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■【妖撃社・日本支部 ―椿―】■

ともやいずみ
【7511】【霧島・花鈴】【高校生/魔術師・退魔師】
 これは普段の妖撃社の物語ではない。
 いつもの仕事の話ではない。
 いつもの依頼のことでもない。
 だがコレも妖撃社の物語の一つ…………。
 
【妖撃社・日本支部 ―椿― 過去からの復讐者・1】



 ぱちぱちぱち。
 軽く拍手する音が響いた。
「なぁんだ。なんか愉快なことになってんジャン」
 ふふ、と笑うその人物はビルの屋上で風に吹かれていた。



 学校からの帰り道、双羽は腕時計を見遣った。
 今日は遅くなってしまった。早く仕事場に行かなければ。駅へと急ぐ人々の流れに双羽ものり、いつものように目的地へと向かう。
(今日の書類に目を通さないと……)
「ねぇ、支部長サン」
 その声にぎくりとして双羽は足を止めた。
 立ち止まったのは彼女だけ。他の者達は何かに急ぐように過ぎ去っていく。
「…………」
 青ざめる双羽にその人物は笑った。
「久しブリ。でも、そんな前じゃないヨネ」
「…………アンリ」
「あはぁ。憶えててくれたの? 嬉しいナァ」
 忘れるものか。
 苦々しい顔をしている双羽に向けて、アンリは言う。
「な〜んかバイトも増えて順調みたいジャン。いいなぁいいなぁ、仲間に入れて欲しいナァ」
「なにしに来たの、アンリ」
「なにって? 簡単だよぉ。支部長サン、遊ぼ!」



 じとり、と双羽は相手を睨んだ。後ろ手に紐で縛られ、冷たい床に座らされている。学校帰りに拉致されたので制服姿のままだ。
 視線の先には肩まで髪を伸ばした少年がいる。年の頃はシンと同じくらい……17か8、というところだろう。彼は眼帯をつけているので、目にケガでもしているのかもしれなかった。
(……よくあのケガが治ったものね。再起不能だと思ってたわ)
 今でも思い出す。いつもニコニコと、バカみたいに笑ってたシンが本気でキレた姿と…………彼女の暴力的な戦闘を。
 自分が日本支部に就任してすぐのことで、社員たちのような変わった人たちを理解できない頃のことだった。いや、今だってよくわかってないけど。
 二人はあるビルの空いている階に居た。テナント募集、と書かれた紙が窓に大きく貼ってある。その窓の近くに腰かけ、少年は鼻歌をうたいながら景色を眺めていた。
「……アンリ、なんでこんなことをするの」
「やだなぁ。遊ぼうって言ったじゃないか、支部長サン」
 うっすらと笑うアンリはこちらを見た。
「前みたいに乱暴しないから安心してね。あの時は本当に誤算だった……まさかあそこまでシンがキレるとはね」
「何が狙いなの」
「さぁ、なんだろね」
 愉しそうに笑うアンリは立ち上がり、こちらに近づいてきた。
「なんだと思う? 支部長さん」
「………………」
「『復讐』だよ」
「狙いはシンね?」
「シン『も』だよ」
 屈んで双羽の顎を掴み、上向かせる。痛みに顔をしかめる彼女を、アンリはにやにや笑いながら見ていた。
「妖撃社に復讐してやる」



「こんにちは」
 妖撃社の事務室のドアを開けるとそこはしんと静まり返っていた。
(……もしかして無人?)
 そんなわけはない。やれやれと思いつつ社員の居る一角へと進んだ。
(そういえばこの時間にはもう支部長がいてもおかしくないんですけど……)
 その気配は感じない。代わりに……。
「あ。今日も寝てる」
 長イスに近づいた柳宗真はシンを見下ろした。すやすやと眠っているシンの顔には少し泥がついており、仕事着のままだった。
(ほんとによく寝ますねぇ。仕事帰りかな、これは)
 まったく。これじゃあ本当に留守番役がつとまらないじゃないか。
 何かかけるものはないかなと思ってきょろきょろしていると、事務室のドアが開いた。誰か客でも来ただろうか? そう思ってドアのほうへ視線を遣ると、少しズタズタになった衣服を着た疲弊したクゥが入ってくる姿が目に入った。
 驚いてしまう宗真を無視し、クゥはよろめきながらやって来ると、そのまま長イスに倒れこむように前傾した。
 ――と。
 宗真が咄嗟にクゥを横から腕を出して受け止めた。
「…………なにやってるんですか、ヤナギさん」
「え? あ、いや。シンに向けて倒れそうだったのでつい」
「わざとですよ」
 舌打ち混じりのクゥは宗真の腕を掴んでしっかりと立つ。よく見れば顔にも擦り傷ができていた。
「せっかくシンに堂々と触れるところだったのに! なんで邪魔するんです!?」
 頬を膨らませるクゥに呆れる宗真は、腰に片手を当てる。
「そう言って、胸とか揉むつもりなんでしょう?」
「当たり前じゃないですか! ていうか、揉むほどないんで触るだけですけどね」
「ダメです。寝ている女の子にそんなことをしてはいけません」
 無理やりシンとの間に、壁のように立ちはだかる宗真を、クゥは半眼で睨む。
「疲れてるんだからいいじゃないですか、ちょっとくらい! 女の子に抱きつくくらいなんですか!」
「ダメです」
 つんとして拒絶する宗真を、クゥは思い切り突き飛ばした。いきなりだったので宗真はバランスを崩して背後に倒れてしまう。
「……くっ!」
 無理に体を捻って片腕を長イスにつく。ちょうどシンの顔の横だった。……顔が近い。
 腕がみし、と嫌な音を少したてたが宗真は間近にあるシンを凝視していた。やっぱまつ毛長いし綺麗な顔してる……。
「……………………」
 無言になってそのまま停止してしまう宗真を横からクゥが覗き込む。ハッとして宗真は体を起こした。
 なんだか頬がじわっと熱い気がする。気のせいだ、きっと。
「何するんですか、クゥさん」
「寸止めしてましたけど、女の子に不可抗力で抱きついてしまうっての、よかったでしょう?」
 にやり、と意地の悪い笑みを浮かべる性悪な子供を宗真は冷たく見返す。
「……抱きついてません」
「シンは怒りませんし、そんなことくらいじゃ起きませんよ。仕事から帰ったばかりですしね。だからそこ、どけてください」
「ダメですって何回言わせるんですか!」
「こんちわー!」
 大声で事務室に入ってきた何者かが、こちらに近づいてくる。制服姿の少女が衝立の向こうからひょこっと顔を覗かせた。
「あれ? 先客?」
 金色の髪をツインテールにしている少女にクゥはにっこり微笑む。
「いらっしゃい、キリシマさん。お仕事探しですか?」
「それもあるけど、あれ? クゥくん、ケガしてない?」
「え?」
 なんのこと? と言わんばかりの口調だったが彼はすぐに「めまいが」と、よろめいた。ふらふらと少女に近づきながら、だ。
 クゥを抱きとめた少女に宗真は内心「あ〜あ」と思ってしまう。よくはないが、シンに抱きつかれるよりはいい。それは「程度」の問題だ。シン相手とは違い、この少女にむやみに触るようなことをクゥはしないだろう。
「だ、大丈夫?」
「はい。すみません……」
 心配している少女の腰に、しっかりと手を回しているクゥに心底呆れてしまった。



「えっ!? 部長がさらわれた!? なんで!?」
 仰天する霧島花鈴は、シンの席に腰かけている。クゥの手当てをしながらだ。見た目よりもクゥのケガはひどい。
 同じバイト員という青年の名は柳宗真というらしい。彼は長イスの近くの壁に背を預け、こちらを眺めている。
「どうしよ! どうすればいいの!?」
 真っ青になる花鈴は混乱して視線をさ迷わせる。
「支部長がいないのはそういう理由でしたか。僕には支部長が拉致される理由が思いつきませんけど」
 そう言う宗真は少し考えてシンを起こそうとするが、それをクゥが止めた。
「シンを起こさないでください。疲れてるのに可哀想でしょ」
「とにかく部長を探さないと! でもどうやって……! どうしよう!」
 せっかく友達になろうと意気込んでたのに! 今日だって、いつなら予定空いてる? って訊くつもりだったのに。
「シンは戦力になります。起こすべきでしょう」
「どっちにしろ、シンはまだ起きませんよ」
 不機嫌そうに宗真に応えるクゥに、花鈴が掴みかかった。
「どこ! 部長はどこ!?」
「きっ、キリシマ、さ……っ、く、くるし……っ」
「あ、ご、ごめん」
 手を離して花鈴は深呼吸を二回ほど。これで少しは落ち着いた……ような気がする。
 クゥは捲くっていた袖を直し、それから顔に貼られた絆創膏をさすった。
「電話があったんですよ、犯人からね」
 苦々しい口調のクゥは嘆息する。
「犯人は知ってる相手です。僕ら妖撃社・日本支部員にとっては因縁のある男……アンリ=サヴァ」
 そいつが双羽を……! ぎり、と花鈴が歯軋りした。
「アンリは日本支部ができてすぐ、今と同じようにフタバさんをさらったんです。その時、もちろん僕たちは全員で彼女を救出に向かいました。あ、でもその時はミホシさんはいなかったかな。
 残念ながら……あいつに勝てたのはシンだけでした」
 花鈴は視線を眠っているシンに向ける。宗真も同じようにシンを見ていた。シンとあまり接触していないので、どんな人物か花鈴ははっきりと把握していない。
「正直僕は、あいつはもう二度と現れないと思ってました。シンにあれだけ無残にやられてましたしね」
 でも。
「あいつは現れた――」
「やっぱりシンを起こしたほうが」
 宗真の言葉にクゥは眉をひそめ、首を左右に振る。
「アンリと戦ったシンは、全治二ヶ月のケガを負ったんです。できれば……戦わせたくないのが本音ですよ」
 クゥの言葉に青年が何かを言いかけるが、口を閉じた。
 だが花鈴としては黙っていられない。もしかしたら今、双羽がそのアンリとやらに何かされているのかもしれないというのに!
「そんなこと言ってる場合じゃないっ! だって部長が安全とは限らないじゃない!」
「それなら大丈夫ですよ。アンリはバカじゃない。同じ轍は二度と踏まないでしょうからね。シンを刺激するようなことはしないでしょう」
「信じるのっ!?」
「前にさらった時、あいつ、シンの目の前でフタバさんを殴ったんですよ。それでシンがキレちゃったから」
「な、殴っ……!?」
 蒼白になる花鈴は口を開閉させる。殴るなんて……信じられない!
「僕が行った時には無事でしたよ。まぁ、この通りのザマで負けちゃいましたけど」
 頬杖をつくクゥに花鈴は唖然とした。負けた? じゃなくて、このケガ……って。
「……ごっ、ごめん……」
 無神経な態度だったことを花鈴は恥じた。クゥは双羽を取り戻しに行ったのだ。それなのに自分はここで騒いで……。
 クゥは苦笑して花鈴に微笑む。
「いいんですよ。キリシマさんはフタバさんが心配でならないんですよね。……やさしいですね」
 彼の独特の囁き声に花鈴は無意識に顔を赤くしてしまう。なんだろう。なんか、恥ずかしくなるというか。
 意識を変えるために花鈴は立ち上がった。
「他のみんなは? アンヌ先輩とか呼んだほうがいいんじゃない?」
「……全員仕事に出払ってます。ミホシさんは実家のお仕事に行ってますし、マモルは九州ですよ。アンヌさんは明日の朝には戻ってきますけど」
「そんな……! 呼び戻せないの!?」
「そんなことをしたらフタバさんが怒りますよ」
 冷静に応えるクゥの言葉に花鈴はやりきれない。確かに双羽の性格を考えると、仕事を途中で放り出してまで救出に来て欲しくないだろう。命が危険にさらされていないというならば。
 宗真は自身の顎に手を遣った。
「そのアンリという人の目的はなんでしょう……?」
「簡単に言うと、日本支部の壊滅でしょうね」
 室内に衝撃が走る。
 クゥははぁ、と溜息をついた。
「手間取りそうですね……これは」
 花鈴は宗真に目配せをする。穏便に済めばいいけれど……。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7416/柳・宗真(やなぎ・そうま)/男/20/退魔師・ドールマスター・人形師】
【7511/霧島・花鈴(きりしま・かりん)/女/16/高校生・退魔師】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、霧島様。ライターのともやいずみです。
 第1話となります。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。