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■【妖撃社・日本支部 ―梅―】■

ともやいずみ
【7416】【柳・宗真】【退魔師・ドールマスター・人形師】
「奇妙で奇怪な事件に巻き込まれている、人外の存在に脅かされている、そんな方……ようこそ「妖撃社」へ。
 我が社は誠心誠意・真心を込めてあなた様のお悩みにお応えいたします。
 どんな小さなことでも気軽にご相談ください。電話番号は0120−XXX−XXXまで。
 専門家たちがあなたの助けになること、間違いありません」

 コンクリートの四階建て。一階ではなく、二階に事務所が存在する。
 その二階のドアを開けて入ると、支部長である葦原双羽が言った。
「ちょうどいいところに来たわね。早速だけど、仕事の依頼があるわ。行くならそのように段取りするけど、どうする?」

【妖撃社・日本支部 ―梅―】



 支部長・双羽を前にして、柳宗真は彼女を観察していた。宗真が請け負おうとしている仕事は、宗真には向かない。霊感のない宗真には、この調査は向いていないのだ。
 ちらりと見てくる彼女に、穏やかに微笑んで返す。
「わかった。受理しましょう」
「あの、同行をつけてください」
「まぁ、当然そうなるわよね。誰を?」
「見えないモノへの対処なら、シンがいれば楽にできますから……シンで。シンの直感もとても助かりますしね」
「……シン?」
 露骨に顔を歪める双羽に宗真は苦笑する。
「シンが一番話しやすくて。あんまり気兼ねしないで済みますから。アンヌさんとか遠逆さんと行くと……神経遣いますから」
「あ……う、うん。そうね」
 なるほどと納得する双羽は安堵して判子を押した。
「じゃあ頑張ってね」
「はい。もちろんです」
 笑顔で依頼概要の載った書類を受け取った宗真だが……内心は違う。
 これで、シンと二人になれる。



「シーン」
 呼ばれて瞼をあげたシンはぎょっとして硬直した。
 目の前に宗真の顔がある。
「……………………」
 たらり、と汗を流すシンは困惑したように眉をひそめた。こんな近くに寄ってくるなと言ったはずだ。
「やっと起きた。お仕事ですよ」
「え?」
「僕の仕事。同行してください。霊感のあるシンが来てくれないと困ります」
「…………なんでそんな仕事請けるんだよぉ」
 情けない声を出すシンから、宗真は離れた。彼女はゆっくりと長イスから起き上がった。長い髪にはハネ癖がある。
「この間、近くに来ないでって言ったのに……。もぉ〜」
「寝てるシンが悪いんですよ」
「う……」
 気まずそうにするシンは勢いよく立ち上がった。
「よし、わかった。午後は空いてるから、いいよ、行っても」



(おそらく妖撃社の社員は、全員がシンの秘密を多少なりとも知っている。誰にも訊かれず、かつ怪しまれずにシンと二人きりになるには仕事の同行を頼むしかない……)
 早く仕事を終わらせて本題に取り掛からなければ。
 電車に揺られている宗真は横に座るシンを見遣る。彼女は宗真の肩に頭をもたれて寝ている。本当によく眠る娘だ。
(…………寝てる時はあの色気は出ないんですね)
 じっと覗き込んでいたが……宗真はこほんと咳をして姿勢を正した。
(…………)
 やっぱり、よく見ると可愛い顔をしている。迂闊に覗き込むのはやめよう。
(それにしても、僕も甘いな)
 なんで、シンを気にかけるんだろう。放っておけばいいのに。彼女は、これ以上は踏み込むなと警告したのだ。それに気づかないほど鈍感ではない。
 そもそも宗真は誰かに深入りしたくないのだ。柳家の当主として、常に合理的に物事を考えなければならない。色々と宗真にはあるので、他人に構っている暇はないのだ。
(……まぁ、あんな顔をされては……ね)
 車内アナウンスが流れて宗真は「あ」と呟く。次で降りなければならない。
「シン、そろそろ起きてください」
「……ん」
 うっすらと瞼を開けたシンがぼうっとしたまま姿勢を直す。
「ごめん……寝てた」
「いいですよ、べつに。疲れてるんでしょう」
「…………まぁね」
 あくびを噛み殺すシンと共に、次の駅で降りる。目的地まではバスで向かう。



 見えない。なにが、だろうか。
「しかしこの依頼、要領を得ないというか……どう思います、シンは」
 ひと気のない住宅街にやって来た二人は、問題の道の真ん中に立っている。車も通らないので、堂々としていた。
 シンは目を細めるが、ハッとして宗真を手で追い払った。
「ちょっと見るから、離れて。ほらほら」
「はいはい」
「だめだって! 近いよまだ!」
 唇を尖らせるので、宗真はやれやれと再び距離をとる。
「まだ離れてってばぁ! そこだと影響されちゃうもん。ほらぁ、こんなところで股間おさえたくないでしょ?」
「……露骨に言いますね、シン」
「ろこつ? はっきり言え、ってこと? えっと、ぼ……」
「いいです! 離れますから」
 言葉を遮って宗真はさらに離れる。一人で道の真ん中に残ったシンは深呼吸をした。
 目を細めて集中する。眉間に皺を寄せたシンはぎくっとしたように振り向いた。そして慌てて走ってきた。まるで逃げるように、だ。
「シン?」
「危ない! この仕事、危ないよかなり。目を攻撃されそうになった」
「目?」
「『みえない』って声が聞こえた。目がみえないヤツがいるんだよ。この近くにいる……。う、うぅ」
 シンは体を抱きしめるようにして、顔を伏せた。宗真の背中に悪寒が駆け抜けた。マ……マズイ。
 勝手に手が、動く。どうしよう……。
(……抱きたい)
 シンを、だ。
 目の前で苦しそうにしている彼女に欲情している。どうしようもなく、抱きたい。それに愛しさなどはない。単なる欲望だけだ。
 彼女を組み伏せて、この興奮がおさまるまで何度だって……!
 顔をあげたシンは宗真の様子に気づいて慌てて距離をとり、そしてそのままふらっと倒れてしまった。
「っ!」
 ハッと我に返って宗真は大きく息を吐き出した。
「……シン?」
 彼女は、どうやら意識がないようだ。



「これで調査の見当はつきましたね。後はもうちょっと調べて、それから支部長に報告書を提出すれば終わりです。
 そうだシン、帰りにどこか寄りましょうか。もう夕方ですし、夕食とかどうです?」
「…………」
 唖然とした顔のシンは、こちらを見上げていた。膝枕をしていた宗真は、にっこりと微笑む。
 彼女は顔を歪め、それから「あ?」と呟いて瞬きした。
「……あたし……?」
「倒れたんですよ。憶えてませんか?」
「…………あぁ、そっか」
 納得したシンが嘆息混じりに言う。
 気絶したシンをベンチに横たえ、宗真は彼女の頭を膝……というか、太ももの上に乗せて起きるのを待っていたのだ。
「ごめんね。もしかしてずっとこうしててくれたの?」
「だってシン、起きてくれないから」
 茶化して言うと、彼女は物凄くすまなそうな表情を浮かべて視線を逸らす。
「ごめん……」
「事務室でもよく寝てますよね? どうしてですか?」
「あれは……あたしのせいだから」
「シンのせい? 魔剣のせいじゃなくて?」
「あたしが弱いから、あたしのせいだよ。ほんと……ごめんね、ソーマ。あたしと居ると、面倒でしょう?」
「面倒なんてこと、ないですよ?」
 穏やかな声で返すとシンは泣きそうな表情になる。あぁ、なんかこの表情、かわいいかもしれない。
「ソーマって、やさしいね。いい人だ、ほんとに」
 いい人、かなぁ? 宗真はぼんやりと自身に問う。あまり自分を善人だとは思っていないのだが。
「さっきだって、すごく我慢してくれて……。ごめんね」
「謝らなくていいので、教えてくださいよ。シンの魔剣について」
 軽く、楽しそうに問いかけるとシンは困惑の表情を浮かべた。
「蓬莱剣について? なんかあるっけ?」
「支部長が随分心配してましたから……。僕でよければ力になりますよ?」
「フタバは自分のせいだと思ってるからね……。違うって言ってんのに。
 あ! もしかして、あたしがいっつも寝てるから病気だと思ったの?」
 シンは苦笑した。
「あれは体を休めてるだけだよ。普段、蓬莱剣の出す誘惑を抑えてるから、疲れちゃってね」
「……蓬莱剣の影響で、シンはああなるんですよね?」
「うん。蓬莱剣は、あたしに子供を作ってもらいたいんだよ、たぶん」
「子供?」
「だから、だれかれ構わずに誘惑しようとするんだよ。参っちゃうよね。ソーマがエッチな気分になるのはそのせいなの。ごめんね」
 ……ぞく、とした。
 その悪寒がなんなのか気づかずにいる宗真に、シンは笑いかける。
「だいじょーぶ。極力抑えてるからね。仕事の時とかは抑えられないことが多いから、あんまりあたしと組んだらダメだよ? ソーマに彼女ができた時とかに困るからね」
 彼女は起き上がって宗真から離れた。ベンチの端に腰かける。
 ……シンは、今までずっと我慢してばかりだったのではないだろうか? ふと、そう思った。
 宗真とて、シンのあの色香に絶対に耐えられるとは言えない。抵抗できない場合は、シンを襲ってしまうだろう。そんなことは、考えたくもないことだった。自分も嫌だし……なにより。
(蹂躙されるのは、シン、だ……)
 同情の、気持ち。可哀想だな、とは思う。でも。
 親のいないシン。もしも……そんな誘惑に負けた男たちが彼女を陵辱したら……。
(……誰が父親か、わからなくなる可能性だって…………)
 自分は男だからわからない感覚で、想像するしかないのだが……。それは、とても……辛いことじゃないだろうか? 仲間に、目の色を変えて襲われたりはしたくないだろう。
「ん? なんで黙り込むの? だ、大丈夫だってば! ソーマがそうならないように、あたし、頑張るから!」
「……シン、なんでそんなに平気な顔をしてるんですか? 大変なんじゃ、ないですか」
「たいへん? んー、大変、かなぁ。よくわかんないや」
 にこやかに言うシンの異常さに、宗真は驚いてしまう。なにか、変だ。
(……自分のことじゃないですか)
 呆然としている宗真に気づかず、シンは照れ臭そうに頬を掻いた。
「気にかけてくれてありがとう。こんな体質だけど、嫌わないでくれると嬉しいな」
 えへ、と笑顔を向けてくるシンに、宗真はぎこちない笑みを返す。
「そろそろ帰ろう、ソーマ! あたしね、あたし、おでん、っての食べてみたい!」
「今は春ですよ?」
 なんとかいつもの調子に戻って宗真は立ち上がる。シンもそれに倣った。
「? 季節が関係あるの?」
「冬に食べるのが普通なんです。まぁいいでしょう。じゃあ、食べに行きましょうか」
「やったー! でもあたし、お金そんなにないんだよね……。た、高いところは行けないよ? あ。あとそこ、お酒ある?」
「本当に好きなんですねぇ、お酒」
「う、うん。すき、だよ」
 頷くシンと並んで宗真は歩き出す。まだ……すべてに納得したわけじゃない。けれども、社員たちがシンを大事にする理由の片鱗が、みえた気はした――。
 ちら、とシンを見ると彼女はにこっと笑い返してくる。まるで幼い子供のようだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7416/柳・宗真(やなぎ・そうま)/男/20/退魔師・ドールマスター・人形師】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、柳様。ライターのともやいずみです。
 シンから少し語られました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。