■ファムルの診療所β■
川岸満里亜
【3510】【フィリオ・ラフスハウシェ】【異界職】
 ファムル・ディートには金がない。
 女もいない。
 家族もいない。
 金と女と家族を得ることが彼の望みである。
 その願いを叶えるべく、週に3日、夕方だけ研究を休み診療所を開いている。
 訪れる客も増えてきた。
 しかし、女性客は相変わらず少ない。
 定期的な仕事も貰えるようになったのだが、入った金は全て研究費に消えてしまう。
 相変わらずいつでも金欠状態である。

「ファムルちょっと、魔法ぶっぱなしてみていいかー!」
 声の直後、爆音が響く。
「言いながら、放つのはやめろ!」
 慌てて駆け込んで見れば、壁に大穴があいている。
「わりぃわりぃ、外に向けたつもりだったんだけどさー」
 頭を掻いているのは、ダラン・ローデスという富豪の一人息子である。
 ファムルは大きくため息をつきながらも、心は踊っていた。
 修理代、いくら請求しようかー!?
 くそぅ、もう少し大きく吹き飛ばしてくれれば、一部屋リフォームできたのにっ!
 貧乏錬金術師ファムル・ディートは相変わらず情けない日々を送っている。
『ファムルの診療所β〜地底湖の男性〜』

 アーリ神殿で話を聞いてから、数ヶ月後。
 フィリオ・ラフスハウシェは一角獣の洞窟を訪れていた。
 神殿の巫女から、聖獣ユニコーンの助けを得られるのは一生に一度だけだろうと聞かされている。
 その言葉を受けて、フィリオは随分と悩んでしまった。
 今、力を借りてしまったのなら。
 再び、彼女が――キャトル・ヴァン・ディズヌフが身体を壊してしまった時、救える可能性を失ってしまうのではないかと。
 今、キャトルはファムル・ディートが作った治療薬で治療を受けており、体を強化することで、当座の命の危険を回避した。
 しかし、自分は何の協力も出来ていない。
 彼女を救いたいと言っておきながら、何も進められず、寧ろ苦しみを与えてしまっていると後悔し、悩んでいた。
 フィリオはランタンを手に、洞窟を進む。
 その表情は穏やかであった。
 ――フィリオは、思い出したのだ。
 キャトルと知り合い、共に過ごし、共に笑う日々を楽しいと感じた。
 失いたくはないと感じた。
 自分は、キャトルと一緒に、笑い合って過ごしたかったんだ。
 ただ、それだけだったんだ。
 後悔したのなら、繰り返さないよう全力を尽くせばいい。
 もう二度と、彼女を苦しめないように。
 キャトルが苦しむ姿を自分が見たくないように、彼女もまた、フィリオが苦しむ姿を見たくはないと思ってくれている。
 そのことを、忘れずにいよう。
 笑い合うという願いは、どちらかが欠けていても、どちらかが笑うことのできない状況にあっても、叶うことはないのだから。

 岩の隙間から、水が滲み出ている。
 足を滑らせないよう、慎重に、ゆっくりと進む。
 時間には、余裕を持って出てきた。
 時間をかけて、フィリオは洞窟深部の地底湖へとたどり着く。
 自分が先にいては、聖獣は姿を現さないかもしれない――そう考えて、一旦、足を引いたその時だった。
『私に御用なのではありませんか?』
 声が響いた。
 振り返り、フィリオはランタンを上げた。
 淡い光の先に……真っ白な服を纏った、男性の姿があった。
 額に、尖った角のある男性だった。
 フィリオを見て、品のあるその男性は微笑む。
「……はい」
 返事をして、フィリオは男性の元へ歩みを進める。
「聖獣、ユニコーンですね?」
 フィリオの問いに、男性はゆっくりと頷いた。
 そして、手を広げてフィリオに制止を促す。それ以上近付かないように、と。
 フィリオは立ち止まって、話を始める。
「お時間を頂いてしまい、申し訳ありません。……実は、私には、生まれつき身体に障害を持った友人がいます。彼女はそう長くは生きられません。彼女を治療する方法として、彼女の体内の毒を消しさるという方法が考えられますが、その手段がないのです。ですので、聖獣である貴方様のお力をお借りしたいと思い、参りました」
『私の力を悪用しようとする者もいますから、簡単にはお返事できません。また、その障害がどのようなものなのか分からねば、治せるかどうかもわかりません』
 微笑ながらも、ユニコーンの返答は淡々としたものであった。
「彼女は……」
 フィリオはキャトルの症状について詳しくは知らない。
 何がどう原因して、彼女の身体に害を与えているのかも、医者ではないフィリオには理解できない分野だ。
「色素に異常があると言っていました。異常を来たしている物質を除去すれば、身体の状況は改善すると思われます」
 分かる範囲でフィリオは答えた。
『ですが、それはあなた自身に関する願いではありませんね?』
「はい?」
 男性の言葉を、フィリオは聞き返す。
『それを、この世界と彼女が望んでいることかどうか、定かではありません。あなたの願いで治されることを彼女が願っているのかも私には判断できません。ですので、その願いは彼女自身が私に申し出た際に、判断させていただきます』
「ここに連れて来たら、会っていただけるのですか?」
『はい。但し、それは彼女と私の交渉になります。彼女がこの世界にとって、害となる人物と判断した時には……あなたのもっとも望まない結末になることも、覚悟していてください』
「それはありません。キャトルは、いい子ですから」
 そうフィリオは言った。
 しかし、キャトルを一人で会わせることには、不安もある。
 彼女が、自分自身の為に、自分の身体を治すことを願うかどうか――。
「わかりました。彼女と話し合ってみます。ところで……周囲を騒がせないためにも、今日の記憶を消してもらうことは出来ませんか?」
『知ってのとおり、私の力は解毒に特化しています。万能ではありません。あなたが周囲を騒がせたりしない人物だと、信じていますよ。では、1月後のこの時間、彼女のみこちらに来させてください』
 そう微笑んだかと思うと、男性は地を蹴った。ランタンの明りの届かない場所へ跳んだのだった。
 フィリオは追うことはせず、頭を深く下げると、その場所を後にした。
 
 帰路につきながら、フィリオの中にまた迷いが生じていた。
 キャトルがユニコーンの力を、キャトル自身に使うことを願うのかどうか。
 キャトルはユニコーンに何を語るのか。
 そして、聖獣ユニコーンは、キャトルに対価を望むのか。
 例えば、アーリ神殿で一生使えるように、聖獣ユニコーンがキャトルに命じたとしたら、キャトルはどう答えるのだろうか……。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【NPC / キャトル・ヴァン・ディズヌフ / 女性 / 15歳 / 無職】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
現在はまだ、フィリオさんの行動について、キャトルは全く知りません。
この方法を選択するかどうかは、フィリオさん次第です。
それでは、またどうぞよろしくお願いいたします。

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