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■【妖撃社・日本支部 ―竹―】■

ともやいずみ
【7511】【霧島・花鈴】【高校生/魔術師・退魔師】
「奇妙で奇怪な事件に巻き込まれている、人外の存在に脅かされている、そんな方……ようこそ「妖撃社」へ。
 我が社は誠心誠意・真心を込めてあなた様のお悩みにお応えいたします。
 どんな小さなことでも気軽にご相談ください。電話番号は0120−XXX−XXXまで。
 専門家たちがあなたの助けになること、間違いありません」

 コンクリートの四階建て。一階ではなく、二階に事務所が存在する。
 その二階のドアを開けて入ると、支部長である葦原双羽が言った。
「ちょうどいいところに来たわね。早速だけど、仕事の依頼があるわ。行くならそのように段取りするけど、どうする?」

【妖撃社・日本支部 ―竹―】



 アイドルの護衛。
 その文字に霧島花鈴は瞬きをする。
(へぇ、こんな依頼もくるんだ。これいいかも)
 掲示板にとめられているマグネットを外し、紙をとる。そしてそのまま支部長室に向かった。
 ノックをすると中から返事がある。勢いよくドアを開けた。
「部長ー、これ行っていいですか?」
 支部長室の一番奥……社員のデスクの二倍はありそうな大きさの立派な机に向かって座っていた双羽はきょとんとしている。
 ドアを閉めて入ってきた花鈴は少し照れ臭そうな顔で、うかがうように見てきた。
「……部長って、ダメですか? 私も言いやすいし」
「……いえ、いいけど。うん」
「あ。この仕事に行きたいんです!」
 花鈴は近寄って、持ってきた書類を差し出した。双羽はそれを受け取る。
 彼女は書類に目を通して「ふむ」と呟いた。それから自分のデスクにあるファイルから一枚取り出して、そちらを眺める。
「七種くるみの護衛……ね。ストーカーの幽霊から守れってこと。なるほど」
「えっ、七種くるみって、あの?」
 驚いて瞬きをする花鈴に、双羽は頷いた。
 『真夜中の紅茶』で有名になったアイドルの七種くるみ。幼い顔立ちと違って肉体はかなり豊満だ。
「ストーカーの幽霊のレベルはそれほど高くない……。うん、じゃあお願いするわ」
 花鈴が持ってきた書類に双羽は判を押した。
「それほど危なくないから大丈夫だと思うけど……初めての仕事だし、誰かをつけたいならつけるわよ?」
「あ、私が選べるんだったら……クゥくん、いいですか? なんか興味あるっていうか………………なんでそんな苦い顔してるの?」
 渋いものでも食べたような顔をしている双羽は嘆息する。
「……クゥ、ね。わかった。じゃあクゥには伝えておくわ」
「? べつに私、ソッチ系の趣味ないんですけど」
「そっち?」
「ショタコンじゃないです、私」
「…………霧島さんが問題じゃないのよ」
 疲れたような声の双羽に、花鈴は怪訝そうにした。



 仕事を決行する日、花鈴は準備をして妖撃社にやって来た。
 事務室には一人しかいない。今日一緒に仕事に行く、クゥだけだ。彼は仕事着ではなく、どこにでもいる小学生のように私服姿だった。
「…………」
 顔が整って色白のせいもあって、クゥの私服姿は違和感がある。似合わない衣服を選んではいないが、仕事着が定着しているので妙な感じがするのだ。
 彼は花鈴に気づいて微笑んだ。
「こんにちは」
「…………」
 う。綺麗な顔。
「こ、こんにちは。よろしく、クゥ……先輩?」
「やだなぁ。先輩だなんて、たいそれたものではありませんよ。ふつうに『クゥ』って呼んでください」
 気軽に言う彼の声は声変わり前の少年のもので、耳をくすぐるような話し方をする。
 彼はトランクケースを片手に持ち、イスから降りた。
「さぁ、では行きましょうか」



 書店の出入り口が見える場所に、二人は待機していた。手にはアイスだ。待ち合わせを装っているのだ。
「うわぁ、多いね。サイン会かぁ」
 写真集発売記念のサイン会が、この書店でおこなわれるのだ。周囲には文具店や、他の店もある。
「デパートの中っていうのが護衛に向かないね。人が多いし」
 ちら、と横のクゥに視線を遣る。彼は注文したチョコミント味を食べていた。
「それにしてもアイドルに会えるなんて初めてだよ。そんなに興味あるほうじゃないけど、ドキドキするなー」
「相手は女性ですしね」
 どこか楽しそうに微笑むクゥを、花鈴はまじまじと見る。
「……あのさ、さっき支部長にクゥくんに補佐を頼んだ時、苦い顔してたのって……なんで? 何かしたの?」
「なにもしてませんよ」
 いやだなあ、とクゥが笑った。
「フタバさんは僕のこと、誤解してるんです。それだけですよ」
 にっこり微笑むクゥは、誰が見ても可憐で愛らしい。
「僕は女性には優しいことで有名ですから」
「ふぅん。なんか、小学生とは思えないね」
「学校には通っていませんから、その言い方は間違っていますよ?」
「……クゥくんて、日本語すごくうまいよね。シンさんより滑らかに喋るし」
「努力の成果です」
 終始穏やかに言うクゥに、花鈴は落ち着かない。小学生くらいの男の子相手だというのに、自分よりも落ち着いているせいもあって落ち着かない気分にさせるのだ。
「カリンおねえさんは、どうして妖撃社に来たんですか?」
「え? 私、お姉ちゃんがいてね。……追いつきたいんだ、お姉ちゃんに」
「お姉さんが……いるんですか」
 クゥが目を細める。なんだか怖くて、花鈴は曖昧に「まあね」と応えた。
 彼はにっこりと愛らしく笑った。
「あなたに似て、さぞや美人のお姉さんなんでしょうね。僕もいつか、お会いしたいな」
「え? う、うん。いつか……ね」
 ざわついていた書店にあふれていた人たちが、列を作り始める。それに気づいて花鈴は少し身を乗り出した。
 特設されたコーナーには、まだ目的の人物は来ていない。
「ここで見てていいの? バックヤードだっけ? それか事務所に居るんじゃないの? そこで護衛したほうが早い気がするけど」
「僕たちは目立たずに行動するのが鉄則です。依頼者や標的には極力接触を避けます」
「そうなの?」
「そうです。夢のひと時のように、幻のように行動するんですよ。すぐに記憶から消えてしまうようにね」
「……それって、さみしくない?」
 クゥは花鈴を見上げてくる。こちらを品定めするような、奇妙な瞳だ。
「僕たちは英雄になるために行動しているわけではありません。お仕事ですよ、単なる」
「……そっか」
 それも、そうか。
「でもストーキングしてる幽霊なんていっぱいいるでしょ? なんで護衛なんだろ? 害があるってこと?」
「最近死んだ人みたいですね、相手は。執拗につけ回してるみたいですから……。やたらと写真にうつっているので変に思ったみたいで、うちに依頼がきたようです」
「なるほど〜。しかし芸能人も大変よねぇ。プライベートなさそうなんだもん」
「あなたもなれますよ。美人だから」
「やだぁ。お世辞言ってもなにも奢らないよ?」
 けらけらと笑う花鈴に向けて、クゥはくすりと微笑む。
 予定のサイン会はあと5分で始まる。



 現れたアイドル・七種くるみを見て花鈴は「うぉ」と小さく洩らした。
(す、すご……。胸おっきい……)
 確かFカップだっけ……。重そう。
 思わず自分の胸元を見下ろして、溜息をつきたくなった。いや、別に大きな胸になりたいわけではないけど……。
「僕は霊感がないので見えないんです。雰囲気とかはつかめますけど。
 いますか?」
「えっと……」
 花鈴はきょろきょろと視線を動かす。
 幽霊というものは、現実にいる人と同じようにみえる。中には首がなかったり、ケガをしたままだったりするけれど。影のように見える者もいるだろう。
「いた。あそこだ」
 指差す花鈴。だがクゥには見えない。
 花鈴の目にははっきりと見えていた。普通の人間と区別がつかない。書棚の陰から七種くるみを凝視している男がいるのだ。だが誰も彼に目を向けない。見えていないからだ。
(うわ、暗そう〜。なんか変なシャツ着てるし)
 キャラクターがプリントされたシャツの上にジーンズのジャケットを羽織っている中年の男は、暗い眼差しで七種くるみを見つめていた。
 思わず目を逸らしてしまう花鈴を、クゥが不思議そうに見上げた。
「どうかしました?」
「え? いや、うん……いるけど。じっと見てるだけだよ?」
 害を成すとわかれば退治して構わないってことだったけど……。
(なんかほんと、見てるだけっていうか……)
 それはそれで気持ち悪いんだけど。

 サイン会が始まって、七種くるみは写真集を買っていく人たちに微笑みながら握手をして、本にサインをしていく。
 確かに護衛だ。ただし、見えない相手専門の、だが。
 アイスはもう食べてしまった。二人で並んで立っているとそろそろ不審がられてしまうだろう。
「なんか……ヒマ」
「まぁそうでしょうね。べつに危ないことも今のところ起こってませんし、飲み物を買ってきてもいいですよ?」
「でもあの人、本当に見てるだけなんだね……。被害がないっていう点ではいいのかもしれないけど、追っ払ったほうが手っ取り早いんじゃない?」
「無実の人を追い払うのはどうでしょう?」
「い、いやあれ、立派なストーカーだよ」
 あんなのにつけ回されたらイヤだ……正直。
「とりあえずこの場を無事に切り抜けたら、退治してもいいでしょう。カリンおねえさんに、そのへんはお任せします」
「お任せしますって、クゥくんは?」
「僕はあなたの補佐ですから……」
 ね? と見てくる彼に花鈴はむっ、とする。だがすぐに思い直した。
 妙なところがあったら彼がすぐに注意してくれるだろう。まあいい。
「う。そ、そうだね。私……やっぱりあの人は追い払ったほうがいいと思う。きりがないとは思うけど」
 だって怖いもん……四六時中あんなのにじっと見られていたら。



 時間との勝負、という言葉を思い知った。
 サイン会が終わるまでひたすら七種くるみに変化がないかを見守り、妙なストーキング幽霊を監視し……これでは神経を遣う。
「や、やっと終わった……!」
 花鈴はぶはーっと息を吐き、七種くるみが立ち去るまで気を抜かずに終えたのだ。
「行くよ、クゥくん!」
「あの霊を退治するんですか?」
「……なんか話を聞いてくれそうなタイプじゃないし……」
「サイン会は無事に終わったのでいいでしょう。僕、ここで待ってますから行ってください」
「ええっ!?」
 持っている重そうなトランクケースを指差され、仕方なく花鈴は一人で先ほどの幽霊を追った。



 報告書を作成する際、どうしても感情が昂ぶってしまった。
「だってね! あの霊ってばなに言ったと思う!? ボクはくるみちゃんを見守ってるんだー。変なヤツがいたら殺してやるー。恋人がいるなんて許せないー。とか散々わめいてて、私に襲いかかってきたんだよ!」
「…………」
「聞いてる!? クゥくん」
「聞いてます。
 あのサイン会で誰かが過剰な動きを見せていたらきっとキレてましたね、その幽霊」
「あーもう! 思い出すと腹が立つったら!」
 怒りで足をばたばたさせる花鈴であった。報告書はまだ一行も書けていない……。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7511/霧島・花鈴(きりしま・かりん)/女/16/高校生・退魔師】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、霧島様。ライターのともやいずみです。
 初のお仕事、無事に完了です。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。