■月の紋章―戦いの果てに―■
川岸満里亜
【3087】【千獣】【異界職】
目を閉じても、月が見えた。
脳裏に浮かぶ鮮やかな月は、未だ消えない。
『月の紋章―戦いの果てに<そして…>―』

 優しい鳥の鳴き声で目が覚めた。
 木々に囲まれた、木の家。
 鳥の声だけではない。
 遠くに、人々の声が響いている。
 朝、自分が目覚めるよりも早く、活動を始める人々がいる。
「おはよー」
 目を擦りながら、隣で眠っていた女性が身体を起こす。
「今日はいい天気ね」
 反対側の隣で眠っていた女性も、身体を起こした。
 3人、顔をあわせると、同時に立ち上がった。

 身支度を終えて、千獣は真っ先に家を出た。
 昨晩、雨が振ったため、空気が湿っていた。
 朝の光が、水滴や水溜りに反射し、いつもより眩しく感じられる。
「さて、診療所でも開けようかー」
 ルニナが現れ、身体をぐっと伸ばした。
 朝食の準備を始めるリミナを残して、千獣はルニナと一緒に診療所へと向った。
 集落の朝は早い。
 田畑の管理をしている者や、川で魚を釣って皆に提供している者は、特に早くから活動している。
 本当は狩りに出られる者がいればいいのだが、残念ながら、狩りの技術を持った者もいなければ、体力的に難しそうでもある。
「ルニナ、千獣、おはよう〜」
 2人が到着する前に、診療所に老婆が訪れていた。
 竹箒を持ち、回りを掃除している。
「おばあちゃん、今日は調子いいの? 無理すると、また倒れるよ」
「今日は天気がいいから、大丈夫。天気の悪い日は節々が痛くてねぇ」
 ルニナにそう答えて、老婆は千獣に微笑んだ。
 千獣は微笑み返し、手伝おうと手を伸ばしかけるが、思いとどまった。
 これは、このおばあちゃんが見つけた、おばあちゃんの仕事なんだ。
『やることがあるって、いいことね。何の希望もなく、早く死にたいと思っていたあの頃とは、皆全然違う』
 いつか、老人がそんなことを言っていた。
 仕事をしている老婆は、とても幸せそうだ。
「……無理、しないで、ね」
「はいはい。無理して先生に診てもらうのも、楽しいんだけどね」
 そんな老婆の冗談に笑いながら、千獣は診療室へ向ったルニナを追った。

 ルニナと共に、診療室の掃除と、準備を始める。
 先生はまだ眠っているようだ。
 一人で毎日皆を診てくれている、大切な人だ。
 休める時に出来る限り休んで欲しいと思い、ルニナと千獣は静かに静かに作業を行なっていく。
 床を箒ではいて、水を汲んできて、雑巾で机と椅子を吹いて、機材を洗って……。
 一通り準備を終えた後、2人はリミナの待つ自宅へと戻った。

「今日はね、新鮮なお魚があるの」
 2人が出かけている間に、リミナは魚を購入し、ちょっと豪華な朝食を作ってくれていた。
 パンに魚料理、惣菜も2品、そしてスープ。
「食べきれないよ」
 おいしそうに食べながら、ルニナが言った。
「それなら、お隣のおばあちゃんに差し入れすればいいし」
 リミナはそう答える。元々それが目的で多めに作ったのかもしれない。
「……私、あとで、持って、いく……」
「うん、じゃ、容器に入れておくね」
 千獣はリミナから容器を受け取り、食事を終えた後、隣の老婆の所へ向ったのだった。

    *    *    *    *

 そんな風に、毎日穏やかに過ごしていた。
 未だ、人々は朝早くから活動をしているけれど。
 それはもう、村を造るためではない。
 よりよい村にするため。より、効率的な活動ができるようにするため。
 そして、娯楽を楽しもうという話も、上がってきている。
 自分達の住処は、もう出来上がっていた。
 朝市の手伝いに向い、その後3人で村を散歩した。
 手を貸したいと思っていたのだが、さほど3人の手が必要な仕事はなかった。
「そろそろ、私達も自分の仕事持たないとね」
「そうだね」
「というか、お姉ちゃんは村長さんみたいなものだよね」
「ええ? いやまあ、確かにそれはそーかもしれないけどさっ」
 リミナの言葉にルニナがわざとらしく胸を張る。
 3人で笑いながら家に戻る。
 木の小さな家。
 3人で数ヶ月過ごしてきた家。
 その前で千獣は立ち止まった。
 ドアを開けたリミナが振り向いた。
「千獣、どうしたの? 何か忘れ物?」
 千獣は穏やかな表情で、首を横に振った。
 そして、少しだけ2人に近付いて、ゆっくりと話し始める。
「……私にも、待って、いて、くれる、人、聖都に……いる。だから、一度、聖都に、戻ろう、と、思ってる……」
「一度って……どれくらい? 今までもお使いとかに行ってくれたよね」
 リミナの言葉に、千獣は少し戸惑った。
 この数ヶ月間で、千獣はこの集落の一員となっていた。
 リミナにしてみれば、既にこの家は3人の家という認識なのかもしれない。
「帰るってことだよね。自分の家に」
 ルニナはいつものはっきりとした口調でそう言った。
 その言葉に……千獣は頷いた。
「戻って、も、皆の、体を、治す方法……探し、続ける」
 リミナは哀しみを隠した眼で、笑顔を浮かべながら、こう言った。
「自分達のことは、自分達でなんとかするから! 千獣も自分と自分を待っていてくれる人のことだけを考えて!」
 リミナの言葉に、千獣は首を横に振った。強く振った。
「……リミナ……前に、ありがとうって、言って、くれたの、覚えてる……?」
「うん、何度だって言いたい。本当に感謝の気持ちでいっぱいだから」
 こくりと頷いて、千獣は言葉を続ける。
「……あの、とき……受け、取れ、なかった……今、でも、どう、して、不死鳥、じゃなくて、私が、生きて、いることが、ありがとう、なのか、よく、わから、ない……でも、これは、わかる……私は……リミナが……ルニナが、生きて、いて、くれて、嬉しい……嬉、しくて……生きて、いて、くれて……ありがとうって……思う……リミナの、ありがとう、は、こういう、気持ち……?」
「そう……ね。多分、そういう気持ち。そうだね、同じ気持ち、私達持ってるんだよね」
 リミナは明るい笑顔を浮かべて、言葉を続けた。
「さっきの言葉、取り消すね。千獣、一緒にはいなくても、ずっと友達でいてね。私、ずっとあなたの幸せ願ってるから。ありがとう!」
 リミナの言葉に、千獣は戸惑いの表情を浮かべる。
 時々、リミナはこうして分からないことを言う。
 だから、千獣は考えてしまう。
 だけど、リミナとルニナと一緒に生活していて、感じた感情がある。
 それと、同じだというのなら……。
「この、気持ち、と、同じ、なら……ありがとう、受け取る、から……私の、ありがとう、も……受け取って、くれる……?」
 千獣の言葉に、リミナとルニナが顔を合わせて微笑み合った後、千獣に笑顔で答えた。
「もちろん!」
「……ありがとう、リミナ、ルニナ……」
「ありがとう、千獣」
「ありがとね! 千獣」
 リミナは手を伸ばして、千獣を抱きしめた。
 ルニナは千獣の肩をパンパンと叩いた。
 2人の感謝の気持ちが、千獣の心に染み込んでいった。
 そして、千獣の気持ちも、2人の心に深く刻まれた。

 その日、千獣は集落を後にした。
 それは決して永遠のさよならではなく。
 少しの間のお別れだ。
 また、再び会おうと約束をして。
 リミナとルニナ――集落の人々と別れた。 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】

【NPC】
リミナ
ルニナ

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
月の紋章後日談へのご参加ありがとうございます。
互いの感謝の気持ちを理解し、受け取ったことで、更に深い絆が生まれたと思われます。
長い間、カンザエラの人々のことを、案じてくださり、ありがとうございました。
いつでもまた、この集落にも戻ってきてください。
千獣さんのこれからの旅に、幸がありますように。

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