■広場の薬屋■ |
川岸満里亜 |
【3510】【フィリオ・ラフスハウシェ】【異界職】 |
「いらっしゃい!」
元気な声と共に、ドアが開いた。
「ごめんね、先生出張中なんだ。でも、薬の調合だけなら、あたしがどうにかするから、どーんと任せてよ!」
診療はしばらく休みのようだ。
しかし、診療室には変わらず様々な薬が並んでいる。
「実はあたしが調合してるんじゃないんだ。あたしのお姉ちゃんに有能な薬師がいてさー、だから、ちゃんと薬の手配はできるから、なんなりと申し付けてよね!」
そう言って、少女ばバンと肩を叩いてきた。
ここは錬金術師の診療所。
しかし、錬金術師ファムル・ディートの姿はない。
“自称ファムルの娘”のキャトルと、ファムルの元弟子ダラン・ローデスが交代で店番をしているようだ。
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『ファムルの診療所β〜聖獣への願い〜』
キャトル・ヴァン・ディズヌフの身体は少しずつ良くなっているように見えた。
しかし、それは治っているのではなく、補っている状態であった。
彼女の障害は無くなってはいない。
ある日、キャトルはフィリオ・ラフスハウシェの前で言った。
「自分の大切な物を守りたかったら、戦わなきゃダメなんだ。皆を失う恐怖に怯えながら生きていても、楽しくない。この世界で生きる意味を、守りたい。だから、強くなる。――絶対ッ」
真剣な目で、強く言い放った。
キャトルは強い意志を持った少女だ。
フィリオはこれまでの付き合いで、彼女が十分強い女性であることを知っている。
だけれど、彼女の身体は脆いのだ。人間よりも、魔女よりも。
キャトルの決意を覆すことは、自分にはできない。
無茶をしてまた体を壊したのなら……今度こそ取り返しのつかないことになるだろう。
だから、フィリオは決意した。
彼女に力を与えるためではなく、彼女の身体の為に。
診療所を訪れたフィリオは、キャトルに聖獣ユニコーンについて話して聞かせた。
経緯を話しはせず。ただ、一度だけ。キャトルが真剣に願えば、聖獣が願いを叶えてくれるかもしれないと。
「聖獣ユニコーンの能力は解毒に特化しているそうです。もしかしたらキャトルの身体が改善するかもしれません。行きますか?」
「行く」
間を開けず、キャトルは即答した。
「連れて行って」
短い答えだった。
目はとても真剣であり、まったく笑みを浮かべていない。
明るく元気で、優しさを現していた彼女の目は、ファムル・ディートの失踪をきっかけに、変わってしまった。
笑わなくなったわけではない。
しかし、その瞳には、どこかしら影がある。
そして、強い芯と決意が込められている。
* * * *
他愛ない話をしながら、一角獣の洞窟に向った。
だけれど、その会話も長くは続かない。
沈黙の方が多い道中となった。
今は互いに、楽しい話をする気分になれなかった。
洞窟に入ってからは、キャトルは自然にフィリオの手を掴んでいた。
恐れているからではないだろう。
いや、恐れているとしたら、フィリオがいなくなることをだろうか。
闇の中に溶け込むように、自分の大切な人がいなくなってしまう恐怖――それはフィリオもまた、感じていた。
互いのぬくもりを感じながら、洞窟の奥へと足を進める。
「キャトル、これを持っていってください」
地底湖近くで、フィリオはキャトルに一通の手紙を渡した。
「何? 聖獣に渡すの?」
「はい、私の願いが書いてあります。私はもう会う資格はないかもしれませんが、自分の願いはまだ叶えてもらっていませんから」
「……わかった。自分の、願いだよね?」
確かめるように、キャトルが言った。
「はい、私が叶えたい、私の個人的な願いです。返事を貰ってきてください」
そのフィリオの言葉に頷くと、キャトルは掴んでいた手を離した。
「じゃ、行ってくる」
「はい。私はここで待ってますから」
見送るフィリオの方が少し不安な眼をしていた。
キャトルはもう一度頷いて、地底湖へと消えた。
フィリオは一人、待っていた。
会話はこの場所まで聞こえてこない。
盗み聞きするつもりも、意見するつもりもなかった。
ただ、彼女が何か聖獣と取引をするのなら。
彼女が対価として、何かを差し出すというのなら。
その対価を、自分も分け合うことを望む。
そう、手紙に記した。
それは自分の願い。
身勝手な願い。
* * * *
どれくらいの時間が流れただろうか。
酷く長く感じた。
「ただいま」
そう言って戻ってきた彼女は――とても落ち着いた表情をしていた。
暗くて顔色はよくはわからない。何か変化はあったのだろうか。
「フィリオ、ありがとね。教えてくれて、本当にありがとう」
キャトルはそう言って、来た時と同じようにフィリオの手を掴んだ。
「調子、良くなりました?」
その言葉に強く頷いて、キャトルはフィリオ見上げた。
「あたし、キャトルになれるかもしれない」
「え?」
「ほら、あたしの名前、キャトル・ヴァン・ディズヌフでしょ。これは、99を現す名前。あたしは、ランク99の失敗作。だけど、本当のあたしは、キャトルなんだ。4を現す今までの最高傑作。――あたし、キャトルになれるかもしれないよ、フィリオっ!」
そう言って、キャトルはフィリオの腕をぎゅっと掴んだ。
そして、眼をぎゅっと閉じる。
何も言わずに、しばらくキャトルはそのままでいた。
「15年間……」
再び、キャトルはゆっくりと語り出す。
「辛いことも沢山あったけれど……諦めていたんだけれど、あたしは、ずっとキャトルになりたかったんだ」
自然に――フィリオはキャトルの肩を抱いていた。
そっと頭を撫でた。
キャトルは眼を瞑った。
そして、何度も何度も大きく息をついた。
心を、落ち着かせるために。
「ありがとう、フィリオ――」
* * * *
キャトル・ヴァン・ディズヌフは、聖獣ユニコーンを前に、こう誓った。
あたしの色素を正常な状態にしてくれたら、命尽きるまで、あたしはあたしの大切な人の為に戦う。
あたしの大切な人は、聖都に生きる人達だから。それは、あなたの大切な人達を守るってことになると思う。
あたしは、この世界の人間じゃないけれど、この世界の人にこの命を捧げるから!
だから、あなたの配下のあたしを癒してください。
聖獣ユニコーンは彼女の願いを聞き入れた。
ただ、彼女の身体は特異であり、一度の処置で完全に治すことは不可能であった。
聖獣ユニコーンは、彼女にきっかけを与えた。
節制を心がけ、自身で体質改善に努めれば、体質が改善していくように。
彼女の身体に、どんな変化が現れるのかは……共に過ごしていくうちに、判明していくだろう。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【NPC / キャトル・ヴァン・ディズヌフ / 女性 / 15歳 / 無職】
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸満里亜です。
聖獣ユニコーンはフィリオさんの手紙を確かに受け取りましたが、特に返事は必要ないと判断いたしました。
アーリ神殿で既に約束して下さっているので!
機会がありましたら、今後のキャトルとの会話の中で表していけたらと思います。
発注ありがとうございました。
引き続き、キャトルを見守っていただければ幸いです。
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