、頑張ってください……っ」

    *    *    *    *

 悪魔の声が途切れた。
 世界の色が鮮明になる。
 ああ、お姉ちゃんだ……。
 水香は妙な安心感を覚えた。
 感じる感覚が、姉の側にいる時と同じ感覚だったのだ。
「水香さん」
 悠輔は再び呼びかける。
「君は決して弱い女性ではない。心の底に、強さがあると俺は信じている」
「帰ろう、お姉ちゃん!!」
 力の限り、苑香が叫んだ。
 突如、真帆の使い間が跳んだ。
 その先に。
 ……少しずつ。
 少しずつ、姿が現れていく。
 毎日見ている顔が。
 特別、美人なわけでもなく。
 特別、身長が高いわけでもない。
 どこにでもいる高校生。
 どこにでもいる少女。
 だけれど、普通ではなくて。
 優れた能力に、奇抜な考えを持っている。
 そんな女の子だ。
「お姉ちゃん!」
 苑香が浮かび上がった姉に駆け寄った。
 悠輔は伸ばした手で、水香の腕を掴んだ。
 そして、2人で、姉の心を抱きとめた。
「帰ろう、お姉ちゃん」
「戻ろう、水香さん」
 その言葉に、水香はこう答えた。
「よくわかんないけど……わかった、帰ろう。お腹すいてるし!」

    *    *    *    *

 戻ってくる。
 そう感じ取った真帆は手を広げて、悠輔と苑香が通る道を空間に作り出した。
 直ぐに、使い間が駆けてくる。そして、その後ろから、二つの精神が道を辿り、身体へと戻っていく。
 真帆は大きく吐息をついて、汗を拭った。

 凍夜は自身の体内にある異物質に手を焼いていた。
 流れ込む意識は、凍夜を洗脳すべく、脳に干渉をしてくる。
 絡み付く指は、内臓を潰そうと圧力を加えてくる。
 体内に黒炎を放つわけにはいかない。
 時間をかければ、消滅させることができるか?
 凍夜は歯を食いしばった。
「なによ、ここー!?」
 突如、背後から声が上がった。
 精神体の少女が、身を起こす。
 呉水香が目覚めたのだ。
 手首より先はすでに消滅させた。
 しかし、この手をどうにかせねば……。
 右手が勝手に動き出す。
 脳が凍夜の意思ではない指令を出していく。
 凍夜の手はゆっくりと伸ばされる。
 水香の元へと。

「お姉ちゃん……」
 眼を覚ました苑香は、姉の姿を求め、起き上がって足を踏み出した。
「待ってください。苑香さんはここから動いてはいけません」
 同じく眼を覚ました悠輔は、人々の隙間から、凍夜と水香の精神体を眼にしていた。
 手を水香に伸ばしているのは、彼女を救うためか?
 それにしては、顔つきが険しい。
「凍夜さんの中に、悪魔の一部がいます」
 真帆が2人に経緯を説明する。

 真帆、悠輔、苑香の周囲は人々の精神が在り、守ってくれている。
 その周りには、下級の夢魔が漂い、獣型の夢魔の干渉を防いでいる。
 獣型の夢魔の一部は、凍夜が召喚した悪魔と交戦をしているが……全てを引きつけているわけではない。
 夢魔は水香を傷つけようとはしない。
 しかし、彼女が逃げ出そうとしたら、捕らえるべく動くだろう。
「水香さんは、精神体ですので、とても脆いです。近付いて同意が得られれば、現世に送ることが出来るのですが……」
 水香だけではない。
 今、自分達を守ってくれている人々も、戻してあげなければならない。
 それだけの力が、自分に残っているだろうか――。
 真帆は吐息をついて、身体に力を込めた後、微笑んで皆に言った。
「皆、一緒に帰りましょうね」

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7403 / 黒城・凍夜 / 男性 / 23歳 / 退魔師/殺し屋/魔術師】
【5973 / 阿佐人・悠輔 / 男性 / 17歳 / 高校生】
【6458 / 樋口・真帆 / 女性 / 17歳 / 高校生/見習い魔女】
【NPC / 呉・苑香 / 女性 / 16歳 / 高校生】
【NPC / 呉・水香 / 女性 / 17歳 / 発明家】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

ライターの川岸満里亜です。
『悪魔に魅入られた少女―第ニ話―』にご参加いただき、ありがとうございます。
水香以外のメンバーは実体ですが、水香は精神のみ、この空間に存在しています。特殊な能力を有していなければ、触れることはできません。しかし、水香の方から人物に触れることは可能です。
第三話のオープニングは今月下旬頃を予定しております。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。