■【妖撃社・日本支部 ―松―】■
ともやいずみ |
【7416】【柳・宗真】【退魔師・ドールマスター・人形師】 |
「奇妙で奇怪な事件に巻き込まれている、人外の存在に脅かされている、そんな方……ようこそ「妖撃社」へ。
我が社は誠心誠意・真心を込めてあなた様のお悩みにお応えいたします。
どんな小さなことでも気軽にご相談ください。電話番号は0120−XXX−XXXまで。
専門家たちがあなたの助けになること、間違いありません」
コンクリートの四階建て。一階ではなく、二階に事務所が存在する。
その二階のドアを開けて入ると、支部長である葦原双羽が言った。
「ちょうどいいところに来たわね。早速だけど、仕事の依頼があるわ。行くならそのように段取りするけど、どうする?」
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【妖撃社・日本支部 ―松―】
「シン、行きましょう? 今回はトンネルに出る霊だそうですよ。なんだか定番ですね」
微笑む柳宗真を、目覚めたばかりのシンは凝視していた。混乱と、困惑の瞳で見ている。
「……ソーマ……どうしてあたしを指名するの」
嘆息混じりに、額に手を遣って彼女はうなだれた。
事務室には二人以外、いない。全員出払っているのだ。支部長室には双羽がいるが。
「もう支部長には申請してしまいました」
肩をすくめてにこっと笑うと、シンはゆっくりと長イスから降りた。
「今夜?」
「空いてますか?」
「……うん」
「一緒に行きましょう」
「…………わかった。用意するから、待ってて」
一時間ほどすると、シンが着替えて現れた。仕事着姿のシンは、衣服を隠すための長い黒のコートを手に持っている。
風呂にでも入ったのか髪はまだ生乾きで、ハネ癖のないストレートになっていた。
(………………)
年齢よりも、大人っぽくみえる。憂いを帯びた表情だと、ふつうに色っぽかった。
「お待たせ」
「えっと、じゃあ今日の仕事の確認をしましょうか」
「……あのさ、ソーマ」
「催淫ですか?」
彼女はぎくっとしたように動きを止め、それから頷く。長イスに腰かけていた宗真はあっさりと告げた。
「たぶん大丈夫ですよ」
「だいじょうぶ?」
「これ、持ち歩くことにしましたから」
ほら、とポケットから取り出して掲げる。それは御札だ。奇妙な文字と幾何学的な模様が描かれている。
怪訝そうにしているシンに説明をしてやった。
「これは僕の家の魔術書に載っていた、対人用の捕縛魔術を施した御札です。人間に貼ったら動けなくなる代物ですよ」
「……捕縛?」
「覚えておいてくださいね。これがあると知っていれば、我慢できなくなった僕が不意打ちでシンを束縛する心配もなくなるでしょう?」
「……ソーマ」
「さ、お仕事頑張りましょう?」
「…………」
笑顔の宗真の前に立ち、シンは瞳を伏せる。下から見ると、やっぱり色っぽかった。湯上りの女の子は妙な色気がある。なんだか、どきどきした。
「それ……あたしのためにわざわざ用意したの?」
「たいした労力は使ってませんよ」
「…………ありがとぉ」
涙目になるシンに、宗真はぎょっとした。泣かせるつもりはない。慌てて周囲を見遣った。アンヌや双羽の姿はないので、ほっと胸を撫で下ろした。
「ほんとにソーマは優しいね。優しいから、勘違いしそうになるよ……」
「勘違い?」
「……なんでもない」
苦笑いをするシンは、それでも表情が晴れない。まだ何か心配事があるのだろうか?
「シン?」
「…………あの、あたしが襲ったら容赦なく殴ってね」
「……襲う? シンが? 僕を?」
驚く宗真の前で、シンが顔を赤らめる。視線を逸らして、そわそわした。
「う、うん。ほとんどないんだけど……ね。万が一ってあるし。変な感じがしたら、気絶させていいから。グーで殴っちゃって」
力なく笑うシンは、さらに付け加える。
「それとね……あの、ソーマはいいとしてもね、他の人も影響されちゃってあたしにたかるから、いざとなったらあたしを置いて逃げちゃって。ね?」
「…………」
宗真は思わず青ざめてしまう。そうだ。自分一人じゃないのだ、影響されるのは。大勢の男に囲まれたら、いくらシンでも……。
暗い表情の宗真に気づき、シンは慌てて明るく言った。
「あ! で、でも本当に大丈夫だから! そういうのって、ほとんどないしね。うん」
「……シン」
「うぁ……お、怒らないで」
のけぞるシンの前で、宗真が立ち上がる。彼女は自分がなぜ怒っているのか理解していない。
「僕はシンを置いて逃げたりしませんよ」
「……そ、そうなの? でも迷惑かけちゃうから、いいよ?」
「迷惑とかそんなの……!」
どうしてそんな言い方をするんだ!
頭に血がのぼるが、すぐに我に返って深呼吸をする。不思議そうなシンに、軽く苛立った。なぜ自分が苛立つのか、理解できないのは宗真もだ。こんなのは自分じゃない。
*
目的地にはタクシーでやって来た。降ろしてもらい、タクシーにはこの場で待つように指示をする。目的のトンネルはここから歩いて15分のところにあるのだ。
周囲は夜の闇の中に埋もれた森。古びた道路。虫の鳴く音が小さく聞こえた。
貸した御札を手に持って眺めているシンは、横を歩いている。コートは脱ぎ、いつもの仕事着姿だ。髪も後頭部の高い位置で結っている。
ぴた、とシンは足を止めた。彼女を置いて三歩ほど進んだ宗真が振り返ってくる。
「どうしました?」
「…………この先、霊の溜まり場になってる」
「トンネルはそうなりやすいですしね。定番すぎて驚く気にもなりません」
「すごい数、だ」
呆然と呟くシンはこちらを見てくる。御札に視線をおろし、それから駆け寄って宗真に貼り付けた。
体が完全に硬直し、自由がきかなくなる。なにを……?
「な、なにをするんですか、シン?」
「……ほんとに動けなくなるんだ。あとで剥がせばいいんだよね……?」
「シン!」
「ちょっと待っててくれる? あの、この御札のお礼というか……。近づくと誘われるみたいだから……引っ張り込まれるし…………あたしが行ってくる」
シンがうっすらと笑った。まるで人が変わったように、雰囲気ががらりと変わる。
全身から異性どころか同性まで惑わせる色香がにじみでて、札がなければ宗真はひとたまりもなかっただろう。周囲も無人なので、シンに惹かれる者はいない。
「ソーマは見えないから、ちょっと危ないみたい。すぐに戻るから、ごめん」
普段の、ちょっとなまりの入る喋り方ではない。滑らかに日本語を喋るシンは、にっこりと笑った。あどけないけれども、年相応のものだ。
「戻ってきた時には言う暇なんてないと思うから、先に言っておくね。
本当に、気にかけてくれてありがとう。色々迷惑かけちゃってるしさ、イライラさせちゃうけど、許して欲しいな」
宗真の頬を、人差し指で突く。
「おおっ。こんなに効くんだ。すごいな。これであたしがおかしくなったら、ひとたまりもないね、ソーマ」
「……どうしたんですか、シン。悪ふざけが過ぎますよ」
「キスされたって、何されたって、ソーマは抵抗できないわけか……。って、しないけどね、そんなこと。あたしにされるの、イヤだろうし。
まぁいいや。とにかくさ、ちょーっと、ここで待っててよ!」
じゃね、と明るく言うと、シンはすたすたと歩き出す。夜道をずんずん進む彼女を見送ることすらできない。視線で追おうとしても、顔が動かないのだ。
靴音が急に早くなった。走り出したのだ。足音が遠ざかる。
「シン……!」
叫んでも、彼女は応えない。もう声が届かない場所に行ったのか?
――ドガッ。
妙な音が遠くから響いてくる。
それはまぎれもなく、破壊音だった。
力ずくで、根こそぎ破壊するような音が連続で響いてくる。
それがおさまってしばらくすると、シンが戻ってきた。
彼女は戻ってくると札をはがそうとするが手を止め、ちょっと考えてしまう。
「あたし、すぐ寝ちゃうと思う」
「シン……何をしてきたんですか」
「不可抗力なんだよ。あまりにも数がいて、ひどかったから……。
じゃ、あとよろしく」
札をはがされて宗真はやっと体の自由を取り戻した。深呼吸をして、やれやれと思ってみるとシンがうとうとし始めていた。
「し、シン?」
宗真の呼びかけもむなしく、シンはふらりと前のめりに倒れてしまう。抱きとめると、寝息が聞こえた。
「………………また寝てる」
*
「あんたって人はーっ!」
双羽の怒りの雷が頭上に落ち、シンはびくりと震えて「ごめん」と小さく謝った。眉をさげ、宗真の背後に隠れている。
「あれだけ! あれだけ器物損壊はやめてって言ったじゃない! ただでさえあんたは上海で物を破壊し過ぎてるのに!」
「……ご、ごめんなさい……」
はぅ、とシンが泣きそうな声を洩らして宗真の腕をきゅ、と掴んだ。シンはトンネルの入り口を完全に破壊してしまったのである。
「ま、まぁまぁ支部長。そんなに怒ることないじゃないですか」
仕方なく仲裁に入ると、双羽がぎろりとこちらを睨んできた。こ、怖い。
「柳さんがついていながらなんでこんなことになってるの!」
「う……す、すみません。シンから目を離したのは失態でした」
「ソーマは悪くないんだよ! あたしがちょっと調子に乗っちゃって……。ソーマに迷惑かからないって思ったらつい……」
宗真が怒られたことにシンは反応し、こちらを庇うように前に出る。ついさっきまで後ろに隠れていたくせに……。
「当たり前でしょう! 明らかにあれをやったのはシンじゃないの! 悪いのはシン!」
人差し指を突きつけられ、シンは「あぅ」とうめいてしょんぼりと肩を落とした。
「報告書は罰としてシンが書くこと。修理費はシンの給料から差し引くわよ。いいわね!?」
「……はい。迷惑かけて、ごめんなさい」
ゆるゆるとした動きで床に膝をつくと、双羽に向けて土下座した。ぎょっとしたのは宗真だけではなく双羽もだ。
「本当に、すみませんでした」
「ちょ……! なにやってるのよシン!?」
「そうですよ! なにもそこまでしなくても……!」
慌てる二人にシンは怪訝そうにした。
「? 日本では、本当に本当にごめんなさいは、こうするってクゥが言ってたけど…………ちがうの?」
「あいつぅーっ!」
再び怒りに声をあげる双羽は支部長室から勢いよく出て行った。残されたシンは不思議そうにしていたが、宗真が手を掴んで無理やり立たせる。
ぱたぱたと手でシンの衣服の汚れを払うと、彼女は頬を赤らめて戸惑った表情をした。
「謝罪に土下座をするのは間違ってませんけど、この場合は、間違いです」
「ちがうんだ……」
「それより報告書、頑張りましょう」
「……て、手伝ってクダサイ……」
「………………」
無言でシンを眺めると、彼女は目を泳がせる。再びしょぼんと肩を悲しそうに落とした。
「だ、だめ、か……」
「しょうがないですね。手伝ってあげますよ」
嘆息混じりに言うと、シンが顔をあげて瞳を輝かせた。宗真の手をぎゅっと強く握り、何度も上下に振る。
「ありがとう! 嬉しいよ、ソーマ!」
「…………」
握られている手を見て、宗真は難しい顔をする。だがシンはそれに気づかず、はしゃいでいるだけだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7416/柳・宗真(やなぎ・そうま)/男/20/退魔師・ドールマスター・人形師】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、柳様。ライターのともやいずみです。
再びシンとのお仕事ですが、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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