■リース式変化術道場■
瀬戸太一 |
【1252】【海原・みなも】【女学生】 |
…あら、いらっしゃい。
客?客じゃないなら回れ右よ、あたしに用はないわ。
客なのね?そうなら早くおっしゃい。あたしは割とせっかちさんなの。
え?ここは雑貨屋じゃないのかって?
そーね、普段はそうだけど、今は見てのとおり、ここの店主も従業員もいないのよね。
どこにいったかって?ンなことあたしが知るわけ無いし、
知っててもあんたに教える道理はないわ。
あんたは何?店主に用事でもあったの?それとも雑貨でも見に来たのかしら。
そのどっちだったとしても、お生憎様。
あたしは店主じゃないし、大人しく店番なんてするつもりは端からないわ。
ふぅん、そう。あんた、単なる暇人なわけね?
ならー…そうね。あたしに付き合ってみる?
あたしはこう見えても魔女なの。ここの店主とは違って、本物の、ね。
ライセンスもちゃんとあるわよ、面倒だから見せないけど。
あたしが得意なのは変化術。動物や植物は勿論、単純なつくりなら、無機物にもなれるわ。
…少しばかり、大きさは制限されるけどね。
でも残念ながら、特定の人間、動物、あとは精密機械にはなれないの。
これは決まりだから仕方が無いのよ。
肝心なのはここからよ、耳かっぽじって良くお聞きなさい。
あたしは、自分が変化するだけじゃなくって…他の人間にも。
そう、例えば目の前のあんたにも、変化の方法を教えることができるの。
ねえ、これって一種のビジネスになると思わない?題して、変化術道場。
…道場の意味?知らないわ、そんなの。いいじゃない、単なるノリと勢いでつけたんだもの。
別にね、あんたに門下生になれっていってるわけじゃないの。
あたし、実は今職を探してる途中でさー…うまくいけば、これを職に出来るじゃない?
だからね、ちょいとテスト代わりに試してみたいのよ。うまくいくかどうか。
言わば、モニターってやつかしら?一日体験ってことで、どう?
心配しなくても、ちゃんと指導はするわよ。
…あんたに、その素質があれば、だけどね?
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リース式変化術道場〜椅子の憂鬱
「はい、いらっしゃーい」
「わ、こんにちは」
玄関を開けて入ってきた彼女は、まるで待ちかねていたように仁王立ちになっているあたしを見て、予想通りに驚いていた。
ふふ、さすがに三度目だもの。ノックの仕方で誰かやってきたかわかっちゃうのよ。
「みなもちゃん、今日はどーしたの?」
あたしはうきうきしながら、彼女を店の奥に誘う。おとなしくあたしの背を追ってくる彼女は、弱弱しい声で言った。
「はい、すでに予想されてると思いますが…。例のあれを…」
「オッケィ。例のアレね?」
これまた予想通りのお答え。あたしが一人で店番してるときにやってきて、例のアレを頼むとなると、アレはアレしかない。
つまり。
「また例の”おねーさま”のお望み? 今度はどんなものをご希望なのかしら」
「はい…まあ、落ち着いて詳しくお話します」
そうね、そのほうがいいわ。彼女の”おねーさま”のご依頼って、大概尋常な人間には思いつかないほど突拍子のないものだもの。
「ま、とゆーわけで。リース式変化術道場のはじまりはじまり〜! ってわけね」
「はい…」
「で、今回はどうするの?」
いつもうちの店主ルーリィが使っている、お客様用のテーブルに落ち着いたあたしは、改めて尋ねてみることにした。
そうそう、ご紹介が遅れたけれど、彼女は海原みなも。
あたし主催の変化術道場のお得意様なわけよ。
つまり、今回も彼女のご依頼は、あたしの変化術をその身でもって体験すること。
もう三度目だからさすがに慣れたと思うけど、みなもの表情はまだ強張ったままだ。
いるのよねー、真面目だからこそ、とばっちりを受けちゃう人種って。みなもという少女はまさにその典型的パターンなわけで。
「はー…。今回はですね、”椅子”でお願いします」
「椅子? ふぅん、今回はなんていうか…まともね」
「そうですか!?」
思ったままのことを口にしただけなんだけど、それがみなもの逆鱗に触れたらしい。
珍しく声を荒げて言うみなもちゃん。
「椅子ですよ? 人間が椅子になって、他の人を乗せるんですよ? まともですか、これ?」
「いやー、そう考えるとまともじゃないけど、今までのみなもちゃんの経歴を考えるとね」
そう。これまでの彼女の変化歴は、一回目に郵便ポストになって郵便物を腹の中に仕舞い、
二回目は水になって脳内までも液体で満たし。これを踏まえて考えてみると、椅子に変化っていうのは、然程おかしくもないというか。
「まあまあ。非常識だとしても、みなもちゃんはそれをやらなきゃいけないんでしょ。ね?」
「はあ…そうなんですよね」
そういうと、がくーっと肩を落とすみなもちゃんである。
椅子に変化というオーダーを出してきたのは彼女の姉。でも別に脅迫だとか弱みを握られているだとか、そういうのがあるわけでもなく、
単に彼女の性格故、”おねーさま”の頼みを断れないのだ。
だってそう落胆していても、結局この店に来てあたしと会っているのは彼女の意思なわけで、
そういう意思があるとあたしもちゃんと変化をこの子に施さないといけないわけで、それがあたしの仕事なわけで。
…なんていうのは建前で、あたしもその”おねーさま”同様、この子リスのような少女を変化させるのが面白くてたまらないのだ。
…まあときどきこっちも実害をこうむったりするけどね…。
「…で。完璧な椅子じゃなくて、”なりそこない”でお願いします。お姉様曰く、”少女の曲線美を生かした芸術的な椅子”だそうで」
「へぇ、さすがにオーダー内容は細かいわね。なるほどなるほど、今回は前回よりは簡単だと思うわ。
じゃ、早速取り掛かりましょうか?」
「はい…お、お願いします…」
本人は納得していないようだが、これも運命と知っているのか、諦めはいいみなもちゃん。うんうん、それでこそ貴女よ。
なーんて心の中で思っていることを本人に知られるとさすがに怒られそうなので、表情には出さないあたしだ。
「あ、忘れないうちに、今回も渡しておきますね。これ、お礼です」
「いつもありがと! うーん、今回も質がいいわねー」
お礼代わりの海産物をもらい、あたしはそれに頬ずりをする。真珠に珊瑚に、趣向を変えて鰹節なんてものもある。
そして、それに添えるように渡されたものは、これまたお馴染みのデジタルカメラ。無論、映像記録用のだ。
あたしはにやりと笑い、手で丸を作った。
「オッケィ、任せといて。じゃ、はじめましょうか」
さすがに三度目ともなれば、彼女自身でも術をかけられる段取りを把握している。
あたしが何も言わなくても、自分でサッとポーズをとってくれている。
足は肩幅、まぶたを閉じ、背中をピンと伸ばしつつもリラックス。
こういうきちんと正しい姿勢をとってくれると、体の中の魔力の流れを操作しやすくなる。
「さあ、要領はわかってるわね? 頭の中にイメージして。貴女は椅子よ。職人が心を込めて作った作品。
すらりとしたシルエットをもちつつも、どこか肉感的な柔らかさを持つ、瑞々しい少女のような椅子よ。
イメージできた? できたらあたしの後に続いて復唱して」
あたしが呪文をささやくと、みなもの口からも同じ言葉が漏れる。
それが終わるのと同時に、みなもの体は変化を始める。
細い足が曲がり、椅子の本体を支える華奢な脚に、手は前方に突き出し肘掛に。
みなもの尻だったあたりから、新たな脚が生え、合計四脚の脚が椅子となったみなもを支えている。
健康的な肌色はニスの塗られた艶やかな木肌へと変わり、手足や胴体にはゴツゴツとした無骨な筋が浮き出ている。
だが全体的なシルエットは美しく、緩やかな曲線を描き、今作られたばかりの芸術品のようだった。
変化が終わって全身を眺めてみると、まるでー…。
「…芸術品がセーラー服着てるみたいね」
『な、なんかひどい…!』
椅子と化したみなも自身から抗議の声があがってるけれど、私はとりあえず無視しといた。だってホントのことだもん。
「んー、じゃあ脱がす?」
『そ、それもちょっと…!』
頭の中で響くみなもの声は慌てている。一応背もたれの部分にみなもの顔、胸あたりがきているんだけれど、口がないので話すことはできない。
なのでみなもが声を発しようとすると、あたしの頭の中に直接届くようになっている。
『でも、以前変化したときは、制服も一緒に変化してましたよ。何で今回は…』
「んー、椅子をイメージしすぎちゃったのかしら。制服は厳密にいうとみなもちゃん自身じゃないから、異分子とされちゃったのね。
で、どうする? 気になるなら脱がす?」
あたしはエロ親父のようにわきわきと手を動かしながらみなもに迫る。
椅子のみなもは、ヒッと震え、
『い、いいですいいです! なんかこの状態で服を脱ぐと、なんだか裸になったような気がして…!』
「そーねえ、椅子自体も無駄に肉感的だし、結構エロティックよね」
『うう…!』
椅子だから見えないけれど、なんとなく顔を真っ赤にしているみなもが見えた。
あたしはくすっと笑い、
「うそうそ、そんなことしないわよ。で、みなもちゃん、ちゃんと動ける?」
『あ…はい』
みなもはそう答えると、椅子を前後に揺らすようにしながら、どすんどすんと前方に動いた。
まあ、一応歩けると見てもいいだろう。
「さ、じゃあいきましょうか」
動ける椅子を見た人々の反応ってもんを一度見たくもあるのよね。
というわけで、あたしはみなもの背もたれを軽く持っているようなそぶりを見せながら、デジカメで録画していた。
みなもはドスンドスンと地響きを鳴らしながらがんばって歩いている。
道行く人々は呆気にとられながらこちらを指差しているけれど、まあ無理をすればあたしが動かしているように見えなくもないだろう。多分。
「みなもちゃん、いいわよー。人々の注目の的よー」
『ぜんぜん良くはないですよ…!』
恥ずかしさか後悔か、みなもの声が頭の中できんきんと響き、耳鳴りがする。
うーん、しかしこうしてみるとぜんぜんまともじゃなかったわ。こういうことを思いつくのは、あの”おねーさま”ならではよね…。
と思いつつ、あたしは手ごろな獲物を探していた。そう、あたしは椅子と聞いてからやりたいことがあったのだ。
ここはぜひともー…って、いたいた。
「はぁい、そこのおにーさん」
あたしは、すぐ傍に通りかかった見知らぬ青年ににこやかに手を振って呼び止めた。
青年はやっぱり椅子みなもが気になるようで、ちらちら視線を送っていたけれど、あたしに声をかけられてびくっと震えた。
「な、なんですか?」
あからさまに怪しい外国人の女(つまりあたしのことだ)に声をかけられても、逃げるでなく一応ちゃんと反応してくれた。
結構律儀な性格らしい。よし、獲物はこいつに決めた!
「あのねー、今新製品の椅子のテストをやってるの。全自動で移動する椅子なんだけど。ねえ、ちょっとテスターになってくれない?」
「ぼ、僕ですか?」
「もちろん」
あたしはにっこりと笑ってやる。青年は頭の中で”何で自分が”と思っているのがありありと見て取れる表情をしたあと、一応了承してくれた。
「といっても、難しいことはないのよ。ちょっとこの椅子に座るだけでいいの」
『ちょっと、リースさん…!』
頭の中でみなもちゃんの抗議の声が響くが、無視だ。だって椅子だもん、座らせなきゃ意味ないでしょ?
青年は一瞬戸惑ったあと、軽く腰掛けた。肘掛に手を置き、一瞬後に驚いて飛び跳ねる。
「っ!? なんか生ぬるいですよこの椅子…!」
生ぬるいって失礼ね。人肌っていいなさいよ。
「ふふ…あなたにいいこと教えてあげる。実はこの椅子、ある可憐な少女が呪いをかけられて閉じ込められてるの」
「は…はぁ?」
こっそり耳元で囁くと、青年は眉をひそめた。あたしは構わずに続ける。そう、イメージはまさに、姫に毒を盛る魔女の気分よ。
「それでね…男の人が椅子にキスしてくれたら呪いが解けて、可憐で美しくて従順な少女があなたのものにー…ってあら、逃げられちゃった」
終わりまで言わないうちに、青年はぴゅーっと逃げ出していた。どうやら危ない女だと思われたらしい。やれやれ。
それともみなもちゃんのことが気に入らなかったのかしら?
「あーあ、フラれちゃったわね、みなもちゃん」
『フラれたんじゃないですよ! ていうかリースさん、本気なんですか…!? あたしはいやですよ、椅子だとしてもキスなんて…!』
「あっははは、冗談よ冗談。でもほら、日本人男性って人間じゃない女の子が好きなんでしょ?
テレビから出てきたり、ロボットだったり、宇宙人だったり。じゃあ元椅子の女の子でもいいじゃない?」
『よくありません! それに、椅子にキスする時点でおかしいですよ、その人』
「そりゃそーね」
あたしは妙に納得して、うんうんと頷いた。非人間の女の子が好きって習性を実験できると思ったんだけど、どうやら失敗だったようだ。
なかなか難しいわねー。
「ま、気を取り直して。次行ってみましょーかっ!」
『いや…! もう帰らせてください!』
そして散々みなもで遊び…いやいや、実験したあと、店に帰り彼女の変化をといた。
なんだか無性に疲れたそうで、脱力しているみなもに、あたしは持っていたデジカメを渡した。
「はい、これ。ばっちりよ、みなもちゃんがフラれたとこも写ってるわ」
「だから、フラれてませんってば!」
実験の結果、わかったこと。
日本人男性は意外に現実的であるー…。
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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】
【1252|海原・みなも|女性|13歳|中学生】
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▼ ライター通信
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毎度お待たせして申し訳ありませんです。
三度目の変化術、如何でしたでしょうか。
手加減抜き(!)ということで、こんな風になりましたが、
気に入って頂けると大変嬉しく思います。
いつも素敵なアイディア頂いて、面白く書かせて頂いてます。
今回もみなもさんにとっては受難でしたが、どうか強く生きてくださいね。(笑)
それでは、またお会いできることを祈って。
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