■特攻姫〜お手伝い致しましょう〜■
笠城夢斗 |
【7511】【霧島・花鈴】【高校生/魔術師・退魔師】 |
ぽかぽかと暖かい陽気の昼下がり。
広い庭を見渡せるテラスで、白いテーブルにレモンティーを置き。
白いチェアに座ってため息をついている少女がひとり――
白と赤が入り混じった不思議な色合いの髪を珍しく上にまとめ、白いワンピースを着ている。輝く宝石のような瞳は左右色違いの緑と青。
葛織紫鶴(くずおりしづる)。御年十三歳の、名門葛織家時期当主である。
が、あいにくと彼女に、「お嬢様らしさ」を求めることは……できない。
「竜矢(りゅうし)……」
白いテーブルに両肘をついて、ため息とともに紫鶴は世話役の名を呼んだ。
世話役たる青年、如月(きさらぎ)竜矢は、紫鶴と同じテーブルで、向かい側に座って本を読んでいた。
「竜矢」
再度呼ばれ、顔をあげる。
「はあ」
「私はな、竜矢」
紫鶴は真剣な顔で、竜矢を見つめた。
「人の役に立ちたい」
――竜矢はおもむろに立ち上がり、どこからか傘を持ってきた。
そして、なぜかぱっとひらいて自分と紫鶴が入れるようにさした。
「……何をやっているんだ? 竜矢」
「いえ。きっと大雨でも降るのだろうと」
「どういう意味だっ!?」
「まあそのままの意味で」
役に立ちたいと言って何が悪いっ!――紫鶴は頬を真っ赤に染めてテーブルを叩いた。レモンティーが今にもこぼれそうなほどに揺れた。
「突然、いったい何なんですか」
竜矢は呆れたようにまだ幼さの残る姫を見る。
紫鶴は、真剣そのものだった。
「私はこの別荘に閉じ込められてかれこれ十三年……! おまけに得意の剣舞は魔寄せの力を持っているとくる! お前たち世話役に世話をかけっぱなしで、別に平気で『お嬢様』してるわけではないっ!」
それを聞いて、竜矢はほんの少し優しく微笑んだ。
「……分かりました」
では、こんなのはどうですか――と、竜矢はひとつ提案した。
「あなたの剣舞で、人様の役に立つんです」
「魔寄せの舞が何の役に立つ!」
「ずばり魔を寄せるからですよ」
知っているでしょう、と竜矢は淡々と言った。
「世の中には退魔関係の方々がたくさんいらっしゃる。その方々の、実践訓練にできるじゃないですか」
紫鶴は目を見張り――
そして、その色違いの両眼を輝かせた。
「誰か、必要としてくれるだろうか!?」
「さがしてみますよ」
竜矢は優しくそう言った。
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特攻姫〜お手伝い致しましょう〜
葛織紫鶴[くずおり・しづる]の気性は、生来活発である。
そのせいか、類は友を呼ぶとでもいうのか……活発な女性が、近くに寄ってきやすかった。
もっとも。
寄せた方も寄せられた方も、そうとはまったく気づいていないのだが。
■■■ ■■■
とある日の夕方、紫鶴邸にやってきた少女がいた。
「こんばんはー。初めまして」
歳は16歳ほど。背中まである長い金髪をツインテールにしたスレンダーな体格の少女は、紫鶴に向かってにこやかに挨拶をした。
紫鶴は握手を求めた。
「初めまして。連絡は受け取っている……ええと、花鈴、殿?」
「そう、霧島花鈴。よろしく!」
元気のいい花鈴につられて、紫鶴も満面の笑みを浮かべ、
「よろしく、私が葛織紫鶴だ。こっちが私の世話役の如月竜矢[きさらぎ・りゅうし]」
「うん、さっき門のところで挨拶した」
花鈴を門扉のところまで出迎えたのは、竜矢だった。花鈴は紫鶴と竜矢の顔を見比べて、
「ちょっと早く着いちゃったし、時間まで待たせてもらってもいい?」
「もちろん!」
紫鶴が両手を広げる。竜矢は微笑して、
「今おやつを用意させていますので」
と花鈴をあずまやに案内する。
「わあ、きれいな花でかざってあるんだね」
あずまやの屋根を見上げ、花鈴は嬉しそうに笑った。
「花鈴殿も退魔の家系だとうかがったが」
あずまやの椅子に座り、紫鶴が花鈴を見上げる。ん? と花鈴は紫鶴を見下ろして、
「うん。退魔の家系だね。だから、訓練しにきたんだけど」
「そうだな。私の力が役に立つなら、嬉しい――」
花鈴は紫鶴の隣に座った。
「ちょっと、訊いてもいい?」
「なんだ?」
「あなたは、この家に……閉じ込められてるんだって、聞いたんだけど」
さすがに言いにくそうに花鈴がぼそぼそと尋ねると、紫鶴は頓着した様子なく、「そうなんだ」と言った。
「私は魔寄せの体質なんだ。この家の敷地に張られている結界から出ると、魔を寄せて危険だ。まあ、剣舞を舞ってしまえば結界をつきぬけて魔を呼んでしまうんだが」
「それで、こうやって退魔師の私たちのお手伝いをしてくれてるってわけね」
花鈴はにこやかに紫鶴を見る。「頑張ってるんだね」
紫鶴は頬をピンク色に染めて、
「そ、そんな風に言われたのは初めてだ」
「そう?」
「そそ、その、ありがとう……」
照れた紫鶴はしどろもどろに言う。花鈴は明るい声で笑い、
「紫鶴さん……だっけ? こちらこそありがと、助かるよ。お姉ちゃんに追いつくには特訓するしかないから……」
ふと花鈴の笑顔に陰が差したことに、紫鶴は気づいていた。
けれど、自分が踏み入っていい領域ではない。きっと。
だから、ただひとつだけ言った。
「花鈴殿は花鈴殿の力がある。お姉さんじゃなくて花鈴殿を必要とする方はきっといらっしゃるから」
花鈴が驚いたように紫鶴を見る。紫鶴は微笑んだ。
花鈴の青い瞳にかすかな潤みがまじる。
「……ありがと」
メイドがあずまやにおやつを運んでくる――
■■■ ■■■
深夜。人々も寝静まった夜。
夜空にはこうこうと半月が輝いている。
注文の時刻は日付が変わるその瞬間だ――
あずまやから庭園に出た紫鶴に、後ろからついていった花鈴はぴょこんと頭を下げた。
「今日はよろしくお願いします。あ、もう明日か」
てへ、といたずらっぽく舌を出す。
紫鶴はうなずき、精神力で生み出した二振りの剣をひゅるんと回転させた。
「少し、離れていてくれ」
花鈴は言われるままに、紫鶴から数歩離れる。
葛織の剣舞士は――
地面に片膝をつき、うつむいた。二振りの剣は下向きにクロスして。
赤と白の入り混じった長い髪が、さらりと流れて少女の顔をかくす。
手首につけた鈴が、ちりんと鳴った。
剣舞の始まり――
舞姫は舞う。剣は空を斬り。
ちりんちりんちりんと、絶えず鈴の音が空気を震わせる。
長い髪がたゆたい、流れるような動きは川のせせらぎのごとく。
かと思えば、
急に跳躍して、空中で一回転すると、すとんと片膝を地面につけた。
その瞬間に振るった剣たちが――
衝撃波で、地面をえぐる。
力押し、の……
「―――!」
花鈴はぐっと奥歯を噛みしめる。急激に、周囲の空気の圧力が増した――
油断すれば体内に入り込み、蝕んできそうな、それはおぞましい気配。
「姫!」
竜矢が声を上げながら、針を飛ばす。紫鶴が舞を止め、竜矢の針による結界内へと飛び込んだ。
ざわり
肌に、触れていくのは舐めるような気色の悪い感覚。そして禍々しい気配が次々と場に現れる……
大蛇と、上半身が人間、下半身が馬のケンタウロス、槍を持つ、顔の崩れた人間たちは……オークだろうか? 黒い狼も大量にいる。
数が多い。
花鈴は魔術を使って、肉体の強化を行った。そして、即座に身構えた。
狼たちが一斉に駆け出してきた。それを越えて、ケンタウロスの構えた弓の矢が飛んでくる。花鈴はそれをよけて、狼の群れに向かって走りこんだ。
飛びかかってくる黒い獣。真っ赤な口と唾液に濡れた牙が見えた。下から、拳で一撃。あごを痛打されて、一匹が吹っ飛ばされる。その間に左右から飛びかかられて、花鈴はとっさにしゃがんだ。
頭上を行過ぎていく気配。立ち上がると同時に回し蹴りを放った。真正面の一匹を顔面からまともにふっ飛ばし、体が回転した勢いにのせて右拳を横から飛びかかってこようとした狼に叩き込んだ。
矢の雨。かわすと、狼に当たる。狼の動きが乱れた。花鈴は踏み込んで中段蹴りを放ち、さらに一匹を撃破する。
回りこんだ獣たち。背後に気配。後ろ蹴りで狼のあごを砕き、飛びかかってきた狼の下にもぐりこんで、拳を上へ突き上げた。
ぼく、と奇妙な音がする。肉のような骨のような。はたまた違うもののような。
魔は、普通の動物とは違う。分かっていても、普通の狼を殺しているようで少しだけためらってしまう。
そんな瞬間を狙って、魔狼は一斉に飛びかかってきた。跳躍、そして一匹を踏み台にして狼たちの群れを抜ける。
その先にはオークが待っていた。
槍先が目の前にくる。両手でつかみ、その柄をへし折った。手元に残った槍先で背後からきた魔狼の目を突き刺してから、オークに一歩踏み込み。
狙いは鳩尾、えぐりこむように。拳に握るのはインパクトの瞬間。つかむように。
痛恨の一撃を喰らい、オークが吹っ飛ぶ。
横から他のオークの槍が飛び出してきた。危うく半身をそらしてよけ、槍の柄をつかんで逆に引き寄せた。
体勢を崩したオークの腹に、膝を打ち込む。オークの体が浮いた。そこへ、上から肘を落とす。
地面に叩きつけ、もう一度その背に拳を。
強打を喰らわせると、オークは消滅した。
花鈴はふっと肘を走らせる。――背後から来た黒狼を横殴りに殴打。その勢いで側転し、3本まとめて襲いかかってきたオークの槍をよけた。
着地すると同時にしゃがみこみ、跳ねる力を使いオークのあごを狙って下から殴り飛ばす。
彼女の拳は――
普通の打撃とは別に、衝撃が走らせるようだった。
そして、蹴撃。オークを横からぶっ飛ばし、他のオークへとぶつける。
オークたちの体勢が乱れた。
矢が、再び飛んできた。3本、4本。連発できるのか。花鈴は冷や汗をかきながら矢をすんでのところでかわし続け、前蹴りで目の前にいたオークを蹴り飛ばすとさらに奥へと飛んだ。
ケンタウロスの方へと。
しかしそれを邪魔するように、赤黒い大蛇が迫る。のたくりうって、近づいてくる。
禍々しい気配を一番放っているのは、その大蛇のようだった。花鈴は慎重に大蛇の動きをはかる。それを邪魔するべく、オークたちが槍を突き出してくる。脇で押さえて、槍ごとオークを振り回す。
そのオークを大蛇に向かって投げつけようとしたとき――
大蛇は、大きく口を開けた。
歯のない口。暗いその奥から、赤い色が噴き出してくる。
火炎に呑まれて、オークは消え去った。
大蛇は頭をもたげて、花鈴を見た。その赤い瞳が少女を捉える。口が、かっと開かれた。
(――まずい!)
とっさの防衛本能が、彼女を救った。右へ跳躍。たまたまいた黒狼を踏み潰し、もう一度跳躍。蛇の横へと回る。
火炎は今さっきまで花鈴のいた場所を燃やし、草の生えていた庭園を土くれにする。巻き込まれたオークが何体か。
一番安全な場所はどこ?
花鈴は瞬時に判断する。――蛇の腹の下!
駆ける。大蛇の陰へと。
そして腹の下へ入るなり、拳を突き入れた。
だが――
妙な柔らかさがあった。まともに拳を打ち込んだだけでは効き目がない!
(それなら)
花鈴の気が内側から膨れ上がる。
彼女の体内に隠されていたものが、形となって彼女の手足にからみついた。
黄金に輝く腕輪と足輪。霊具『天照』――
蛇がぐるんと首を回して、腹の方にいる花鈴を見る。
「はーあっ!」
輝く己自身に力をこめて、花鈴は蛇の腹を打った。
どんっ、と岩をも砕く衝撃とともに拳は蛇に叩き込まれ、蛇がのたうつ。
同時に横から襲ってきたオークを下段蹴りで体勢を崩させ、肘を打ちつける。オークはいとも簡単に飛んでいった。
のたうつ蛇が苦しみに任せて、あちこちに火炎を吐き出す。
動きをつぶさに見て、決して火炎に巻き込まれぬよう。……熱さがちりちりと肌を焦がす。それでも。
後ろからきた黒狼を痛打し消滅させてから、渾身の力で蛇に蹴りを入れた。
めりこんだつま先。蛇の体がおかしく曲がる。下がってきた首に、下から拳を突き上げた。のど。
『天照』を具現化させているときの花鈴の拳は、地面に軽くクレーターを作ることができる。そんな衝撃を受けて、さしもの蛇も無事でいられるはずがなかった。
めりめりめり、と蛇の皮膚が割れる。中からどす黒いものが見えてくる。花鈴は奥歯を噛みしめた。不気味だとか気持ち悪いとか、思っている場合じゃない――
「もう――一発!」
手首の腕輪がきらめいた。
割れ始めていたその場所に、拳を叩き込んだ。
会心の一撃をくれてやった。蛇のどす黒い部分は吹っ飛んだ。蛇はのたくりうつ力も失い――そのままどさっと地面に崩れ落ちると、消滅した。
やった、と喜んでいる暇もない。
矢継ぎ早に飛んでくるのはケンタウロスの矢。よけるのではなく手で払いのけていった。『天照』で強化されている体に矢などもはや効かない。
問題はまだ数が残っている狼とオーク――
ケンタウロスとどちらを優先するか。ほんの少しの迷いの後、花鈴は駆けた。ケンタウロスの方へ。
狼とオークは敵ではない。だから――
邪魔な矢を放ってくるこの半獣人へ。
拳を腰溜めに構える。『天照』の溜めには数十秒かかる。走るのはそのための時間でもあった。
そして、
高く跳躍した。ケンタウロスが空中にいる花鈴に向けて弓を向ける。構いもせずに、そのまま直下、
「――はあっ!」
ぼこおっ!!!
ケンタウロスの馬の背に、拳をめりこませた。
ぼきぼきぼき、と骨の折れていく音がする。そのまま拳はケンタウロスの体を貫いた。
半獣人がいとも簡単に消滅すると同時に、勢いづいた拳が地面を打ち、そのままクレーターを作る。
花鈴はきっと顔を上げる。凄まじい彼女の気迫に、狼とオークたちがひるんでいる。
ダン!
地を蹴って、残りの魔の群れの中へ駆け込んでいく――
■■■ ■■■
「あ〜疲れたー……」
すべての魔を消滅させて、花鈴は手の甲で額の汗を拭った。
『天照』は再び彼女の体内へと姿を消していた。
「大丈夫か、花鈴殿!」
紫鶴が走り寄ってくる。それにブイサインで返し、
「ありがと紫鶴ちゃん。またお願いしてもいい?」
紫鶴は破顔した。こくこくとうなずいた。
花鈴は微笑む。
――これでまた一歩、姉に近づくことができただろうか? 雲の上のような人の姉――
『花鈴殿を求めてくれる方はきっといるから』
ふと紫鶴の声がよみがえって、花鈴はふふっと笑った。
空を見上げると、半月は何事もなかったかのようにこうこうと輝いていた。星たちは拍手をするようにまたたいている。
風が心地よく吹く。
なびく長い金髪。青い瞳に決然とした光を乗せ。
そして少女はまた歩き出す。
「待っててね。お姉ちゃん」
彼女の目標であるたった一人の人物を、夜空に描きながら――
―FIN―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7511/霧島・花鈴/女/16歳/高校生・退魔師】
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■ ライター通信 ■
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霧島花鈴様
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびは紫鶴邸へのお越し、ありがとうございました!お届けが遅れまして申し訳ございません。
アクションノベルということでこのような展開となりましたが、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんでいただけたら光栄です。
よろしければ、またお会いできますよう……
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