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■【妖撃社・日本支部 ―椿―】■

ともやいずみ
【7511】【霧島・花鈴】【高校生/魔術師・退魔師】
 これは普段の妖撃社の物語ではない。
 いつもの仕事の話ではない。
 いつもの依頼のことでもない。
 だがコレも妖撃社の物語の一つ…………。
 
【妖撃社・日本支部 ―椿― 過去からの復讐者・2】



 仕事から帰ったシンが眠る姿を眺め、クゥは嘆息した。
 そんな時、事務室の電話が鳴り響いた。誰も居ないので仕方なく出る。
「はい。妖撃社の日本支部です」
<久しぶりィ。お人形遊び大好きのクゥくん>
 この声には聞き覚えがあった。
「…………お元気でしたか? アンリ」
<キミんとこのシンちゃんにひどい扱いを受けてさぁ。でも、ある意味痛み分けでしょ?>
「生憎とシンはいません」
<嘘はいけないナァ。まだ所属してるのは知ってンだよ。
 それでさぁ、支部長サン、預かってるわけ>
 ぎょっとしてクゥは目を見開くが、すぐに顔を引きつらせる。
「懲りない人ですねぇ」
<傷一つつけてないよ。前と違ってね。支部長サンが大事なら、助けに来なよ>
「場所は?」
<物分りがいいねぇ。賢いコは嫌いじゃないよ>



 約束の場所にはアンリしか来なかった。
 内心、そうじゃないかなとは思っていたが、行かないわけにはいかない。
 こいつはキレやすい。提示した条件を守らなければ双羽に危害を及ぼすかもしれなかった。
「一人か。自信過剰は嫌いだヨ」
「フタバさんを返してください」
「そうはいかないな。一人一人、ぐちゃぐちゃにしないと気が済まない。
 特にシン……。面白いことになってるらしいじゃん」
 薄く笑うアンリにクゥは無表情に徹する。
 クゥは持っているトランクを地面に落とした。ばくんと開き、中から人形が飛び出す。
 アンリはその様子を鼻で笑う。
「勝てないってわかってて戦うのは愚か者のすることだ」
「遊びに付き合ってあげますから、フタバさんを返してください」
「そうだねぇ。じゃあ、ヒントを一個あげようかな」

***

「クゥくんが助けに行ったってことは、部長がどこにいるかわかったって、こと?」
 恐る恐るという具合に霧島花鈴は尋ねる。
「わかってるなら行こうよクゥくん! 私が戦うから!」
「残念ですけど、妙なヒントをもらっただけです」
「ヒント?」
 う。やだなぁ。
(謎解きは苦手なんだよね……)
 顔をしかめる花鈴に気づかず、宗真は「どんな?」と訊いている。
「住所なんですけど、たぶんそこにフタバさんはいないでしょうね」
「ええっ? なんで!?」
「フタバさんはアンリの切り札ですからね。そう簡単に手放さないでしょうし……たぶん、僕ではなくて別の誰かが来るのを期待してるんでしょう」
 クゥの言葉に宗真は神妙な顔をして瞳を伏せた。
「社員のほとんどが居ない時を狙ってきた……。計算済みってことですか」
「でもクゥくんはそんなにケガとかしてないじゃない」
「僕はあいつには勝てませんからね。それがわかってるんです。他の社員を連れてくるのを狙ってるんでしょうね」
 なぜそんなにはっきり断定をするのか花鈴はわからない。クゥの戦闘スタイルと相性が悪いんだろうと、勝手に納得してみる。
 うーんと花鈴は天井を見ながら口を開いた。
「てことは、シンさんを連れて来いってこと?」
 視線をシンに向ける。と、その横の壁に立っている宗真も視界に入る。彼は小さく呟いた。「全治二ヶ月、ね」と。
 宗真はクゥをまっすぐ見た。
「シンにそこまでのケガを負わせるということは相当の手だれですが……許せませんね。もう一度痛い目を見てもらいましょうか」
 花鈴はシンのことをよく知らないが、この青年はよく知っているようだ。そんなに強いのだろうか、シンは。というか、別のことに勘が働いた。
(なんか、柳さんて……ピリピリしてる?)
 これはいわゆる確信のない勘だ。そうじゃないかなぁという乙女の勘である。
(でも全然焦ってる感じもないし、私の勘違いか)
 見た目にはそんな感じはしないし……。もしイライラしていたとすれば、もしかしてとちょっと思っただけなのだ。
「どちらにせよ、その場所に行かなければ……。アンリは短気ですからね。これもあいつのゲームなんです」
 そんなクゥの言葉に花鈴は名乗りをあげた。
「はい! 私も行く! 行くったら行く! えっと、ほら、連れて行ったら色々役に立つと思うしね。眼球とか強化すると遠くも見れるし」
「僕はここで罠を張ってます」
 宗真があっさりとそう言う。てっきり奪還に彼も向かうと思っていた花鈴は驚いてしまった。
「シンをこのままにして行くのは危険ですし……それほどの手だれなら、こちらの土俵に引き込むのが定石……。うまく蜘蛛の巣にかかってくれればいいですけど」
「……そうですね。シンもアンリの復讐対象になってますから、一人で残すのも心配です。ヤナギさんはここに残ってください。
 キリシマさんは僕と一緒に行きましょう。万が一でもフタバさんを連れてきていたら、二人で協力して救出です」
「うん!」

(まだかなぁ〜)
 準備に時間がかかるクゥを待つ花鈴は、妖撃社の正面玄関を眺めていた。
 やっと出てきたクゥを見て、花鈴は駆け寄る。
「よし! じゃあ行こうっ」
「はい。……元気ですねぇ、キリシマさんは」
「そりゃ、今から部長を救出に行くんだもん! 当たり前でしょ!
 あ、ねぇねぇさっきの柳さんてさ、シンさんとなんか親密な仲なの?」
 呆れたようにクゥが嘆息した。そして歩き出す。
「好きですねぇ、女の子はその手の話題が」
「なんかやたら見てたじゃん、シンさんのこと。そういや私、シンさんとあんまり喋ったことないな〜」
「バカなだけですよ、シンなんて。それにヤナギさんはシンに対してそういうんじゃないと思いますけどね」
「そっかなぁ」
 目を細めたクゥがつんとして冷たく応えた。
「放っておけないだけでしょう、シンてバカだから」
「そうなの? なんかそれはそれでつまんないなぁ」
 花鈴が肩を落とすのでクゥは意地悪な笑みを浮かべる。
「随分と余裕じゃないですか。さっきまでフタバさんがさらわれた〜って慌ててたのに」
「うっ。だ、だって本当に気が動転してたんだから当然でしょ! それより早く助けようよ! だってお腹も減るしお風呂も入れないんだよ!」
「トイレも行けないし?」
「そ、そこはあえて言わないの!」
 頬を赤く染めて言うと、クゥは「はいはい」と頷き、それから「ふむ」と唸った。
「トイレくらいは行かせてくれると思いますけどね」

 目的地にやっと辿り着いた。いや、正確には目的地が見える場所に、だ。
 持ってきたトランクをクゥが開けて、中から何かを取り出した。
「?」
 背後から覗き込み、花鈴はぎょっと目を見開く。
「な、に、人形!? だよね? これ」
「真正面から行って、アンリに太刀打ちはできません。それはキリシマさんでも」
「そ、そんなに強いの?」
「生きている人間なら、あいつに勝てる者はそうそういないと僕は思いますよ。それよりも、アンリがいないか見張ってください」
 言われて、花鈴は自身の視力を強化する。ぐっと見える距離が増える。こういう強化は慣れるまでがかなり負担になるのだ。
 目的地には誰も居ない。見通しのいい空き地なだけに、気配もなかった。もちろん、双羽の姿もない。
 クゥの持ってきた人形がゆっくりと立ち上がる。人間そっくりの人形だ。そっくりすぎて、花鈴は恐怖すら感じる。こんなものが作れるなんて……ありえない。
「アンリってどんな人なの? 特徴は?」
「高校生くらいの男です。眼帯をしてますね」
「と、ところでその人形……誰が作ったの?」
「…………」
 黙ったままのクゥがにやりと笑う。
「もちろん、この僕です」
「……そ、そうなんだ……すごいね」
 それしか言えなかった。
 肩をすくめて空を見上げる。もう夜だ。今日中に妖撃社に戻れたらいいのだが……。



「それじゃ、あとは任せますね」
 クゥの言葉に宗真は頷く。花鈴は先に外に出て準備万端にクゥを待ち構えているのだ。
 クゥはちらりと長イスの上のシンを見遣ってから、宗真を見る。
「イタズラしちゃダメですよ?」
「……しませんよ、そんなこと」
 だってシンは、大事な仲間だ。たぶん。
 クゥは嘆息した。
「……あなたはシンをよく助けてくれているので言いますけど、シンの全治二ヶ月は、アンリのせいではないんです」
「え?」
「シンが強いのは、憑いている蓬莱剣が強力だからってのは知ってますよね?」
「それは知ってますけど」
「強力『すぎる』んです」
 低い声で、こちらを睨みつけるように言うクゥに宗真は口を噤む。
 以前彼女が言っていた言葉を思い返す。自分が弱いから、自分のせいだと……言っていた。
「アンリを倒すためにシンは蓬莱剣によってボロボロになったんですよ。全治二ヶ月はまだマシな結果だったと僕は思います」
「そんな……」
 前々から嫌な予感は、あった。シンの状態はおかしい。それなのに。
(シンが)
 いつも明るく笑ってるから……。
「無理をしたせいでシンの眠っている時間がかなり延びたんです。だから、起こさないでください」
 起きればまた無理をすると、暗に言われているのがわかった。
 そうか。そうだったのか。
 みんなが、社員がシンのことを知っているのは当然だ。みんなの前でシンは無茶をしたのだろう。いや、みんなを助けるために自己を犠牲にしたのだ。
 勝てる見込みがそれしかなかったのだ。シンは本能に従ってそれを選択したに違いない。
 事務室から出て行くクゥが再度こちらを見た。
「キスまでならしてもいいと思いますよ。舌は入れたら怒ると思いますけど」
「……しませんから、絶対に」
「ふふ。そう言うと思った。じゃ、シンはお任せしますね」
 そのセリフに宗真はやられた、と思う。こんな年下にいいように遊ばれるのは気に食わないが、まぁ今は仕方ない。緊急事態だ。

 クゥたちがいなくなってから、宗真はアンリが来た時のためにと準備を始めた。
 場合によっては室内が滅茶苦茶になるかなとは思うが……仕方ない。
 室内に糸を張り巡らせる。やってくる者を絡め、捕らえるために。
 妖撃社の正面、周辺に結界を張る。一番厳重に張るのは事務室だ。……シンがいるからだ。
 作業を終えて戻ってきた宗真は眠っているシンを見ながら、彼女の席に腰かける。シンの席のちょうど真後ろに長イスがあるのだ。
 視線を壁にかけてある時計に遣る。時刻は22時10分ほどだ。もうこんな時間なのか……。そっと視線をシンに遣った。
「寝相、いいですよね」
 先ほど交わしたクゥとの会話が脳裏によぎる。
 頬杖をついてシンを眺めた。
「理解できませんよ、まったく」
 もっと合理的な方法があるはずだ。それなのに……なんだか彼女は遠回りをしているような気がする。楽な道を選べばいいのに。
 目を細めて嘆息。
「どうかしてますよね、僕も」
 シンの全治二ヶ月の話が出た時、表面上は冷静にしていたが少々苛立っていた自覚はあるのだ。本当にどうかしている。
「ねえ!」
 大声で呼ばれて宗真は目を見開き、立ち上がった。勢いよく立ったためにイスが大きな音をたてて倒れた。
 どこからと思って、気づく。窓の外だ。ブラインドをあげて窓の外を見ると、近くのビルの屋上に誰かが立っているのが見えた。
(あんなところから声が聞こえた……?)
 若い男なのはわかる。眼帯が白いのでそこだけがかなり目立つ。
 コートのポケットに両手を突っ込んで笑顔を浮かべる男は宗真をまっすぐ見ている。
「ねえあんた! 妖撃社のバイトくん? 絶対そうデショ? ねぇ、そこにシンはいる?」
「っ」
 軽く目を見開く。これ以上は相手に動揺が伝わる。だから控えた。
 男は大声で言ってきた。
「やっぱり居るんだね! それならいいんだ!」
 うっすらと冷酷な笑みを浮かべる男は愉しそうだ。直感が働く。この男が――アンリだ。きっとそうだ。
「じゃあ、今からそっちにお邪魔するネ!」
 思わず身構えてしまう宗真は背後のシンを肩越しに一瞥する。彼女は起きる気配がない。
(霧島さんとクゥさんは……!?)
 なぜあの男がここに居る!? あの二人はどうなった?
 視線を戻すと男はまだ同じ場所に居た。たとえどんな罠があっても構わないという出で立ちで――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7416/柳・宗真(やなぎ・そうま)/男/20/退魔師・ドールマスター・人形師】
【7511/霧島・花鈴(きりしま・かりん)/女/16/高校生・退魔師】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、霧島様。ライターのともやいずみです。
 クゥと共にアンリの言った場所に行っていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。