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■【妖撃社・日本支部 ―桜―】■

ともやいずみ
【7511】【霧島・花鈴】【高校生/魔術師・退魔師】
「奇妙で奇怪な事件に巻き込まれている、人外の存在に脅かされている、そんな方……ようこそ「妖撃社」へ。
 我が社は誠心誠意・真心を込めてあなた様のお悩みにお応えいたします。
 どんな小さなことでも気軽にご相談ください。電話番号は0120−XXX−XXXまで。
 専門家たちがあなたの助けになること、間違いありません」

 バイト、依頼、それとも?
 あなたのご来店、お待ちしております。
【妖撃社・日本支部 ―桜―】



「支部長って大変だよね」
 そう言った霧島花鈴のほうを、双羽は振り向いた。手にはファイルを3つも抱えている。
 頬杖をついている花鈴は、シンの使っている机に座っている。シンは仕事でいないのだ。
「書類整理とか私には無理そうだもん」
 独りごちる花鈴から視線を外し、双羽は書類棚のガラス戸を開けてファイルをおさめていく。
「そういえば部長ー」
 花鈴の声に再び双羽がこちらを見てくる。がらんとした事務所には二人だけだ。
 部長と呼ぶのは花鈴が呼びやすいからである。双羽は「支部」の長であるから「支部長」であり、実際は「部長」という肩書きではない。部活でもなく、会社の「営業部」というようなものでもないので呼び方としては間違っているのだが、双羽が許可をしているので社員は誰も何も言ってこなかった。
「部長って、なんでクゥくんのこと嫌ってるんですか? イマイチわからないんだけど……」
「べつに嫌ってないけど」
「ぜったい嫌ってるでしょ!」
「嫌ってないわよ」
 双羽は事務的に返答し、ガラス戸を閉めた。
「いーや、絶対に嫌いに違いない。大人びてるところが気に入らないとか?」
「だから、嫌ってないと言ってるでしょ? しつこいわね」
 苛立った声になった双羽に花鈴は首をすくめる。双羽の態度からクゥを嫌っていると思っていたのだが、違うのか?
「でもなんか、態度が違う気がしてたし……」
「……かなり困った社員だからってだけよ」
「困った?」
「とんでもない女好きなの。着替えは覗くしね」
「…………うそ、でしょ?」
 可愛らしく首を傾げてみせるが、双羽は押し黙ったままの仏頂面だ。嘘じゃないらしい。
「まぁ、色々理由はあるとは思うけどね。理由はね」
 双羽は、まるで自身に言い聞かせるように言いながら支部長室に向けて歩き出した。
「あ、部長」
「ん? まだあるの?」
「いつかヒマなとき、一緒に出かけません?」
「出かける? なにをしに?」
「買い物とか。いや、まぁ」
 花鈴は少し照れ臭そうに頬を掻いた。
「部長じゃなく友達として、ですけど」
「……私、あなたと友達だったかしら?」
 不思議そうな顔をする双羽に花鈴はがっくりと肩から力を抜く。精一杯のものだったのに。天然か、天然なのかこの人じつは。
「友達ほど親しくないと思うんだけど……」
「そ、ソウデスネ。ごめん、部長」
「………………」
 黙ってしまう双羽はややあって口を開いた。
「友達としては今は無理でも、同い年の知り合いってことで出かけるなら構わないわよ?」
「え」
「もしかして、私と友達になりたかったの?」
 花鈴のほうはすっかり友達気分だったのに。まぁそれもそうだろう。会ってちょっと話していきなり友達なんて、ありえない。双羽がたまたま自分と同い年だからそんな感覚に陥っただけで、彼女が自分よりも随分と年上だったらこんな風には言わないだろう。
(……あれ。もしかして私、部長のことビミョーに侮ってる?)
 そんなつもりはないが、同年ということで気安く接してしまう態度になるのも否定できない。
「公私混同しないなら構わないけど、私、あまり派手なところとか、人が多いところは行きたくないわね」
「ええ〜? 化粧品買ったりとか、香水買ったりとか、新しいリップ試したりとかは?」
「そんなことにお金を使うなら貯金するわね」
「マジで? マジで言ってるんですか部長!? オシャレは女の子の特権なのに?」
「……いや、ふつうに服とか買うけど、過剰な買い物をしても困るだけだし」
 堅実的すぎる発言に花鈴は脱力した。確かに双羽の外見は地味だ。だからこそ、オシャレをして買い物をするとうきうきしないのか?
「……部長、美味しいアイスとかスイーツとか、パスタのお店とか、そういうのに興味は……?」
 双羽は花鈴を凝視していたが、途中で吹き出して笑い出した。彼女は腕組みして花鈴のほうに向き直る。
「オシャレに力を注ぐよりは、食べ物のほうが好きかしら」
「えっ?」
「だって美味しいものを食べると嬉しくなるし?」
 おどけてみせる双羽は歩いてくると、クゥの席に座った。
「太っちゃうのは気になるけどね」
「! そ、そりゃ気になります! ウン!」
 花鈴とて若い娘だ。二の腕の余計なお肉は気になってしまう。体を鍛えていてもやっぱり余計な脂肪がついてしまうことがあるのだ。見えないところに脂肪あり、である。
「ところで霧島さん」
「はい?」
「報告書、まだ出てないんだけど」
 笑顔で言われて、花鈴は硬直した。そろり、と視線を外す。すると双羽が覗き込んできた。
「霧島さん?」
「い、いや……こういうのはお姉ちゃんがね、得意でね」
「そういえば面接の時もお姉さんのこと言ってたわね。シスコン?」
「なっ! 違います!」
 すぐさま否定するが、双羽は頬杖をついて嘆息する。
「べつに馬鹿にしたりはしてないわよ? でも、報告書も業務の一つ。苦手だからといって避けては通れないからね」
 それに、と彼女は続けて言った。
「私は、お姉さんではなく『あなた』を評価したいの。頑張ってね」
「……はい」
 なんだろう。じっと見てくる双羽は微笑んでいる。恥ずかしくなって目をそらした。
(そうだよね。甘えちゃダメだ。いつまでたっても私……)
 頼りになる姉がいれば楽だ。そう……「楽」なのだ。悪く言えばそうなる。
 でも一生一緒にはいられない。たとえ家族でも。
「部長! 報告書、かきます!」
 仕事が終わった報告をした際に紙はもらっている。学生鞄から取り出して、机の上に置いた。ついでに筆記用具の入ったペンケースも。
「みててくださいね! すばらしい出来の報告書、部長に提出しますから!」
「期待してるわ」
 そう言って双羽は立ち上がった。
 よーし、と腕まくりをして花鈴は報告書に取り掛かった。



 報告書はなかなか仕上がらない。ボードにはられている報告書を、目を細めて見ては参考にするのを繰り返している。
「どうぞ」
 目の前にお茶が置かれた。耐熱ガラスのカップとソーサーだ。
 顔をあげると、メイド姿のアンヌが立っていた。
「あ。ありがとうアンヌ、先輩」
「フタバ様に淹れたついでですから」
 にっこり微笑んだ彼女は花鈴の手元を覗き見る。あ、と気づいて花鈴は慌てて隠した。
「……難儀されているようですわね」
「な、ナンギだなんて難しい言葉、よく知ってますね」
 感心してしまう花鈴に彼女は苦笑してみせる。
「これでも勉強しておりますので」
「う」
 思わず言葉に詰まってしまう。花鈴はそれほど成績が良いほうではない。平均よりちょっと……ちょっと、下、だ。
(学生の私より勉強してそう……)
 姉に追いつきたい一心でこのバイトをし始めたが、学生の本分を疎かにはできない。単位がとれなかったら卒業できなくなる。
 そんな花鈴の心中など気づくはずもなく、アンヌはくすりと笑った。
「いきなり書くよりは、下書きをされてからにしたほうが良いと思いますよ?」
「あ……そ、そっか」
「箇条書きにして必要なことを書き出し、時間軸に沿って説明できるようになれば言うことありませんけど……難しいですわね」
「難しいです。どうやってみんな書いてるんですか?」
「慣れ、でしょうね」
「慣れ……」
 経験値は確かに重要なポイントだ。だとすれば花鈴は圧倒的に不利である。そもそも学校でも読書感想文で頭が痛くなるのに。
 うまくまとめる方法がそのへんに落ちていればいいのに……。
 手を止めて、花鈴はお茶に手を伸ばした。どうやらハーブティーのようだ。
「……あのぉ、アンヌ先輩」
「はい?」
「支部長って、普通の人なんですよね?」
「そうですけど」
「でも、なんか……私よりしっかりしてるし、同い年に思えないっていうか」
「……フタバ様は線引きをきっちりされているだけだと思いますわ」
「線引き?」
「確かにフタバ様の年であそこまでできるのはかなり立派です。プライベートと仕事を、きっちりと分けてますしね。でも……時々公私混同してしまうご自身に対して悔しいと思われているようですよ」
 そう、なのだろうか? そんな風には感じなかった。まるで年上のようだったから、すごいなと思ったけれど……。
 俯く花鈴はそっとアンヌに尋ねた。
「あの……私、支部長と友達になれるでしょうか?」
「なれるとは思いますけど……何か言われました?」
「いや、友達として遊びに行こうって誘ったら、友達でしたっけって言われちゃって……」
 かなり恥ずかしい……。頬が熱くなっていることに花鈴は気づいていた。学校でだって、こんな醜態をさらしたことはない。だってそう、雰囲気で話すし。その場のノリとか。
 アンヌは「まぁ」と呟いて首を傾げてみせた。
「悪気はなかったと思いますけど……。キリシマさんはここに4回程度しかいらっしゃってませんし……フタバ様は部下とは距離をおかれるように意識しますからね。
 いきなり言われてどう接すればいいのか困惑されたんでしょう」
「いきなりは、やっぱマズかったですか?」
「素で応じられたのが目に浮かぶようですわねぇ」
 部下として接していたのに、いきなり別の方向からの話題に双羽は混乱したに違いない。普通なら「そうだね」とか、軽いノリで応じてくれる言い方をした。だが双羽は仕事上は上司なのだ。そこに突然友達という目線を加えることはできなかったのだろう。なにより、今は仕事中である。
(融通がきかない人、なのかな)
「いいじゃありませんか。少しずつ距離を縮めていけばいいんです。試しにご一緒に出かけられてはどうですか? 言葉にしなくてもいつの間にか友達になってしまうかもしれませんわよ?」
「そうですよね。うん」
「ささ、報告書、頑張ってくださいましね」
 そう言って彼女は事務室を出て行ってしまう。再び一人にもどった花鈴は、自分の書いた報告書を見遣った。
 ……ビミョー。
(……どんな道も長く険しい、ってね)
 肩をすくめつつ、花鈴は鞄からルーズリーフを取り出して、仕事のことを箇条書きにし始めた――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7511/霧島・花鈴(きりしま・かりん)/女/16/高校生・退魔師】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、霧島様。ライターのともやいずみです。
 報告書には手こずっているようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。