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■【妖撃社・日本支部 ―桜―】■

ともやいずみ
【7409】【相沢・要】【小説家】
「奇妙で奇怪な事件に巻き込まれている、人外の存在に脅かされている、そんな方……ようこそ「妖撃社」へ。
 我が社は誠心誠意・真心を込めてあなた様のお悩みにお応えいたします。
 どんな小さなことでも気軽にご相談ください。電話番号は0120−XXX−XXXまで。
 専門家たちがあなたの助けになること、間違いありません」

 バイト、依頼、それとも?
 あなたのご来店、お待ちしております。
【妖撃社・日本支部 ―桜―】



 スーツで来訪した相沢要からの依頼を、双羽は受けることにした。断る理由がないからだ。
 ここに入ってきた彼はまず第一声で「怪異専門の会社と聞いて、もっとそれっぽいおどろおどろしいのを想像してたんですが」と前置きして、言った。
「意外と普通の事務所なんですね。安心しました」
 そして双羽が彼の相手をしている。彼の依頼してきた内容は、廃ホテルの怪異の解決。
「周辺に被害が及ばない範囲なら、壊してもらっても構いません」
 そう言う要を、双羽は慎重に見る。要が提示した資料に、隙なく目を走らせたあと、だ。
「土地とこの建物の権利はあなたにあるんですか?」
「あぁいや、これは不動産に勤める友人からのものでして。私は代理です」
「不動産……。ということは、一通り許可はあるんですね?」
「もちろんです」
「…………」
 持ち主からの許可があるというのはとてもありがたい。本当かどうかの真偽も確かめなくてはならないが。
 要が追い討ちとばかりに不動産の登記などの書類も出してくる。……やはり、断る理由がない。
「友人が困っていまして。ここならなんとかしてくれるとうかがったのです」
「……わかりました。この依頼お請けしましょう。金額の見積もりなどについてはまた後日でよろしいですか? 調査を始める前に手付金が必要となります」
「これだけ大きな依頼ですと、当然ですね。おいくらくらいになります?」
 不審そうな双羽に気づいて要は軽く首を傾げた。
「私の顔、何かついてますか?」
「…………うちのような商売だと、怪しむ人が多いので」
「あぁ、なるほど。きちんとリサーチしてきました。信頼できるって意見が多かったですから参考にしたんですけど……ネットで」
「その信頼には応えます。我が社は裏切るような真似はいたしません。働き分しか金額もいただきませんのでご安心を」
 支部長の表情で言う双羽に、彼は安堵したように微笑した。
「お任せします。よろしくお願いしますね、葦原さん」
 そのすぐ後に要がぽつりと小さく呟いたものは、双羽の耳には入っていない。彼は囁いた。聞こえないほど小さな声で。
「お手並み拝見といきましょう」――と。



 依頼された場所――廃ホテルにやって来たシンは建物を見上げる。
 寂れたそこには窓にびっしりと手形がついていた。まるでペンキでつけたようなものではあるが、それは霊感があるシンだからこそ見えるものだ。
 思ったよりも霊の数が多い。調査は未星が終えていたので、シンは無言で出入り口に向かう。
 引きずりこまれてしまう人が、あとを絶たない。依頼者が外観や内部を撮影した写真まで用意してくれていたので、割と簡単にここまでこぎつけた。営業当時のホテルの館内図まであるので、至れり尽くせりだ。
 紫色の衣服がなびかせ、シンはずんずんと勢いよく歩く。悩ましい溜息を吐いたのを合図に、シンからは他人を魅了してやまない、誘惑する何かが発散され始めた。
 他人がいる場所では極力抑え込んでいるが、今は一人だ。一人なら、抑え込む必要はない。

 正面のドアは厳重に閉じられている。シンはしばし考えたが、別に遠慮をすることはないのだ。派手に動いていいということだし。
「……ほうらいけん」
 小さく呟いたシンは右手をぐっと握った。いや、違う。何かを、握り締めたのだ。
 両手で柄を握るようなポーズをとって、シンは振り上げた。そしてそのまま振り下ろす――!
 ドアが暴力的な力で破壊され、破片を巻き散らして粉砕された。まるで、力ずくで、重たい鈍器でドアを殴ったような惨状だった。
「…………うーん。なんか調子出ないな」
 まぁドア相手だし、出力全開というわけにはいかない。やり過ぎると双羽に怒られてしまう。
 肩をぐるぐると回してみる。いやぁ、やっぱり一人だと爽快だ。
「頭の中は冴えてるしね。とはいえ……度を越すと家に帰った時にキツいんだけど」
 べつに一人が好きなわけではない。できればみんなとワイワイするほうがいい。でも……こんな体質だし、できればみんなに迷惑をかけたくないのだ。気に病んで欲しくもない。
 ホテル内からは冷気が流れている。誰かが言っていた。霊のいる場所は温度が低くなると。
 シンは瓦礫と化したドアをブーツで蹴散らしつつ、中に踏み込んだ。中は思ったよりも明るい。
(これなら懐中電灯はいらないな)
 未星と違ってそれほど夜目がきくほうではないのだ。
(……まぁ未星と比べるのはちょっとな)
 彼女はちょっと特殊すぎる。びっくり人間の類いだ、間違いなく。
 目を細めて集中する。霊視に意識を注ぐと色んなものがみえて鬱陶しいのだ。ただでさえ、こういうのは苦手なのに。
 シンは剣の形をしたものを掴んだまま、ゆっくりと進む。
(……数が多いな。こりゃ、引きずり込まれて意識が呑まれるわけだ)
 死ぬ前と同じ感覚で歩き回る人々。もらった資料によると、持ち込まれた人体に悪影響のでるガスによって従業員も客も大勢死んだ記録が残っていた。このホテルで死んではいなかったが、運ばれた病院先で死亡した者は少なくなかったのだ。
(未星によると、磁場が悪いとかなんとか……。方位も良くないってことだけど……)
 そんなことを言われても、あまりよくわからない。未星が来たほうが良かったんじゃないだろうか?
 霊の一人がシンの背後から声をかけてくる。生前と同じように客をもてなす従業員だった。顔色の悪い青年を肩越しに見遣るシンは、悩んだ。
 これほどの数の霊を一度に浄化することはシンにはできない。シンに可能なのは、破壊だけ。霊も、そして建物も、関係なく蓬莱剣は破壊する。
「っ!?」
 シンは軽く目を見開き、ぞろぞろと奥から出てくる霊の大群に剣を構えた。
 ―― 一気に、片付ける!
「はああああぁぁぁぁっっ!」
 思い切り後方に剣を遣り、そのまま一直線に横なぎに払った。放出する力の量を変えれば……!
 壁を容赦なく、それこそチーズのように簡単に剣が通る。だがナイフでチーズを切るのとは違い、コンクリートの壁を力ずくで破壊しているだけだ。無残な傷跡が壁に走った。
 ぶん! と思い切り振りきる。霊もろとも、蓬莱剣の力が与える範囲までが薙ぎ払われた。恐るべき破壊力だった。
 シンは不思議そうな顔をして首を傾げる。
「なんか、まだしっくりこないな」
 あぁそうだ。
「下から破壊したら危ないの忘れてた。まずは上からかな」
 しかしそれは難しい。邪魔をするものがいればその都度、蓬莱剣で撃退するのだから。
 のんきに歩き出したシンは、足を一度止め、それから走り出した。
 なにも遠慮しなくていいなんて久しぶりだ!



 巨大な剣を振り回していることと、同じ。蓬莱剣がシン以外に認識できるのは、力を発揮する時だけ。
 シンは襲い掛かってくる霊たちを、うっすらと見える剣で斬っていた。シンの身長より少しだけ低い剣。だが内包する力は人知を超えたものだ。
 振り回すたびに壁や床がことごとく蹂躙されていく。
(もっと強力なのがいれば、もう少し違うんだけど……)
 それはそれで、ちょっと怖い。
 ただ振り回しているだけのシンの動きは、その手の熟練者からみれば充分未熟で、危険だった。
 ちょっと、考えなしだったことにシンは後悔する。これだけの広さでちまちまやっていても、どうしようもないのに。
(未星と来ればよかった)
 未星は未星で「やだ」と即答しただろうが、それでも思ってしまう。
 体力が通常の一般人よりはあるとはいえシンの肉体は人間のもので、鍛えられた部分以外はそのままだ。
(……も、もぅバテそう……)
 額から汗が流れ始めている。蓬莱剣は軽く――いや、重みを一切感じないけれども、それでも体を使っている分は消費してしまう。明日はきっと筋肉痛で一日動けないだろう。最悪だ。
 シンはそれでも顔をあげて次の階へ進む。まだまだ上の階があるが、根をあげることはできない。これは仕事で、自分はそれを請け負ったのだ。
 いつもとは違って脳内は霞がとれ、視界はクリアになっている。
(…………もっと力をあげて、破壊箇所を増やすか……。でもあたし、そんなに霊感強いほうじゃないんだけど……)
 上の階の気配は感じるが、基本的に大雑把なので細かいことまではわからない。
 携帯電話が鳴って、シンは慌てて通話ボタンを押す。
<シン?>
「あ。フタバ。なに? まだ終わってないけど」
<そりゃそうでしょうね。そこそこのホテルだし、あんた一人にはちょっと大きすぎたかしら?>
「……わかってんだったら言って欲しかったよ」
<それで、状況はどうなの?>
「未星の報告書にあったように、従業員と、客らしき霊がうようよいる。邪魔すると怒って襲ってくるかな」
<……あ、そう。霊の数が多いだけなのね?>
「まあそれほど厄介なのはいないね。恨みつらみがたまった感じはしないし。仲間が欲しいっていうのは感じるけど」
<そう。一対一とはいかないものね。シンの体力じゃ、そろそろキツいんじゃない?>
 ぎくっとしてシンは薄く笑う。かなわないなぁ、支部長には。
<支柱を破壊して、ホテルを倒壊させていいわ。早く終わらせて休んで>
「………………」
 双羽の言葉に、シンは耳を疑う。ぱちぱちと瞬きをして怪訝そうに黙り込んでいると、双羽がかんしゃくを起こしたように激しく言ってきた。
<べつにあんたのこと心配……するのは支部長の義務じゃない! だからさっさと終わらせろって命令してんのっ!>
「壊していいとは聞いたけど、全壊しちゃうよ? いいの?」
 支部長の素直じゃない言葉の意味に気づかずに、シンは素直に受け止める。とことん真逆の二人である。
<ただし、周囲に迷惑をかけないこと。壊すのはホテルだけ。いいわね?>
「……わかった。やってみる」
 うなずいてシンは通話を切った。
 支柱……建造物にはあるそこを壊せばいいわけだ。いくらなんでもそこまですることはないだろうと遠慮していたのだが、許可が出たのでやってしまおう。
 シンがそれぞれのフロアを半壊状態にしているので、それほど派手に周囲に迷惑はかからないはずだ。
 はぁ、と溜息をつく。
「うし!」
 気合いを入れてシンはきびすを返した。紫の上着が鮮やかにひるがえる――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7409/相沢・要(あいざわ・かなめ)/男/120/小説家】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、相沢様。ライターのともやいずみです。
 仕事風景ということでしたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。