■【妖撃社・日本支部 ―桜―】■
ともやいずみ |
【7416】【柳・宗真】【退魔師・ドールマスター・人形師】 |
「奇妙で奇怪な事件に巻き込まれている、人外の存在に脅かされている、そんな方……ようこそ「妖撃社」へ。
我が社は誠心誠意・真心を込めてあなた様のお悩みにお応えいたします。
どんな小さなことでも気軽にご相談ください。電話番号は0120−XXX−XXXまで。
専門家たちがあなたの助けになること、間違いありません」
バイト、依頼、それとも?
あなたのご来店、お待ちしております。
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【妖撃社・日本支部 ―桜―】
「………………」
柳宗真は、見下ろす。
長イスで横になってシンが眠っている。今の時刻は午後の3時をまわったあたりだ。こんな時間から眠っているなんて…………昼寝か?
まじまじと観察すると、シンの目鼻立ちは目立たないが整っている。まつ毛も長い。
「…………」
報告書を書き上げた後のことを思い返す。
自分にしがみついて眠ってしまったシンは、丸々12時間は目を覚まさなかった。いくらなんでもこれは無茶苦茶な時間ではないだろうか?
腹部の上で手を組んで眠っているシン。このまま目を覚まさないのではと、宗真はちょっと不安になった。
事務室のドアが開き、誰かが入ってくる。迷いのない足音に、宗真はそちらを振り向いた。支部長室に一直線に歩いて入ろうとしているのは、双羽だ。
(今日は学校が早く終わったんですかね)
そんなことを思いながら、宗真は曲げていた腰を正し、口を開いた。
「支部長」
「ん?」
彼女はこちらを勢いよく振り向き、それから瞬きを数回した。
「こんにちは、柳さん。熱心ね。感心感心」
微笑む彼女に宗真は苦笑いを浮かべてしまう。
「学校帰りですか?」
「そうよ」
制服姿なのでわかってはいた。まあ、一応、確認だ。
「そうだ。この間の報告書、どうでした? あれ、シンが書いたんですよ。字はちょっとアレですけど、なかなかよくできてるでしょう?」
「ふふ。すぐわかったわよ。シンてね、平仮名が苦手なの。『す』とか『ぬ』とか、丸い部分がつくものは特にね。変なふうにゆがんでるから、すぐにわかるわ。
でもほんと、いつもと違って擬音が少なくて驚いちゃった」
「すぐに『どーん』とか、『ばーん』とか、妙な擬音を使って誤魔化そうとするんですよね。表現方法の日本語がつたないせいなんでしょうけど」
「そうそう」
クスクスと面白そうに笑う双羽は眠っているシンに気づいて、ちょっと表情を曇らせた。
「……また寝てるのね。まったくもう」
すぐに怒ったように眉を吊り上げる。
「僕が来た時にはもうこの状態でしたよ?」
「ええ〜? 留守番にならないじゃない!」
腕組みして嘆息する双羽を見つめ、宗真は目つきを少し変えた。
寝ているシンにタオルケットをかけていた双羽。彼女は……知っているはずだ。
「ところで支部長」
「ん?」
「支部長は知っていたんですか? シンの……魔剣について」
つとめて平静に、気軽に訊いた。声だっていつものトーンにしている。
けれども双羽は露骨に宗真を睨んできた。わかりやすい支部長だ。
「魔剣についてって、なにが?」
「シンの魔剣が、親から受け継がれたものだってことです」
「…………」
あからさまに安堵したように肩から力を抜いたのは一瞬で、双羽はすぐに支部長の表情になった。社員をまとめる責任者の顔だ。
「当然知ってるわ。私はここの支部長なのよ? 社員のデータには目を通してるもの」
「データ……?」
「能力や、他にも色々ね。それを見ておかないと、仕事の振り分けができないでしょう?」
なるほど。それは確かに。
アンヌも知っていたようだし……もしや、社員たちは互いのことを多少なりとも知っているのだろうか? 特にシンは、こんなにも堂々と寝ているのに誰も注意しない。社員全員が知っていてもおかしくないだろう。
「シンのご両親は、亡くなってるんですよね?」
「…………」
迷うように視線を動かす双羽は頷いた。
「おそらくね。シンは孤児だから」
「………………」
唖然、とした。さすがに。
孤児? だから、わからないなんて言ったのか?
「シンの名前も、本名じゃないわ。中国人じゃなくて、本当は日本人だしね」
「日本人……? シンが?」
「たぶんね。日本語を喋ってたっていう報告が残ってたのよ。本人はその頃のことは憶えてないみたいだけど。……本人はそのことは知らないわ」
「………………」
「教えたのは、シンに余計な詮索をしないで欲しいからよ。あまり近づかないであげて。仲良くなってあげては欲しいけど」
「ムチャを言いますね」
近づかずにどうやって仲良くなれというんだ。
「ムチャを言ってるわよ。でも上司として、シンを守る義務が私にはあるの」
アンヌといい……どうなっているんだ。双羽までシンのことになると過敏な反応を示すなんて。
「…………シンがよく寝てるのも、支部長は知ってるんですか、理由を」
「知ってるわ」
「魔剣のせいですよね」
「そうね」
はっきりと言い放つが、双羽はこちらを品定めするように見ている。シンの敵になる者は許さないという雰囲気が、こちらに伝わってきた。
「本人に訊けば教えてくれるわよ。べつに隠してるわけじゃないもの」
でも、と双羽は目を細めた。
「シンを傷つけるようなことをするなら、容赦しないわ」
「……なぜ、そこまでシンを庇うんですか。僕だってシンはいい子だと思ってますよ? でもそこまでするほどですか?」
「シンは…………シンは、」
言いかけて、双羽は悔しそうに顔をしかめて歯を食いしばった。
「とにかく、シンとは適度に仲良くね。でもそれ以上はやめてあげて。これ以上、シンを悲しませたくないの。
必要以上に近寄ると、シンの催淫にやられるわよ」
冷たく言い放った双羽は、シンのほうを一瞥する。起きる気配がないことを確認すると、そのまま支部長室のドアを開けて中に消えた。ばたんとドアが重く閉まる。
――まだ何かある。
(やはり……シンに憑いているのはただの魔剣じゃない)
いいや、魔剣、というのはそもそもシンが勝手にイメージしているものだ。ぞくり、と背筋を悪寒が駆け抜ける。
背後のシンを振り返った。
(……親から、受け継いだ……)
だがその親も、受け継いだとしたら……?
*
ゆっくりと瞼を開けたシンは、口を緩く開閉する。
「……のど、かわいた……」
虚ろな瞳で起き上がり、床に足をついた。そして幽霊みたいな様子で歩き出す。
「シン」
呼ばれてシンはびくりと肩を震わせた。
恐る恐るこちらを振り向いた彼女は、怯えた目で宗真を見た。クゥの席に座っている、宗真を。
「あ……居たんだ、ソーマ。ど、どうしたの? えっと、お仕事探しに来たのかな?」
いつもの様子に戻ったシンは宗真に「ごめんね」とジェスチャーした。
「喉かわいちゃったんだよ、また後でね」
「どこ行くんです?」
「給湯室。冷蔵庫あるからね。そこにビールを……おっと」
口を手で覆うシンは、イタズラが見つかった子供のようにおどけた笑顔を浮かべた。
立ち上がった宗真はシンの横に並んだ。脳裏に、双羽の言葉がよみがえる。
(必要以上に、近づくな……か)
「? どうしたの?」
「なんかフラついているので、エスコートしましょう」
「ええ? あはは。いらないよぉ。おかしいの、ソーマってば。すぐそこなんだよ?」
無邪気に笑うシンは宗真からすぐに距離をとった。
「あんまり近づいちゃダメだってば。エッチな気分になっても、応えられないからね。グーで殴っちゃうよ?」
彼女はそそくさと事務室を出て行ってしまう。
残された宗真はそっと音をたてないようにシンを尾行した。なぜ自分がこんなことをしているのか……。べつに放っておけばいい。僕には。
(関係ないじゃないか)
ただの同僚だ。彼女にどんな秘密があっても関係ないじゃないか。
事務室のドアを開き……外に出る。給湯室として使われているのは隣室だ。
気配を殺して近づくと、空いた缶を投げ捨てる音が響いた。数秒と経たずに、また。
覗くと、シンが缶ビールを一気にあおって飲んでいる様子がうかがえた。足元にはすでに缶が4つは転がっている。物凄いスピードで飲み干しているのだ。
5つ目を飲み終えた彼女は「ぷはっ」と息を吐き出してから口元をぬぐう。
落ちている缶を拾って、ゴミ箱に捨てた。それからちょっと考えるように動きを止めて、涙を流す。声を出さずに、泣いている。
「?」
だがシンは怪訝そうにしている。なぜ泣いているのか理解できていない表情だ。
ごしごしと涙を手の甲で拭い、シンは「うぅー」と唸った。
「頭いたい……」
額に手を遣って、顔をしかめる。頭痛に顔を歪めるシンから、恐ろしいほどの色気が放射された。宗真は思わず身を隠してシンから視線を外した。
下腹部に視線を遣って、宗真は安堵してそこから事務室に戻った。シンは宗真が居ることに気づかなかったようだ。
事務室で待っていると、シンが戻ってきた。けろりとした表情の彼女は、先ほどの様子など微塵も感じさせない。
「……なんか酒臭いですよ、シン」
「え? あはは」
苦笑するシンは後頭部を掻いた。
宗真は呆れたように笑う。
「ほんとにお酒が好きなんですね。寝てるか、お酒飲んでるかのどっちかって聞きましたよ?」
「べつにそんなことないんだけどなぁ……」
「日本では二十歳未満は飲酒禁止なんです。気をつけましょうね」
「それ、フタバにも言われた」
うんざりだよ、という表情をするシンは宗真の横に腰かける。長イスは二人で座ると狭い。だがシンは一番端に避けた。
「べつに今は興奮してないんでしょう? 僕を気にすることはありませんよ」
「いやぁ……本気になると本当にさ、危ないんだよ。理性がさ、なくなるわけ」
皮肉な笑みを浮かべるシンは床を見つめる。
「あたしをさ、犯したくてたまらなくなるんだよ。誰でもいいわけじゃない。あたしに惹きつけられるからね。
そしたらあたしは、問答無用でソーマを叩きのめす」
「いくらなんでもそんなこと、僕はしませんよ」
「あはははは!」
シンはさも愉快そうに笑い声をあげた。
「ムダだよ。本気で逆らえる男なんて、いや、女もだけど……いないんだよ。
今まで誰一人、いなかった。誰も、抵抗できない。そう――」
笑みを浮かべてシンは目を細める。彼女の視線は床に定められたままだ。
「このあたしでさえ……」
だから。
視線だけ宗真に向けてくる。微かに笑みを浮かべるシンを、宗真は見ていた。
「ソーマには、そのうち大事な人ができる。あたしには同情してもいいから、それ以上の気持ちは持たないでね」
顔をあげて彼女はまっすぐ見てきた。なんで……なんでそんな清々しい顔をしているんだ? つい今、きみは。
「仲間だから、ソーマを傷つけたくないの。わかってくれるよね?」
「…………」
踏み込んでいい領域ではない……。ただ、そう感じた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7416/柳・宗真(やなぎ・そうま)/男/20/退魔師・ドールマスター・人形師】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、柳様。ライターのともやいずみです。
さらにシンに踏み込んだ形になりました。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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